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殺せない殺し屋と小夜曲(セレナーデ)  作者: 尾崎遙香
殺せない殺し屋と小夜曲(セレナーデ)
30/31

父がレイラに遺したもの

 しばらくして意識を取り戻したルイは、ソフィアに事の顛末を説明され、止められるのを振り切って、こわばる身体を無理やり起こし、すぐさまフィガロ陛下の部屋へやって来た。

 そこで広がる悲惨な光景に顔を歪める。

 何が起きたか分からないながら、泣き崩れるレイラの側へ座り込み、無言で抱きしめる。

 そしてルイの肩に頬を押し当ててしゃくりあげるレイラの呼吸が落ち着くまで、ずっと髪を撫でていた。

 やがてレイラが落ち着くと、ルイはフィガロ陛下の瞼をそっと下ろし、手を合わせた。

 安らかな顔をした陛下に深々と頭を下げる。

 顔を上げ、レイラを振り返った拍子に、足元に何か落ちているのに気が付き、拾い上げる。

「これは?」

 ルイが拾い上げたのは、王妃が現れる前、レイラがフィガロ陛下の机の上で見つけた手紙だった。

「それは──。お父様が、《私に》って……」

 手紙を受け取り、レイラはためらいがちにルイを見やる。

 ルイも手紙から視線を上げ、見つめ返すと慎重に頷いた。

 それを受けて、レイラは封筒の端を指でちぎる。

 すると、中から出てきたのは「──鍵?」

 するりと滑り落ちて、レイラの掌に落ちたそれ。

「いったい何の鍵だろう?」

 レイラが掲げる鍵を一瞥し、ルイは部屋を見渡す。

「もしかして、机の引き出しの鍵じゃないか?」

 二人で机の後ろに回る。

 机には引き出しが三つついていて、その三つ共に鍵が付いていた。

「はめてみよう」

 ルイの言葉にレイラは頷き、一番上から試していく。

 しかし一番目は違うらしく、それどころか引いてみれば鍵はかかっていなかった。

 中には何も入っていない。

 そして二段目。

 二段目も鍵を試すより先に引いてみれば、やはり鍵がかかっておらず、何も入っていなかった。

 続く三段目。

 ルイが開けようとすると、ガン、と歯止めがかかり、開かない。

 視線で合図され、レイラは鍵を試してみる。

 するとピッタリと形が合い、カチャリと回る。

 開いてみればそこには、ぎっしりと書類が詰まっていた。

 ルイは書類を取り出し、ざっと目を通す。

「これは! 君の出生を証明する書類に、王妃の悪事を暴いた記録……」

 ルイから手渡され、レイラもそれらに目を通す。

 ロゼッタ国王がレイラに残してくれたもの。

 それはレイラの出自証明をはじめ、レイラが地位を確立するのに必要な書類や、社交界への参加を許可する書類、遺産相続に関する書類など、すべて国王の許しを得た証として押印が必要な書類だった。

 レイラがロゼッタ国王女として生活するにあたり、誰にやっかまれても有無を言わせない環境を作れるだけのすべてが、そこにあった。

 まるでレイラが来ることを予期していたかのように、レイラの地位を取り戻す手はずが完璧に整っていたのだ。

「父様……」

 レイラの瞳から温かい涙が頬を伝って落ちる。


 しかしいまは、父への感慨に浸るより、成すべきことを成さねばならない。

 レイラは涙を拭い、ルイの服の袖を引く。


「帰ろう。ルカさんとサラさんが待ってる」


 ソフィアとクロエも連れて、四人はロゼッタ王国を後にした。

 船に乗って国へ帰る道中、レイラはソフィアとクロエと話をした。

 そのとき、クロエが母と村のはずれで暮らしていたときの給仕係だったことを聞き、幾分大人びたその顔が、レイラの記憶にあるお姉さんの顔と重なった。

『あなたのお母様には実の娘のようにとても良くしてもらったわ。だから少しでも恩返しがしたくて。それでずっと、フィガロ様に仕えていたの。フィガロ様はあなたを守るように私に命じていた。どんなときも、あなたのことを考えていらっしゃったわ』

