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毒巫女6

 

「ほえっ!? ミ、ミラちゃんも転生者で私と一緒の陣営だったの!?」

 狭く薄暗いカビの生えた部屋に千愛様の驚愕の乗った声が響き渡り、隣の部屋まで筒抜けそうだ。

 まあ驚くのも無理はない。

 『常識』によると、この世界の人口は十億人程度。そして転生者は一万人。その中で同じ陣営は百人。

 会う確率はほぼ無いと言ってもいいぐらいの確率だからな。

 しかし目を白黒させているところ悪いが、千愛様が俺を仲間と認識したこの瞬間が自分自身を売り込むチャンス。


「ですから、身も心も全て私に預けてくだされば安心できますよ。私がちゃんとお世話しますから」

 何か変なことを口走ったような気がする。


「ミ、ミラちゃんの提案は…………嬉しいけど、なんかちょっとエッチな目してる……よ? それに……私はミラちゃんだけに頼る訳には、いかないから、その、ごめんなさい」

 思わず舌打ちしそうになって口を抑える。

 ――――失敗した、失敗した、失敗したッ!

 告白した後に千愛様と同じ陣営だとバラせば頼ってくれるかなと期待していたのだが。

 あわよくばこのままゴールインするのではと願ってもいた。

 しかし残念なことに俺の下心はバレバレのうえ、心なしか距離を取られる。

 ……いや、気のせいじゃない。

 肉食獣に狙われた草食動物の如く怯え、少なくとも半歩は下がってる。

 まあそこが可愛いのだが、それはそれで悲しい。


「……それで、ミラちゃんは何で、何も表示されてないの?」

 ……ふむ。

 どうやら断った理由は俺がただ単に変態的な目で見たせいではなく、俺の陣営が明確に表示されないことについて警戒心を抱いたからでもあったようだ。


「陣営鑑定に反応しない理由でしょうか? それは私が隠蔽しているからであって、ご覧になるのならお見せしますが?」

「うん、お願い。それと敬語は使わなくていいよ。…………私と同じぐらいのような気もするから」

「すみません、千愛様。これは性分なので」

 もちろん嘘である。

 生まれてから今日まで敬語を使った回数なんてほとんど無い。

 学校の先生にだってタメ口で話していた。


「千愛様……じゃなくて、千愛って呼んで欲しい……」

 少し寂しそうな顔でお願いされるのは心にくるものがあるが、今は千愛様の信頼を勝ち得るために、千愛様の呼び方よりも『隠蔽』が付与されているショルダーポーチを探す方が重要である。

 俺は『隠蔽』を発動させるにはショルダーポーチを肌身離さず持っていないといけないのかと思っていたが、今持っていない状態でも『隠蔽』は発動していため、見つけ出さない限り『隠蔽』を操作できない。

 さっと部屋をぐるりと見渡すとベッドの下に落ちていた。

 恐らく俺が毒に侵されていた時、無意識にショルダーポーチを投げ捨てていたんだろう。

 お陰で溶けている様子もない。

 まだ無意識下で毒を制御出来る訳では無いので、眠っている時に当たったりでもしたら大変だった。

 それが頭の中をさーっと通り過ぎようとした時に何かが引っ掛かった。

 無意識下(・・・・)では毒を制御出来ない…………。

 さっき千愛様の手に思わず触れた瞬間、俺は意識を毒の方にまわしていたか!?

 否。完璧に興奮し浮かれていて目の前のことにしか集中していなかった。

 つまり毒が分泌されている俺の手に千愛様はなんの対策もなく素手で接触した……ような。

 そこまで気づいた俺は即座に顔が青ざめる。


「ち、千愛様! 身体に異常とかないですかッ!?」

「ひゃっ!? な、なんともないよ? い、いきなり……どうしたの?」

 ショルダーバッグを掴んだ瞬間に振り向いた俺を見た千愛様は可愛らしい悲鳴を上げながら不思議そうな顔をしていた。

 それに対し、その反応を見た俺は妙に苛立った。

 変な毒が混ざっていたら死ぬかもしれないんだぞ!

