序幕・非日常の来訪
石造りの巨大なドームの中で、二人の男が話していた。
「ついに完成したのだな」
金髪の美青年・皇帝アラケルは、ビッシリと精霊文字が書き込まれたドームの壁や床を、感慨深い表情で見回す。
「これほど見事な立体魔法陣は、大陸中のどこを探してもあるまい。よくぞ成し遂げてくれた、セネクよ」
「はっ、ありがたき幸せ」
無精髭を生やした中年男・魔術師セネクは、皇帝からの賛辞に膝を突いて畏まる。
「全ては皇帝陛下のお陰でございます」
「よせ。七年もの長きにわたり、寝食も惜しんで研究を続けた、其方の努力が実っただけの事。このドームとて石工達が汗水をたらして築き上げた物で、余は何もしておらん」
「何を仰るのです! 陛下がおられなければ、私など路傍の露と消えていたのですぞ!」
謙遜して笑い返す皇帝に、セネクは必死の形相で言い返す。
「三百年前に大災厄をもたらした禁術『異世界人召喚』に魅せられた私を、師匠はすげなく破門し、あまつさえ冤罪を被せ、危うく一生牢屋で過ごす事になりそうだったのに……這々の体で逃げのびてきた私を、陛下は温かく迎え入れて、研究の資金まで与えてくれました。まさに大神ムンドゥスのごとき寛容と慧眼としか言えません!」
「大げさな」
感極まって涙を浮かべながら、賞賛の言葉を紡ぎ続けるセネクに、皇帝は苦笑を返す。
「再び禁術に頼る他にないほど、我が白翼帝国は追い詰められていた。それだけの事よ」
そう告げる皇帝の顔は、自然と険しいものになる。
かつて、数多ある王国の一つにすぎなかった白翼王国が、大陸を支配する大帝国にまで急成長し、そして崩壊する原因ともなった禁術・異世界人召喚。
今や辺境の小国にまで落ちぶれた白翼帝国は、再び同じ禁忌を犯そうとしているのだ。
「後世の歴史家などは、余を世紀の大罪人と記すかもしれぬぞ?」
「そんな事は……」
皇帝の冗談めかした発言を、セネクは否定しきれなかった。
白翼帝国の宝物庫に封印されていた禁忌の魔導書を紐解き、『異世界人召喚』を習得したセネクは、皇帝の要望を受けて、術式に改変を加えて安全対策を施した。
だが、それでも完璧とは言い切れない。禁術によって召喚されし者――異世界・アースの人間達は、恐るべき異能を持ってこの地に現れるのだから。
大帝国を築き上げ、そして瞬く間に滅ぼすほど強大すぎる力を。
「だが、それでも、やらねばならぬ」
皇帝は己を叱咤するように強く断言する。
「東からは赤原大王国の脅威が迫り、凶悪な魔物がひしめく西の樹海はもちろん、北の山脈にも、南の海にも逃げ場はない。ならばこそ、大罪人と誹られようとも、再びアース人の力によって道を切り開く他にないのだ」
「仰せの通りです」
深く頭を垂れて賛同するセネクに、皇帝は静かに問いかける。
「儀式の日取りは?」
「三日後の夕方、太陽と満月が共に上り、精霊達の動きが最も活発になり、世界の境界線が大きく揺らぐ時刻に」
「分かった。楽しみにしておるぞ」
皇帝はそう告げると、儀式に備えて今から深い瞑想に入るセネクを残し、石造りのドームを後にするのだった。