第27話 新たな味方ができました
司祭は相変わらずお金をとっていた。時には脅すような言葉を発したり、見ていられない。信仰心を完全に商売同業者にしていた。
聖書にはイエス・キリストが怒るシーンもある。その一つは神殿で商売をしていた人にブチギレていたシーンも強く印象に残っていた。子供の頃は優しい愛のイエス様を教え込まれていたので、聖書をちゃんと読んだら驚いたものだ。他にも偉そうな宗教家にもズバッと言っていたりする。簡単に言えば論破していた。
本当の愛は、悪いことも止める事かもしれない。今の司祭はどう考えてもズレている。イエス・キリストがこの場所にいたら、確実に怒っているだろう。
それでも、私は指摘する気力もなかった。異世界でもこんな風に人の信仰心や弱さを利用する宗教を目の当たりにし、悲しい気持ちの方が勝ってしまう。
「私、帰るわ……」
「え、お嬢ちゃん、帰るんかね?」
近くにいたおじさんは、私が帰るというと、驚いていた。
「ええ。ちょっと疲れちゃった」
「そうか。まあ、お嬢ちゃんみたいな人は珍しいがな」
「え、珍しい?」
確かにこの異世界では、私のような平べったい顔は珍しいが。
「いや、若い女性は少ないから」
「この地方ってそうなの?」
確かにガーリア地方は、若い女性が少ない印象だった。全くいない事はないが、女性は丈の長いスカート、上着も長めで全身を覆うようなもの。身体のラインが見えず、年齢差も出ない。若い女性が少ない事は、気づけなかった。
「これも噂だよ?」
おじさんは声のボリュームを落とし、ささやいた。
「若い女が誘拐されて生贄にされているんじゃないかっていう」
「い、生贄?」
確かに私がこの地方に来た時は、殺されかけた。あれも生贄か? ゼレナ村に来た時もそう。あれも生贄?
ゼレナ村では人身売買をしていた噂も聞いたが、これも関係ある?
「他の村や地方からも生贄の女を集めているっていう噂。まあ、噂だよ?」
「誰がそんな事を?」
「決まってるだろ」
おじさんは民衆の中心に立つ司祭を見ていた。
確かにこの司祭だったら生贄儀式をやっていても不自然ではない。その為に私が異世界に召喚されたとしたら、辻褄もあってしまう。
元いた世界でも生贄儀式があった。聖書にも生贄について書いてある。生贄を捧げれば捧げるほど成功するのだ。もちろん、神様に捧げる必要はない。もうイエス・キリストが十字架の上で生贄になった。願いを叶える等価交換として生贄を要求するのは悪魔だ。この世界は悪魔が支配している? まだまだ仮説だが、一歩前進したようだ。
「生贄で行方不明になっている女性の家族は何も言っていないの?」
「ああ。女性が行方不明になるのは、信仰や献金が足りない罰当たりって事になるからな」
「そんな……」
「おお、こわ! 俺も魔王様の天罰が来るまえに献金しよう。俺がこんな噂しているって他人にバラすなよ!」
おじさんは身をすくめると、再び献金を始めてしまった。おじさんが投げたコインが司祭の懐に吸収されていく。
「たぶん、あの司祭は生贄儀式に噛んでる。でも証拠はないのよね……」
そんな独り言を呟きつつ、ナナさんのパン屋がある商業地区まで歩く。
この路地裏を歩くと、広場での喧騒も嘘のように静かだ。野良猫がのんびりと歩く姿が目立つ。人が少ない。おそらく人は広場に集まりっているからだろう。
「あ、カイリスさん。どうしたんですか?」
ナナさんのパン屋の近くには、会計事務所もあった。その会計士であるカイリスさんが、事務所の前にいた。
年齢は四十歳ぐらい。小太りの気の良いおじさんだ。ナナさんも会計処理は全部カイリスさんに頼んでいるという。仕事は出来るようで、全部お任せと言っていた。店を再建すると知ると、予算や税金についての資料を持ってきた人物だ。面識だけはあったが、実際はどういう人か謎だ。