 幾ら何でも呑気すぎるだろう、と。


「痛いところとか苦しい箇所とかないでしょうか!?」

「ないけど……? 敢えて言うなら、千愛様って呼ばれて、背中がムズ痒いくらい…………かな?」

 再度問おうが返事はキョトンとした可愛らしい表情で、首を傾げるのみ。

 …………本当に異常は無いのだろうか。

 だったら何故異常がないという次の疑問が出てくる。

 千愛様のスキルのお陰だろうか?


「千愛様。これで私の陣営が確認できると思いますので、良ければ千愛様のスキルを教えてもらえることは出来るでしょうか?」

「むうう。…………また敬語。名前だけでも、様付け止めてくれたら、教えてあげる……よ?」

 千愛様から様付けを取れ、と。


「…………千愛。こ、これで宜しいでしょうか」

 なんだろうか。

 神聖なものを自分の身分に引きずり下ろしたような罪悪感と背徳感があってなかなか…………って俺は何を考えているんだ。


「うん。それでね、私のスキルは『料理』と『水魔法』だよ。他にいいのが無くて、二つだけにしちゃった。…………あまり役に立たないスキルなんだけど、ね」

 えへへ、とでも言いそうな、少し申し訳なさそうな顔をする千愛。

 そんな様子を見て俺はイルサーンの言葉を思い出した。

一人前(ひとりまえ)の少女に君は感謝するべきだね。スキルが六個も残っているのはその子のおかげだから。なんとその子、スキルを二つだけとって異世界にいってしまったんだよ』

 千愛とこの少女どちらもスキル二つだが、果たして同一人物であろうか?


千愛(ちえ)。イルサーンに会った時スキル何個残ってました?」

「十個ぐらいだった、かな? ……それよりも下だったかも?」

 十中八九間違いない。

 千愛は俺が誠心誠意感謝すべき恩人だ。

 それにしてもタダでさえ莫大な恩と恋心を感じているのに、更に恩が増えてしまった。

 どうやってこの恩を返していこうか?

 取り敢えず千愛様に一生付いていくことを決心したと同時に、何故千愛様に毒が効かないのかもイルサーンの言葉を思い出した時に判明した。

『同じ陣営に危害を加えることは出来ない』というこの遊戯(ゲーム)の制約があったのだ。

 それにしても俺が認識出来ないナニカが制約を実行するために発動するってのはあまり気持ちいいものでもないな。

 下手に行動して制約に反して殺されたら目にも当てられない。

 でもまあ今一番しなければならない事は知らないことを変に考えることではなく。


「すみませんでした!」

 誠意を持って土下座することである。


「えっと……どうしたの?」

 出会ってからの俺が何回も突然の奇行をしたせいで慣れてきたのか、千愛は動揺しなかった。

 寧ろこういう人なんだなあと生暖かい目で見られているような気さえしてきた。

 それでも悪かったことは素直に謝らなければならない。


「私、体の体液に毒が混ざることがあり、千愛の手を触った時にもしかしたら毒が身体の中に入ってしまったのではないかと思いまして、制約により同陣営だったので効果は無かったのですが、千愛に不快な思いをさせてしまいました。すみません。

 やはりいつ自分の制御下を離れるかわからない毒を持っている私は気持ち悪いですよ、ね…………」

 俺はこんな殊勝なことを言う奴だっただろうか。

 少なくとも転生前は悪い事を行うと謝るより隠していた。

 これは俺の性格が変わったと言うよりも千愛限定と思う方が正しい気がする。

 それでも謝るという行為は怖い。

 もしそれが拒絶されてしまったらどうしようもないのだから。


「正直に言うとね、知らない内に、毒をいれられたことは…………気持ち悪いし、怖い」

「ぁう……え?」

 オレは足元が崩れ落ち、目の前が真っ暗になり希望が一気に踏み潰された感覚を覚えた。

 やっぱり俺じゃあ千愛と釣り合わなかったのか。

 何で残っていたスキルが毒だったんだよ!

 何で俺は毒スキルを徹底的に上げたんだよ!

 何で俺は正直に千愛に言ってしまったんだよ!

