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第十七話 階層超越(帰)

 マスターは怒り狂いながらも、しっかりした作りの自分のエレベーターに飛び込んだ。そのエレベーターのエレベーターボーイはこの騒動にも関わらず、うずくまって籠の骨格を工具で調整していた。

「早く出せ!」

 マスタ-の服は乱れ、手には廊下の壁に飾ってあった長剣をひっつかんでいる。その顔にダンジョンの持ち主の落ち着きは見えない。

「企業組合の傭兵集合地へやるんだ! あの二人を、生かしてこのビルから出しはしないぞ」

 籠は急降下を始め、マスターは満足した。

 いくら一流の冒険者といえども、荒事に慣れた企業組合の傭兵を前にすれば、長くは生きられまい。これまでの、企業組合の敵対者と同じ運命をたどることになるのだ。

「おぬしのエレベーターはこんなものか」

 エレベーターを操っていた男がゆっくりと振り向いた。マスターはわっと叫んだ。

 ダンジョンのエレベーターボーイだった。その細いが、硬い身体を制御装置にもたせかけている。傷だらけの顔に、敵意の混じった仏頂面を浮かべているが、その顔はエレベーターの暗い籠の中では、底知れぬ力を秘めているように感じる。

「悪くない作りだが、商人のおぬしらしい構造だ。まっこと、エレベーターの形は持ち主を表すものよ」

「そうか、貴様の仕業か、あの二人を私の階に導いたのも。一体どうやった?」

「なに、大したことではない」

 エレベーターボーイは小刻みにハンドルを回し、籠は落下のスピードを増していく。

「異質のジャンルが融合して奇抜なアイディアが生まれたに過ぎぬよ。火薬で弾丸を飛ばすより、エレベ-ターの籠を放り上げる方が平和的とも思わぬか?」

「貴様は大した男だ。貴様のような男を失うのが、どれほど企業組合の損失となるのか分かるか?」

「どうだかな」

 エレベーターボーイは喉の奥で笑った。

 籠は一瞬、落下のベクトルを変え、そして異なる空気の層に飛び込んだ。

「ここは、ダンジョンのシャフトだ。己のダンジョンに初めて入って、どんな気持ちだ、マスター?」

 マスターは目を血走らせて、手に持っていた長剣をゆっくりと鞘から抜いた。

「貴様の護身用の武器が見えんな、エレベーターボーイ?」

「なぜ、そんなものが必要なのだ? 刃物というのはエレベーターボーイの仕事の道具ではないぞ」

「だとすれば、貴様はその考えの甘さを改める必要がありそうだな。今すぐエレベーターを止めろ」

 急降下の凄まじい風圧にも関わらず、マスターは長剣を構えた。放つ殺気は血に飢えた冒険者の物のように鋭い。

 エレベーターボーイは舌を巻く。

 商人にしてこれほどの闘気とは。マスターもまったく、大した男だ。

「俺を斬り殺せば、エレベーターは停まらぬぞ」

「どうかな? 私はダンジョン・マスター。ダンジョンのことに関しては、全てのことを多少なりとも知っている。エレベーターの操作でさえ、例外ではないぞ」

「ダンジョンに入りもせず、上でふんぞり返っていただけなのに、ようほざく」

 エレベーターボーイは計器をちらりと見た。

「最後に言っておくと、俺が乗客を殺すのは、後にも先にもこれ一回きり。殺すのもおぬし一人だ。さらばだ、マスター」

「うおお!」

 マスターは怒号を発し、斬り掛かってきた。

 エレベーターボーイは、素早くレバーの一つを倒した。マスターがこの籠に乗ってくるまでに、籠の骨格の結合部を絶妙な具合に弱めておいた。それが、この衝撃で震え、弾け飛ぶのだ。

 床が無くなった。

 斬り掛かってきたマスターはそのままの姿勢で落ちていく。奈落の底目がけ、怒声を引きずりながら、たちまち見えなくなった。

 エレベーターボーイは制御機器にぶら下がっていたが、数秒後にマスターと同じ道をたどった。骨格が砕けた籠はもう単一の乗り物として存在できず、数多の金属片となって、ばらばらとシャフトを落下しはじめた。

 エレベーターボーイの隣を、籠の天井板や、梁、無数の歯車やバネ、ワイヤーが追い抜いていく。エレベータボーイにとって自由落下はなじみ深い物だったが、自分を包む籠がないことが、彼をなによりも不安にさせた。

 エレベーターは彼なしでは動かない。

 それゆえにエレベーターはエレベーターボーイは見捨てないはずだった。

 恐ろしい落下の風圧に、エレベーターボーイの目蓋や唇はめくれあがり、服が体を締め付けた。

 いよいよ暗さはその深みを増し、彼の体は大地の奥底でうめきを発する地獄へと到達するかと思われる。

 その寸前、エレベーターボーイは耳に親しんだ、金属の悲鳴を聞いた。エレベーターボーイは努力して、どうにか笑顔らしき物を顔に浮かべる。

 手を上へと伸ばすと、自分を追うように急降下してくる金属の塊に触れた。

 彼のエレベーターの籠だった。

 エレベーターボーイは息を詰め、腕の力だけで籠の壁面まで這っていき、格子扉を開けて、自分の籠に自分の身を収めた。ブレーキの音がダンジョンの空気をつんざいた。

 籠は停止したが、それからしばらくエレベーターボーイは肩で息をしていた。高度計に目をやると、まさに望んだ通りの位置だった。

 マスターの階にギールとシャルナが斬り込んだ後、エレベーターボーイは自分の籠に複雑な操作を行った。それにより、彼の籠は最初はゆっくりと、だが、ダンジョンのシャフトに入った後は徐々に落下のスピードを上げるように命じられ、無人でマスターの階を離れていった。

 エレベーターボーイはそれからマスターのエレベーターを探した。あのマスターに勝つには彼を自分の土俵に連れ込むしかなかった。ギールとシャルナの大暴れのおかげで、エレベーターボーイは誰にも見とがめられずにマスターのエレベータを見つけ、工作を行うことができた。

 すべては絶妙なタイミングが可能とした成功だった。

 だが、まだ終わりではない。エレベーターボーイは籠の中に積まれたクーラーボックスから、急いで新たなインフェルノの壷をいくつかとった。これを籠に装備して、再びマスターの階に上がり、ギールとシャルナを拾ってこなければならない。

 エレベーターが遅れたために冒険者が死ぬようなことがあってはならない。断じて、あってはならないのだ。





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