プロローグ
私、橘聖衣には秘密があった。それは、人の病気や怪我を癒せる事だった。
子供の頃からそうだった。街中で車椅子や松葉杖のお婆さんを見つけると、癒してあげていた。
「神様、イエス様。どうか、このお婆ちゃんの脚を見てください。私はもうお婆ちゃんの脚が治ったと信じます。イエス・キリストの御名によって完全に癒されました!」
そう祈ると、お婆ちゃんの脚は綺麗に癒され、健康な状態に戻った。
そう、私は子供の頃からクリスチャン。この力は神様からのものだった。癒しは、ファンタジー風のアニメやゲームのヒーラーと似ているが、その力の源は、神様からだった。
私のご先祖さまも長崎で隠れキリシタンしていた血筋だ。父は牧師、母はミッションスクールの教師、親戚もキリスト教の関係者ばかりで、ごくごく自然にクリスチャンになった感じ。
聖書にも癒しの賜物(ものすごく簡単に言うと神様からのチートスキル)がある事が書かれていた。隣人の為にこの力が使えるのなら、喜んで使いたいと思っていた。海外ではクリスチャンの癒しで病気や怪我が治った人の話もよく聞く。聖書でもイエス・キリストが病人や怪我人を癒すシーンがあり、大好きなところだったが。
「そんな癒しなんて辞めなさい」
「え、パパ。どうして?」
ある日、父に呼び出された。癒しを辞めろと言われたが、意味が分からない。今まで癒し、助けた人からは、そんな事は言われていない。むしろ感謝される事が多かったのに。
「そんな癒しの奇跡で伝道するなんて、カルトと誤解されるじゃないか。海外ではともかく、日本では色々あるし」
「違うって、パパ。伝道とか布教じゃなくて、人を助けたかっただけだよ」
「いいから、辞めなさい。実際教会内でも聖衣の癒しの力は、悪魔からのものじゃないかって噂が立っているんだ。困るよ。私にだって牧師という立場があるんだ」
「そんな。悪魔の力じゃないよ!」
「わかってる。が、その癒した人のその後はどうしてる? ちゃんとクリスチャンになれるように導いているか? そうじゃなきゃ、癒しなんて辞めなさい。かえって悪魔からの攻撃もあるかもしれない」
普通の人には信じらてない事だと思うが、私も父も悪魔がいる事を知っていた。もちろん神様がいる事も。
「で、でも……」
「とにかく癒しは辞めなさい」
さらに父に怒られ、私は癒しの祈りが出来なくなった。いくら道端でも困っている人がいても、常識的な事でしか対応できない。
もちろん、仲の良い友達には頭痛や捻挫の痛みを癒したりはしていたが、父には言えない。本当にこっそりとやっていた。秘密になってしまった。
「聖衣ありがとう。宗教とかキリスト教とか嫌いだけど、すっごい最強の神様はいるのかもしれないって思う」
友達からこんなお礼を言われると嬉しいものだが、父の言う通りこんな能力を使うのは、カルト的じゃないか、支配的じゃないか、強引ではないか悩んでしまう。子供の頃はあんなに燃えていた信仰心も温くなっていった。
いつしか教会も形式的に日曜日にだけ行くようになった。祈りや聖書通読も辞め、どこからどう見てもフツーの女子大生にしか見えなくなっていた。いわゆる形式的なサンデークリスチャン化していた頃。
異世界へ転移してしまった!
そこは魔王が君臨する魔法王国。身分階級社会で人外であるエルフやゴブリン、半獣人は差別され酷使されていた。
大変な事になってしまった。帰る術もない中、ひょんな事から異世界の者達を癒す事になってしまったが。
「どうか神様。このエルフの娘の病気を目に留めてください。私はもう彼女も病気が癒されましたと信じます!」
エルフの娘の病気が癒され、元気に歩いていた。
後に私は異世界で「最強聖女」と呼ばれる事は、まだ何も知らなかった。