 さらにソフィアとクロエが同じ修道院の出身であることも分かり、驚いた。

 記憶のピースが《カチリ》とはまっていく。

 (あぁ、だからあのとき、ミアはソフィアを見て『見たことがある』と言ったのか)

 おそらくレイラより先に修道院にいたミアは、ソフィアとクロエのことを知っていたのだ。

 それに比べてレイラが来たのはミアよりだいぶ後。

 レイラが来るまでの間に、二人は別々の貴族に売り飛ばされてしまったのだろう。

 それがどういう経緯か、一方はモートン卿の屋敷に、もう一方はロゼッタ国王の屋敷に奉仕する運びになり、国を超えて離れ離れになってしまった姉妹は、こうして運命的にも再び会うことができた。

 お互い心のどこかでもう会えないかもしれないと思いながら、それでも再会を願い続けた姉妹が、もう一度会えたことが、レイラは自分のことのように嬉しかった。



 *     *     *



 ルイとレイラはタリアテッレ王国に戻り、フィガロ陛下が残してくれた書類をすぐさまタリアテッレ国王に提出した。

 フィガロ陛下とマリア王妃の訃報に驚きを隠せない国王は、しかし動揺する間もなくロゼッタ王国に出向き、事実確認をすることになった。

 タリアテッレ国王に対してルカとサラの無実を証明することができた二人だったが、ルイはタリアテッレ国王に同行して事実確認を行わなくてはならなかったので、レイラは一人で、地下牢の鍵をもらい、捕らえられているルカとサラを救出しに向かった。

 大急ぎで階段を駆け下りていく。

 地下牢に着くと、手錠をはめられ、足枷を付けられ、暴れたのだろう、二人の体にはそこら中に打ち付けた跡や擦り傷ができていた。

 レイラは泣きそうになる。

 錆びた扉をこじ開け、二人を抱きしめる。

「ごめんなさい、ごめんなさい……!」

 何度も謝るレイラを、二人は抱きしめ返し、サラはわしゃわしゃと髪を撫でた。

「ついにやったんだね! レイラ。無事でよかった」

「まったく遅いんだから、待ちくたびれたわよ」

 ルカは膨れながらも微笑み、レイラの背中をぽんぽん、とたたく。

「あんたなら絶対やれる、って思ってた」

 レイラの目を見て力強く言う。

「お二人のおかげです」

 涙を拭ってレイラが返せば、「まぁそうだよね」と悪びれなくルカが言ってのける。

 サラは笑い、レイラの耳元に顔を寄せて、「ルカね、ずっと『あいつ大丈夫かな、へましてないかな』って、心配していたんだよ」と耳打ちした。

 いま拭ったばかりなのに、また目頭が熱くなる。

 堪えきれずルカに抱き着けば、「おわっ!」と声を上げたルカと一緒に後ろに倒れそうになる。

「危ないな!」とルカは怒るが、まんざらでもなさそうだ。

 ──と、サラが、ふと気が付いた様子でレイラに問いかけた。

「そういえば、レイラ、ソフィアは? ソフィアはどうしたんだ?」

 途端、レイラの顔が(かげ)る。

「ソフィアさんは……、」

 レイラはソフィアが姉に会うために裏切っていたことや、でもその裏で苦しんでいたことなどを話した。

 ルカとサラは「ソフィアが」と驚いていたけれど、「そうか」と最後はどこか納得したようだった。

「私は『一緒に帰ろう』と言ったのですが、ソフィアさんは、『自分のことが許せないからちゃんと罰してほしい』と申し出てきました。ですが、私に彼女を罰する気はありません。その旨を伝えると、『なら戻らない』と言われてしまいました。それで悩んだ末、私はあることをソフィアさんに提案したのです。重労働ですが、贖罪になると思いましたし、何よりお姉さんとも一緒にいられると思ったので」

