毒巫女33
未だに原理さえ分からない空中に浮かぶステータスを確認しても、能力的に出来ることは何もなさそうだ。
今後のために、対空戦をどうするか考えておこう。
それはそうとして、俺は解れてきている巫女服を弄りながら、ステータス画面越しにちーちゃんとフワさんの魔法が吹き荒れている様子を少し憧れながら眺める。
せっかくファンタジーに来たからには魔法が使いたい。
そう思っても実際に出来るのは『毒制御』『猛毒精製』『猛毒分泌器官』を上手く利用して毒霧を作るのがせいぜいで、ドーンやバーンなどの効果音がつくような派手さはない。地味なのだ。ただひたすらに地味なのだ。
普段はあまりそういう思いになることは無いのだが、他人がやっているのを見ると、自分もやりたくなる。
隣の芝生は青いというやつだろうか。
現にフワさんが『ミカン召喚』で、敵の足元にミカンE(爆発するミカン)を召喚して爆発させた。
「……あれはあんまり羨ましくないですね」
敵との戦闘シーンにみかんは場合違いすぎて、間抜けに見えてしまう。
魔物が吹っ飛んだり爆風を浴びて火傷しているから、効果は抜群であるのは間違いないのだが、ミカンを投げるという行為がなんとも言えない。
いや、まだ投げているだけマシで、途中から『念力』でミカンをふよふよと浮かべだしたので、非常にシュールな光景になっている。
「あははははっ! これがミカン・ザ・ワールドっす! あははっ!」
ミカンをフワさんが自分自身の周りに集いさせ、ミカンの結界?を張っている。
イマイチ何をやっているのか理解できないが、フワさんが楽しんでいるのでいいんじゃないだろうか。
ネズ先輩は打ち漏らしている魔物を殴る殴る殴る。
たまに『土魔法』で剣山を作って、魔物を針のむしろにしているが、基本殴っていた。
斧はどうした斧は。
背負っている斧は飾りか、と言いたかったが、戦闘を見る限り使うまでもないのだろう。
手入れしているネズ先輩を見たことがあるが、なかなかに面倒くさそうだったし、汚したくないという思いもあると思われる。
萌奈は、『土魔法』で子供が考えそうな落とし穴を作っていたが、子供が作る落とし穴とは比べられないほど規模が桁違い。
高層ビルとか入りそうなレベルだ。
「おー! そこが見えないっ! やっほー!」
と落とし穴を覗き込み、身を乗り出していたのが見えたので、落ちるんじゃないかと思っていたが、案の定落ちた。
「きゃぁぁぁぁ♪」
どこか嬉しそうな叫び声であるのの、落ちたことには変わりないため、どう助けようかと物凄く焦ったが、ズポッと落とし穴の隣に土からニョキっと萌奈が生えてきたので心配は杞憂に終わった。
そして、飛行生物に対抗してくれているのがベト一人。
サングラスを光らせ、トレンチコートを揺らし、黙々と魔法陣の中から光線を出して、頭部に命中させていっている。
ただ、空から肉片が落ちてきて、ちーちゃんがビクッビクッと身体が反応しているから、もう少し綺麗に倒して欲しいと思いつつ、ベトが飛行生物を相手取る羽目になったのは俺のせいなので、流石に何も言えない。
また、肉片に怯えたちーちゃんは、容赦なく高圧洗浄するかのように魔物に対して水を噴出し続けていた。
ただ、目を瞑りながらなので、フワさんもネズ先輩もベトもちーちゃんの様子を見ながら、避けるようにして戦っていた。
「ギャッギャギャ」
全員の戦闘を見て飽きてきたなと思った頃、森を囲んでいた毒霧を森の中心まで狭めたので、本当にやることが無くなったと思った矢先、珍しいことにちーちゃん達が打ち漏らしたらしいゴブリン一体がこっちに向かってきた。
さっきまで得体の知れないものから怯えて死に物狂いで走っていたくせに、俺を目の前にすると嗜虐的な笑みに早変わり。
何ともわかりやすい魔物である。
それにしても、余程焦っていたのか、元から持っていなかったのかは知らないが、武器一つ持たず布切れ一つ腰に巻いているだけ。
その格好が俺に毒を使わずに戦おうという思考を発生させた。
俺は飛びかかってきたゴブリンを横に大袈裟に避けながら、『テリトリー視覚化』のスイッチをオン。
