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殺せない殺し屋と小夜曲(セレナーデ)  作者: 尾崎遙香
殺せない殺し屋と小夜曲(セレナーデ)
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集った仲間と消えない不安

 タリアテッレ王国に戻ってから、ルイはレイラを自分の書斎に連れて行き、これまで調べた資料を見せた。

 部屋に散らばった膨大な量の資料を見て、レイラは自分がどれだけ大切にされているのかを思い知った。

 ルイはソファにレイラと連なって腰を下ろし、「それで、あれから色々考えたのだけど」と口を開いた。

「君が人里離れた小屋で生活していたのは、ロゼッタ王妃が放った追手から逃れるためで、ローブをかぶって街へ出かけていたのも、追手から身を隠すためだったんじゃないかな。それから、物資を持ってきてれる人がいたと言っていたけれど、それはつまり、ロゼッタ王国の王族すべてが敵ではなかったということだと思う。王族の中でも、王妃とその反対勢力、つまりロゼッタ王妃とその手先は君と君のお母さんの命を狙っていて、それを止めようとしていた誰か、──おそらくロゼッタ国王じゃないかと僕は推測するのだけれど、王妃の策略に気づいたロゼッタ国王は、君と君のお母様を守ろうと秘密裏に動いていたんじゃないかな」

「ロゼッタ国王が、私と母様を守ろうと──」

 ルイは頷く。

「そう考えると、物資を持ってきてくれていた人物も、王宮に仕えていたと人物だと考えて良いだろう。それも国王に近しい、信頼できる側近……」

 心当たりはある? と問われ、レイラは首を振る。

 ルイは指を組み合わせ、前かがみになり、自分の考えを述べる。

「僕が思うに、これだけ証拠が隠滅されているとなると、ロゼッタ王妃の罪を暴くのは難しい。これだけ周到に立ち回っているのだから、たとえ手がかりを見つけたとしても、裁判所を買収してもみ消されるかもしれない。だったら……、」

「ロゼッタ国王に直接アプローチする方が得策だと」

 ルイは頷く。

「重要なのはロゼッタ王妃に気づかれずに、ロゼッタ国王に謁見するということだ。王妃に僕らがしようとしていることを見抜かれてはならない。バレたら命はないだろうからね」

 レイラは訝し気に目を顰める。

「でも、ロゼッタ王国の王宮は厳重な警備で有名なはず。《バレずに謁見する》なんて、そんなことできるかしら」

「確かに、僕たちだけでは無理かもしれないね」

 あっさりとルイは認める。

「そんな、でもじゃあ、どうしたら……」

 たじろぐレイラの口元に、ルイはシーっと、指を当てる。

「いいかい、レイラ。僕は、『()()()()()()()無理かもしれない』と言ったんだ」

「それはどういう……」

 訊き返そうとした、ちょうどそのとき。

 ──コンコン。

 扉をノックする音がして、ルイが立ち上がる。

 足早に扉に歩み寄り、注意深く扉を少しだけ開く。

 外にいる人物を確認すると、安心した様子で招き入れる。

「待っていたよ、みんな。よく来てくれたね」

 扉から現れたのは、レイラの良く知る護衛隊の面々だった。

 ルカ、サラ、ソフィアの三人。

 拍子抜けしたレイラの顔を見て、ルカが軽く鼻で笑う。

「だから、蚊帳の外はごめんだって言ったでしょう?」

 どうして、と目を丸くするレイラを尻目に、三人は覚悟を決めた表情をしていた。

「君たちの力を貸してほしい」

 当然だと言わんばかりに、三人は、「もちろんです」と跪いた。 



 *     *     *



 書斎の中央に置かれた長テーブルに資料を広げ、ルイは各自席へ着くよう促した。

 各々資料が見える位置の椅子を引いて座り、ルイの話に耳を傾ける。

「とりあえず、ロゼッタ国王は三日後、自国に戻ることになっている。明後日はロゼッタ王国の祝日で、国王だけはどうしても凱旋パレードに出席しなくてはならないらしい。本来ならロゼッタ王妃とジャスミン王女も出席するはずなのだけど、ジャスミン王女が『帰りたくない』と駄々をこねていてね……。彼女とロゼッタ王妃はタリアテッレに残るそうだ。──いいかい、これはチャンスだよ。僕たちにとってまたとないチャンス。これを逃したらもう、好機は訪れないかもしれない」

「だとしたら尚更、失敗するわけにはいきませんね。まぁ、失敗する気など始めからありませんが」

 ソフィアが淡々と答える。

 その視線は臆することなくルイを捉えていた。

「それはさておき、ルイ様。好機とはいえどうやって王宮に忍び込むおつもりですか? この件はロゼッタ王妃に悟られることなく、レイラをロゼッタ国王に会わせるのが目標ですよね? 例えば、王子の側近としてレイラを連れて行こうにも、ロゼッタ国王に謁見を申し込めばすぐにタリアテッレ国王の耳にも入りますよ。……いえ、もしかするとそれより前、この国を出ようとした時点で連絡がいくかもしれません。そのようなことになれば自ずと、ロゼッタ王妃やジャスミン王女の耳にも入るでしょう」

