第33話 本物の聖女が登場しました
あれから貧困街へ行くことが多かった。休日だけでなく、移動販売が終わった帰りによる事も多い。
相変わらずカイリスさんは私賀貧困街へ行くことに文句をつけていたので、こっそり短時間で済ましていた。特に不仲になったわけでもないが、やっぱりカイリスさんのケチなところは苦手。
貧困街へ入ると、生ゴミの匂いや木造もぼろぼろな家に顔を顰めたくなるが、もう慣れた。今日はイアンが一緒ではないが、まずは残飯屋に直行し、売れ残ったパンを届けると、コリンの家に向かう。
コリンは例の助けた子供だった。貧困街に住む子供。年齢は九歳。母親と二人暮らしだが、家計は苦しいという。しかも母親は病気や怪我ではないが、無気力になる事が多く、家事ができない事も多いというので、手伝いに向かった。
我ながらお節介だと思うが、やっぱりどうしても放っておけない。小さな子供を持つ母親は、たぶん、この世界でも弱者。自分に出来る事はないかと考えてしまう。
「コリン、きたよ」
「わあ、お姉ちゃん!」
家につくと、コリンは元気だった。色鉛筆で絵を描いて遊んでいたが、母親の方は虚無感いっぱいの目。
部屋も散らかっていた。テーブルの上は汚れた食器が積み上がり、洗濯物も無造作に放り投げてある。床も埃や小さなゴミで汚い。
異世界人も鬱になるかは不明だったが、母親の様子を見る限り、その特徴にも当てはまっていそう。
「お母さん、掃除しますが、良いですか?」
「ああ、何でもいいよ」
母親は髪もボサボサ。肌も荒れ、服も汚れたがついていたが、気づいていないようだ。これはうつ病というより、聖書でいう悪霊が取り憑いた状態に似ていたが、実際はわからない。精神疾患と悪霊憑きの見極めは難しいと父から聞いた事があった。
「コリン、お母さんっていつもあんななの?」
「うん! 毎日悪夢のうなされてる。金縛りってやつ」
「そうか……」
コリンと一緒に掃除をしながら、ますます悪霊憑きの疑惑が出てきたが。金縛りはその典型的な症状と聞いていた。
「お母さん、少し祈ってもいいですか?」
「いいや、いいよ。どうせ私なんか誰も救ってはくれないよ」
「そんな……」
「ちゃんと魔王様を信仰していない私が悪いのかね。献金も全くできていないし」
「そんなの関係ないですよ。本当の神様なら、修行とか献金とか要求しませんって。むしろ、どんな状態の人にも歩み寄ってくれるものじゃないですか?」
実際、イエス・キリストはそうだった。生まれも酷い馬小屋。病気や罪のある人とも積極的に絡んでいた事も思い出す。
「そうか、そういう神様がいれば、いいけど」
「ええ、絶対お母さんのことも見捨てませんって」
祈ってみたが、母親が劇的に癒されたりはしなかった。やはり、所詮私は人間だ。病気や怪我人への癒しは出来るが、自分は神様ではない。
「まあ、あんたは嫌いじゃない。また家に来てくれ」
「ええ、もちろん!」
「僕も待ってるよ!」
そんな事を言いつつ、コリンの家を後にした。コリンや母親は問題が山積みだ。たぶん、彼らが自分の力で乗り越えなければいけない課題もあるだろう。私が出来る事はせいぜい掃除ぐらいしか出来ないが、友達になる事は出来そうだ。
祈り、直後に劇的な変化があるわけでもなかったが、まだまだ希望はある。やれる事もあるだろう。
そう思うと、コリンの家に通う事も続けられそうだ。
「あー、もう夕方だ。ちょっと近道使おう」
気づくと、空はオレンジ色に染まっていた。太陽が地平線に沈んでいくのも見える。早く帰らないと、またカイリスさんと険悪ムードにもなりそう。
移動販売用の自転車を漕ぎながら貧困街を出ると、近道を使う事にした。近道は神殿の前を通ることになるので、あまり好きではないが。
神殿は石造の立派な建物だ。柱もオシャレなデザインがされ、周囲にある商業地区と浮いている。貧困街との差もえぐいぐらいだ。もっとも現代日本の高層ビルやタワーマンションと比べたらたいした事はないが。規模的には大きめな教会ぐらいか。そんな事を考えていると、余計にこの異世界にも教会があったら良いな〜と考えてしまう。
「あれ?」
そんな呑気な想像は、神殿の前の道を通る時には消えた。
神殿の前で男性が一人、倒れていた。頭には派手なデザインの帽子、白い長衣を着ていた。神殿の宗教関係者の典型的な服装だ。
「どうしたんですか?」
「いや、ちょっと具合が悪くてな」
男は五十歳ぐらいだが、息が荒い。貧血を起こしているようだった。宗教関係者というのは引っかかるが、すぐに癒やしてあげた。
「はあ? あお前、何やった? すぐに元気になったんが? 何か変な力を使っただろ?」
案の定、疑ってきた。宗教関係者を癒してしまった事を後悔した。
「お前はここの信者か? 魔王様や司祭様の許可をとって癒しているのか?」
面倒な事になってしまった。男は逆に私を責め始めた。移動販売用の自転車に乗り、さっさと逃げようと思った時だった。
「あら、私以外にも聖女がいるの?」
目の前には、金髪碧眼。フランス人形のような見た目の女のがいた。白い長衣と派手な帽子。この女の宗教関係者だと思われるが、本物の聖女のようなルックスだった。思わず見惚れてしまう。
「ベラ様! 実は不審な女がいたんです!」
男はこの女に敬礼もしている。もしかして、偉い人? そういえば聖女ベラの噂は聞いた事があった。確か司祭のお気に入りも美人聖女という噂を聞いた事があるが、たぶんこの女がそう。
「一部始終を見てたわよ。あなたが聖女? いいえ、私が本物の聖女よ」
聖女ベラはドヤ顔。芝居らしい口調で私に敵対心をむき出しにてきた。
「そう、本物の聖女は私だけだから」
ベラは悪役令嬢のように笑っていた。
「はい、その通りです! 私は聖女じゃありませんよ!」
この状況はかなり不味い。私は移動販売用の自転車に乗り込み、さっさと逃げた。逃げるしかなかった。




