第12話 スラム街へ行きましょう
翌日。昨日はあんなに長閑に晴れていた空だったが、今日は曇り空だった。
灰色の雲を見ていると、不安になってくるものだが、これからイアンとスラム街へ行くからかもしれない。ラーラと朝食の片付けや掃除を終えると、イアンが宿場にやってきた。
「聖衣様! 俺です! 来ましたよ!」
尻尾をふってやって来たちいう感じだった。なぜか花束も渡された。困惑しかない。宿場の門でこんなものを渡されても困ってしまう。幸い、ラーラや宿場の客はいなかったが、恥ずかしい。一体なぜ花束? しかもその花束も白く可憐なものなので、恥ずかしくて仕方ない。
ちなみに前イアンから受け取った花束は、宿場のロビーに飾ってある。ダナさんは「セイちゃん、モテモテね!」とウィンクしていたが、これってモテ期と言えるのだろうか。
「今日も全力で聖衣様をお守りします。焼くなり煮るなり、お好きに使いください!」
その上、イアンは跪き、忠誠のポーズをとっていた。
私はラーラから貰った歩くやすいブーツを履いていたが、命令したらこのブーツまで舐めそうな勢いだ。勘弁して欲しい。そこまでの忠犬っぷりは望んでいない。
「ちょ、イアン。いちいち跪かないでよ。イアンって私より歳上でしょ。もっと堂々と大人っぽい態度をとって」
跪いているイアンを半ば無理矢理起こす。
「うん? 聖衣様の国は、そういう年齢で身分制度みたいなのあるんです?」
「身分制度はないけど、歳上は基本的に敬うもの。私とイアンは友達。少なくとも私は友達と思っているから、もっと対等にして欲しいな」
あまりキツく言っても逆効果になりそうなので、マイルドに話してみた。
「聖衣様と俺は友達?」
逆効果にならなかったが、イアンは意味が分からないという風にキョトンとしていた。アラサー男のキョトン顔はなかなかキツい。これは大人らしく躾ける必要がありそう。
「うん。それに私は聖女じゃないって言っているでしょ。聖衣って呼びすてにして良いんだよ」
「え、そんな! 滅相もありません!」
年下の小娘の私に恐縮しているって一体どういう事?
もう突っ込むのも疲れた。イアンから貰った花束は宿場に一旦置いていき、さっそくスラム街へ行く事にした。
宿場の近くの農地を抜け、橋を渡ったところにスラム街があるらしい。
この世界に初めて来た日は必死で逃げたものだが、案外、宿場とスラム街は距離があった事を知り、ほっとした。
「ところで昨日言っていた事は本当? 誰かが人身売買のために異世界から人を召喚しているって」
隣に歩くイアンに聞いて見た。イアンは私より背が高いので、見上げながら話す。向こうは歩幅も広いが、私が歩くスペースに合わせてくれているようだった。跪いたり忠犬みたいな事をするのは恥ずかしいが、ごくごく当たり前の気遣いはできるようだ。根からの残念イケメンでは無いようでホッとする。
「ま、噂ですが。性産業界の魔族の連中がやっているんじゃないかっていう」
「そう……」
「情報屋に会えれば良いんですがね」
「情報屋?」
「そうです。この村の探偵みたいな事やっている男です。ダークエルフなんですが、なぜか何でも知っていますね」
「それで情報屋なのね」
「ええ。いつもはスラム街の酒場で飲んだくれているんですが」
「会える?」
「とりあえず行って見ましょう」
そんな会話をしている内にスラム街の入り口までついた。
すでに生ゴミの酷い匂いが漂う。変な音楽も聞こえるし、カラスのような鳥の声も不気味だった。天気が曇っている事もあり、スラム街はより一層不気味な雰囲気だ。派手な看板の建物も見えるが、おそらくラブホテルのような施設だろう。
怖気付く。ここから行く場所はどう考えても楽しい場所ではない。昨日のピクニックのようなスローライフと格差がありすぎる。思わず手の平が汗ばんでしまう。元々手に汗をかきやすい体質だったが、今は余計にジトジトしていた。子供の頃、この体質のせいでいじめられた事も思い出し、余計に緊張してしまう。
やはりここは異世界。市場や昨日のピクニックは観光感覚で楽しめたが、そうでも無い場所もあるのだろう。
「聖衣様、緊張しています?」
「う、うん……」
「大丈夫です! 俺がいます!」
「いや、そう言われてもイマイチ信用できないんだけど」
「そうか……」
明らかにシュンとしていた。いくら忠犬のイアンでもキツく言い過ぎたかも……。
「ごめん、イアン」
「いえ、いいんですよ。でも、聖衣様には神様がいるんでしょう? 全能の神様を信じている聖衣様は、最強じゃないんですか? 聖衣様一人も守れない存在なのです?」
はっとした。
確かにそれはイアンの言う通りだった。こうしてスラム街の前でビクビクしている私は、不信仰だ。何でもできる神様を信じていないと同じ事ではないか。
「そ、そうよね! 聖書にも恐るなって書いてあったの忘れていた。そう、恐れない。私は恐れない……」
少々祈っていると、ビクビクしていた気持ちも落ち着いてきた。そう、こんな異世界のスラム街でも恐る事は無いのかもしれない!
「ありがとう、イアン。そんな視点は持てなかった」
「あぁ、褒められた! 聖衣様に褒められて光栄です!!」
大袈裟に喜ぶイアンを見ながら、私も釣られて笑ってしまう。
「では、行きましょう」
「はい! いざとなったら俺を焼くなり煮るなりして生き延びてくださいね!」
「ははは。イアンって変わっているね」
「よく言われます!」
こうしてイアンと二人でスラム街に入った。気づいたら、もう手の平の汗は止まっていた。
いざ、スラム街へ!