「いや、ちょっと今日は日差しが強くてね」
「今日はよく晴れてますもんね」
「ちょっと気分悪くなってきてさ。なんだろ、頬が熱って気持ち悪いんだ」
「たぶん、それは……」
熱中症と思われる症状だろう。とりあえず私は水を飲ませ、塩もなめさせたが、気分が悪そう。ナナさんやイアンも呼び、店に中で休ませたが。顔色は悪いままだった。
「カイリスさん、どうしたんです?」
ナナさんはオロオロ。パンを作っている時と全く違う。むしろパン作りが水を得た魚状態だったのだろう。
「病院行きませんか?」
「いや、ナナちゃん。こんな病気になったのは、俺の不信仰のせいだ。前世の罰だ。俺と先祖が悪い」
よく分からない理論でカイリスさんは自分責めを始めた。
「自己責任だ。ああ、俺が悪いんだ」
具合の悪さより、その精神苦痛の方が大変そうだった。
「聖衣様、カイリスさんを助けてあげないんですか?」
「いや、でも……」
さっきまで宗教の悪き点を見せつけられていた。自分が癒しの祈りをする事が、とても良い事なのか分からなくなった。身がすくんでしまう。
「聖衣様、きっと神様だったら目の前で苦しんでいる人を放置しませんよ」
「そ、そうだけど……」
「何を悩んでるんです? いつもの聖衣様はどこにいったんです?」
真っ直ぐなイアンの目を見ていたら、宗教について考えるのは、馬鹿馬鹿しくもなってきた。何かを信じる気持ちと、宗教組織は全く別のものではないか。
日本にいた時も、癒しの祈りを禁止されていた。牧師である父に反発もしたが、結局は宗教組織の世間体というものに自分は負けたのだ。組織に従う方が楽。日本にいた時は、目に前で苦しむ人がいても、何もしないか救急車を呼んで終わりだった。
「聖衣様、癒しましょうよ」
「う、うん!」
でも今は、異世界にいる。宗教に縛られる必要もない。この異世界にある宗教にも怖がる必要もない。
神様がついている。大丈夫、神様は私の味方だ。
「カイリスさん、今から私がする事は決して人に言わないでください」
一応釘をさした後、カイリスさんへ癒しの祈りをした。
熱っていたカイリスさんの頬は、人間らしい色に戻る。それに息も整っていた。
「あれ? 俺、どうしたんだ。具合悪いのなくなった!」
「聖衣様が癒したんです」
「そうよ、聖衣ちゃんはこんな事が出来るの」
「本当か、ナナちゃん、イアンくん?」
カイリスさんは半信半疑だったが、私が神様の話をすると、あっさりと信じた。ここまであっさり信じたのは、イアンよりも早かったような?
「聖女様だ! 最強聖女様です!」
「いやいや、私は聖女じゃありません! 最強なのは神様です!」
そうは言っても、カイリスさんも忠犬かしつつあった。
こんなに簡単で良いのだろうか。少し違和感を持ってしまうぐらいだが、カイリスさんが元気になってよかった。こもガーリア地方でもナナさんに続いて味方賀できたようだ。
カイリスさんはパン屋を再建させる為のアイデアも出してくれた。移動販売が売れるんじゃないかというアイデアも出していた。これは私も考えていた事だったが、フードトラックはもちろん、台車すら無い。
「だったら俺が自転車を改造してみます!」
「いいの?」
「聖女様の為なら!」
カイリスさんは本当に自転車を改造し、移動販売出来るようにしてしまった。自転車の後ろにボックスがつけられており、ここのパンを入れて販売できるようだった。
これにはナナさんも喜び、さっそく活用することになった。
一方イアンは不満そう。
「聖衣様の犬は俺だけです……」
そんな事も言いながら拗ねていたが、カイリスさんという味方ができて嬉しい。
パン屋のリオープンの日は近づいていた。司祭とか生贄の噂などはまだ何も分からない。今はパン屋のリオープンが優先だ。




