第16話 なぜか日本食が喜ばれたのですが
劇は台本を変えたり、演技を変えたり、こ細かい所を微調整しながら、だんだんと良くなってきた。コンテストという大きな目標ができた事が大きいようだった。
今日は、衣装を買う為、私は一人、市場に来ていた。今日は稽古はお休み。イアンは日雇いの仕事、ラーラも宿場の手伝いがあった為だった。
一人で市場に入るのは緊張したが、村人達の賑やかな声や果実や肉などの売り物に目が奪われる。ちょうど衣装に合いそうな衣服も安く古着屋で手に入り、嬉しい。
「あんた、最強聖女って呼ばれている女かい?」
「え?」
なぜか古着屋の主人にそう言われた。
「噂がたってるぜ。何でも病気も怪我も癒せる最強の聖女様だって」
「いえいえ、私はちょっと癒せるだけです。聖女でもありませんし、最強でも無いですから!」
私は必死に否定した。とはいえ、古着屋のご主人は肩こりが酷いというので、癒しの祈りをすると、目を丸くさせていた。
「おぉ、本当に聖女様じゃないか!」
「だから、聖女では無いですよ。本当に私の力じゃないですから」
ご主人にも神様のことを伝えたが、ちゃんと聞いてはくれない。聖女様とキラキラした目で言われてしまい、困ったものだ。
「ただ、聖女様。あんまり目立たない方が良いかもしれない」
「え、どういい事?」
感動していたご主人だったが、声を小さくして、周りをキョロキョロ覗っていた。
「この国は医者は魔族しかなれない」
「 そうなんですか?」
それは初耳だった。村の医院一応存在すると聞いていたが、ラーラ一家からは評判が悪かった。必要以上の検査や薬を出し、余計に具合が悪くなるとか。
「おお。医者からしてみたら、聖女様は商売邪魔するヤツだ。気をつけた方がいい。特に魔族は何をするかわからない」
「そ、そうなのね。気をつけるわ」
何も考えずに癒しをたっていたが、その可能性は全く考えていなかった。憂鬱になりそうだったが、市場で偶然、お米とそっくりな穀物をみつけた。
この国の主食は基本的にパン。あとは雑穀などで、米の出番は滅多にないと聞いていたので、懐かしい。
さっそきき米も購入し、宿場のキッチンを借りておにぎりを作った。具は魚のオイル漬けを使ったが、意外と合うものだ。
ホームシックにはかかかっていなかった私だが、おにぎりを作っていると、懐かしさで胸がいっぱい。古着屋のご主人からの言葉もすっかり全部忘れてしまった。
翌朝もおにぎりを作り、広場に持っていった。今日は劇の稽古の日だったが、イアンやラーラにもあげると、何故か喜ばれた。
「何このおにぎりって食べ物は! 超美味しい!」
「俺もこのおにぎり好きだー!」
ラーラもイアンもん涙目で喜んでいた。普通、味覚は子供の頃に完成される。異世界人であるラーラやイアンが、こんなに日本食を喜ぶのがおかしい。
異世界といっても、この村のパン、肉、魚、菓子はそこそこ美味しい。飢饉があるわけでもないし、何故こんなにおにぎりを喜んでいるのか謎。
「何かおにぎりって懐かしいな。うまいよ……」
イアンに至っては涙目で喜んでいた。単に私に気を遣っている気もしたが、涙を流しながら食べる姿は、嘘ではなさそう。どういう事?
「もしかして、この異世界って日本と関係ある? 昔、日本人が来てたりした? だったら、この世界にお米を持ち込んだ日本人がいたりする?」
その可能性も考えられたが、二人とも知らないという。
「もう、聖衣は考えすぎだよ。単におにぎりの味に感動しただけ」
「そうですよ、聖衣様。さ、おにぎりも食べ終えましたし、稽古しましょう。今日は通しでやってみましょうよ」
単に私の考え過ぎか。おにぎりの美味しさは、異世界人も魅了してしまったという事だろうか。
首を傾げていると、広場のどこかから視線も感じて振るかえる。といっても広場には私達以外は誰もいない。これも気のせいか。たぶん、日本に帰る事を考え過ぎてナーバスになっているのかもしれない。
ま、帰れなくてもいいか?
こうして米もある異世界だ。聖書もあるし、神様への祈りもできる異世界だったら。そこまで酷い場所でも無いかも?
気が楽になってきた所で、再び劇の稽古に戻った。
今日は通し稽古だ。衣装のあの聖母マリアのもののを身をつけ、最初から演じる事になった。
「おめでとう、恵まれた方」
ラーラの天使・ガブリエラのセリフが響く。ちょうどガブリエルがマリアや妊娠を告げ知らせるシーンだった。
「主があなたと共におられます」
「ガブリエル、この挨拶は一体何なの?」
私のセリフも響く。はっきり言って私は大根役者だ。戸惑っている演技もわざとらしいなぁ〜と思った瞬間。
ふわりと身体が宙に浮いた。周囲が光に包まれ、眩しい。何も見えない。
もしかして日本に帰れる?
こんな大根役者の芝居でも大丈夫だったのか? それとも「主が共におられます」という言葉の力か?
ああ、良かった。帰れるんだったら、何でも良い。
ラーラやキースさん、ダナさんと別れるのは辛い。イアンとも離れてしまうのも寂しい。
日本に帰れると思うと、彼らとも絆ができていたと気づく。
「まって、ラーラにもイアンにも、皆んなにさよならも言ってないの!」
必死に叫ぶが、光に包まれ、意識も途切れてしまった。
仕方がない。目覚めた場所が日本だったら、諦めるしか無いようだ。