 絶望で千愛を呆然と見ていた俺は先程泣いたばかりだというのにまた目から涙があふれてきた。

 それを千愛が心配そうにこちらを覗いていた。


「…………だけどね、私には効かないことが分かったし、ミラちゃんも、悪意を持ってやった訳じゃなさそうだから、怒らないよ? …………だからそんなに怯えないで。泣かないで」

「では、わ、私は千愛と一緒にいても宜しいのでしょうか?」

 俺は震える声で千愛に確認をとる。

 ここで拒絶されでもしたら俺は一生恋愛なんて出来ないだろうし、自身の毒スキルに嫌悪感を抱くだろう。

 お願いだから拒絶しないで欲しいと捨てられた子猫みたいに相手に瞳で訴えかける。

 だがそんな俺の懸命さがアホらしくなるぐらい千愛はあっさりと答えた。


「うん」

 良かった。

 これからも千愛と友達でいられる。

 涙はもう乾いていた。

 しかし当然友達のままでいるのは有り得ない。

 いつか絶対千愛と結婚すると心に決めたんだ。

 時間をかけてゆっくりと千愛と距離を縮めていくとしよう。

 だから今はまだ雌伏の時だ。

 ところでさっきから千愛が顔を真っ赤に染めてチラチラと俺から視線を外すのは何故だろうか?

 俺が千愛を起こしてしまった時からそんな様子だったが。


「そろそろ服を、着てほしいかな…………」

「服? …………あっ」

 ここでようやく、自分が未だに服を着ずに会話をしていることを自覚した。

 と同時に好きな人に裸を見られたという羞恥心と、服を着たらどんな反応をしてくれるのだろうと言う期待と不安が入り混ざる。

 取り敢えずショルダーポーチから下着と巫女服を取り出して、着用しようと下着を履くまでは良かったのだが。

 いや、違和感があって全然良くないのだが。


「…………すみません。巫女服ってどうやって着るのでしょうか?」

 ぶっちゃけ元男子高校生だった俺が巫女服の着方なんて分かるわけない。

 昔剣道を学校でやってたお陰で袴なら分かるのだか。

 同じ方法でいいのだろうか?


「…………お姉ちゃんがアルバイトで、巫女さんしてた時があるから、その時に私が覚えちゃったもので良かったら、教えてあげる、よ?」

「是非お願いします」

「はい。お願いされました」

 千愛はふんわりとした笑顔を浮かべた。

 うん、可愛い。

 そうしてこの歳で恥ずかしいことに他の人に着せられるという羞恥プレイをさせられた俺は一皮剥けたと言っても過言ではないだろう。

 裸も見られたし、初めての着せ替えプレイもしたんだから、ここは是非千愛が責任を取って俺を嫁にしてもらわないと。

 寧ろ俺が責任とって千愛をお嫁さんにしてもいいかもしれない。

 …………などは、押し付けがましい奴と思われるのがオチなので、これからも正々堂々口説くと、気持ちを切り替えた。


「見苦しいところをお見せしました。ところでこの姿は似合っているでしょうか?」

「うん。きれいだよ」

 少なくとも緋袴の丈が膝上までしかない、本物の巫女さんには怒鳴らされそうな巫女服ではある。

 しかし、千愛に似合うと言われただけでスカートみたいで股が落ち着かないとか、元男がこんな格好しているのが恥ずかしいといった感情が吹っ飛んでしまった。

 その上、顔がにやけそうでまともに千愛の顔が見れない。


「じゃあ、私はここで失礼する、ね。……やることが残ってる、から」

「やる事ですか?」

「お店のお手伝い。…………私、料理を手伝ってるの」

「村に料理店などありました?」

「そうじゃなくて……移動式の料理屋さんなの」

「私も何か手伝えることはありませんか?」

「ミラちゃん。毒制御できる? 料理屋さんは衛生面に厳しいから制御できないようなら手伝っちゃダメ」

 そう言われると引き下がるを得ないのだが、それはあくまで料理に限ってのことであり。


「せめて会計だけでもダメですか?」

「…………うーん。アルベルトさんに聞いてみないと分からない、かな?」

 一切料理に触れなさそうな手伝い方を提案してみたのだが、簡単には許可が貰えなかった。

 まあ会計だけやりたいとか都合良過ぎか。


「ちょっと聞いてくるね!」

「ちょっと待ってくだ――――」

「すぐ、戻ってくるから!」

 初対面でおどおどしていた少女とは似ても似つかない元気よさで俺の制止も聞かずに、宿泊部屋から出ていった。


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