7.居場所
その思いが強くなり、ミアはすうっと大きく息を吸った。
「…コウ…様…!」
その時小さくも、しかし確実にミアの声が聞こえた。コウを呼ぶ声。やさしくて柔らかな、コウが聞きたいと言ってくれた声。
「コウ様!!!」
驚くコウを前に、ミアは堰を切ったように話しだした。
「私は知っています! コウ様はずっとずっとこの国のことを、ご家族のことを、思っていらっしゃったことを! 自由奔放な王子なんかじゃない! 誰よりもやさしくて愛に溢れた方だってこと!」
「え…?」
「前に城下町に一緒に行ったことを覚えていますか? そのときコウ様はご自分の話はほとんどされずに、お国やご家族の話をされていました! それにコウ様は突然やってきた私にも嫌な顔一つしませんでした! どうしてかはわからないけどずっとそばにいてくれて、やさしくしてくれて、私がどんなに心強かったか! どんなにたくさんの勇気をもらってきたか! 私はコウ様にずっと伝えたかったのです!」
すうっともう一度大きく息を吸い込むと、ミアはさらにコウを強く抱きしめた。
「私を迎え入れてくださってありがとうございます! 居場所を失った私にたくさん力をくれてありがとう…! コウ様は間違っていません! もっとご自分に自信を持ってください!」
思わず視界が霞み、涙がこぼれる。
―誰よりも辛いのはコウ様のはずなのに、私が泣いてどうするの…!
「ふっ…。」
小さな笑い声が聞こえてミアが顔を上げると、ミアの止めどなくあふれる涙を、コウがそっと拭った。
「俺はただ認めてほしかった。わがままだなんだと言われようと、家族であることを。王族であることを。俺の居場所はここだということを。でも…ようやく俺は居場所を見つけることができたんだな。お前の隣が俺の居場所だ。」
泣きそうな、でも柔らかな笑顔でコウがミアの頭をそっと撫でる。
「コウ様の居場所はここです。私の隣にいてください。なにもかも失って、声も出せなくても、ずっとあなたを想っている妻の隣に、いつまでも…!」
「ありがとな、お前と出会えて良かった。そしてその声をもう一度聞くことができて、本当に良かった。」
コウの右手が伸ばされ、ミアの左頬に触れる。そのまま触れるだけのやさしい口づけを落とすと、コウははにかんだ。
「俺、父さんと話をしてみる。兄さんに勉強の仕方も聞いてみる。お前を…ミアを大切にできるようにもっと頑張るよ。」
「コウ様はすでに頑張っていらっしゃいます。それでも…さらに素敵になるコウ様は見てみたいかもしれません。」
そうして2人は額を近づけたままくすくすと笑いあった。
◆◆◆
それから1年後。
コウは普段から自分の気持ちをちゃんと伝えることを目標にしながら、トラペティア城に戻ってきた兄のスイから王政や世界情勢について学んでいた。
ミアはというと、あのとき取り戻した声も時々発声できなくなることがあり、今も毎日特訓を続けていた。
お互い忙しいながらも充実した日々を送っていて、毎日がきらきらとしていた。
「準備できたか?」
扉の向こうからコウの声がする。どことなく緊張していて、固い声。
「はい。」
ミアは小さく返事をする。今日は声の調子も良い。たくさん想いを伝えなければ行けない日なので、この日に合わせて特訓を続けてきた。
控えめに扉が開き、コウが部屋に入ってきた。
「…!」
息を呑む音がする。コウが純白のドレスに柔らかなベールをまとったミアを見て、言葉を失ってしまったらしい。
今日は2人の結婚の儀式の日。コウは正式な王族の装束を身にまとい、いつもより身体が強張っているように見える。
「似合っていますか…?」
コウがあまりにも固まるので、ミアは恐る恐る尋ねる。ようやく意識が戻ってきたらしいコウはぶんぶんと音がしそうなくらい頭を縦に振った。
「ああ、よく…似合っている。とても綺麗だ。」
「それなら良かったです。コウ様はいつも格好良いので、今日も通常運転ですね!」
ミアはにやりと笑ってみせる。
初めはぎこちなかった2人の関係も、想いが通じてから少しずつ変化していった。今では軽口も言えるようになり、時々言い過ぎることがあっても大きな喧嘩もなくここまでくることができた。
―それもすべて、コウ様が私を受け入れてくれたおかげ。
「コウ様、ありがとうございます。」
そんなミアの思いも露知らず、コウは困ったように眉を下げた。
「突然どうした。どちらかというとお礼を言うのは俺の方だろ? 俺と一緒になってくれてありがとう。俺の居場所になってくれて本当にありがとう。」
コウがミアの手を取る。いつかしてくれたようにそのまま手の甲に口づけると、コウは幸せそうに笑った。
「これからも一緒にいてくれ。愛している、ミア。」
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これは自分の気持ちを伝えるのがちょっとだけ苦手で、その心のやさしさ故に〝自由奔放なわがまま王子〟と呼ばれた王子と、家族を亡くし自身の声も失い、それでも諦めなかった王女が、お互いを想い、お互いの居場所になるまでの物語。
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