第15話 異世界の生活も順応してしまうものです
日本語には住めば都という言葉がある。どんな場所でも住んでしまえば良いところ。私も今はそんな気分だった。
異世界転移して一週間がたってしまったが、こっちの世界での暮らしも順応してしまった。確かにインターネットもなく、男女格差もあり、魔法国家でもある異世界は、不便な面も多かったが、毎日生活している内に慣れてきた。
少なくともホームシックにかかり日本に帰りたいという事もない。劇の練習や準備があるおかげで適度に忙しく、日本の事を考える暇が無いというのが真実かもしれないが。
今日も長いスローライフなランチの後、広場に出向き、劇の練習をしていた。
脚本は私が書いた。ちょうど聖母マリアが処女で身籠り、馬小屋でイエス・キリストを出産するシーンの劇で、時間としては十分にもならない。本当は羊飼いや東方の賢者のシーンも入れたかったが、予算や演技力、諸々の事情により諦めた。
「それにしても、何で処女で妊娠なんてできるの? さっぱりわからない」
劇はラーラも参加する事になり、天使・ガブリエル役をやって貰う事になったが、そこは一番引っかかっているようだった。
広場で劇の練習しながらも、ラーラは疑問が深まっているようだった。
「それはね、ラーラ。イエス様はすっごい神様で、罪なき存在という事なのよ」
私はそう答えるしか無い。いくら説明しても、理解するのは難しい箇所だ。ちなも私は聖母マリア役になった。イアンはその夫のヨセフ役。赤ん坊は市場で買ってきたぬいぐるみで代用する事になり、とってもチープな感じになった。
今日は三人で通しで演じてみたが、セリフは棒読みだし、小道具は安っぽいし、悲惨な出来だ。おそらく元いた世界の教会で演じるはずだった劇より酷い。
ラーラも私も明らかにヤル気を失っていた。広場のベンチの座り込み、市場で買った果実のジュースを飲みながら、「やめよっかな?」「そうだねー」と話していた。
「聖衣様! ラーラもそんな怠けたらいけませんよ! さあ、劇の稽古を続けましょう」
イアンだけはヤル気満々だった。ヨセフのセリフも情念たっぷりに演じ、その空間だけ昼ドラ風。おかげでマリアが托卵でもしたかのような昼ドラ展開にも見えて困る。イアンが妙にヤル気を出すせいで、劇のクオリティは余計に下がってしまった。聖書のワンシーンの演技というより、三文芝居というか、コントにしか見えないものだ。
「続きやりましょう! それにちゃんと劇を完成させられたら、聖衣様も帰れるかもしれません!」
「っていうか、イアンは聖衣が元の世界に帰って欲しいの? 本当はずっとこっちの世界にいて欲しいんじゃない?」
「ラーラ、何という事を言うんですか! 聖衣様には恩があるんです! 幸せになって欲しいに決まってるだろ」
「本当〜?」
ラーラとイアンが下らない話をしている中、改めて脚本を読んでみる。一応ストーリーは聖書通りに書いてみたものだが、なぜか違和感がある。演技力云々というより、神様も宗教の概念も何も知らない異世界人が見ても伝わりにくいかもしれない。
もっとも私が癒し、神様について伝えた事のある人は、こんな劇を見ても、案外納得したりもするが。
「聖衣、どうしたの?」
「いや、こんな劇は異世界の人はわかってくれるかなって。イアンもラーラもどう思う?」
「そうだな……」
二人とも考え込んだ時、広場にダナさんがやってきた。ラーラも母でもあり、宿場を仕切っている奥さんだったが、この劇についても事情をよく知っている。差し入れのジュースや菓子も持ってきてくれた。
「ダナさんは、どう思います?」
私はこの劇の内容に不安になり、聞いてみた。
「そうねぇ。確かに話の意味はわかるけどね。処女で妊娠するとか、ミラクル過ぎて疑問には思う」
ダナさんは苦笑しつつ、率直な感想もくれた。
「もっとこう、神様がすごい、最強っていう感じを全面に出したら良いんじゃない? 処女の女から生まれたのも、神様超すごい的な」
「なるほど」
「聖衣が癒せるのも神様がすごいからなんだよね。実際、癒されるとその点はすごい納得できるけど、劇ではもう少し変えてみたら?」
ダナさんの意見はもっともだった。もう少し脚本を改善する余地はあるだろう。
「それに、このチラシ見て」
そしてダナさんは、一枚のチラシを見せてくれた。一週間後、この村で春祭りがあり、出し物コンテストもあるという。
「これに応募してみたら良いんじゃない? だったら、目標もできて稽古にメリハリができるんじゃない?」
「ダナさん、それです! 祭りのコンテストにでましょう!」
これにイアンが一番食いついた。やる気がなくなっていたラーラだが、優勝すると、果実が一年分もらえるという景品の目が釘付けになっていた。
「聖衣見てよ。果実一年分だよ!」
「聖衣様、コンテストに出て本格的に優勝目指しましょう!」
イアンももちろん、ラーラまでヤル気が出てしまっていた。
「そ、そうね……。今は何だか酷い劇だけど、頑張ってみましょう!」
景品に釣られたわけでは無いが、私も少しだけヤル気が出てきた。もっともこの劇をやったからといっても、日本に帰れるか確証はなかったが、何もやらない訳にもいかない。少しも可能性があれば、賭けてみよう。
「じゃ、三人とも稽古頑張ってね。コンテストのエントリーは私がやっておくから」
ダナさんはそう言って去っていった。
春祭りのコンテストでの優勝が目標。ヤル気がなかった私達だったが、火がついてきた。まずは脚本の手入れをし、演技力もブラッシュアップしないと。
「じゃあ、引き続き頑張りましょう!」
「果実一年分、ゲットするぞ!」
「聖衣様の為なら、俺は何でもしますよ!」
三人で力を合わせ、劇の稽古に熱中していった。夢中で劇の稽古をしていると、あっという間に夕方になる。確かにホームシックになっている時間などは無いようだった。




