仲間の犠牲と涙の覚悟
翌日、いつも通りジャスミン嬢の護衛を行わなくてはならないソフィア以外が書斎に集まり、出国前の最終確認を行っていた。
すると突然、
《バン!》
と勢いよく扉が開かれ、
「なんだ!!」とルイが声を上げた。
バタバタと武装した兵士たちが次々と部屋へ入ってきて、外へ出られないよう四人を取り囲む。
隊長らしき人物が叫ぶ。
「ここにいる全員を反逆罪で逮捕する!! ルイ様もご同行願います!!」
事態を把握する間もなく怒号が響き渡る。
無理やり兵士に連れて行かれそうになり、レイラは戦闘態勢をとる。
しかし圧倒的な数の差。
武術に長けているレイラと、王子であるルイはまだ手を出されにくい分何とかなりそうだが、ルカとサラはそうはいかない。
「ちょっと、何すんのよ!」
乱暴に腕を掴まれ、ルカが暴れる。
蹴りを入れようとするが喉元にナイフを突きつけられ、動けない。
「ルカさん!!」
助けに行こうとすれば、サラが庇うように前に立ちはだかり、後ろ手で制する。
じりじりと後ずさり、機をうかがう。
サラはレイラをチラリと見やり、声を落として言う。
「あんたは早く逃げな。今すぐルイ王子とロゼッタ王国に行くんだ」
「そんな、」
「いいから! 早く!!」
《行け!》とルカも顎で合図している。
それでも動かないレイラを見て、ルイが手を取り走り出す。
書斎の奥に外へ出られる隠し扉がある。
「必ず君たちを助けに戻ってくる!」
ルイは叫んで、レイラを無理やり引っ張っていく。
「はい! 王子! レイラを頼みます!」
「追え!」
追手をかけられるがサラが足を出してひっかける。
引っ張られるようにして走り、どうしてこんなことに、と泣きながら振り返るレイラ。
サラは髪を乱雑に引っ張られ、頬を叩かれる。
ルカもみぞおちに蹴りを入れられ嗚咽する。
「ルカさん!! サラさん!!」
ルイは本棚をずらして隠し扉を開き、すぐさま閉める。
ガチャリ。
内側から鍵を閉めた。
しばらく追手には捕まるまい。
外へと通じる階段を手を引かれて駆け下りながら、涙がこみ上げて止まらない。
扉が閉まる直前、最後にレイラが見た光景。
それは、ぐったりとした様子で、それでも兵士を睨みつけているルカと、真っ赤に腫れた頬に手を当て、悔しそうに唇を噛みしめるサラが、まるで奴隷でも扱うように乱暴に、縄で縛り上げられる後姿だった。
* * *
私のせいだ。
私のせいで、こんなことに。
地位を取り戻したいなんて、ルイと結婚したいなんて望んだから。
みんなを巻き込んでしまった。
後悔と罪悪感で胸がきゅうっと締め付けられる。
溢れる涙もそのままに、幾度となく足が止まりそうになる。
その度力強くルイに手を引かれ、どうにかついていく。
しかし一番下まで階段を降り、船着き場を目の前にしてとうとう、レイラの歩みは止まってしまった。
「……」
黙って俯き、服の裾をぎゅっと握りしめる。
今は考えても仕方がない。
分かっている。
でもこのままでは進めない。
「レイラ、早く行こう。追手が来てしまう」
ルイに急かされ、ゆるゆると首を横に振る。
「……行けない」
片足を船に乗せていたルイが、レイラの異変に気付いて足を戻し、向かい立つ。
「私、やっぱり行けない」
ぽろぽろと止まらない涙。
ルイはかがみ込み、困った様子でもなくそれを拭う。
「二人を犠牲にするなんて……」
溢せば、はっきりした声で返される。
「だからこそだよ。だからこそ僕らは作戦を成功させなくちゃならないんだ」
分かっている。
頭では、分かっているのだ、そんなこと。
「誰かの犠牲の上に成り立つ幸せなんて間違ってる!」
声を荒げてもルイはひるまない。
両腕でレイラの腕をぐい、と掴む。
「君が大切な人を守りたいと思っているように、僕だって、彼女たちだって、君を守りたいと思っているんだ」
ルイは立ち上がる。
「それにね、二人が犠牲になるかどうかなんてまだ分からないじゃないか。決めつけるには早すぎる。作戦が成功すれば二人は裁かれない。──裁かせないさ、僕と君が。いいかい、すべてはここからなんだ。ここから先の僕らの頑張りにすべてが懸かってる。必ず名誉を取り戻して帰ろう。それが二人のためにできる唯一のことなんだ」
