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第五話 日常的階層

 ダンジョンの法律的な所有者で、開発主任でもあるダンジョン・マスターの激励の声が、頭上の建物から伝声管を伝わって下りてきた。

 建物中のエレベーターが動き始める。

 冒険者たちーー彼らはさらにダンジョンに潜る目的によって、モンスターハンター、マップメイカー、トレジャーハンター、コレクターなどに分類され、そしてレンジャー、アーチャー、ウォーリアー、シーフなどに、得物、戦法、ライフスタイルによっても分類された。

 彼らはエレベーターに乗って暗黒の世界へと下りていき、不運で未熟な者はそのまま帰ってこない。

 エレベーターボーイは、ここ数日、毎朝姿を見せる、熱心な冒険者を20階層へと下ろし、そして新品の鎧に身を包んだ五人組を9階層に下ろした。蛮族風な趣深い鎧の二人組は16階層へと行き、プロ拳闘士のような出で立ちの男たちはトレーニングと称して、ほとんど手ぶらで4階層へ行った。

 昼前には見知った顔がやって来た。三年ほど前からこのダンジョンに集中しているボンダーという頬髭を生やした大男で、嵩張る丸い盾と彼の身長ほどもある長斧を使った。

 今日はさらに網や火鉢、食器といったものまで装備している。

「新しい戦闘スタイルを思いつきでもしおったか?」

 エレベーターボーイがエレベーターの入り口に置かれた使用済み切符入れの樽を磨きながら尋ねると、

「ノー」

 ボンダーは首を振った。

「食事のためだ。と言っても、モンスターを食べるのではない。以前、7階層の回廊にタマネギを植えておいた。そろそろ大きくなっているはずだ」

「なるほど。ダンジョンの中でモンスターを成長させているなんらかの作用が、タマネギにも働いておるかもしれんな。それにモンスターはタマネギを食わんから、案山子を立てる必要もないとのことか」

「そして、その後には奥の水路で魚を捕る。あの水路にはダンジョンの奥のどこからか、魚がまぎれ込むんだ、知ってたか? 魚はダンジョンの中では弱り、すぐに死んじまうが、おかげで捕るのは造作もない」

 ボンダーは調理用ナイフで宙になにか描きながら言った。

「魚は近所の地底湖から来ておるのだ。同様の水路はいくつかの階層にあるぞ」

「なに!? そんなの知らんぞ! それはどこだ! 教えてくれ! 頼む!」

 ボンダーは懇願した。この男はダンジョン内の魚釣りスポットのハンターも自称しているようだった。

「あとで俺の部屋まで来るがよい。適当な値段で売ってやろう」

 エレベーターボーイは言った。冒険者よりも長くダンジョンで過ごすエレベーターボーイは、ダンジョンの側面に関して冒険者よりも知識を多く持つということが多々あり、こういった情報はいい収入となる。

「だが、しかし、ダンジョン内の魚やタマネギで生きていかねばならぬほど、おぬしは貧乏でないはずだぞ」

「ああ。だが、最近の急激な人口増のおかげでなじみの定食屋もタベルナ屋台も大行列。どこも三時間待ちよ」

「気の滅入る話よな」

 エレベーターの籠の中の鐘が鳴った。エレベーターシャフト上部のケーブル制御機構内で、労働者たちが交代を終えたのだ。

「出発だ」

 細身のエレベーターの操り手と、大男の冒険者はエレベーターの籠へと歩んでいった。

「タマネギの収穫が済んだら、次は豆でも植えてみることにしよう。二刻ほどしたら迎えに来てくれ。そのまま腹ごなしに50階層に向かう」

「よかろう」

 ボンターはエレベータの籠の敷居をまたぎ、切符をエレベーターボーイに渡した。

「一日エレベーター乗り放題のエレネットを買わぬか? 数多くの階層を行き来する場合はいちいち切符を買うよりか、お得ぞ」

「おいおいエレベーターボーイ! 商人みたいな口ぶりだぞ!」

 ボンダーが大声で大げさに嘆いた。

「このダンジョンの中に商業の害悪を持ち込むとは! ダンジョンとは冒険者にとって職場で、生き甲斐である以上に、聖域であるともいうのに! エレネットだ?」

「少し金を稼いで、エレベーターの発達に貢献せぬかと、投資を始めようと思うただけのことよ。西方都市で新たな熱水機関が開発されたというし、それが実用化され、導入されれば俺のエレベーターはより優れたものとなる。おぬしのダンジョンにタマネギ埋めるよりかはましな試みに思えるぞ」

「誰の入れ知恵だ?」

「ホロンだ。シーフの」

「シーフか! まったく堪え難い連中だ! まったく堪え難い! ウオオオオオ!」

 ボンダーはウォーリアーで、つまりは戦士なのだが、彼は自分を特に怒れる狂戦士バーサーカーと称している。冒険者には自分を大仰な称号で呼び、呼ばれたがる者が多い。

 彼は自分の称号の正しさを証明するかのようにその場で怒り狂い、武器を振り回しはじめた。エレベータボーイは別に驚きを顔に表しはしない。これはこの大男の準備運動のようなもので、多くの腕のいい冒険者がこういったものを必要としていた。エレベーターボーイ自身がエレベーター操作の前に行う入念なチェックと似たようなもので、精神統一を目的としているのだ。

「ウオオオオオオオオ!」

 だとしても、そう広くもないエレベーターの籠の中をびゅうびゅうと長斧の刃が飛び交うのはエレベーターボーイを落ち着かない気分にさせる。職場であるエレベーターの中で、こういった邪魔が入ることは、エレベーター操作の妨害になりえた。

 エレベーターボーイは自身のエレベーター操作に常に完璧な物を求めるのだ。

 彼は籠を急降下させて、ボンダーの体を宙に浮かせて彼の怒りに水をさすと、7階層に着いた途端、大男を籠から蹴りだしてしまった。

 それからしばらくの間、主シャフトを人間の怒声がこだました。

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