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毒巫女3

 心地よい風、鼻に掠める緑の香り、そして目を閉じていてもわかるほどの太陽の光と熱さ。

 目を覚まさざるを得なかった俺はゆっくりと身を起こし、辺りを確認する。

 そこには日本では絶対見られないであろう見渡す限りの草原が広がっていた。

 しかし素晴らしい景色を見た俺は吐き捨てるように呟く。


「……最悪だ」

  確かに空気は上手いし、緑の絨毯と表現できる草原は綺麗であることは俺でも分かる。

 しかし、これからの事を思うと気が滅入るのも確かなのだ。

 見渡す限りの草原のせいで街どころか、村や人が一切見当たらない。


「おいおい、このまま野垂れ死ぬんじゃないだろうな。勘弁してくれよ、イルサーン」

 ぶっきらぼうな口調と裏腹に、紡ぐ声は少女特有の甘く澄んでいる声だ。

 もちろん声だけでなく、手も白く艶やかで、俯くと白い衣の中に二つの膨らみがあり、否が応でも女であることを意識させられる。


「どうやら夢ではなく本物の世界のようだな。少なくとも俺の希望通りに性転換しているから間違いないはずだ」

 頬を抓ってみると、餅のような感触と痛みが発生した。


「いつまでも触っていたい頬の柔らかさだな。それにしても頭が妙に後ろに引っ張られるのは何故だ?」

 頭に手を這わせ、金色に輝く髪を上からなぞっていくと、毛先は腰近くまであった。

 なるほど、長髪だとこのくらいの重さが頭にかかるのか。

 髪を短くして重さを減らすか、長髪のままでいるか、髪をくりくり弄りながら少し悩む。


「意外と触り心地いいな、これ。世の中の女子ってみんなこんな髪質なのか。……いや、この際それはどうでもいい。とりあえず<ステータス>を見てからこの後の行動を判断するべきだな」

 髪のことは、結局うまく髪を切る自信が無いので長髪のままでいることにした。


 ★★★

 名前:ミラ=ジョーカー

 性別:女

 種族:人間

 等級:1

 陣営:遊戯神イルサーン

 寿命:17/86

 固有スキル:無し

 特殊スキル:『陣営鑑定(固定)』

 希少スキル:『テリトリー視覚化Lv.1』

 一般スキル:『毒生成Lv.1』『逃げ足Lv.1』

 SUP:1400

 ★★★


 他人には見えない半透明板が宙に浮いて見えるのはなんとも不思議な光景だが、そういうことは腰を落ち着けてから考えることにした。

 無駄な情報か有用な情報か即座に取捨選択出来るほど賢くもないので、口に出して整理することにする。


「名前が微妙だな。そして俺の寿命は八十六歳か。この世界の平均寿命が八十歳ということを考慮すると、悪くは無い数字か」

 この平均寿命というのは、あくまで天寿を全うした場合であり、魔物に襲われたとか飢餓で死んだ場合は、寿命ではなく実質寿命と呼ばれる。

 しかも普通レベルを上げると体力やら魔力やらその他能力値が上がるのがゲームや小説の定番だが、ここ(アリスタ)は違う。

 この世界でレベルを上げるという行為をすると、寿命が伸び、SUPが十ポイント貰えるというある意味恐ろしい機能なのである。

 確かに寿命が伸びるというのは素晴らしいことのように思うが、逆に言えばレベルを上げないと寿命が変わらない。

 なんだ、日本と変わらないじゃんと思うかもしれないが、この世界は寿命が表示されている。

 だから一切戦えない人は自分が後何年で死ぬか明確に宣告されているのも同然なのだ。


「でも俺は戦える力は一般人よりはあるはずだ。戦闘スキルなんて大層なものは一切ないが何とかやっていくしか生き残る道はない。取り敢えず三つは隠せるという『偽装』でバレたらヤバそうなスキルを隠すとするか。ところでスキルが付与された鞄はどこいった?」

 座ったままでは見つかりそうになかったので、背中や尻に付いている草や土を払いながら立ち上がるが、鞄は見当たらない。


「まさかあの神、忘れたんじゃねえだろうな?」

 服のどこかに入っている可能性がないと分かっていても、つい服をまさぐって探してしまう。

 しかしその行為のお陰で懐に入っていた一枚の紙を見つけた。

 無駄に上質で恐らく地球でさえ作れない最高級の手触りの紙である。

 そこには俺宛に文字が綴られていた。


『やっほー、ちゃんと着いたみたいだね。良かった良かった。お金とか奴隷契約書とか君の言っていたショルダーポーチなんかは<神イルサーンよ、我ミラ=ジョーカーは神の駒としてこの遊戯に勝利をもたらすことをここに誓います>って言ったら出てくるからそれでよろー。別に僕が考えたわけじゃないから怒らないでね。後、そこから一番近い村はこの紙が動く方にあるからうまく活用して。これも<動いて紙ちゃん、萌え萌えきゅんきゅん>って言ったら動くから。これ決めたのケツァルコアトルだから、八つ当たりするならそいつにしてね。じゃあ良い異世界生活を。

