第21話 春祭りが始まりました
村の広場で春祭りが始まっていた。あれから私達は順調に劇の準備を始め、当日を迎えていた。
ちなみに藪医者は村でさらに評判が悪化するいた。石打ちの公開処刑という話も出ていたが、それは止めた。そんな事は望んでいない。おかげで藪医者とは一応和解した形になり、もう嫌がらせはしないと約束した。この件については解決したと言って良いだろう。
そんな事より今は春祭りだ。広場には出し物コンテストのための特設ステージが用意され、出店もたくさん出ていた。広場は村人達で賑やかだ。まさに春の訪れを知らせるお祭りと言って良いだろう。
私、ラーラ、イアン達は出し物コンテストに出る為、ステージ裏で待機していた。音楽やダンスを披露する出場者が多く、ステージ裏にもその音が響いていた。音だけでなく、屋台からは甘い香り、肉の焼ける香りもしていた。この匂いのおかげで、これから劇を演じる緊張感はだいぶ薄まっていた。
ラーラも出店で買ったおにぎりを頬張り、笑っていた。一方、イアンはガチガチに緊張していた。ヨセフ役の衣装も着心地が悪そう。長めのズボン、シャツ、その上のさらの丈の長い上着、頭はターバンという格好だ。古代イスラエルの人々の服装とは微妙に違うが、どうにか似せて作った衣装だった。
私も聖母マリアのコスプレをしてい。これも長めのワンピース状の服で、ベールもしていたが、動きやすくはなく、おにぎりも食べたくなってしまった。まだ劇が始まるまで時間があるので屋台の方へ向かった。
おにぎり屋は売り切れだった。ダナさんとキースさんが出店している屋台で、私が「日本食でも出店したら珍しくて売れるんじゃない?」と提案した結果だったが、意外だった。異世界で日本食って受けるものなのか?
「それが意外とおにぎりが人気でね。すぐ売れきれちゃったよ」
ダナさんは豪快に笑っていたが、違和感を覚えた。おにぎりは買えなかった事は残念だったが、それ以上に変な気分だ。おにぎりを食べている村人も見かけたが、泣いて喜んでいる。一体何故だ?
異世界で日本食が人気になるアニメや漫画などを見たことがあるが、それは食文化が低い異世界という設定なはず。こも村はそこそこ料理も美味しいし、農作物も豊富に採れる場所だ。違和感しかないのだが。
「聖衣、おにぎり買えなかったの?」
「うん、売り切れ」
ステージ裏に帰ると、ラーラはまだおにぎりを食べていた。前食べた時と同じように感動しながら食べていた。天使・ガブリエラの衣装を身につけておにぎりを食べている姿は何ともシュール。
「ねえ、ラーラ。おにぎり美味しいの?」
「美味しい! なんか懐かしいんだよね」
「懐かしい?」
ラーラはそんな事を言っていたが、尚更違和感。日本にいた頃は外国人の観光客が教会に来た事がある。その時は味噌汁やおにぎり、漬物などをご馳走したが「珍しい!」「ジャパン、すごい!」といった反応だった。懐かしいという言葉は聞いた事はない。首を捻ってしまう。
「聖衣様も緊張しているんですか。もう客席いっぱいですよ!」
一方、イアンは私の戸惑いなどは気づかず、ガチガチに台本を握っていた。
「そんな緊張しなくても大丈夫だって。みんなお客さんは村の人でしょ?」
日本の教会では劇や讃美歌演奏など人前で出る行事も多かった。おかげであまり緊張はしていなかったが。
「大丈夫よ。祈りましょう」
私は目を閉じ、祈りを捧げた。
「あれ? 緊張感が少し抜けてきたかも?」
明らかにイアンの緊張感が取れていた。目は落ち着き、台本も普通に持っていた。
「ええ、祈りってすごいんだね」
この変化のラーラも驚いていた。実は祈りの力は科学的にも証明されていると父がドヤ顔していた事も思い出す。病院で祈っている人の方が完治する確率が高かったというデータもあるそうだ。もちろん、祈った人間が凄いのではなく、神様が凄いのだが、祈る対象がいるだけでも心が安定するんじゃないかと思う。
「聖衣様。やっぱり凄いですよ。最強です。最強聖女です!」
「ちょっと、イアン? 誤解するのは辞めてくれない?」
イアンは誤解し、何やら感動していたが、私は恥ずかしくて仕方ない。別の意味で緊張しそうだ。
「聖衣様。今度は絶対俺が守りますよ! もう藪医者なんかに悪さはさせません!」
そんなセリフまで言われてしまい、余計にドキドキしてしまう。覚えた台本のセリフも飛んでいきそうで困るのだが。
「イアンって過保護だなー。何なら聖衣はずっとこの世界に居たら良くない? 別にこの世界の謎解きとかしなくても良くない?」
「え?」
ラーラの言う事は考えても見なかった。確かのこのまま異世界に居て、困る事ってあのか?
「そうですよ。聖衣様、ずっと俺を聖衣様の犬にしてくださーい!」
いや、このイアンが忠犬化するのは困る。やはり、この異世界から帰る方法を考えなければ。
そもそもこの劇も帰る為にやっていた事だ。あのクリスマスイブの再現をしたら、帰れる可能性があるかもしれない。今はそれに賭けているのだ。
「いえ、私は日本に帰ります!」
「聖衣様、そんな事言わないでくださいよ! 聖衣様がいなくなったら、俺はどうすれば?」
「うーん、日雇いの仕事頑張って!」
「そうだね、聖衣の言う通りだよ。もうホストみたいな仕事は辞めなよね」
そんな下らない冗談を言い合っていると、もう出番が近づき、ステージに馬小屋の背景や飼い葉桶をセットした。いかにも学芸会のようま劇だが、村祭りのステージにはしっくりしたものだ。
「それではエントリーナンバー二十五番。聖衣、ラーラ、イアン達の劇をお楽しみください!」
司会者のアナウンスも流れ、ステージの幕があがった。
たくさんの拍手、歓声が響く。まずは語り手のセリフだ。語り手も私の役目だった。神様や聖書、宗教の事を説明するが、意外と村人は聞いてくれた。特に子供は興味津々だった。日本では神様や聖書、宗教には先入観もあるので、そう簡単には行かないだろう。
そして、天使・ガブリエラが聖母マリアに妊娠を告げるシーンに入った。
「おめでとう、恵まれ方」
何故かここで観客が大ウケ。確かに天使の存在は村人達にとっては、かなり珍しいものだっただろう。
「主があなたと共におられる」
「え、この挨拶は一体なんの事です?」
少々わざとらしくマリアが戸惑っている場面を演じた時だった。
急に当たりが光に満たされていた。自分の身体もふわりと宙に浮いていた。
客席は劇の演出の一部だと盛り上がっていたが、そうではない! たぶん、どこかへ転移できるサインだ。これで日本に戻れるかもしれない。
「聖衣様ー! やっぱり嫌だ! 俺と一緒に居てください!」
これで日本に帰れるはず。そう思っていたが、イアンが抱きついて来たのは誤算だった。
「ちょ、離して! イアンも日本に来ちゃうわ!」
「いいんです! 日本でもどこへでも行きます!」
「はあ?」
そんな事は聞いていない。イアンに抱きつかれたまま、私は意識も失っていた。
イアンも日本に来てしまうのか?
確かにイアンと離れるのは悲しいが、そんな事は望んではいない。きっとイアンは異世界にいた方が幸せだ。日本には言葉も話せない男に仕事はないだろう。
あぁ、大変な事になってしまった!
というか、本当に私は日本に帰れる?




