第29話 神様からのミッションです
いよいよリオープン当日。店の前は花で飾り付け、いつもより華やかな雰囲気だ。中も焼きたてのパンが並び、小麦粉のよい香り。目玉の高級食パンも試食を用意した。移動販売用のフランスパンや菓子パンなども詰め込み、あとはオープンさせるだけだ。
開店時刻になった。不思議と不安はなく、ナナさんやイアン、手伝いに来てくれたカイリスさんと共に客を迎えた。
近所のマダムや主婦、子供たちが店に入ってきた。まさか当日から大盛況ではないか。チラシの効果も意外とあったらしい。そういえば日本で教会のチラシを配ると案外人が来てくれる。カルトのような勧誘はダメだが、チラシのようなアナログなものでも案外効果があった事を思い出す。日本ではキリスト教はマイノリティだったが、新規でふらっと教会に立ち寄ってくれる人は意外にも多かった。
「奥様。これは高級食パンの試食です」
イアンはさっそくイケメンな見た目を活かし、近所のマダムに接客していた。白い地味なコックコートでも、背が高いと案外様になるものだ。
「あら、あら。そんな上目遣いで見たってダメよ」
マダムは照れつつも、食パンを買っていく。
「聖衣様、やっぱり俺のイケメンっぷりは罪だなぁ」
「イアン、あんまり調子に乗らないで」
「そうですよ。でも、かなり売れてますね!」
レジを手伝ってくれているカイリスさんは、売り上げの良さを実感しているらしい。
「カイリスさん、レジ手伝ってくれてありがとうね!」
素直にお礼を言ったつもりだが、一瞬睨まれたような?
「いえ、こちらこそ」
すぐにカイリスさんは笑顔。何かの見間違いだったのだろうか。
「聖女様は、移動販売に行かなくていいんですか?」
「だから、私は聖女様じゃないから! でも、そんな時間ね。行ってきます」
カイリスさんは相変わらず私の事を聖女様と呼んでいる。やめて欲しいと何度も言っていたが、意外と頑固かもしれない。
「聖衣様、頑張って街で売って来てください」
「ええ、イアンの分まで頑張るわ!」
「セイちゃん、頑張ってね」
厨房にいたナナさんにも励まされ、移動販売に行く事にした。
カイリスさんに改造してもらった移動販売用の自転車。自転車の穴には、パンを入れるボックスつきだ。これを組み立てると簡易な商品ケースにもなる。あと小さな登りや試食用のパン、チラシも持ち、街の中心部へ向かった。
店のある路地裏からは、街に中心部につくと、大勢の人。今日は祝日の午前中という事もあり、他にフルーツジュースやアイスティーなどを出す屋台も出ていた。クレープも美味しそうだと思ったが、急に不安に襲われてしまった。
他の店は皆んな美味しそう。ここでパンだけで勝負できるか?
この異世界は食文化が酷いわけでもない。舌が肥えている人も多いだろう。ここで大丈夫か?
いや、パンの味はパーフェクトだが、余計に私の売り方が悪く、足を引っ張ったらどうしようと不安になってきた。イアンやナナさん、カイリスさんだって頑張ってくれていたのに。
「それでも、やらなきゃ。恐れるな。私には最強の神様がついているじゃないの」
怖がってしまっていたが、ここで不安に飲み込まれるわけにいかない。
「大丈夫。神様がついているわ」
一人で祈っていると、そんな不安もあっさりと抜けてきた。やっぱ神様は最強だ。私が怖がって不安になるには、不信仰。
さっそく自転車のボックスを組みたて、商品ケースを作り、試食やチラシも用意。登りも立て、自転車の周囲は小さなパン屋が出来上がった。
「今日はオープンの日です! パン屋がオープンしました。美味しい焼き立てパンはいかがですか?」
周囲は同じように客引きしている店も多い。私の声は、どうしても周囲に負けてしまう。数分間、客引きの声を出したが、誰も立ち止まらない。素通りされ、クレープやアイスの方に奪われてしまう。
「うーん、どうしようかな……」
挫けそうになったが、こんな時イエス・キリストならどうするか考えてみた。
イエス・キリストは宣教する時、神殿や教会に居座り、偉そうにしていなかった。むしろ、病人や身分の低い人達に自ら会いに行っていたではないか。教会に引き篭もったり、SNS等でクリスチャンとしか交流しないのは、違うかもしれない。プロテスタントは修道院文化はないが、それも理由があるのか。
「そうか、私から動いてみればいいんだ……」
試食用のパンが入ったバスケットとチラシを持ち、前を素通りしている人達に声をかけ、試食を勧めてみた。
「試食です。お試しだけでもどうぞー」
そう言いながら、積極的に街の人に勧めていると、だんだん反応も変わってきた。チラシを見て興味を持ってくれる人もいたし、実際パンも売れ始めた。
「ありがとうございます!」
接客の営業スマイルなどでがなく、心底嬉しくなって笑顔になる。こうしてお客さんと交流しながら、ものを売るのも楽しくなってきた。
「こちらはおすすめの高級食パンです。素材にこだわった一品であり……」
緊張していたのが嘘のように、スラスラとパンのセールストークもできてしまう。
そういえば、日本にいた時は駅前で路傍伝道というのをした事があった。子供の頃のことですっかり忘れていたが、道端で聖書や神様の事を伝え、病気や怪我している人に癒しの祈りをした。
あの後、父に叱られたわけだが、人前で話したり、知らない人にゲリラ的に話しかけるのも楽しかった記憶があった。
すっかり忘れていたが、あの時の楽しさを思い出してしまったよう。今はパンの話しかしていないが、水を得た魚のように生き生きとしてしまった。さっきまで不安になっていた事が嘘のようだ。
もしかしたら、これが私の神様からのミッション?
もう一時間以上もこうしてパンを売っていたが、あまり疲れない。チラシ配りの時はもっと疲れたものだが。
パンもあっという間に売り切れだ。近くにコーヒー店に屋台があったのも運が良かったが、こんな成功するとは予想外だった。
パン屋に帰ると、店舗の方もほとんど売れきれだった。
「これは大成功といってもいいんじゃないですか?」
イアンはいちも以上にニヤニヤ笑っていた。
確かにイアンの言う通りだった。順調すぎるぐらいだった。
このガーリア地方に来てすぐは、仕事もなかった。イアンがホストになる事も考えているぐらいだったが、どうにかなるものだ。聖書にも神様が必ず人間を養う約束も書いてあった。
「順調すぎるぐらいだけどね……」
現実派のナナさんだけは、この結果に複雑そうだったが、リオープン初日は大成功だった。