 追伸 名前と服は気に入ってくれたかな? 次いでに顔も美少女になっていると思うよ。まあ僕が作ったわけじゃないから保証はしないけど』


 読み終わった俺は手紙を引き裂きたい衝動に駆られたが、手紙は俺を村に連れて行ってくれる生命線らしいので、何とか衝動を理性で押し殺す。


「落ち着け、落ち着け。ここで叫んだら変なものを呼び出してしまうかも知れない。今から言うやつも生きるためには仕方が無いんだ。だから耐えろよ、俺」

 鞄やお金、その他諸々を受け取るためにイルサーンに誓うのは屈辱極まりないが、するしかないんだ。

 俺は深呼吸して詠唱もどきを始める。


「<神イルサーンよ、我ミラ=ジョーカーは神の駒としてこの遊戯に勝利をもたらすことをここに誓います>。……変に縛られたりしないよな?」

 神に誓ったからと言って、魔法陣が出てくるわけでも、身体に何か起こったわけでもないので、本当にただの誓いの言葉だったようだ。

 逆にこれだけの言葉で、必要最低限の物資が何も無いところからドサドサと落ちてくれたのだから感謝の一つでもするべきだろうか。

 まあ、出てきたのは亜空間倉庫付きのショルダーポーチと、金貨、奴隷契約書が五枚ずつだけだが。

 取り敢えず、草の上に落ちたショルダーポーチを拾い、手を突っ込む。

 何も入っていないと思っていたが、手を入れた瞬間、中に入っているものが頭の中で何が入っているか分かるようになり、現在何が入っているか明確になったのだが。


「女性の下着に巫女服が十五セットか。有難いのだが、下着を穿くのは抵抗があるな。というか今着ている服は巫女服だったのか。通りで見たことある気がしていたわけだ」

 一旦、ショルダーポーチから下着を出して広げてみる。

 風が髪を揺らし緋袴を捲り、草が飛ばされる中、俺は暫く固まっていた。


「白だし別にいいか。下手な色よりはマシだろう。半襦袢というのもあるが、これも後回し」

 下着諸共、金貨と奴隷契約書をショルダーポーチに全部入れ、肩にかける。

 残りは村に辿り着くだけになってしまった。

 思わず溜息を吐きながら、覚悟を決める。


「別に誰も聞いている訳ではないから大丈夫なはず。<動いて紙ちゃん、萌え萌えきゅんきゅん>……これ聞かれたら一生の恥だよな」

 紙を持ちながら、小声で物凄く恥ずかしい言葉を唱えると紙がある方向に引っ張られるように動き出す。

 内心、こんな頭の悪い呪文を考えた奴を適当に想像してぶん殴っていたが、途中で虚しくなり、大人しく紙に合わせて俺も歩き出すことにした。



 ※※※



 道中、草原しか見えなかったのでイルサーンに騙されたと思い、イルサーンをサンドバッグにするという妄想をしていたが、どうやら嘘は付いていなかったらしく、警備されている様子がない村に太陽が真上を過ぎた頃、辿り着いた。

 ここからは柵の向こう側に畑と農家の人が見え、木でできた小さい家がぽつぽつと村の中心の方に集まっている。

 鍬を所持している男女が時折、こちらに視線をチラリと合わせてからすぐに興味を失ったように農作業へと戻る。

 俺は村に入ろうと、柵がめぐらされていない一ヶ所に向かって歩みを進めるが、丁度村の境界線上にある柵の所で止まってしまった。

 別にトラップや結界などが張られているわけでもないが、こう余所者を寄せ付けない妙なオーラが漂っている。

 俺は暫く立ち往生して村を逸れて街に行くべきか本気で思案していたところ、農作業に集中していた日焼けした初老の男性が俺に声をかけてきた。


「そこのお嬢さん。ここの村になんか用かい? 勝手に入ってくれても構わんよ」

「では、お邪魔します。お……私はミラと申すものですが、宿はありますか?」

 一瞬、素のまま話そうかと思ったが、女性が俺とか言っていたらこれから先目立ちまくりそうなので、これからは敬語で話すことにし、立ち入りの許可を貰ったので多少の遠慮をしながらも村に入る。

 初めての異世界の村に寄るという一日前までは想像だにしていなかったことを、実行したのかと思うと感慨深いものがある。

 しかし村の人はそんなことは知ったことではないので、会話を止めるわけもない。


「宿ならこの村に一件だけあるよ。この道を真っ直ぐ行ったところにベッドの絵を書いてある家がある。そこが宿だから変なところには行かないようにしなさい。この村はあんまり他人を受け入れなくてね。宿の人に私の名前を出したら少しは融通が利くはずだ」