「あること?」

 レイラは頷く。

「実は、私もソフィアさんも、そしてソフィアさんのお姉さんも、同じ修道院で育ったんです。その修道院の環境は劣悪で、殺し屋としての技術を子どもに覚えさせたり、労働を強いたり、子どもたちを奴隷として売り飛ばしたり、口に出すのもおぞましい方法で金儲けをしているところでした。この先私は必ず、その修道院のシスターを解雇します。ソフィアさんには、その後の修道院の運営を任せたいのです。荒んだ境遇で自分には未来がないと、何も信じられなくなっている子どもたちを、大切に守り、育て、導いてあげてほしい」

 いつになく熱を込めて話すレイラの横顔を、二人は温かい表情で見つめる。

 ふぅん、と。

「いいんじゃない?」とルカが言う。

「だいたいさ、レイラもだけどソフィアも、なんでも一人で抱え込みすぎなんだよ。世の中には、ソフィアよりもっと、他に罰せられるべき人がいるだろうに。そういうやつらの方が、罪の意識もなくのうのうと生きているんじゃ、わりに合わないよな。でも、そうか、修道院の運営か。……うん、いいね。ソフィアきっと向いてるよ。護衛隊のリーダーでまとめ役には慣れているだろうし、頭がいいから、経済でも政治でも、農業でもなんでも幅広く教えてあげられる。いい先生になるよ」

 それから二人は体を清潔にし、傷の手当てを受け、晩餐には遅すぎる夕食をとった。

 レイラも食事に招かれ、ルカとサラと三人で、会議室で食事をとりながら、フィガロ陛下が王妃から命を張って助けてくれたこと、ずっと父に愛されていたこと、陛下のおかげで地位を取り戻せそうなこと、それからソフィアの姉のクロエも、ずっと影から守ってくれていたことなどをゆっくり話した。

