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第十一話 0階層

「私からの手紙は読んでくれたね、エレベーターボーイ?」

 ホロンは久々に姿を表したかと思うと、こう尋ねた。

「シーフである私は、いつ死んでもおかしくないほど敵が多いのさ。だから、旅先で思いついたアイディアはすぐさま書き記して、手紙として送る事にしているんだけどーー」

「かろうじて届いておったぞ。街の急成長のせいで郵便のみならず、数多の供給ラインがうまく機能しておらぬのだ」

「知ってるよ。私は国営の郵便なんてあてにしないさ。そいつを届けたのはフリーランスのクーリエ。国営の郵便は遅くて不確実な上に、常に検閲の可能性があるからね。そういえば、西方の都市でテレグラムとかいう何かが開発されたそうだけど、これが事態をいい方向へ向ける物なのかどうかは、まだ分からない」

 ホロンは目を閉じて、海の向こうからの輸入品だとかいうおかしな茶を飲んでいる。エレベーターボーイの前にも器はあったが、用心深いこの男は手を付けない。

 不用意におかしな物を食ったり飲んだりした後に、ダンジョンの闇の影響で腹の中の物が毒性を帯びたりしてはたまったものじゃない。真のダンジョンのエレベーターボーイはダンジョンの外でも油断をしないものだ。

「あれに書いてあった戯言は何だ?」

 すでに原文は残っていない。蝋で書かれた文字は溶かして、紙は売り払ってしまった。街の、企業組合の勢力の及ばない闇市では、世間で出回るエスパルト草製の紙よりも上質なものなら一枚でもそれなりの値で売れるのだ。

 しかし、文章はしっかりエレベーターボーイの脳に焼き付いている。

 そこにあった単語は、エレベーターボーイギルド。

「エレベーターボーイギルドだ? 一体なんだそれは? 五百年前じゃあるまいし」

「エレベーターボーイという職業の特異性ゆえだよ。これからの時代、都市はさらに上へ下へと成長を続けるだろう。かといって、この中を馬や汽車で動き回るのにも限度がある。つまりは、エレベーターの黄金時代の到来というわけだ」

「本当の狙いは何だ? 何がおぬしの利益になる、こそ泥?」

「単なる善意から来る親切と言いたいところなんだけどね……」

 ホロンは笑ったが、エレベータボーイがにこりともしないので、真顔に戻り、

「抑止力だよ」

「なんだそれは?」

「企業組合の力が大きくなりすぎている。今この国で、力を持っているのは王でも、貴族でも、国会でも、僧侶でもない。商人たちさ」

「莫迦を抜かすな」

「いや、エレベーターボーイ、ダンジョンに籠ってばかりいるあんたでももう感づいているはずだ。冒険者が見つけたダンジョンを、商人たちはいち早く商売道具にしてしまった。軍人は商人の利益のために戦ってるし、貴族の地位や爵位までもいまでは売り買いされてビジネスの一部となっている」

 エレベーターボーイの見ている前で若いシーフは茶を口に運び、湯気がその顔をつかの間覆い隠した。

「奴らが全てを支配する前に私は奴らの弱点を探って抑止力としなくちゃいけないんだ。その点エレベーターというのは最適だ。エレベーターボーイ操作には高度な専門技術が必要な上、代用できる輸送方法は乏しい。都市の全てのエレベーターが止まれば、都市に巣食う商人はどれほどの損害を受けると思う?」

「なぜおぬしは商人を嫌う?」

 この問いに対してホロンは短く一笑した。

「当然じゃないか、エレベーターボーイ? 私はシーフだ。泥棒だぞ。商人とは正反対の生き物なんだ。シーフは気に食わない奴から盗むし、好きな奴には贈り物をする。商人が年中やってる損得勘定なんて糞くらえだね。とにかく、私たちは黙って企業組合に駆逐されはしない」

 彼はしかめ面のエレベーターボーイに笑って言って、立ち上がった。

「商人と私たちその敵対勢力が戦を始めた時、どちらにつくかはっきりと決めておくことだ、エレベーターボーイ」

 ホロンはエレベーターボーイの部屋の入り口に敷いてある黒い絨毯に気付いてそれに魅入られたようだった。

「この家具、実にいいね。外国からの輸入品にはない闇の匂いがするよ」

「ダンジョン産家具第一号だ」

 先日エレベーターで、はさまれてつぶされた64階層のモンスターの死骸だった。その黒い体毛はカラスの羽とも狼の毛とも異なった手触りで、触る者の背に不思議に冷たいものをはしらせた。

 絨毯になったモンスターはとうの昔に死んでいるはずなのだが、なぜかその顎が急に閉じて、ホロンの足に噛み付き、彼の靴に穴をあけた。





 ホロンの言葉ごときでエレベーターボーイはうろたえはしない。

 シーフと商人の戦争だ? そんなものは冒険者とモンスターの争い同様、くだらなく聞こえた。

 商人とシーフ、どちらが正しいのかなんて分かりはしない。商人達の、富を所有する事を目的とした経済は、人間性の一部に思えたし、それに縛られるのを嫌うシーフの生き方にもうなずける。

 だからといって、戦争に参加する気になるものでもあるまい。

 だが、ホロンの残したエレベーターボーイギルドという名前のみ、不思議にエレベーターボーイの心に残った。

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