第4話 ルーク
シリーズ屈指のクズ男、ルークが大暴れです。
クズ過ぎて自分でもドン引きです。
『ルーク』と出会ったころ、私達姉妹はまだほんの子どもだった。
動きやすい服装で野山を駆け回り時折姉妹喧嘩をしながら楽しい日々を過ごしていたところ、彼と出くわしたのだ。
彼は少し年上の優しいお兄さんであり駆け出しの冒険者でもあった。
弟のホマレがその溢れる才能で幼い頃から冒険者として名を馳せていた事もあるし少年冒険者は珍しくない。
大きく歳が離れているわけでもないのに冒険者をしているという彼の事がとても大人びてかっこよく見えた。
特に私は憧れの様なものを抱いておりこの時すでに『恋』をしていたのだと思う。
冒険者の資格を取ったのも彼に近づきたかったからだ。
いつか彼と一緒にモンスターと戦ったりダンジョンに潜って宝を探したりしてみたい。
時が経つと共にその想いは確実に『恋』として自覚できるものになりある時私は子どもながらに拙い『告白』をした。
彼もまた私に恋愛感情を抱いてくれていたようでつまりは両想い。
あの時の自分を客観的に見ればかつてユリウスからデートに誘われたと喜んでいた姉の姿と重なる。
あの頃の私は恋する乙女だったと思う。
いつかルークを婿に迎えミアガラッハを再興する。
そんな夢と希望を抱き私は日々、自分を磨いていた。
両親も早熟な私に苦笑しながらも応援してくれていた。
全ては彼との明るい未来の為に。
だが、ある時を境に彼は転落していく。
思ったように冒険者として稼げなくなったらしく生き生きとしていた表情にも少しずつ影が落ちていった。
私の弟であるホマレが冒険者として成功する道を駆け上がっていたのも影響していただろう。
やがて彼は盗みをして捕まり、私の前から姿を消した。
次に出会ったのはボアディケア校だった。
彼は罪を償ったのち、冒険者としての道を諦め学校へ通い出したらしい。
ただ、素行は良くなくいわゆる『不良』な連中とつるんでいた。
転落した彼の姿を見た私は胸が締め付けられる思いだった。
だが彼への思いは変わってはいなかった。
私はある決意をした。
自分がたくさん頑張って立派な女性になって彼を支えよう。
人の何倍も努力して彼との仲に文句なんて言わせない。
そんな女性になってみせる。
でもその時まで、自分の決意を鈍らせないためにも私は彼と距離を置くことにした。
それが、彼の自尊心を傷つけていたなんて思いもしなかった。
そしてあの日を迎えた。
旧校舎で彼に声を掛けられたが私は彼を無視した。
言葉を交わしてしまえば決意が揺らぐと思った。
人間は楽な方向へ流れていく生き物。
ここで私が揺らげば彼との未来はより遠くへ行ってしまうと考えたのだ。
結果私は『生意気な後輩だ』と不良共に男子トイレへ連れていかれ閉じ込められた。
この時、暴れればよかったと今でも思っている。
でも彼が居たから、きっと助けてくれると思っていた。
だから特に抵抗もせず暗いトイレの個室に閉じ込められた。
散々私の事をからかった不良たちが去ってしばらく、彼が戻って来た。
ほら、やっぱり彼は私の王子様なんだ。この時まで私はそう思っていた。
本当にのんきでバカだったと思う。
そこから彼は自分を無視したことで私を責めた。
悲しかった。だから誤解を解くために話をしようとしたのだが彼は強引に私にキスをして『今でも俺が好きならいいだろ?』と関係を迫ってきた。
突然の出来事に混乱した私は彼を突き飛ばし逃げようとしたがそのまま腕を掴まれ壁に押し付けられた。
何が起きているか理解が追い付かず、どうしようもない恐怖を感じ抵抗も出来なかった。
そしてそのまま私は…………
□
「苦しかったな。リリアーナ」
シャーリィさんが私の頭を撫でながら優しく言葉を掛けてくれた。
「私はただ、彼に相応しい女性になりたかった……だけど、私が本当にするべきことはそうじゃなかったのかもしれない……」
時計の針を戻せたとして、彼と上手くいったかはわからない。
もしかしたら今よりもっと悪い状態になっているかもしれない。
「ごめんなさい。こんな話……でも信じてください。私は本当にユリウスの事を……」
「わかってる。そう簡単に整理がつくものじゃないよな。でも大丈夫だから。あいつなら、ユリウスならちゃんとお前を見てくれるから安心しろ。あいつはバカで変態だけどお前を大切にしてくれる。聞いて欲しい事があったらいつでもあたしの所に来い。受け止めてやるから」
その言葉に今まで抑えてきたすべての感情があふれ出し私は大声で泣いていた。
「リリィ君、大丈夫かい!?一体何…………が?」
私の泣く声を聞いたからだろう。
血相を変えて飛び込んできたユリウスは恋人を抱きしめる母親を見て目を白黒させる。
「えーと……お邪魔だった……かな?」
「うーん、こりゃしかるべきか褒めるべきかどっちだろうな?」
「……両方かもしれません。『マム』」
