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声なき私の生きる場所  作者: 三月うみ
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1.はじまり

 ミアの記憶の中で一番古いものは、兄のトリアと遊んでいる記憶だ。両親は忙しかったためミアとはあまり顔を合わせることがなく、トリアとミアは2人で遊ぶことが多かった。好奇心旺盛だったミアがトリアにいたずらを仕掛けても、トリアはいつだってやさしく、笑顔を絶やすことはなかった。


 「ミア、心配なことはない?」


 「お兄様、私はもう10歳ですよ。そんなに気にかけていただかなくても大丈夫なのに。」


 そんなやさしいトリアだったからか、成長してからもことあるごとにミアを気にかけた。子供扱いされることに膨れ面をしつつも、ミアもそれを嬉しいと感じていた。トリアはミアの誇りだった。

 周りの大人たちが話していたようにトリアは「良くできた王子」だったようだ。それゆえに父である国王からは幼い頃から王政を叩き込まれ、次期国王としての知識を与えられてきた。

 そんな勉強の合間を縫ってミアと遊んでくれていたのだろう。それでもトリアが嫌な顔をしたところは見たことがなかった。

 それはトリアが18歳、ミアが16歳になっても変わらなかった。トリアはいつも笑顔でミアを気遣ってくれていて、ミアは鬱陶しいと口では言いながらもトリアを慕っていた。

 しかしトリアはそんな生活を実は重荷に感じていたのだろうか。それゆえに事は起こったのだろうか。ミアがいくら考えてもわかることではなかったが、もっとトリアと話をしていれば良かったと後悔が募っていた。


 トリアの死がきっかけで、王城は混乱を極めた。トリアが自殺したことは城内、城下町、隣国にまで広がり、国王は頭を抱えていた。

 その夜、ホルボーン国王、つまりミアの父は城に火をつけようとした。自室内で油に直接火をつけようとしたのだ。それ自体は幸い国王の自室だけの小火で済んだ。しかし国王の気は完全に触れてしまい、翌日厨房で自殺を図り、遺体となって発見された。


◆◆◆


 兄に続いて父までも逝ってしまった。母はミアが幼いころに病気で亡くなっている。本来なら国王の血縁であるミアが王になり国をまとめていかなければならなかったが、現在の心情でミアが国を動かせるはずもなく、国政に関しては秘書や従者たちが執り行うこととなった。

 たったひとり残ったミアは部屋から出ることができず、寝たきりの状態となっていた。


 「しばらくミア様は休養が必要です。今はお国のことは忘れ、ゆっくりと休むことが重要です。」


 診察に来た王城の医者は難しい顔をしていた。身体の疲れはもとより、精神の疲れは癒すのに時間がかかるということだろう。

 正直今は何も考えたくなかった。それでも毎日様子を窺いにきて、言葉をかけてくれる医者に感謝を伝えようとミアは口を開こうとした。 


 「…っ。」


 おかしい。声が出ない。


 「…っ!」


 喉は痛くない。それなのに掠れた息だけが口から漏れる。


 「ミア様? いかがされましたか?」


 医者が不思議そうにこちらを見ている。ミアはとっさに近くにあった紙とペンを取った。


 「(声が出ません。)」


 「えっ!」


 「(喉は痛くありません。でも声が出ないのです。)」


 医者は顎に手を当てながら唸った。喉に手を当てているミアを見て悲しそうに眉をひそめる。


 「(お医者様、私はどうしてしまったのでしょう?)」


 「…トリア様のこと、お父上のことがあってミア様のお心は思っていたよりも大変お疲れになっているようです。お声が出ないのも恐らく…そのためかと。ゆっくりお休みになって心がお力を取り戻したら、きっと…お声は戻るかと。」


 医者の言葉は弱々しかった。ミアの声は戻らない可能性の方が高いということだろうか。

 兄と父が逝き、そして自らの声も失った。ミアの視界は真っ暗になった。


◆◆◆


 「ミア様、初めまして。トラペティアへようこそ。」


 ミアの意識が身体に戻ってきたときにはすでにトラペティア国に到着していて、トラペティア国王と王妃から柔らかな表情を向けられていた。


 「…。」


 慌てて表情を引き締め、2人を見つめ返してから、深く頭を下げる。


 ―我が息子と会ってみないか。こういう時はそばに誰かをおくことと、環境を変えることが必要だろう。


 結婚を前提とした話ではあったが、この提案してくれたトラペティア国王と王妃には感謝していた。正直ホルボーンにいてもできることはない。ミアがやるべきことは一刻も早く声を取り戻し、体調を万全にすることだ。母国を離れることになった寂しさはあっても、ミアが前を向くためにこの婚約は大切なものだと感じていた。


 「そんなにかしこまらないで。私たちはこれから家族になるのだから。本当ならここであなたの夫になる私の息子が挨拶するべきなのだけれど…。」


 王妃は困ったように眉を下げ笑った。手を焼いている、という気持ちがありありと表れていた。

 トラペティア国王と王妃の間には2人の息子がいる。兄のスイと弟のコウ。スイはすでに結婚しており、今は大陸の西側の小さな国で生活しているそうだ。トラペティア国の次期国王として、自由が利くうちに世界を見て回りたいと申し出たらしい。

 そして今回ミアと婚約する弟のコウは「トラペティアの自由奔放なわがまま王子」と呼ばれていた。ミアの母国ホルボーンでも噂になるくらい、その性格には難があると有名だった。

 正直なところなぜそんな王子との婚約を持ちかけられたのかと不安しかなかった。これを機にホルボーンを乗っ取るつもりなのかと邪推もした。しかし今のミアにできることは少なく、国王と王妃のあたたかな気持ちを無下にするわけにもいかない。そう考えてミアはトラペティアに来ることを決めた。

 

 「…。」


 ミアは首を振り、ぎこちなく笑う。トラペティア国王はうんうんと頷くと、城の方を手で示した。


 「さあ、疲れただろう。部屋に案内しよう。」


 国王に案内された部屋は城の東側、2階の一角だった。ロビーから続く部屋は左右に3つずつあり、ミアは向かって右手の真ん中の部屋。他の部屋に人の気配は感じられなかった。


 「君の部屋の隣がコウの部屋だ。コウと君の他には今この辺りの部屋を使っている者はいないから、ゆっくり過ごすといい。でも従者を近くに置いておくから、何かあったらいつでも声をかけなさい。」


 「…。」


 ミアは答えられないことを心苦しく思いつつ、小さく頷いた。

 国王はミアが一言も話さなかったことには触れず、やさしく微笑んだ。

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