「すみません、名前を伺っても?」

「ああ、すまない。私はブラウン。困ったことがあれば私に頼ってくれ。必ずとは言えないが、出来るだけ力にはなろう」

 農作業で鍛えられた立派な体をバシンと叩いて心強さを示してくれたブラウンさんには悪いが、どうも信用出来ない。

 ほかの村の人の俺を見る目は厳しいのにだ。


「どうしてそこまで私に良くしてくれるんですか?」

「困っている子がいれば助けてあげなさいというのが家の小さい頃の家訓でね。出来るだけ助けてあげるようにしているんだよ。まあ君みたいな可愛い女の子を蔑ろにするなんて男が廃るっていう理由もあるがね」

 おどけて言うブラウンさんを見て少し安心できた。

 全く理由がわからない親切よりも、多少の下心があった方が納得出来るからな。

 俺はブラウンさんにお礼を言ってから、教えてもらった宿を目指して歩くこと約十分。

 途中、村人からは奇異な目で見られたが、全く人が来ている様子がない廃墟のような宿に到着した。

 かろうじて家としての最低限の形は保っている。

 一瞬、騙されたかと思ったが、旅人の滅多に来ないこの辺境の村ならこれが当たり前かもしれないと思い直し、お邪魔しますと言いながら入る。

 すると奥から三十路超だと思われる目つきが悪い女性が出てきた。


「ちっ、女かい。ここは女性禁制なんだ。男になって出直して来な」

 まさか、ここで性転換した不都合が生じるとは。

 しかし普通宿に女性禁制などとるだろうか。

 故に目の前の女性に問いかける。


「理由を伺ってもよろしいでしょうか?」

「ああ? そんなの良い男を手に入れたいからさね。だから小娘なんぞに構っている暇はないんだ」

 吐き捨てるように話すこの女性はどうやら行き遅れのようである。

 それにしても女性禁制は酷くないか?

 下手したら村にいるのにも関わらず、俺はここで野宿するハメになるかもしれない。

 それは流石に終わるので、早速ブラウンさんの名前を出すと、女性は舌打ちをしながらも許可を出した。


「食事抜きで一晩、角銀貨一枚だ」

 女性は手を差し出して金を要求するが、幾ら何でもボッタクリすぎだろう。

 こんなボロい宿が角銀貨一枚だと?

『常識』によると、普通の食事付きの宿でも角銅貨一枚だぞ。


「もう少し安くならないでしょうか?」

「ふん。ここに一ヶ月泊まるなら丸金貨一枚で妥協してやる。その代わり丸金貨以外は一切受け付ける気は無いさね。別に気に入らないのなら他の店に行ってもアタシはぜんぜん構わんよ」

 この糞ババアっ!

 足元見まくりやがってっ!

 丸金貨一枚って言ったら家族四人が一ヶ月過ごせる額だぞ。

 それがこのボロ宿の食事抜きの一ヶ月と同等だって?

 冗談じゃないと叫びたい気待ちが溢れてくるが、この宿に泊まれないのはまずい。

 幸い、神からもらった中に丸金貨五枚がショルダーポーチの中に入っている。

 ここは涙を偲んで丸金貨一枚を渋々渡した。


「まさかこんな小娘が丸金貨を持っているとは思わなかったさね。盗んできたもんじゃないだろうね? まあアタシは約束を守る女だから、泊まらせてやる。二階の好きな部屋を使いな」

 金を受け取ったクソババアは驚いた顔をした後、顔をニヤケさせ奥へと引っ込んでいった。


「……有難うございます」

 俺は本性を出さない練習だと思い、軽く頭を下げてから二階へと上がる。

 階段がボロいせいで一段ずつ登るごとにミシミシッという音が俺の恐怖を煽った。


「……引きこもりたい」

 二階に着いて三部屋あるうちの一番ましな部屋に入るとつい弱音を零してしまう。

 一番ましな部屋と言えど、太陽の光が入る窓が一枚しかなく、カビ臭いにおいがするうえに、部屋にはボロいベッドしかない。

 そのベッドも毛布やシーツなどの上等なものはなく、木製ベッドの上に薄い布が一枚敷かれているだけである。

 取り敢えずベッドに腰掛け、これからの予定を組み立てる。


「金を払ったからここに一ヶ月居座ることは確定。その間に神のゲームに向けて準備をしておかなくてはならない、か」

 ほかの奴らとは違って俺には準備期間というものが少ない。

 なんせイルサーンの駒の最後の人間だからな。

 必然的に俺は先に神と会った敵より短くなるに決まっている。

 それをどうにか挽回して、敵陣営をゲーム開始から一年以内に殺さないと俺は勝つどころかルールに抵触して消滅してしまう。


「<ステータス>を見て方針を定めるとするか」

 俺は宙に表示されている文字をぼんやりと眺めながら、思考を巡らせていくのだった。







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