 時折レイラが込み上げる涙を堪えようとする度、二人は食事の手を止めて、レイラの背中をさすってくれた。



 *     *     *



 翌日の夜、タリアテッレ国王とロゼッタ王国へ事実確認に出向いていたルイが帰国した。

 ルイは帰国したその足でレイラの部屋へ行き、扉をノックした。

「レイラ、僕だ」

 夜の少し冷えた空気に溶け込む、澄んだ低い声。

 レイラは心臓が跳ねるのを抑え込みながら扉に近づき、ドアノブに手をかける。

 扉を開いた先に立っている愛しい人の姿に、自然と頬が紅潮する。

 それを隠すようにドアを引き、ルイを部屋へ招き入れる。

 ルイは後ろ手で扉を閉めると、背中をもたせ掛け、自然な動作でレイラの手を引き、腕の中に収めた。

「やっと、帰ってこられた」

 レイラの髪の匂いを吸い込みながら、待ちかねていたように抱き(すく)める。

 レイラはルイの胸元に手を添え、高鳴りで瞳孔が開くのと、服越しに、自分のものか彼のものか、どちらか分からない心臓の鼓動を感じる。

 やがてルイは顔を離し、レイラの顎に手を添える。

 艶っぽい雰囲気が気恥ずかしくて、俯こうとするが、ルイは許さず、「目を閉じて」と甘く囁く。

 逆らえず、レイラは瞼を下ろす。

 桜色の唇に落とされた口づけは、まるで花びらが地面に落ちるときのようにやさしいものだった。

 淡く触れて、ゆっくりと離れる。

 覗き込むように首を傾げ、レイラが嫌がっていないのを確認すると、もう一度。

 今度はレイラも自ずと目を閉じる。

 繰り返される小鳥の啄みみたいな押収。

 だんだんと激しくなっていくキスにレイラの頭はのぼせていく。

 くらくらして息が続かない。

「ちょっと、待って、ルイ」

 つい顔を背けてしまう。

 まだ物足りなさそうに、しかしルイはそれ以上強引にキスをしようとはしなかった。

「ごめん、少しの間会えなかっただけなのに、我慢できなくて」

 切なげな瞳でレイラを見つめる。

 夜のせいか、寂々とした空気が香る。

 それがレイラを油断させる。

「座って。お茶を淹れるわ」

 一つ咳払いをして、ルイの腕から逃れお湯を沸かす。

「ありがとう」

 促されてルイはソファに腰を下ろす。

 ちょうどさっき紅茶を淹れたところだから、お湯の準備はすぐにできる。

 レイラはルイの隣に腰を下ろし、どうぞ、と紅茶を差し出した。

 注がれた紅茶は透きとったオレンジ色で、(かぐわ)しい茶葉の香りが漂った。

 ルイはゆっくりと一口飲み、ひと息ついてから切り出した。

「実は君に、いくつか話があって来たんだ」

 真剣なまなざしを受け、レイラは口に運びかけていたティーカップを机に戻す。

「まず、君の即位が決定した」

「即位?」

「あぁ、現在、ロゼッタ王国の国王と王妃の座は不在の状態だろう? 当然、誰かが王位を継がなくてはならない。国王の血を引くのは君とジャスミン嬢だけだ。しかし、前ロゼッタ国王妃、マリアは罪人。そうとなると、マリアの娘であるジャスミン嬢が王位を継ぐわけにはいかない。そこで君に王位継承権が認められたというわけだ」

 何も言葉が出てこない。

 レイラはてっきり、《王位継承》などの込み入った話が持ち上がるのは、もっと後のことだと思っていた。

 だからいきなり《王位継承者に選ばれた》と言われても、いまひとつ実感が湧かなかった。

「ここまでスムーズにことが運んだのは、君の父上が残してくれた遺言のおかげなんだ。僕の父上も、君が王位を継ぐことに一言として異論を唱えられなかったよ。父上はジャスミン嬢を気に入っていたからね。きっとできるならロゼッタ王妃の罪をもみ消したかったのだろうけど、ロゼッタ国王が『レイラに王位継承権を』と書き残しているんだ、手も足もでなかったよ」

「お父様が……」

 ルイは頷く。

「それから問題となっているのが、ジャスミン嬢の処遇について。彼女はレイラを殺そうと目論んだのだから、僕としては許せない。何かしら罰を受けるべきだと思う」

 静かに、ルイが憤っているのが伝わってくる。

 しかしレイラは冷静だった。

「でも、ジャスミン嬢を処罰するには、証拠がいるんじゃない? 彼女が私を殺そうとしていたと証明できるの?」

「ソフィアが『命令された』と言っていたじゃないか」

 レイラは口を開きかけ、言い淀む。

「それは、つまり、ソフィアを証人として立てるってこと? でもソフィアを証人にしてしまったら、ジャスミン嬢に従ったソフィアの罪も問われるじゃない。そしたらソフィアまで罰せられてしまう。だったらジャスミン嬢の罪を私は咎めない。私だって人を殺してきたんだもの。殺されそうになっても仕方ないわ」

「そんな」

 ルイは食い下がる。

「レイラはソフィアを許せるのか? 君を裏切ったのに」

 ルイは、なにも怒りに身を任せて言っているのではない。

 冷酷なわけでもない。

 彼なりにレイラを思い遣って言っているのだ。

 これから先、気持ちを引きずることがないように、ここで決着をつけておくべきではないかと言っている。

 それが分かっているから、レイラはルイの手に手を重ねる。

 優しく握り返され、安堵する。

「あのね、私にはソフィアの気持ちが良く分かるの。ソフィアは私と似ているから。どうにもならなかったあの頃の私と。生きていくのに必死で、心を殺していた頃の私と。それにソフィアはちゃんと謝ってくれたわ。ルイは裏切ったというけれど、結果的に彼女は私に手を出さなかった。それに、ソフィアだって陰で一人、人知れず苦しんでいたはずよ。『したくてしてるわけじゃない!』って、あんな感情的に叫ぶソフィア初めて見たわ。私の中には、ソフィアに対して憎しみも怒りもない。もう整理がついてしまっているのよ」

