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第十六話 階層超越(行)

 ダンジョンの主シャフトをエレベーターの籠はゆっくりと下っていく。

 だが、それでもエレベーターボーイの目は真剣そのものだった。籠の位置がどこであれ、スピードがどうであれ、籠が動いている限り決して気を抜くことはない。

 客は二人。

 最高の冒険者、ギールとシャルナだった。

 エレベーターボーイは籠を10階層にゆっくりと停める。そして、二人の客の方を向いた。

 ダンジョンという世界のどの環境とも異質な戦場をくぐり抜けてきた二人組。だが、彼らとて、エレベーターボーイがエレベーターで拾いに来なければ、ダンジョンの奥底で朽ち果てる羽目になる。

 結局、このダンジョンで人間が行きていくのに必要なのは信頼だった。それさえあれば、個々の技能の限界は補え合えよう。

 いや、これはダンジョンの中だけに限った話ではないかもしれない。

 企業組合はこの点を軽んじるべきではなかったのだ。

「さて、これからやるのは俺とてまだ試したことのない技だ。上手くいくかどうかは、分からぬが、かまわぬな?」

 エレベーターはそう言った。

 ブレーキをかけ、ケーブルを切断した。これでエレベーターに対する熱水機関の支配もなくなった。

「刺激的なことは大歓迎さ」

 シャルナが答えた。ギールも隣でうなずく。

 よかろう。

 エレベーターボーイは床にひかれたロープを手に取った。

 ダンジョンのモンスターのように、激しく、容赦なく、慈悲もなき一撃が必要なのだ。

 エレベーターボーイはロープを力一杯引いた。

 エレベーターの籠の下に設置されていたのはケラルムから入手した、数個のインフェルノという爆薬だった。それが一斉に起爆する。

 64階層でエレベーターの籠をひどく揺さぶったのと同じ衝撃波が生まれたが、今回、その力はエレベーターの床にもろにぶつかり、それを押し上げる。二人の冒険者のみならず、思わずエレベータ-ボーイも息をこらえた。

 ケーブルの最大巻き上げの力を軽く凌駕する、爆発の力。

 エレベーターボーイは脊髄を圧縮される痛みに貫かれ、さらに体の中の血が足まで押し下げられるのを感じる。

 俺のエレベーターがこれほどの力をまとおうとは!

 激しい苦痛、経験したことのない上昇の中でさえ、エレベーターボーイの腕にいささかの衰えもない。籠はダンジョンの主シャフトから横穴の一つに飛び込み、さらにそこのシャフトも駆け上った。エレベーターボーイが目指したのは、企業組合のビルのエレベーターシャフトだ。

 シャフトには門もなければ、門番もいない。必要ないからだ。

 垂直のシャフトをよじ上れる者などいないし、許された籠以外は、ケーブルを巻き上げてもらえない。

 不法に他人のビルに侵入できる者がいるとすれば……それは自力でシャフトを駆け上れるエレベーターの籠を持つ者だけだった。

 エレベーターボーイの籠の上昇のスピードはなおも落ちない。シャフトを塞ぐ形で、企業組合のエレベーターの籠が停まっていた。だが、格が違う。エレベーターボーイの籠がぶつかると、それは簡単に弾き飛ばされ、粉々になってしまう。

 エレベーターボーイは目的とする高度を知っていた。ブレーキが叫び、籠が急停止する。

 企業組合のビル最上階、ダンジョン・マスターの階だ。

 格子扉ががらりと開いた。

 驚いた顔を浮かべて警備員が飛んでくる。だが、逆に二つの影が彼らに飛びかかった。

「敵襲だ!」

「馬鹿な! ありえん!」

 悲鳴を聞きつけ、さらに多くの警備員が集まってくるが、すでに部屋は修羅場となりつつあった。

 このビルにおよそ似合わぬ見た目の鎧姿二人が、大暴れしている。しかも、その動きは信じがたいほど能率的だ。

 警備員は文字通り片端から倒され、死体が床を埋め始める。

「ええい、射倒してしまえい!」

 警備員が叫び、奥から火筒やクロスボウを構えて飛び出してきた。

 だが、引き金を引く暇さえ与えられない。シャルナの投げた曲刀がうなりを上げて襲いかかった。血を吹きながら射手がばたばたと倒れる中、曲刀は意思を持つかのように持ち主の手の中に戻っていく。

 ギールの大剣はより恐ろしかった。ぶんぶん振り回されるのではない。残像を残すスピードですらない。まったく目視が不可能な速さだった。

 大剣が振られると、空気すら両断された。斬られた警備員は血まみれの肉塊になって壁や天井に叩き付けられる。

 これが最高のダンジョンの92階層制覇の腕だった。

 警備員たちは潮がひくように後退した。

「んーー手応えないねえ。ダンジョンの真上に住んでいるのだから、もっと楽しませてくれると思ったのに」

 シャルナが曲刀を逆手に持ち替えなが言う。

「仕方ないだろう。まともな人間はあんな暗くて怖い場所には下りて行きはしない。……行くのはなかば正気を失った我々のような人種だけさ」

 ギールが言いながら、斬り掛かってきた警備員の切っ先を受け流し、擬攻を仕掛けて相手の防備を崩すと、直後に敵の首を切り落とした。

「……代わりにダンジョンは我々を強くしたが」

 ギールは返り血を拭いながら言った。

 警備員に魔術師が混じっているようで、呪文を高らかに詠唱する声が人垣の向こうから聞こえた。

 シャルナはふっと一笑すると、掌から火球を放った。詠唱もなしでの魔法だ。

 炎の壁が警備員詰所を吹き飛ばす。

 ギールがダンジョン・マスターの部屋の扉を蹴り開けた。マスターが、彼の執務机から立ち上がった。

「企業組合のダンジョン・マスター。おまえに似合いの死を届けにきたぞ」

 ギールは小声ながら、遠くまで聞こえる氷のような声を発した。マスターは、激怒の怒鳴り声を上げると、雷のように身をひるがえし、彼の部屋の反対側の扉から姿を消した。

 思わずギールも驚く、見事な逃げっぷりだ。

 その素早さはモンスターに追われ、ダンジョンから逃げる冒険者に勝るものがある。

 ギールとシャルナは新たに沸き出してきた警備員を相手にせねばならなかった。

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