刺客の狙いと届かぬ声
レイラの心もとなさげな表情に後ろ髪をひかれつつ、扉を閉めてすぐにルイはロゼッタ国王の部屋へ向かった。
国王は祭事の前、精神を統一するために人払いをして、必ず一人になる時間を設ける。
今がちょうどそのタイミングだ。
ただし人払いをするとはいえ、ロゼッタ国王ともあろうお方を一人きりにはしない。
部屋の前に護衛が数名いるはずだ。
しかし自分だって一国の王子。
お目通りを願えば、部屋へ通してもらえるはず。
(……ダメなら金にものを言わせてでも、力づくでも入ってやる)
勇み足で王室の前にやって来れば、案の定、護衛の従者が二名いた。
ルイは頭を下げる。
「こんにちは。お勤めご苦労様です。フィガロ陛下に緊急でお伝えしたいことがあり参上いたしました。タリアテッレ王国第二王子、ルイです。お目通り願います」
「これはこれは……!」
「ルイ王子ではありませんか」
突然の王子の訪問に、二人は動揺を隠せずたじろぐ。
「しかしどうしてルイ王子が。謁見の連絡は頂いておりませんが……」
一人が口ごもると、もう片方が肘で小突く。
「こら、緊急のご用だと言っておられるだろう! すみません、ルイ王子。ただいまフィガロ様に訊いて参りますので、少々お待ちいただけますか」
「よろしくお願いします」
護衛の者が踵を返し、扉をノックしようとしたその時だった。
突然頭から血を吹き出し、その場に倒れ込む。
「──っ!!」
瞬間、ルイはとっさに後ろを振り返り、辺りを見回す。
「なんだ!?」
事態を把握するより先に、声を上げたもう一人の護衛も頭から血を吹き出しその場に倒れ込んだ。
混乱した頭で、ルイはとっさに廊下の物陰に身を隠す。
(──音がしなかった)
頭から血を流す二人は即死。
おそらく撃たれたのだろう。
苦しむ隙も与えず命を絶つとはかなりの腕だ。
(サイレンサーか)
二人の様子と状況から察するに、何者かに雇われた腕利きがサイレンサーを付けた拳銃で二人を撃ったようだ。
音がしなかったから、相手がどこにいるのか分からない。
安易に動くわけにいかず、ルイはしばらく物陰に身を潜めて様子を伺っていたが、まったく気配を感じ取れない。
嫌な予感が胸に広がっていく。
──なぜだ。
(なぜ第一に狙うのが僕じゃない……?)
もし護衛を撃った人物がこちらの計画をつぶすために雇われた殺し屋なら、雇ったのはおそらくロゼッタ王妃だろう。
だとしたら殺すべき人間は護衛ではなく自分のはずだ。
護衛を殺す意味がどこにある。
考えてルイはハッとした。
(いけない……!!)
敵の目的が自分ではないのだとしたら。
早くしないと手遅れになる。
(──頼む、間に合ってくれ……!!)
ルイは焦燥と共に全力で来た道を引き返した。
* * *
ルイは人目を忍びつつ、最速でレイラが隠れている秘密通路の扉の前に戻り、慌てて鍵を開けようとした。
しかし手が滑って上手くいかない。
(レイラ……、レイラ!!)
──ふわり。
背後に人の気配を感じ、勢いよく振り向いたときにはもう、遅かった。
焦りと気が立っていたせいで気づくのがわずかに遅れてしまった。
構えるより先に首を絞められ、口をふさがれ、鼻に布を当てられる。
冷や汗が背筋を伝う。
つんとした薬品の匂い。
鼻がもげそうになる。
(レイラだけは、レイラだけは…!!)
チャリン。
足元に鍵が落ちる。
意識が遠のいていく。
生理的な泪が瞳に浮かぶ。
自分の足で立っていられなくなったルイを、襲った人物はとさ、と中にいるレイラに気づかれないよう、静かに離れた場所に倒れ込ませる。
ルイはどうにか立ち上がろうとするも、全身の力が入らない。
そんなルイを尻目に、無慈悲にもその人物は歩いて鍵を拾い上げ、扉の前にしゃがみ込む。
そしていつでも撃てるよう、腰の拳銃を取り身構える。
ためらいなく差し込まれる鍵。
(レイラ!!)
懸命に扉へ手を伸ばすルイ。
(逃げて、レイラ!!)
伝えたいのに声がでない。
ガチャリ。
鍵が差し込まれ、回される。
しゃがみ込んだその人物は、扉を押す前に、レイラを警戒させないためか、仲間しか知らない合図を送る。
壁を三度、《コン、コン、コン》とノックする姿が、霞んだルイの視界に映る。
(こっちへ来ちゃダメだ! レイラ!!)という声にならない叫びを最後に、ルイは意識を手放した。
* * *




