第17話 ここは一体どこですか?
夢を見ていた。
日本の父の教会で、礼拝を捧げていた。子供の頃は「何で日曜日に遊べないの?」と友達に不審がられたわけだが、生まれた時から日曜日に教会にいるのは当たり前だった。
プロテスタントの教会なので、公民館や公共の講堂のような場所。父もいつものスーツ姿で説教していた。こんな光景が夢に出てくるとは、どういう事?
説教のテーマは黙示録の大艱難について。終わりの世界に起きる恐ろしい困難が語られていた。
聖書は道徳や愛といったイメージを持つものも多いと思うが、終わりの時に関しては、とんでも無い事が書いていた。地震、災害、疫病はもちろん、クリスチャンの迫害や殉教もある。偽預言者も多く現れ、人々の愛も冷めていく。
子供の頃はそんな終わりの世界にいて絶望したものだ。もし生きている間に世界が終わったらどうしよう。不安で眠れなかった時もある。
「それでもイエス様はこう言っています。『最後まで耐え忍ぶものは救われる』と。終わりの世界でも大丈夫。イエス様が最後の最後にこの地上にやって来られます」
父はそんな言葉で説教を終わらせた。そう、終わりの世界が怖くなっても、神様が再臨される。大丈夫。そうだ、こんな異世界に飛ばされても?
目を開けたら、日本に帰って来れると思っていた。礼拝の夢なんて見るのは、日本に帰れるからだろう。きっとそうだと思い込んだが、違った。
「え?」
目を開けたら、日本ではなかった。どこかの穴の中にいた。落とし穴に落ちてしまったようだが、意外と深く、私の身長では這い上がれそうにない。
空の色の濃さは、どう見ても日本ではない。変わらずに異世界にいるようで絶望感でいっぱいだ。
確かイアンやラーラと劇の稽古中だった。ちょうど聖母マリアに天使・ガブリエラが妊娠を伝えるシーンを演じていた時、意識を失ったのだった。
何故ここに?
混乱してくるが、まだ夢の中で聞いた説教の言葉が残っていた。特にあのイエス・キリストの言葉が。「最後まで耐え忍ぶ者は救われる」。
落とし穴に落ちるぐらい終末の大艱難に比べれば、蚊に刺されたようなものだ。何とか這いつくばって出られる方法がないか考えていた時だった。
頭上から声をがした。
「おい! クソ女!」
酷い言い方だが、顔をあげると、白衣の男が見えた。一見は若いイケメンでもあったが、頭にツノも生え、背中に羽根も背負っているのが見えた。異世界人でもエルフや小人族ではなさそう。おそらく魔族だ。村では滅多に見ない顔だったが、誰だ?
「あなた一体誰よ! ここから出して!」
私は精一杯声を張り上げたが、無視。むしろ、何故私を落とし穴に落としたか説明し始めた。
この男は予想通り魔族の男。村で医者をしていたが、私が癒しをやっていた事で稼げなくなった。
「仕事奪うつもりかよ! 癒しなんてするな!」
「だから私をここに落としたのね。いいから、ここから出しなさい!」
魔族の男は私の良い事など聞く耳すら持たなかった。
「せっかく魔法を使ってあんたをここに落としたんだ! 助けるわけないだろ! ざまあ! ここでくたばって死ね!」
「ちょ、待ちなさい! ここはどこなのよ!」
私の言う事なんて聞く耳はないようだ。魔族の男は、さっさと逃げて行ってしまった。
「ど、どこなの。ここは……」
這いつくばるのも難しいそう。だったら、誰かに助けて貰おうと思ったが、人通りも無い所らしい。ここは人気の無い荒地? 頑張って大声を出し、助けるを求めたが、何の反応も無い。時々呑気な小鳥の声が響くだけだった。
「ど、どうしよう……」
癒しをしていたせいで、村の医者に恨まれていtのだ。市場の古着屋の店主も、忠告していたのに、全く危機感がなかった。目の前の人を助けたい一心だったが、誰かの仕事を奪っていたとは気が回らなかった。その点は浅はかでしかまい。ちゃんと古着屋の店主からは忠告を受けていたのに……。
「誰か、助けて!」
声を張り上げるが、何の返事もない。今はまだ昼間だが、夜になったら?
食事や排泄は?
数日はもつだろうが、三日ぐらいが限度だ。三日が過ぎたら死へカウントダウンが始まるだろ。
「ど、どうしよう……」
私は神様じゃない。殺されても三日で復活できるような身体じゃない。聖女でもない。自分の行為で誰かから恨まれるとは、全く想像していなかった。浅はかだ。それどころか、村人達に褒められ、心の何処かで調子に乗っていたのかもしれない。
「どうしよう……」
どうしようもないかもしれない。仏教的な言葉では、自業自得という状況だった。




