第十五話 ダンジョンの興味深い産物。異国人への新たな契約提案
港では五十隻もの朱塗りの木造ジャンクが出港準備の最終チェックを終えようとしていた。
船のマストの頂きではためくのは帝国の旗印。威風堂々たる船団を見て、人々が目を丸くするのがよく分かる。ケラルムがにっと笑みを浮かべた。
旗船からシフィエラが桟橋へと下りてくる。
「出港準備完了ですね、ケラルム先輩」
「十全だ、シフィエラ。なんなら、今からケラルム船団長と呼んでくれてもいい」
ケラルムは港の向こう、都市の方へと目をやった。都市は自ら産み出す排煙の幕に包まれてぼやけ、なにかこの世には実在しない物のように見える。
「……興味深い国だった。不思議な事と理不尽な事に満ちてもいたが、それでも、機会あればまたいつか来てみたい国だ。この国がこれからどう変わっていくかにも興味がある」
「私たちがこの国で手に入れた知識の数々や品々に、陛下もお喜びになるでしょうね」
「ああ、間違いない。全てがうまくいったわけではないが、それでも得た収穫は莫大だ」
ケラルムとシフィエラは都市に背を向けると、帰路につくための航海へと歩き出す。ケラルムがジャンクへの渡し板に足をかけた。
「おぬしらのダンジョン探索も完全なものにしておかぬか?」
突然低い声が地の底か、海の底から響いてきて、二人の肝がでんぐり返った。
埠頭の地面の一部がもりもりと盛り上がる。その下から現れたのは二人が乗ったことのあるエレベーターの籠だった。
「ダンジョンのエレベーターボーイ!」
「港のエレベーターボーイどもはずいぶん高い通行量を求めおったわ」
エレベーターボーイは陽光と水面の輝きに顔をしかめながら、樽を一つ、籠から担ぎだした。籠の中には同様の樽がいくつも並んでいる。
二人が駆け寄ってくると、エレベーターボーイは樽の蓋を開けてみせた。
「これは……一体なんだ?」
「おぬしらが64階層に植えたトマトだのキュウリだのに決まっとろう」
樽は珍妙な物体であふれていた。
黒い螺旋形キュウリ、車輪形トマト、無数の触手を生やしたセロリ、あるいはそれより奇抜な外見で、上手く言葉に表す事もできないだろう数々。
「ダンジョンの闇はこれらに歪んだ成長をもたらしたようだ。その形に法則性は見られぬ」
「わざわざ採ってきてくれたのか?」
「俺のダンジョンにやたらと野菜が増えるのも困るのでな」
シフィエラが野菜の一つを取り出し、匂いを嗅いで、おそるおそるかじってみる。直後にひどく咳き込んで、地面に手をついた。
「ダンジョン産タマネギを日常的に食べている男は、それを気に入っておったがな」
エレベーターボーイは言った。ケラルムは樽の中の不気味な野菜類を眺め、
「……シフィエラ、どうする? 持って帰るべきだと思うか?」
シフィエラは目を輝かせて、元気よく身を起こした。
「当然ですね、先輩! これほどユニークな突然変異体! これらをいま私たちが食べている物とかけ合わせることができれば、より多様な品種が手に入ります。品種の多さは冷害や虫害に対する、生存力に直結しますからね」
ケラルムは肩をすくめた。
「分かったよ。これが我が国を度々襲う大飢饉と、それに伴う大量死を止める役に立ってくれればいいのだがな。全部もらっていこう。いくら払えばいい?」
エレベーターボーイは首を振った。
「金貨はいらぬよ。代わりにゆずってほしい物がある」