毒巫女8
風が吹き、地から生えている緑が揺れている最中。
『何処でも食えるドラゴン亭』の看板をのせた馬車の裏側で料理を作っていた千愛が手に皿を持ってこちらへ向かってきた。
「出来たよ。どうぞ、召し上がれ」
声を弾ませる千愛の得意げな顔。
どうやらこの料理に自信がおありのようだ。
「では、頂きます」
お世辞にも立派なものとは言えない木製のテーブルに置かれた料理に視線を落とす。
香ばしい匂いが漂うハンバーグにそれを引き立たせるようなソースと野菜。
そしてなんと白ご飯が同時に存在していた。
正直異世界に来た時、米を食べられないかもしれないという不安に襲われたが杞憂であったらしい。
俺は用意された二つの細く短な棒を手に取り、ハンバーグを切り分ける。
中から肉汁が溢れると同時に俺の涎を垂れそうになり、誤魔化すためにハンバーグを口に含んだ。
「うまっ…………コホン。美味しいです」
美味すぎて思わず口調が乱れたが、バレた様子はない。
「えへへ。ミラちゃんに喜んでもらえてよかった」
千愛は幸せそうにはにかみ、小さくガッツポーズを作る。
その際、弾んだ大きな胸に視線が惹き付けられると同時に、その表情に改めて俺はドキッとさせられた。
自分の顔が赤くなっているのを自覚しながら、気分を落ち着かせるために聞いてみる。
「これは何の肉が使われているのでしょうか?」
「ゴブリンっていう魔物の肉だよ。『常識』にもあるからミラちゃんも分かるよね?」
「ご、ゴブリンですか。……そうですか」
オレは微妙な顔を浮かべていると思う。
『常識』によると、ゴブリンとは緑色の人型で子供サイズで顔が醜悪で繁殖力が強い生き物であり、地球で言うところのゴキブリと同じ扱いらしい。
ただ流石にゴキブリよりも見た目は大丈夫で、肉もそこまで不味くはないから、庶民が気軽に買える肉としてはちょっとした人気があるようだ。
俺はあまり進んで食べたくはなかったのだが。
「ミラちゃん、今ゴブリン肉を食べづらいって思った? 私も最初はそうだったんだけど、慣れたら気にならなくなってしまって。今では安く購入出来るし、それなりに美味しくできもするから便利な食材かな」
「ええ、まあそうですね」
地球でいうスーパーの安い肉レベルよりも味は落ちるが、間違っているという程でもない。
でも、ゴブリンなんだよな。
そう考えていると千愛が落ち込み出した。
「うぅ、あんまりミラちゃんが共感してくれない……」
千愛が落ち込み出したので俺は慌てる。
「いえ、あの、すごく共感出来ます! 店側としても安くて美味しい料理を出すのが基本ですし、そういう意味ではゴブリン肉は理にかなってます」
「むー。そんなに無理やり合わせてくれなくてもいいんだよ?」
少しむくれた顔の千愛も可愛い。
俺は自分自身の食事を持って向かい側に座った千愛を傍目に、白ご飯とハンバーグを並行して食べつつ、真面目な話へと持っていく。
「ところで、千愛はこの世界でどう生き抜くか決めていますか?」
俺がそう問いかけた瞬間に、千愛の顔色が悪くなり、食べる速度が遅くなる。
「…………全然。戦うのは怖いし、人も一年間に一人殺さなきゃダメなんだよね? 私、出来るような感じがしないよ」
「このままだと死にますよ?」
「……」
さらっと酷い言葉を投げかけてみると案の定、黙り込んだ。
心優しい千愛には苦しく辛いものかもしれないが、率直に言うとそんなことを考えている時間があるなら敵陣営を探さないとまずい。