この国で義理の母を指す『マム』と彼女を呼ぶ。
彼女ははにかみながら頭をくしゃくしゃ撫ででくれた
涙をぬぐいながら彼女から離れ彼に近づくと。
「私を見つけてくれてありがとうね、ユリウス」
そう告げ抱きついた。
「ええっ!?こ、これは変形式のドラゴンスープレックスの序章!?」
いやいや、雰囲気ぶち壊しでしょ。
ドラゴンするなら背後からだし。
まあ、新技の開発とかもいいかもだけど……
「違う。大好きって愛情表現だから」
彼の体温が全身に伝わってくる。
怖くない。温かい。
「えっと……」
「おい、ユリウス。この娘を裏切って泣かしたりしたら本気でぶっ殺すから覚悟しておけよ?絶対離すんじゃねぇぞ?」
「そ、それは勿論だけど……ええっ、一体何がどうなってるんだ」
うん、決めた。
近々プロポーズしよう。
□□
帰り道、私はユリウスと手をつないでみた。
先ほどは抱き着きもしたのでもはやハードルなどないに等しい。
心配していたような恐怖は、伝わってくる彼の手の温かみに私は幸せを感じていた。
「それじゃあ、また明日。職場でね」
そう告げて彼と別れ、家路を急ぐ。
『また明日』か。ああ、私は本当に恋愛をしてるなぁ。
一度は諦めかけた人生だけどユリウスとなら大丈夫。
さて、どんなプロポーズをしようか。
ナダ女にとってプロポーズは超絶重要イベント。
結婚した女性の家にはプロポーズの言葉が額に入れられ飾ってあるくらいだ。
そうして亡くなった時には一緒に埋葬されたり墓石に刻まれたりする。
因みに母様とリズママのプロポーズは結構有名だ。
何せ母様とリズママが父様に対し同時プロポーズをした店の跡地には記念碑が置かれている。
リズママは『恥ずかしぃぃ』と涙目になっているがそういう文化の国で結婚したのだから諦めるべきだ。
私が遂にプロポーズ……まだしていないのに緊張と共に喜びがこみ上げてくる。
「よし、まずは傾向と対策を調べないといけないわね……」
だけどあと少しというところで、運笑みが私を裏切りに来た。
人気の少ない路地で前方に立つ男性の姿を見た瞬間、私は凍り付いてしまい動けなくなった。
「久しぶりだな。リリィ……会いたかったぜ」
「嘘……ルーク……」
何で今日みたいに幸せな日にこんな事が起きるのだろう。
彼はあの日と変わらぬ薄笑いを浮かべながら私に近づいてきた。
「昔も美人だったけど今はあの頃と比べ物にならないくらい綺麗だ」
「何の……用?」
逃げたい。
それなのに足がすくんで動けない。
「お前に会いたくてさ。あの時は俺もどうかしてたよ。お前にひどい事をして後悔してる。ごめんな。それでさ、やり直したいって思って迎えに来たんだ」
そんな言葉を紡ぎながらゆっくりと近づいてくる。
やり直す?
そんな事、今更出来るわけがない。
「……あの、私は」
「俺、リリィの事を愛してるから。俺にはリリィだけだからさ」
「っ!!」
「今度は大切にするよ。俺、今はまた冒険者をやってるんだ。だからさ」
「…………ごめんなさい。私、付き合ってる人がいるの。だから……」
そう告げた瞬間、彼の態度が豹変した。
怒りで目を剥き私に詰め寄り腕を掴んだ。あの日の様に……
「何でそんな事するんだよ!?また俺を裏切るのか?俺の事好きだって言ってたくせに」
「ああっ!!」
ダメだ。力が入らない。
彼くらいなら簡単に制圧できるはずなのに。モンスターの方がはるかに強いのに。
なのにやっぱり体の奥から吹き出す恐怖が私から抵抗することを奪っていた。
「誰よりもお前を愛しているんだ。俺が一番、愛してる。お前だって知ってるだろ!?」
「やっ、やめ……っ、お願いだから止めて。もう……もう戻れないの。私はもう」
もう、ユリウスの事を……
「そいつとキスはしたのか?まさかヤッたのか?クソッ、どうなんだこの尻軽女め!!」
浴びせられる罵詈雑言にどんどん血の気が引いていく。
まずい、あの時と同じだ。やっぱり彼は変わってないし下手すれば悪化している。
彼は私の腕を引っ張りさらに人気の居ない暗がりに連れて行こうとする。
「う、嘘でしょ……嫌だ、そんなの…止めて。お願いだから止めてよ!」
必死に首を振って彼は止まらない。
ダメだ。このまま連れ込まれたらまた……
そんな事になったら今度こそ私は。
「お前は俺の女だって教えてやる。愛を確かめ合うんだ。そうすればきっと思い出す」
「いやっ、嫌だ。そんなの……」
せっかく乗り越えようとしていたのに。
大切にしてくれる人に出会えて、一度は諦めかけた人生をもう一度信じれるようになったのに。
またあの時みたいなことに……
「嫌だ、助けて!助けてよ、ユリウス――ッ!!」
絶叫した瞬間だった。
私の身体を誰かが抱きかかえ後ろに引き、ルークの顔に拳を叩き込んだ影があった。
突然の攻撃にルークは手を離し地面を転がった。
「お前、リリィ君に……僕の大切な人に、何をする気だ!!!」
怒りに燃えて叫びをあげたのは、ユリウスだった。