第10話 のんきにピクニックへ行きます
ちゅん、ちゅん。
小鳥の声が響いていた。青い空に心地よい風、目の前には綺麗な川とお花畑があった。
あの後、忠犬犬化したイアンとラーラ、私の三人で宿場近くにある川辺に来ていた。驚いた事にこの村ではランチを二、三時間かけてゆっくり楽しむ文化があった。
イアンが市場で食事も買ってきてくれ、こうして三人でのんきに昼ごはん。シチュエーション的にはピクニックと全く同じで、私はリラックスすりより戸惑いのほうが大きい。日本でこんな事はできない。少なくとも学校や仕事がある平日には絶対できない事だった。
レジャーシートを川辺に敷き、ランチも並べる。イアンは市場で買ってきたというサンドイッチや果実らしいが、どれも美味しそう。もっともサンドイッチという名称ではないようだが、見た目はそっくりだった。あとワインやチーズもあったが、この国で飲酒ってオッケーなのか?
「この国は十六歳が成人だから、お酒も結婚もできるよ」
ラーラはそう説明し、さっそくワイングラスに酒を注いでいた。酒は葡萄酒だった。
「という事は、ラーラって十六歳?」
ラーラの見た目はもう少し幼く見えたが、もう十八歳なのだという。まさか私と同じ歳。エルフは人間より若く見えるのか。
「イアンは何歳なの?」
「俺は二十五です!」
忠犬モードで答えるイアンは、とてもアラサー男に見えない。もっと幼い印象だった。
「この状況で言いにくいんだけど、食前のお祈りしていい?」
「聖衣は、神様って方を信じているのよね」
「聖女様、それはなんですか!」
イアンは神様に興味はあるらしい。食前のお祈りの後、サンドイッチ、ワイン、チーズを楽しみながら教えた。もっとも私は父に酒に酔うと聖書の言葉を忘れてしまうと言われて育ったので、ワインは飲むのは辞めた。
「で、この葡萄酒も神様が奇跡で増やしたものだったりするのよ」
「へー」
「聖女様、その話詳しく!」
ラーラは私の話には退屈そうにしていたが、イアンは興味深々。目をキラキラさせて神様の話を聞きたがった。
「……という事で神様、イエス・キリストは十字架にかけられて殺された。私達の罪のための」
「そうか……」
ラーラはうとうとしていた。私が語る聖書の話は全く興味はなさそうだったが、イアンは何か感じるものがあるらしい。
「そうよ。イアンのような仕事をしていた人ももう神様に許されてる」
果たして異世界人もその対象かは不明。そんな事は聖書に書いていないが、イアンも過去の仕事については罪悪感もあったらしい。客に身体を売るたびに、「こんな人を騙すような事をしている自分はダメなヤツ」と自分を責めていたらしい。
こんな話を聞いてしまうと、やっぱりイアンを責められない。だからって許す事もできない。それが出来るのは、神様しかいないのかもしれない。
「という事で私に癒しができるのは、神様のおかげ。聖女様じゃないからね。聖衣って名前があるから、今度からそう呼んでくれないかな?」
「わかりました! 聖衣様!」
「様付けとかも辞めて」
「いえいえ、聖衣様と呼ばせてください!」
この忠犬どうしようか……。私が「三周回ってワンと言え」と命令したら本気でやりそうな雰囲気だった。
「で、聖衣様! 俺もそのクリスチャンって人になりたいっす! 洗礼ってやつを授けてくださいよ!」
「いやいや、それも辞めて。そもそも、異世界人にも救いが対象なのか不明だし、私が勝手に洗礼とかやっていいか不明。別に洗礼はクリスチャンだったら誰でも授けられるらしいけど……」
「そうですか……」
イアンは明らかにしゅんとしていた。
正直、イアンがこんなに神様の話について食いつきが良いとは意外。ラーラは退屈そうで寝ていたが、イアンは真剣に私の話を聞いていた。
もしかしたら、イアンもずっと孤独で愛を感じた事がないのかもしれない。そんな人に神様が自分を許し、愛している事を知ったら、目から鱗というか、肩の荷もおろせるのかも……。
「でも、私が聖書や神様の事を伝える事はできる。別にクリスチャンになるとかどうでも良いから。まずは神様について知ったり勉強して決めるといいと思う!」
「そうですか。わかりました!」
本当に彼は忠犬だ。も素直過ぎるというか、物分かりが良過ぎるぐらいだ。根は絶対悪い人じゃない。ホストの仕事もイアンの人の良さを利用した悪い大人のせいだろう。
「ふわー。聖衣、神様の話終わった?」
居眠りをしていたラーラが起きてきた。大きなあくびをし、背伸びもしていた。
「っていうか、聖衣。こんなのんきで良いの? 日本に帰る方法を探さなくていいの?」
「う、そうよね……」
それはラーラの言う通りだった。こうしてのんきのピクニックをやっていたが、帰る方法やその手掛かりは何も見つかっていなかった。こも長閑でスローライフな光景に飲み込まれそうになっていたが、楽観視できる状況でもなかった。
「イアンは何か知らない? 例えば別の世界から人が行き来しているとか」
私は誰かに召喚された可能性が高いが、一体誰がやった事?
「そういえば……」
イアンはワインを一口飲み込みと、何か思い出したようだった。
「スラム街にいる魔族達が別世界から人を呼び、人身売買しているっていう噂は聞いた事がある……」
「本当?」
「うわあ、なにそれ!」
眠くなっていたラーラも、この話題には完全に目が覚めたよう。大きな目をさらに丸くさせていた。
「確かに私も誰かに召喚されたっぽいけど……」
だったら、その人物を見つけ出せば帰れる可能性はある?
一つ問題点なのはスラム街に入る事だ。女一人があのスラム街に戻るのはリスキー。想像すただけでも、身がすくみそう。
「だったら、俺がお共します! 俺を聖女様のボディガードにお使い下さいよ。何なら煮ても焼いても構いません!」
イアンは再び私の目の前で跪いた。本当にこれは、恥ずかしいし、私は聖女じゃないのだが。
「そうだよ、聖衣。イアンと一緒にスラム街行けば何かヒントが見つかるかも?」
ラーラにも押され、結局、明日スラム街に行く事になった。
「まあ、今日はのんびりランチしよう」
「ええ、ラーラ。今日はそうするわ」
「聖衣様、このパンも食べてください!」
明日、スラム街へ行くのは不安だけど、今は三人でのんきにランチしているのが楽しい。こうしてレジャーシートの上で美味しいものを食べて笑っていると、不安も和らいできた。
私にはイアンがいる。彼がいれば、どうにかなるかもしれない。
それに私には最強な神様だってついているのだ。最悪、死ぬ事になっても天国に行くだけだ。もう天国に行く事は神様が約束してくれているし、この異世界で大変な目にあっても、乗り越えられそうではないか。
「イアン、明日はよろしくね」
「はい、聖女様!」
笑顔で言うイアンを見ながら、私は深く頷く。今はとにかく日本へ帰る方法を見つけるのが第一優先のようだった。