いくら地球よりは人口が少ないからとはいえ、十億人の異世界人の中から自身の陣営を除いた九千九百人のうち、一人を見つけ出し、その上チートスキルを持っているそいつを殺さなければならない。
今のところレベルもツテも戦闘能力もゼロに等しい俺達がだ。
俺達と言ってもまだ千愛には一緒に行動するのかさえ聞いていない。
とりあえずそれから片付けるとする。
「一つ提案なのですが、これから私と共に歩んでくれませんか。戦わないにせよ、殺さないのにせよ、一人より二人の方が危なくないと思うのですがどうでしょう。もちろんそれを飛び越えて人生のパートナーとなっても私はいっこうに構いませんが」
「…………うん。人生のパートナーにはならないけど、そのよろしくお願い、します」
少し間があったもののほぼ即答に近かったのは、千愛もそれなりに事態が芳しくないことを察していたのだろう。
プロポーズをさらっと断られたのはショックだが、これから一緒に過ごすのでいくらでもチャンスはある。
だから恋愛は地に足をつけながらゆったりとやっていくことにし。
「はい、よろしくお願いします。ちーちゃん」
差し当って仲間になったところで呼び方を変えてみた。
昨日の今日ですらないが、距離を縮められるのなら何だっていい。いや、これ以上近づいたらマイナスに突入するかもしれない。
「ちーちゃんって私の事? ミラちゃんと距離が近づいた気がして嬉しいな。えへへ」
「距離など会った時からゼロだったと思っていたのですけど」
「……うん。確かにそうだったね」
千愛もとい、ちーちゃんが可愛らしい笑顔から一転し、苦笑いに変わってしまう。
俺は最後の一欠片のハンバーグを口に入れてから、ご馳走様をし、席を立つ。
「ちーちゃん、美味しかったです。値段はどのくらいでしょうか?」
「うんん。いらないよ? 私がミラちゃんのために作ったものだし、余り物の様なものだから」
「そう言われると嬉しすぎて発狂しちゃいそうになるんですが。では、今度食べる時は私が作ることにします」
「楽しみにしてる、よ」
ちーちゃんはまだ席に座って食べているのに俺だけ立ち上がるのは失礼だったが、躊躇する余裕もなく、ちーちゃんからも他の店員からも死角である馬車の裏側に回り込んだ。
ちーちゃんが突然のことで頭に疑問符を浮かべていたが今は許して欲しい。
「やっぱりこれは不味い」
澄んだ声がぽつりと俺の口から零れ落ちる。
もちろん、料理の事を言っているのではない。
巫女服をそっと掴んだ瞬間、ボロボロと崩れ落ち始める。
紡ぎ合っていた糸同士が毒の侵食のせいで解れ、体を思いっきり動かすと忽ちに一糸纏わぬ姿へと変化していく。
下着はとっくに溶けきっていた。
「このペースだとすぐに巫女服が無くなりそうだな」
服を着なければ、痴女と何ら変わりない。
食事最中は身から離して置いていたので、まだ無事なショルダーポーチから新しい巫女服を取り出し、再度『毒耐性付与』を施していく。
どうやら重ねがけもできるようなので、魔力が尽きるまでひたすらかけ続けることにした。
白い肌を惜しげも無くさらけ出した全裸のままで。
「うわぁっ!」
当然、馬車の裏なんて永遠に見つからないわけもなく、店長にでも頼まれたのであろう青年が丁度荷物を取ろうと現れ、ばっちりと俺の裸を見て素っ頓狂な声を上げる。
クソっ。なんてタイミングの悪い奴だ。
だが俺の裸は既にちーちゃんに見られているから、二回目だということで特別に許してあげようではないか。
だからといってただで帰す訳にはいかない。
とはいえ、こいつ童貞か?
