もう一度言いましょう、この人が僕のお嬢様です、はい。
「あーー、だるい、ねむい」
序盤からこんなもので申し訳ない。
モコモコのパジャマに身を包んでスマホを弄って呟いているのは、そう、僕が使えている四宮家のお嬢様だ。
四人兄妹の末っ子で、兄からも姉からも両親からも甘やかされて育ったお嬢様は、立派なニートになってしまった。
インターネットラブ、ゲームラブである。
「お嬢様、毎日が休日だからと言って、だらだらし過ぎは良くないですよ」
そう言って布団にくるまっているお嬢様の布団を剥ぎ取る。くそ、力強いなこの人。
「ねぇ、伊波ー、まだ朝の10時だよ?柚子には早すぎるってー……」
上目使いで僕に言ってくるお嬢様は確信犯だ。こうすれば旦那様も奥様も御兄姉も許してくれるからって。何年の付き合いだと思ってるんですか。僕はそうにも行きませんよ。
「お嬢様、朝の10時は寧ろ遅いです。僕の起床は午前5時でしたよ」
お嬢様は納得いかないご様子。
「伊波が早すぎるだけだよー、もう、伊波のいけずーー」
ブーブーと今にも言い出しそうなお嬢様を、横目に見ながら今日の服を選ぶ。服を選ぶのは僕の仕事だ。と言うかお嬢様の世話はほとんど僕の仕事である。下手したらこの人はずっとご飯も食べず服も変えずにいるだろう。
これでもう立派な大人なのだ。言葉だけ聞けば小学生くらいだろう。一応この人は有名な名門学校に通っていたのだ。
……親のコネで。そしてめんどくさいからと学校に行っていなかった。
ただ、宿題だけは提出していて、テストも受けていたので、成績は良かった。関心、意欲、態度はまるっきり三角どころかばつだが。
「さぁ、御家族はもう朝食を食べ終わっていますよ。お嬢様も早く済ませておいて下さい。はい、服はこちらに置いておきましたよ」
両手を広げて寝転がっているお嬢様の手を引っ張って、うわ、この人また太ったな。お菓子の食べ過ぎには注意しろってあれだけいったのに。はぁ……。
「なにぃー、文句あるのー?」
ありまくりだ馬鹿、と言うわけにはいかないので、軽く睨むことで止めておく。
「うぎゃ、睨まないでよー、はいはい、一緒にご飯食べに行こ」
眠たそうな瞳を細め、ゆるゆると笑いかけてきた。あぁ、これなんだよなー、僕は、お嬢様の素の笑顔に弱い。家族や、僕にしか見せない無褒美な微笑み。まぁ、言うつもりなどないが。
「服着替えてくださいね、外で待ってますから」
「えー、いいのにー。伊波、柚子のことおそったりしないでしょ?」
これだよ。お嬢様は、一度自分の中に入れた人間には、とことん甘えたり、無防備過ぎるのがダメなのだ。僕は従者といえど男である。まぁ、おそわないけど。
お嬢様の頭を軽くポン、と叩き、笑った。
「むーー、子供扱いしてーー!」
悔しそうなお嬢様に、また笑ってしまいそうになるがたえて、
「お嬢様は、大人ですもんねー、はい、知ってますよ。僕は外で待ってますから、早く着替えてくださいね。そうしないと置いていきますよ」
少し意地悪に言ってみると、 お嬢様は涙目になってしまった。しまった。置いていくは嫌だったかもしれない。一人は嫌だ症候群だから。
「いや!伊波、行っちゃダメだからね!柚子怒るからね!」
焦りだしたお嬢様を見て、可愛いなと思いながら扉を閉めた。
ドタンバタンと聞こえてくるのもいつものことだ。あぁ、今日も掃除が大変そうだなぁ。
「伊波!終わったわよ!」
リボンが縦結びだしボタンもかけ違えている。まぁ、これもいつものことか。結局は僕が手伝わなければいけないのだ。
「お嬢様、ボタンかけ違えてます。まったく、いつもそんなに慌てなくていいって言ってるじゃないですか」
そう言いながらボタンを外して行く。はぁ、毎度のことながら僕、男なんだけどなぁ。普通大事な娘や妹に成人男性がこんなに近しい距離で毎日接していたら、怒るんじゃないのか?
なのに旦那様も誰も何も言わない。僕たちのやり取りを見て、微笑ましそうに眺めているだけだ。
少し、いたずらでもしてやろうかな。
お嬢様の胸に、軽く口づけた。
「んひゃっ!?」
そして素早くボタンを閉めた。何事もなかったかのようにリボンを結んで行く。
「あんまり無防備だと、僕が食べてしまいますよ?」
みるみる内に赤くなって行くお嬢様の姿は、少し面白くもあった。これで懲りてくれたかな。
なんて思いつつも、しばらく口をパクパクしているお嬢様を見守った。
こう言うのを、ば可愛いと言うのではないか。
「い、伊波ーーー!も、もう!……う、うれしぃけど!!!!」
最後の言葉は聞き取れなかったが、まあ、これもよくあることだ。
「さぁ、お嬢様、行きましょう」
と笑って手を差し出すと、
「えぇ、行きましょう伊波」
まるで恋する乙女のような笑顔で、僕の手をとってきた。不意討ちドキリはやめてほしい。
お嬢様は、緩すぎる。僕も……結局は甘やかしているからいけないのだろうか。
明日こそは甘やかさない、明日こそは甘やかさないぞと思いながらも、結局はいつも甘やかしてしまう。
結局は僕も、お嬢様の虜らしい。
あぁ、こんな時間が、いつまでも続くといいな。
お嬢様の手の温もりを感じながら思った。
もう一度言いましょう。この、緩くて面倒くさがりで泣き虫でば可愛い彼女が、僕の愛しのお嬢様なのです。
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