開会
「いよいよ始まるね。私、こういう行事の独特な緊張感が好きなんだよね。お祭りって感じがする。」瑠璃は笑顔で言った。
「うん、私も好き。ワクワクしてくるよね。私達は今年で最後だから余計にそう感じるのかな。横溝君も凄い気合入ってたし、絶対今まで1番思い出に残る運動会にする。瑠璃のクラスには絶対負けないからね」私は意気込んだ。
「私だって愛梛に絶対負けないから」
〜校内放送〜
実行委員テントより3年2組横溝君、横溝紅紫君、至急実行委員テントに来てください。
校庭に入るとすぐに、赤佐君がいたので、声をかけた。
「会長、一青先輩、おはようございます」
「おはよう」瑠璃は赤佐君の方を見て言った。
「どうしたの1人で。迷子の子供みたいだったよ」
「さっきまで山吹と話をしてたんです。そろそろ実行委員テントに行くと言って別れたところだったんで、別に迷子ではありません」
「そんな拗ねないで。冗談で言ったんだよ」私は笑いながら言った。
「あっ!赤佐君ありがとう。私も実行委員テントに行かなくちゃ。忘れてた!」
瑠璃は実行委員テントの方へ走って行った。
「実行委員の仕事頑張ってね」私は声を張って言った。
「うん。頑張る!」瑠璃も一瞬振り返ってから大声で言った。
●一青 瑠璃
「おはようございます。遅れてすいません、一青です」
「まだ横溝先輩来てないんで、大丈夫ですよ」山吹君がフォローしてくれた。
「どうしたんだろう、横溝君」紫が心配そうに言った。
「ごめん、遅れた」横溝君が走ってやって来た。「そろそろ始まるな。楽しみだ」
開会式が行われ、準備体操や代表生徒による選手宣誓が行われた。
「それでは第1種目の準備だ。よろしく頼む」横溝君は言った。「実行委員長だが、放送委員でもあるから実況でも運動会を盛り上げるぞ」
横溝君の実況は、スポーツ実況を聞いているかのような声の大きさで、マイクの音が割れる程だった。
「あの〜ちょっといいですか?」女性が後ろから静かに言った。「赤佐君はどちらにいるか分かりますか?」
「赤佐君なら今やってる種目に出ているので、退場口の方に行ったら会えると思いますよ」私は同じテントにいる横溝君の実況の声で聞こえないと思ったので、女性の耳元に近付いて言った。
「教えてくれてありがとうございます。言ってみますね」女性は笑顔で言うと、退場口の方へ行った。
3年生の競技が終わって、私がテントで休憩していると、
「来ちゃった」と言って、愛梛が私の背後から来た。
「お疲れ様、ここは避暑地じゃないよ」私は愛梛の方へ向いて言った。
「いいじゃん別に。友達の様子を見に来たんだよ私は」
「はいはい」私は笑顔で言った。
「横溝君の実況凄いね」愛梛が言った。「運動会凄い盛り上がってるよ」
「近くで聞いてるとちょっと耳痛くなってくる」
と私が渋い顔をして言うと、愛梛が笑って頷いた。
●赤佐 雅寛
「今回は俺の勝ちだ」山吹がしたり顔で言った。
「今回もだろ。運動でお前と最初から勝負するつもりはないよ」
「あれ?」山吹が退場口の方へ視線を向けた。「夏休みの時、図書館で会ったお姉さんだ」
俺も同じ方向に視線を向けると、土田さんがいた。目が合い、会釈をしているので俺も仕返した。
「もしかして知り合いなのか?」山吹が俺の方を見て言った。
「いろいろあってな……後で全部話すよ。俺はあのお姉さんと話ししてくるから、先にクラスの所に帰っててくれるか?」
「分かった」と山吹は言って、クラスの所に帰って行った。
俺は土田さんの方へ行き挨拶すると、
「ちょっと時間いい?場所変えて話しましょ」
俺は土田さんの後についていき、校庭から出て少し歩いたところで土田さんが振り返った。
「ごめんね、いきなり来て驚かせちゃって」と土田さんは続けて、「私の電話番号は教えたけど、貴方達の知らないから来ちゃった」
「そうですよね、だからって学校に直接かけるのも」
「そうなの」土田さんは食い気味に言った。「だから今日は私が調べたことと、赤佐君たち生徒会で分かったことを情報交換できないかなと思ってね」
「すいません、土田さんと別れてすぐ紙を掲示板に貼ったんですが、10日位経っても何の情報も得られなくて」
「そうだったんだ……私の方はオーナーを調べた。なぜ被害届を出さなかったのかをね。取材しにオーナーの事務所に行ったんだけど、会わせてもらえないし、“お前に話すことなんてない、これ以上嗅ぎ回るな”って壁越しだけど怒鳴られちゃって。私も結局何の情報も得られなかったよ」
(嗅ぎ回るな……か)
土田さんは溜息を吐き、「正直もう手詰まりだよ……ごめんね。弱音吐いてる場合じゃないのにね」
「大丈夫です」俺は根拠もないが言った。「会長とまた3人で話をして、情報を整理するんです。視点を変えれば見えてくることもあるかもしれませんし」
「ありがとう」土田さんは涙を浮かべ、笑顔で言った。
〜校内放送〜
2年1組の赤佐君、入場口に来てください
「行かないと……すいません。校庭の部室棟の前でまた。会長と合流して行きますんで」
「分かった、頑張ってね」
俺は土田さんに軽く会釈をして、すぐに入場口へ走った。
●緑 愛梛
私は、部室棟の前にいる女性に近付き、「土田さん、お久しぶりです。会長の緑です」