強い瞳で諭され、レイラは頷いた。
* * *
ロゼッタ王国の船着き場は、正門のパレードの雰囲気など全く感じさせない、閑散とした場所にあった。
ひっそりと林の奥に隠されていて、靄がかったそこに船着き場があることなど到底分かりはしないだろう。
船着き場へ向かう道中、遠目に街を観察した限り、未だロゼッタ国王に《ルイ王子反逆を企てる》という通達はいっていないらしく、ロゼッタ国内で動揺や混乱は起きていないようだった。
《反逆罪》と言っていたから、作戦が露呈してしまったのかと危惧したが、どうやら作戦の詳細や潜入ルートが漏れているわけではないらしい。
船着き場に着くと、ルイが手を引いてレイラを不安定な船から下ろす。
「急ごう。情報が洩れて警備が固くなる前に」
門番にチップを渡すと、ルイは再びレイラの手を握り直し駆け出した。
誰もいない細い獣道を抜け、庭に紛れた一本道をかき分け、塀に擬態しているレンガの隠し扉を押し開ける。
まるで機械仕掛けの迷路のよう。
それにしても、とレイラは手を引いて前を行くルイの背中を見る。
足取りに迷いがない。
こんなにも大きな屋敷の地図が、狂いなく頭に叩きこまれている。
きっと何度も頭の中でシミュレーションしたのだろう。
自分も貴族の屋敷に何度も潜入したことがあるから分かる。
想像を絶する、時間と労力がかかったに違いない。
そしてそれらは全部──。
(私のため)
レイラは熱を帯びた胸を服の上から握りしめ、ならばその気持ちに全力で応えたいと、確かな足取りで一歩を踏み出した。
* * *
ルカが入手してくれた情報の通りに警備員が配置されていて、うまい具合に人目を回避してロゼッタ国王の部屋へ繋がる秘密通路の前まで来ることができた。
ルカの言っていた通り、秘密通路へ行くために上らなくてはならない階段には、普段ならメイドがいるのだが、今日はパレードに駆り出されていていなかった。
ルイはポケットから鍵を取り出すと、クローバー型の鍵穴に先端を差し込み、ガチャリと回す。
人間一人がしゃがみ込んでようやく通れるほどの大きさの扉を押せば、《キィィ……》と埃をかぶった木材と金具がこすれる音がした。
「レイラ、中に入れるかい?」
中腰になって中を覗き込み、レイラは頷く。
こういう狭いところを通るのには慣れている。
匍匐前進をして滑り込み、持ってきた懐中電灯で周囲を照らす。
広さは縦に長いが約六帖といったところだろうか。
部屋の中は真っ暗で埃っぽい。
動くたびミシッと木がしなる。
窓がなく、天井に電灯はあるようだが、壊れているのか、スイッチを押してもつかない。
懐中電灯を持ってきて正解だ。
「大丈夫かい? レイラ。入り口の扉の間反対に同じ扉があるはずなんだ。分かりにくいかもしれないけれど、壁を触ってみてもらえば、薄く釘でひっかいたような四角い線があるはずだよ」
ルイの言葉を受けて、レイラは向かい側の壁を掌で触る。
滑らせるように触っていくと、つと指の腹に違和感を感じ、横にそらせばそれはまっすぐに続いていた。
辿っていくと線は四角い形になっている。
ちょうどいま匍匐前進で入ってきた扉と同じくらいの大きさだ。
「あったわ」
「作戦は覚えているね? 僕が合図をしたらそれを全力で押してくれ。そこを開けるのに鍵はいらない。ただし内側から、君にしか開けられない」
「ええ、わかっているわ」
「こんなところに押し込めてすまない。すぐに話をつけてくるからね」
レイラは頷き、『大丈夫。行って』と視線で合図する。
ルイも頷き、扉を閉めようと手をかける。
外から入る光が少しずつ絞られていき、とうとう懐中電灯の明かりだけになる。
(──待っていて、ルカさん、サラさん)
心細くないと言えば嘘になるが、兵士に連れていかれた二人のことを思えば、暗闇くらい、なんでもない。
レイラは不安を押し殺し、《そのとき》を待った。
* * *