 感心したようにルイは頷く。  

「君の言う通りだ。僕もそう思う。そこで僕はこんな作戦を考えた」

 ルイは長テーブルの真ん中に置かれた資料を指さす。

「これはロゼッタ王国の王宮の見取り図だ。王族だけが見ることのできる極秘資料。こういう情報のやり取りは、多額の金を支払って王族が秘密裏に行っている。口外禁止の国家機密情報としてね」

 その見取り図をくまなくチェックしたルイの考えによると、事前の情報収集と船着き場の確保さえできれば、正規ルートを通らずとも王宮に忍び込めるということだった。

「そこでルカ。君にはメイドとしてロゼッタ王国に忍び込み、メイドや警備の配置場所とスケジュールの把握、それから秘密通路の鍵の入手を頼みたい。難しい役を任せてしまって申し訳ないけが、明日から三日間、どうにか頑張ってくれ。潜入する手筈は済ましてある」

「はい」

「え、ちょ……」

 そんな危険なこと、任せて大丈夫だろうかとレイラは心配になる。

「そしてサラ。君は船着き場の舟守を口説き落としてきてほしい。彼は門番としても働いていて、闇取引の常習犯だ。門番は往々として裏金のやり取りをする。国と国の境界では武器や食料やさまざまな商品が行き来するからね。門番の役職についているのは貴族ばかりで、いちいち取り締まっていたらきりがない。だから仕方なく目をつぶっているけれど、これまでの悪事が暴かれたらたまったものじゃないだろう。だから闇取引をしていた証拠を突きつけて、交換条件を持ち出すんだ。門番の悪事を伏せる代わりに、こちらの都合に合わせて船着き場と裏門を開いてほしいとね。取引の鍵となる関所の記録を入手するのは、役所勤務の君が適任だ。──と、ここまでが事前準備で、僕とレイラは当日一緒に船着き場から王宮に忍び込む。いきなりレイラをロゼッタ国王に会わせてトラブルにならないように、僕が先に国王と話をつける。その間、レイラはロゼッタ国王の個人部屋と繋がっている、屋根裏部屋のような秘密通路に身を潜めて待ち、僕が合図をしたら通路を通って部屋へ来る。国王の部屋には仕掛けがあって、壁に隠し扉があるんだ。でもその扉は通路側から、──つまりレイラにしか開けられない。僕が開いて招き入れることができないから、レイラに隠し扉を開くタイミングを合図する。そういう算段でどうだろう?」

 それでいいのではないでしょうか、とルカとサが頷く。

 論理的には問題がなさそうに見えるけれど、実際に動いたらどうだろう。

「合図とは?」

 レイラが頷きかねているとソフィアが口を挟む。

「そうだな、……通路に面した壁を三回ノックする、とか」

 納得したようにソフィアは頷く。

 ソフィアと視線がかち合えば、分かった? と目で問いかけられる。

 そこではっとしてレイラはルイに問う。

「ルイ、ソフィアは? ソフィアの役割はどうなっているの?」

「あぁ、そうだったね。ソフィアにはこの国に残ってもらおうと思っているよ。そしてジャスミン王女の護衛をいつも通り行ってもらう。ソフィアは護衛隊の中でも王族との距離が近い任務を任されているからね。突然姿が消えるのは良くないだろう。だから普段通りの業務を行ってもらうのが良いと思う。それで、万が一タリアテッレ国内で不審な動きがあれば、すぐに使者を送るなりして伝えてほしい」

「わかりました」

 護衛隊のみんながルイの作戦に納得する中、レイラは神経質に爪を噛み、あら探しをしていた。

 不安の種が頭から消えない。

 ぐるぐると渦を巻く。

 本当にそんなにうまくいくだろうか?

 もしルカやサラが失敗したら?

 どんな危険な目に巻き込まれるか分からない。

 たとえルカとサラが無事任務を成功させたとしても、命じられたわけでもなく他国に忍び込み、取引を行ったり、情報を得ようとしたりしたことが知られれば処罰の対象になるだろう。

 タリアテッレ王国において、国王の許可を得ず他国へ出向くことは重罪だ。

 無許可での渡国には、他国と裏で同盟を組む可能性が伴うとされ、その可能性があるだけで反逆罪とみなされてしまう。

 ──反逆罪。

 ごくり、とレイラは息を飲む。

 地下牢へ収容される重罪だ。

 それほどの重荷を、仲間に背負わせようとしている。

 自分だけが罪を負うならまだしも……。

 ましてや自分はただ身を潜めるだけで、危ない役目は仲間に任せるなんて、そんなこと……。

 深刻な表情で黙り込んだレイラを見て、ルカが(げき)を飛ばす。

「しみったれた顔してんなよ、レイラ!」

 皆の視線がルカに集中する。 

 それをもろともせず、ルカはレイラを射抜き、強く説く。

「──いいか。あんたのその表情で、何考えてんのかだいたい予想つくよ。でもいまそんなことはどうでもいい。大事なのは、危ないか危なくないかでも、やれるかやれないかでもない。《自分がどうしたいか》だ。私はレイラの力になりたい。だからやる。私がしたいからそうするんだ。レイラはどうしたい?」

 ──私?