「あっ!久しぶり。赤佐君に言われてきたの?」
「いえ、何も言われてませんよ」
「赤佐君にここにいるように言われたの。会長を連れてくるからって」
「そうだったんですね……もうすぐで2年生の種目も終わると思うんですぐにここに来ると思います」
(校内放送で赤佐君が呼ばれていたのは、土田さんと話していたからか……)
「あ!ここにいたんですね」赤佐君が、走って私達の方にやって来た。
「実はさっきまで土田さんと話をしてたんです。3人でまた事件のことを話そうと思って。土田さんに部室棟の前に居てくださいって言ったんです。校庭の中で唯一目印に出来る所なので」
「迷わず来れたよ」土田さん笑顔で言った。「でもさ……これだけ広くて出入り口があそこにしかないって凄いね。普通これだけの広さだったら2箇所は欲しいよね」
「確かにそうですよね。普段の授業だったら気にならないんですけど、運動会の規模だと土田さんのおっしゃるとおりです」私は土田さんの方を見て言った。
「あの……種目に出ている時に考えてたんですけど」赤佐君が言った。「なぜ犯人は人がいる時、放火したんでしょう?」
「確かに……目撃されるかもしれないのにね」私は赤佐君の方を見て言った。
「ごめん、言うの忘れたけど、火災が起きた時間は夜の8時なの。犯人がいても、暗くて見えなかったと思う」
「8時……」赤佐君は静かに言った。「その時のお店の状況は詳しく分かりませんか?満席とか」
「ちょっと待ってね……うん……満席だった。シェフが大忙しだったって証言も取れてる」
山田さんがバッグから取り出した、取材のノートを見ながら言った。
「もしかしたら……」赤佐君が、言いかけたその時、
「あっ愛梛に赤佐君も。一緒にいるのは……」瑠璃がやって来た。
「運動会の様子を取材しに来てくれたんです」赤佐君が言った。
「そう!……そうなの……それで私達生徒会で案内してたの」
瑠璃が運動会を楽しんでいる気持ちに水をさすようで、火災事件の調査をしている記者が来ているとは言えなかった。
「記者の土田です。よろしくね」土田さんが瑠璃の方を見て言った。
「記者の方……そうですか」瑠璃は静かに言った。「取材、頑張ってくださいね」
「ありがとう」土田さんが笑顔で言った。
「瑠璃、どうしたの?実行委員の仕事は?」
「あぁ、ずっと座ってるのも良くないと思ってね。その辺を散歩してたの」瑠璃が言った。「取材の邪魔になったらいけないから、私はもうテントに帰るね」
「それで赤佐君、さっき何か言いかけてたよね?何て言おうとしたの?」土田さんが赤佐君の方を見て言った。
「犯人の狙いが分かったかもしれません」
「えっ何?」私は少し強い口調で言った。
「校庭を見てみてください」赤佐君はグラウンドの方を見て言った。「出入り口が1つ、校庭の中は人でいっぱい。校章つきのボタンも見つかってます。おそらく犯人はうちの生徒で、火災事件の時に起きたパニックを校庭の中で起こそうとしてるんじゃないでしょうか?」
「それは極端な考えじゃない?出入り口は偶然かもしれないし、運動会なんだから人はいっぱいでしょ?偶然が少し重なったからってそんな物騒な事考えないの」
「そうですよね……あまりにも犯人に繋がる手掛かりが無さすぎたんで……考えた方が極端になってました」
「手掛かりがないのが手掛かりかもよ」瑠璃が後ろから話してきた。
「瑠璃、いつのまに……いつからいたの?」私は振り返って言った。
「赤佐君が、言いかけたことを言ったときかな」
「立ち聞きしてたんですか?」赤佐君驚いた表情で言った。
「ごめん、ごめん気になっちゃって。でも私、赤佐君の推理正しいと思うけどな」瑠璃が続けた。「だって犯人は繋がる手掛かりを残さないで、今日まで捕まらないでいるんだよ?これって犯人が相当頭がきれるかーー」
「ずっと前から入念に計画を立てていた。あの火災事件は犯人にとって計画の一部で、すべてはこの日のための準備だった。ボタンを落とした以外は」赤佐君が、遮った。
瑠璃は言おうとしたことを、赤佐君に遮られ、頬を膨らませていた。
「で、犯人に心当たりはあるの?」瑠璃は笑顔で言った。
「わかりません」赤佐君は、キッパリ言った。
「そうか……君になら解けると思ったんだけどな……わかった」瑠璃は静かに言った。「それじゃ、今度こそテントに戻るよ。話せて楽しかったよ、赤佐君。じゃあね愛梛」
瑠璃は今度こそ、テントの方へ向かって行った。
「赤佐君の言う通りならさ……」土田さんが静かに言った。「犯人にとって火災事件は予行練習で、運動会が本番だってことだよね?」
「はい、そういう事になりますけど、会長の言った通り偶然が重なっただけかもしれませんし」赤佐君は宥めるように言った。
「冗談じゃない」土田さんが涙声で言った。
私は土田さんの涙声には怒りのような感情も込められているように感じた。
「すいません」赤佐君が俯いた。
私は土田さんに近付き、赤佐君に悪気は無かったと伝えた。
「許せない」土田さんがそう言うと、私達から去っていった。
「赤佐君……」私は赤佐君の方を見た。
「すいません……」赤佐君は俯いたまま、立ち尽くしていた。
私は赤佐君にどう声を掛けたらいいのか、分からなかった。