俺が手で隠している胸と股間を、顔を真っ赤にしながらチラチラと視線を向けている姿が非常に情けない。
俺も童貞だったから気持ちは分からんでもないが、男にそういう反応されると元男としては気持ち悪い。
「見るのをやめていただけませんか?」
「すみませんでしたあっ!」
思ったより冷めた声が出てしまい、必要以上に怯えた青年は荷物を抱えたまま脱兎のごとく走り去って行った。
おい。俺の裸を見て何の代償もなく逃げるとはどういう了見だ。
お陰で俺が見られ損しただけじゃないか。
「ああー、腹立つ」
思い通りにいかないことにイラつきながらも『毒耐性付与』を施す手は休めない。
いつまた青年二号が来るか分からないからな。
そうして魔力かなにかが切れたせいで重ねがけは終了し、服を着る。
もうその頃には女体に対する違和感がなくなり、自身の体として認識していた。
「自分に興奮しなくなってきたけど、まあその方が自然だし問題はないか。ちーちゃんには興奮するし、完全に男の部分が消えたわけじゃないみたいだ」
体をぺたぺたと触ってから服に違和感がないか確認し、ちーちゃんのところに戻る。
ちーちゃんは丁度昼食を食べ終わる所だった。
「ミラちゃん、どうかしたの?」
「少しお花を摘みに。ところでこの移動式食堂はいつここから離れるか聞いても宜しいでしょうか?」
「三日後かなあ」
「では、その時に一緒に乗せてもらっても?」
「…………アルベルトさん次第、かな? 私もできるだけアルベルトさんに説得するけど難しいと思う」
「…………ですね」
あの自称ちーちゃんの親父がちーちゃんを狙っている俺をあっさりと馬車に乗せるようなイメージは全く湧かない。
ならば周りの従業員から説得していこう。
ということでちーちゃんとは一旦離れ、美少女だと思われる(まだ自分で確認出来ていないので、あくまで予想)俺の顔を惜しげも無く利用しながら同意を得ていった結果、自称ちーちゃんの親父である店長を除いた全員の同意が得られた。
そして外掘りを埋めた俺は見事、店長から馬車に同乗することを認めてもらい、晴れて三日後ちーちゃんと共に旅を始める算段がついた所でちーちゃんに挨拶をしてから糞ババアが経営している宿屋へと帰宅する。
「あ゛あ゛ー。今日はマジで疲れた。ちーちゃんと出会えたこの日は俺の人生の転換点と言っても過言ではないのに、よりによって今日の日付が分からないとかありえない。記念日に出来ないじゃないか。しかもアルベルトとかいう店長も俺の恋路を邪魔しやがって。名前が無駄にかっこいいんだよ!」
固くてカビ臭いベッドに仰向けになりブツブツと愚痴を言い続ける。
「しかも三日後まで暇すぎる。今のうちにスキルレベルでも上げとくか?」
ゴロゴロ寝転がったせいでシワがよった巫女服を整えながらステータスを見つめる。
★★★
名前:ミラ=ジョーカー
性別:女
種族:人間
等級:1
(陣営:遊戯神イルサーン)
寿命:17/86
固有スキル:(『毒分泌器官Lv.7』)
特殊スキル:『陣営鑑定(固定)』(『猛毒精製Lv.6』)『毒吸収Lv.1』
希少スキル:『テリトリー視覚化Lv.1』『毒制御Lv.7』『猛毒耐性Lv.6』
一般スキル:『逃げ足Lv.1』『毒耐性付与Lv.3』
SUP:0
★★★
「『毒耐性付与』が上がってるけど、他は全く上がってないな。まあ使ってないから当然なんだが」
それにしても『テリトリー視覚化』と『逃げ足』をレベル1のままにするのは少しもったいないか。
レベル1の状態でもそこまで悪いスキルではないようだし、レベル上げするためにも一度、異世界に来た時最初に降り立った草原を目指すのもいいかもしれない。
確かあまり魔物がいなさそうな上、『猛毒精製』に使えそうな毒草が生えてるはず。
少なくとも行ってみる価値はある。
そう判断するとオレはすぐさまベッドに放り投げてあるショルダーポーチを肩にかけ、この宿屋を出る。
そして『猛毒精製』の際に用いる乳鉢と乳棒みたいなものがあればといいなとブラウンさんを頼りにし探すも、どうやら家の中で休憩しているらしく畑に姿が見えない。
わざわざ休憩中のところを呼び出して借りるのも悪いので今回はこのまま行くことにした。
未だにブラウンさん以外の村人達の視線は気持ちいいものでは無いことを再確認させられながら村を出て草原を目指す。
帰り道が分からなくなるのも困るので、来た道には自身の手から毒を分泌し、草を枯らしていく。
これで帰り道の目印になる。
そうして歩くこと約二時間。
俺はさっそく毒草を摘み始めた。
『猛毒精製』のスキルの中に組み込まれているのか毒草の知識だけ俺の頭の中にあるから効率よく集められる。
時偶、勢いよく吹く風に長い白髪が靡くと同時に地面に置いていた毒草も飛ばされたので、ショルダーポーチに一つ一つ入れていった。
「飽きた」
暫くしゃがみ込んで毒草をかっていたのだが、本命の魔物が全く現れない。
「魔物のくせにヘタレなのか?」
魔物が住めない環境下ではないはずだが。
「はぁー」
腰も痛くなってきたから、綺麗な青空を見ながら寝転がる。
程よい風と眩しくない程度の明るさ。
そして穏やかに流れる雲に俺はいつの間にか寝てしまっていた。