「私は……、」

 つかえる言葉を飲み下して、深く息を吸う。

 もう一度口を開いたとき、口から出たのは、ずっと口にしてはいけないと押し殺してきた、一番大切な気持ちだった。

「私は、母様の地位を取り戻したい。父様にも会ってみたい。それで地位を取り戻せたら、ルイと結婚したい」

「よし。そしたらそのことだけ考えな」

 ルカは船灯のお頭のように頼もしく、腰に手を当て頷いた。

 それを見てサラもクスっと笑い、満足そうに頷く。

「良い仲間を持ったね」

 ルイがレイラの腰に手を回して言う。

 ところがなぜか、ソフィアだけはどこか浮かない顔をしていて、それがレイラは気がかりだった。

 表情があまり変わらない性格ではあるが、彼女を取り巻く雰囲気が、心なしいつもよりピリピリとして感じられたから。



 *     *     *



 レイラが憂慮していたのが嘘のように作戦はスムーズに進んだ。

 『さすがは我が王国の護衛隊』とルイが舌を巻くほどに。

 まずはサラ。

 普段から様々な悪事を暴くために資料を入手するのが仕事の彼女にとって、闇取引の資料を見つけ出すのは難しいことではなかった。

 仕事をしながらすんなりと証拠を入手する。

 なおかつ運の良いことに、ロゼッタ王国との商談の予定がタイミング良く入り、ターゲットとの接触に難なく成功。

 門番に用意していた証拠を突きつけ、ルイに言われた通り取引を持ち掛けた。

 サラが機転を利かして口止め料を用意していたことも相まって、取引は揉めることなく終えられた。

 次に、ロゼッタ王国にメイドとして潜入し、警備の位置を把握して、秘密通路の鍵を入手するという難しい任務を任されていたルカだが、彼女の首尾も上々だった。

 帰国後、ルカは返って来たその足で書斎へやって来た。

 人差し指でくるくると盗んできた秘密通路の鍵を回しながら。

 毎度、猫のような足取りで。

 『男なんてどこの国でもおんなじね』

 それが開口一番に放った彼女の台詞(せりふ)だった。

 ルカ曰く、持ち前のコミュニケーション能力と色香を駆使して、警備の男たちを口説き落としてきたそうだ。

 その中の一人がたまたま上層部の人間で、警備隊の配置図と凱旋パレード当日のスケジュールを見せてもらうことができたのだとか。

 そして、ここからがルカのすごいところなのだが、彼女には並外れた暗記力があった。

 一度目にしたものは写真のように映像として記憶し、時間が経っても詳細まで思い出すことができる。

 その能力を活かし、ルカはロゼッタ王国のメイド部屋に戻るなり、暗記してきた配置図とスケジュールを紙にそのまま書き写した。

 ルカは潜入期間中に、スケジュール表と配置図を確認しただけでなく、人気(ひとけ)のない時間を見計らって鍵の保管室へ行き、鍵を盗みだし、そして深夜、その鍵を闇市の鍵職人のところへ持って行き合鍵を作らせた。

 その後、適当な理由をつけてメイドをやめ、脱出経路から抜け出してきたというわけだ。

 ルカは鍵をテーブルのルイが座る目の前に置き、《どうよ》といわんばかりの面持ちで、椅子に《どさり》と腰を下ろした。

「完璧だ」

 ルイは鍵を手に、脱帽した様子でルカを見る。

 満足げにルカの口元が緩む。

「私にかかれば、これくらいどうってことないのよ」

 髪を手で払い、言ってのけるルカ。

 ルイは鍵を手にしていない方の手でレイラの手をそっと握る。

「あとは明日、僕らがロゼッタ王国に行くだけだ」

 嬉しそうに言われ、レイラはぎこちなく頷く。

 まさかここまで順調にことが運ぶなんて。

 失敗してほしいと思っていたわけでは、もちろんないけれど。

 それなのになぜ。

 こんなにも整然としないのだろう。

 決して大きいわけではない、しかし間違いなくそこにある。

 そんな足音を潜めて忍び寄る胸騒ぎを、レイラは密かに胸の奥で感じていた。



 *     *     *


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