1-01 操作修練
凪が目を覚ましたのは、研究室のような部屋。
中央にある、謎の液体に満ちており人のような物が入っているガラスのポッドらしきものが印象的である。
辺りを見渡しても人影は自分しかいない。
「……ここはゲームの中、よね? なんで車椅子に乗ってるのか分からないけど
香織は……ログアウトした後に問詰めればいいよね」
[これよりアバターの作成を行います、中央の培養機に備え付けのコンソールをご覧下さい]
[また、御客様は身体障害者指定でログインされています。どうしても操作に慣れない場合の救済措置として、何処であっても車椅子や松葉杖等の補助アイテムを出現させる権限が付与されております。
発動鍵[SystemCall]によって呼び出されるメニューより[AssistDevice]の項目にて使用が可能となります。]
「ひっ……システムアナウンス、よね? いきなりはびっくりするよ 、もー……
そういうケアが万全なのは良いけど、私は自分の足で歩きたいんだからチュートリアル終わったらそんな権限なんて使わないよ」
唐突に響いたアナウンスに従い、少し膨れながらもコンソールを操作していく凪。
コンソールの操作を進めていく毎に、培養機の中の人型の様子が変化していく。
[種族、性別、身長、外見の設定を行っていきます]
「種族……へー、人間以外もあるのか。各種族の特徴は、っと……」
[設定できる外見の違いのみ。現状、種族によるステータス補正やスキルの補正は実装されておりません]
「えぇ……。まぁ、とりあえずは見た目の好みで選んでいいって事ね。
種族……あーこれ可愛い、これにしよう。性別は順当に女っと……」
[身長について
本人の性別や身長とあまりに乖離した設定は非推奨
目線の高さや手足の長さ等、身体的特徴の違いによって生じる、体を動かす時の感覚の乖離によって
プレイに支障を来す可能性があります]
「あー……このゲームは現実における動作の再現性を重視しているらしいし、感覚のズレを態々生じさせるのは運営の思惑から著しく外れる行為になるかしらね……」
凪は暫く悩み培養機の周りを数週ほど周り、そして結論を出す。
「……どうせ現実の私なんて殆ど動けないし、それにゲームを開始したら歩く為の練習に時間を取られるし、その時に一緒に慣らして行けばいいわよね」
一度決めたのであれば迷いは無いと言わんばかりにコンソールを叩き、身長の設定欄に120と打ち込む。
「あとは細かい設定……髪型や顔の造形……よし! 可愛い!
後は色だけどー 白、いや少しだけ灰を混ぜて……うん 銀狐!」
凪が思い描くアバターが培養機の中の人型へと反映される。
[外観設定、完了しました。
続いて、ステータスの割り振りへと移行します]
「ステータス……別に私はしっかりゲームを楽しむ訳でも無いし、ただ走りたいだけだから……初期値でも最初の敵ぐらい倒せるよね。
走るのに関係がありそうなステータス……AGIに全部突っ込んで……」
[ステータスの割り振りが確定しました。
続いてスキルの選択へと移行します、任意のスキルを三つ習得してください]
「スキル……武器とか渡されても扱いきれる自信はないし、それなら素手……<格闘>と、やっぱり泳ぐ事もしてみたいよね、<水泳>
あとは……なんだろうこれ、詳細表示……」
[<千里疾走>:解放条件 AGI値20以上 このスキルは控えに送っても効果が発動する。
100秒間の走破状態維持で発動、足を止めると解除。
このスキルが発動している間、速度上限値が50%拡張される。
パッシブスキル このスキルにレベルは存在しない。]
「んーどう足掻いてもクソスキル、って訳でもないのかしら? 街から街へと移動する時の時間短縮に使えるものね……。それにスキルスロットに入れてなくても効果が発動する……。スロットが余っている最初に取る必要は無いのかな?」
[<緊急制動>:解放条件 AGI値40以上 このスキルは控えに送っても効果が発動する。
自身の体の何処か1箇所でも地形以外のオブジェクト、他のアバターと接触していると使用不可。
自身にかかっている速度と慣性を強制的に0にする。
アクティブスキル 発動鍵[STOP] ディレイ30秒 このスキルにレベルは存在しない。]
「……落下ダメージのキャンセルとか、あとは急な方向転換、緊急停止回避にも使えるかな?
あとは重い慣性が強くかかる武器を振った時に発動して即座に2撃目に繋げるとか。んー、面白そうだけど……」
[以下のステータスで宜しいですか?]
種族:獣人族 狐
ステータス
STR 10
VIT 10
DEX 10
AGI 40
LUCK 10
スキル
<格闘:Lv1> <水泳:Lv1> <千里疾走>
「これでOK!」
[では最後に、貴方のアバターネームを設定してください]
「名前……SilverFox」
[既に使用されています]
「えぇ……銀狐」
[既に使用されています]
「やっぱり?……凪紗」
[既に使用されています]
「何ならいいのよ……AshSilver」
[既に使用されています]
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三分後
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「いい加減通りなさいよ……箒星」
[アバターネーム:箒星 で、よろしいですか]
「これ通るんだ……もうこれでいいかな」
[全ての設定が完了しました、チュートリアルへと移行します。]
急に発生した強い光に凪は目を瞑り、目を開けるとそこは培養機の中。
凪は慌ててコンソールの前を見るが、そこには誰もいない。
「なるほど、こういう演出な――――――」
凪は安心した表情を浮かべ、言葉を紡ぐが
[それでは箒星様、良き旅路を]
システムアナウンスに遮られ、培養機の底が開く。
そこに見えるは遥か下方に映る雲のみ。
当然、凪あらため箒星は重力に引かれ墜ちていく。
「に゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!?!?!?
なんでこんないきなり落下てなんでもっと普通に始まれなかったの!?」
狐の獣人、箒星の絶叫が響き渡り、そして空へと飲まれ消えてゆく。
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暗転
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箒星の意識が一度途切れ、再度目を覚ますとそこは切り開かれた森の中。
「……あれ心臓弱い人大丈夫なの? あと高所恐怖症の人とか……ねぇ
それに私、狐よ? なんであんな猫みたいな叫び声しちゃったんだろう……
見間違いじゃなければ私を落としたアレは空に浮いた城……よね」
ゲームの始まりと自分が上げた叫び声に対して文句をいいつつも、箒星は周りの確認を行っていく。
そこに見えるは箒星を中心に半径10m前後の円状に切り開かれた森と、そして一本の整備された森の道。
「まぁあそこを進めってことよね
さてと……SystemCall えっと……アシストデバイスだったわよね
車椅子、松葉杖、ロフト杖……同じ物でもサイズが細かく違ったり結構バリエーション豊富ね……足ってどう動かせばいいのかしら」
箒星は表示されたリストの中から松葉杖を選び出し、出現した松葉杖に掴まって立ち上がろうとしてバランスを崩す。
「あっはは……これはすごい、確かに目線が違うし四肢の長さも違うから届くと思った物に手が届かないとか、大きく離れた身長設定の非推奨は当然ね。
歩く……足を動かす前に色々と感覚を調整しないとダメね……」
そう言葉を漏らすと、箒星はその日の残り時間を全て感覚の擦り合わせと歩行訓練に当てた。
そして晩御飯の時間になり、ログアウトする。