第25話 異世界でパン屋さん始めます
ナナさんの家は街の中心部から少し離れた商業地区にあった。
中心部といえども、道は舗装され、ザレナ村より歩きやすい。八百屋、酒屋、穀物屋なども商店も多く、村よりも生活しやすそうだ。ナナさんの家はパン屋だと聞いていた。どんなパン屋か期待が膨らんでしまう。
「わあ、可愛いパン屋さん!」
想像以上に可愛い外観のパン屋だった。二階建てで、一階がパン屋だったが、小人や妖精賀住んでいそうな雰囲気だ。さすが異世界!
ただ、路地裏にあり、隣も質屋や会計事務所。知る人ぞ知るという雰囲気で、立地は残念だ。それにクローズになっていた。外観は可愛らしいのに、店の中は薄暗く、それも残念だ。
「褒めてくれてありがとう。本当は両親と経営していたんだけど、病気で亡くなってね。私も具合が悪くなって店はずっとクローズ」
「もったいない!」
「そうですよ、もったいない!」
これは私もイアンも同じ気持ちだったが、ナナさんは複雑な表情だった。両親が死んだ事により、「不信仰だ、前世のカルマの罰!」などと悪評もたち、やる気もないという。
「そんな事ないよ」
生死が前世のカルマ や罰の結果とは、私は信じがたい考えだった。
「ありがとう。まあ、今日は上行きましょう」
「上?」
「ええ。二階は住居地よ」
ナナさんに案内され、イアン共々二階へむかった。確かに住居地で大人三人が入っても狭くない。リビングや寝室もあり、しばらくここで生活しても良いという。
「本当にいいの?」
思っても見ない親切心に涙が出そうだ。仕事は見つけられなかったが、野宿もせずにすみそうなのは、ありがたい。胸があったかくなる。
「ええ。病気治してくれたお礼!」
「ありがとう、ナナさん!」
嬉しくて私はナナさんと抱き合って喜んだ。その日はここでご馳走を食べたり、神様の事を伝えたり、賑やかに過ごした。この国の魔王を拝む宗教には疑問があったナナさんは、私の話も聞いてくれた。
こうしてガーリア地方での初日はあっと言う間にすぎていった。まだまだ職探しなど問題は山積みだったが、希望が出てきた。祈りも捧げた後、ぐっすりと眠る事もできた。
そして翌日。
キッチンの方が騒がしい。それに良い香りもした。パンの焼けるような良い香りだった。
ナナさんの死んだ母が来ていたという服も借りていた。地味目だが、麻のワンピースで手触りがとても良かった。
これに着替えてキッチンの方へ向かうと、ナナさんとイアンが朝食を作っていた。
スープと焼きたてのパンだった。この国では一般的な朝食だったが、焼きたてのパンは美味しそう。フランスパンによく似たパンだったが、皮がパリパリ。香ばしい小麦粉の香り。全てがパーフェクトに見えた。
「おはよう。このパン何? とっても美味しそうなんだけど」
「聖衣様、遅いですって。見てくださいよ、ナナさんが作ったパンです。すごく美味しそうでしょ?」
「た、確かに……」
イアンもこのパンが気に入ったらしい。興奮気味にスライスしていた。
「すごいよ、ナナさん。これは、絶対美味しいのだよ」
「えー、そう?」
二人に熱烈に褒められてしまったナナさん。顔を真っ赤にしてスープをよそっていた。このスープもミネストローネ風だが、野菜がたっぷり入っていて美味しそう。パンとこのスープの相性の良さも想像するだけで、よだれがでそう。きくと、ナナさんはパン職人でもあったらしい。道理でこのパンも美味しそう……。
「ナナさん! どうしてパン屋をオープンさせないんですか?」
「イアンの言うとおりだよ。もったいないじゃない」
出来上がった朝食をダイニングテーブルの上に並べながら聞く。
「いや、もう両親も亡くなったし、一人で経営するのも……」
「だったら俺らが手伝うっていうのは? 居候させてもらってるし。いい案だと思わない?」
イアンは上目遣いでナナさんを見ていた。あざとい。さすが元ホストだが、この提案は悪くない。
それに私もここまで住まわせて食事も準備もしてくれたナナさんに何かしたい。このまま居候はしたくない。今日もみんなより遅く起きた事は、ちょっと心苦しかった。
「でも。売り上げ悪いよ。両親が生きていた頃も食べていくのがやっとだったもの」
ナナさんは後ろ向き。いや、現実主義とも言うべきか。確かに商売となると、ちゃんと利益を出さなければならない。ずっとキリスト教の中で育った私ですら理解できる事だった。牧師であった父も献金額が足りず、よくバイトをやっていた事も思い出す。お金が全てではないが、ちゃんと考える必要があるものだ。
「だったら、ちゃんとマーケティングや戦略たててリオープンすれば大丈夫じゃない? 俺はこれでも元ホストだし、お客さんの心を掴む方法ノウハウはある!」
「イアン、そんな事言って大丈夫なの?」
「そうですよ、イアンさん。私は責任とりたくないですからね」
「まあまあ、大丈夫だよ。とりあえずチャレンジしてみない?」
イアンは私にまで上目遣い。よっぽどこの目線が武器になると自信があるようだ。
「大丈夫だよ。ウチらには神様がついてるよ?」
そのセリフはずるい。結局、私もパン屋をリオープンさせる事に賛成してしまった。
「まあ、二人がそこまでいうなら、仕方ないけど……」
ナナさんも渋々賛成。パン屋を再建する事になった。
実際、ナナさんが焼いたパンは美味しかった。見た目以上に皮がパリパリで、中はふんわりとしていた。正直、ゼレナ村のパンよりレベルが違う。ナナさんは他国にもパン修行に行った事があるらしく、納得な味だった。それにスープとの相性も最高だ。
このパンをちゃんと売り込めば、お客さんも笑顔になりそう。食べていると、パン屋を再建させる事に不安はなくなった。
まさか異世界でパン屋をする事になるとは思わなかったが……。
これも神様からの祝福か。それとも試練か。まだ未来は白紙だが、不思議と不安はなかった。