 穏やかに話すレイラを覗き込み、ルイはレイラの肩にかかる髪を掬う。

「そう。レイラがそう言うのなら、これ以上僕が言うことはないね」

 仕方なく、といった様子ではあるが、ルイはその言葉の通り、レイラの気持ちを尊重してくれた。

「ソフィアに罰が下ることがないよう、どうにか根回ししてみるよ」    

「ありがとう、ルイ」

 レイラはルイに微笑みかける。

 どういたしまして、とルイも微笑む。

「君のためなら、僕はどんなことでもするよ」

 レイラの手を持ち上げ、指先にキスをする。

 伏せた目元に、睫毛の影が落ちる。

 その睫毛の長さに見惚れているそばでルイが口を開くものだから、慌てて視線を逸らす。

「しかし、ソフィアは庇えたとしても、ジャスミン嬢までは無理だろうな。レイラに対する仕打ちではなく、彼女の母親の罪があるからね。ロゼッタ王妃はロゼッタ国王を刺したんだ。とても許されることじゃない。罪人の娘として、ジャスミン嬢は城を追い出されることになるだろう」

「そんな……」

 痛ましげな顔をするレイラを見て、ルイは切なそうに目を細める。

「あれだけ酷いことをされたのに、君は胸を痛めるんだね。でも、きっとそうだろうと思っていた。大丈夫だよ。ジャスミン嬢はロゼッタ王国から追い出されたとしても、リア様が引き取る手はずが整っているから。というのも、ロゼッタ国王は生前、リア様とリア様のお父様に、『娘を頼む』という内容の手紙を出していたらしくてね。ジャスミン嬢は下働きをしながら、リア様の屋敷で暮らすことになると思うよ。多分、時折リア様と一緒にヴァイオリンを演奏したり、ツアーについて回ったり、それくらいのことは、リア様がお許しになるんじゃないかな」

「そう、なんだ」

 ほっとしてレイラは胸をなでおろす。

「まぁ、僕としては、もっと思い知らせてやりたいところだけど。君が望まないなら、ただの僕のエゴになってしまうからね。やめておくよ」

 不服そうにルイは言う。

 そして紅茶を一息に飲み干し、話題を変える。

「それで、君の即位式だけど、明日行うことになったよ。急ですまない。でも、もろもろの準備は召使たちが取り計らうから、君はただ身を任せていればいい。僕も出席するからね」

「明日!?」

 レイラは面食らう。

「ちょっと待ってよ、そんな、急に言われても」

 心の準備が、間に合いそうにない。

「ごめん。急な話で戸惑わせてしまったよね。でも父上の気が変わらないうちに君にしっかりと地位を受け取っておいて欲しいんだ。せっかく君のお母様の無念を晴らせたのだから。それに、気持ちの準備を待っている間に何が起こるか分からないしね」

 そう言われると、確かにと思う。

 ルイは、『母様の名誉を挽回したい』、『地位を取り戻したい』というレイラの願いを叶えようと動いてくれている。

「とはいえ、一息にいろんなことを話したから気持ちが追い付かないだろう。今日はもうゆっくりお休み。この辺で僕は失礼させてもらおうかな」

 それじゃ、とルイは席を立つ。

 レイラも見送ろうと立ち上がる。

 ドア際までついて行き、「あの、」とルイの服の袖を掴む。

 引き留めたいのか、何なのか、自分でもよくわからない。

 ルイは言葉に詰まるレイラを丸ごと包み込もうとするように、優しく腰を引き寄せ、抱きしめる。

「大丈夫。レイラには僕がいるからね」

 おまじないのように、耳元でささやかれる言葉。

 不思議だ。

 身体から力が抜けていく。

 レイラは安心して身を預け、スゥっと、肺いっぱいに空気を吸い込んだ。

 それからレイラが自分から体を離すまで、ルイは優しく髪を撫でてくれた。

「ありがとう、ルイ」

 視線を上げ、見つめて表情を緩めると、おもむろに額にキスが落ちてくる。

「何も心配いらないよ。おやすみ、マイ・スイート・レディ」

 恥ずかしさと嬉しさを感じながら、レイラは頷き、「おやすみなさい」と控えめに手を振った。


 

 *     *     *


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