すると、視覚にゴブリンを中心に1メートル程度の赤い半球が表示される。
縄張りを示す青い円は表示されなかった。
「まあ、草原を縄張りにしていたら生き残れなさそうですしね」
「ギャギャ」
避けられたことに首を傾げつつ、再び引っ掻きにきたゴブリンに、俺は赤い半球のギリギリ外側に避けると、目の前をゴブリンの爪が通り過ぎた。
……怖っ。
分かっていたことだが、いざ体験してみると心臓の鼓動が加速する。
しかし、巨狼と戦った時ほどではない。
俺は『逃げ足』のスキルも鍛えるため、ゴブリンから逃げるようにして走り出す。
もちろん全力疾走ではなく、マラソンよりも少し速いくらい。
そうじゃないと直ぐに体力が切れる。
それを見たゴブリンは再び猫がネズミを狩るように追いかけてきた。
傍から見れば、俺以外の全員が魔物の大群を止めている中、俺だけが追いかけっこをして遊んでいるように見えるが、いたって真剣である。
眼が血走っているゴブリンから逃げること数分。
『逃げ足』のお陰で逃走する速度はプラスされ、通常よりも速く走ることが出来たが、如何せん体力がもたない。
前世よりも体力が落ちているということは承知の上だったが、思ったよりも顕著だった。
体力が限界に到達し、肩で息をしながら立ち止まるも、当然ゴブリンは止まることなく、俺を嘲笑いトドメとばかりに襲いかかってくる。
「……実験、終了です」
まあ、やられるわけにもいかないので、ゴブリンに俺がかいた汗を飛び散らせることで、瞬く間にゴブリンは毒に身体中を犯され絶命した。
それと同時に毒耐性を付与していた服も限界が訪れ、完全に服として意味をなさなくなった。
見渡しのよい草原で、心地よい風がゴブリンの体臭を運び、俺の肌に直撃させる。
……不快だな、おい。
流石に文明人として現女子として他人に自分の裸を見せたくはないので、直ぐにショルダーポーチに最初から入っていた新しい巫女装束に着替える。
勿論これも『毒耐性付与』で毒に耐性を付けてある。
「さて、ちーちゃん達はいつまでかかるのでしょうか? 何時間かかっても戦闘モードのちーちゃんをじっくり見られるのなら、悔いはないですけどね」
俺はそう呟きながら、ちーちゃんの真剣な横顔を惚けた目で見つめ続ける。
その状態で、ちーちゃん達の攻撃を突破してきた魔物に反応することが出来るわけもなく、あっさりと魔物は俺の横を通り過ぎたが、街に被害がいかないよう維持させている毒霧に接触し、即死。
ただ、毒霧で死んだ魔物は俺の経験値へと姿を変え、貢献してくれるのは有難いが、今回は出来るだけちーちゃん等級を上げて欲しい。
だからこっちに来るなよ、魔物共。
そんな思いも虚しく、ちーちゃん達に敵わないと思ったのであろう魔物は、まだ生き残る可能性がありそうな毒霧へと突っ込んでくる。
一瞬、足を止める魔物もいるが、結局は毒霧へと身を擲つ時点で、その他の魔物とさして変わりやしない。
結局、初盤中盤はちーちゃん達による攻撃で、終盤は俺の毒霧で、空が赤色に染まり始めた頃に魔物は全滅した。
「いやー、今日は疲れたっすねー! いい汗かいたし、直ぐにでもお風呂に入りたい気分っす」
フワさんが褐色の肌に血と汗を滴らせ、身体中をほぐしながらこっちに寄ってくる。
所々服が破れているところがあるので、素肌が露出して、刺激的な格好になっていた。
むっつりっぽいネズ先輩はチラチラとバレてないとでも思っているのか、盗み見を繰り返している。
そのネズ先輩はというとほぼ服の部位がなく、防具で覆われているので、傷ついたところはない。
そもそも戦闘するのに服を着るやつの方が少数派であるから、ほぼ普段着の俺らの感覚がおかしい。
今度ちーちゃんと一緒に防具でも買いに行くか。
フワさんは理由があって防具や鎧をつけてないのだろうし。
「おや? おやおやおや? ネズ先輩、そんなに私をチラ見してどうしたんすか!?」
フワさんはニマニマとした表情で、ネズ先輩を煽る。
やっぱりバレてたネズ先輩。
ずっと後方で魔法攻撃に徹していた服に傷がないちーちゃんは、ネズ先輩に対してジト目になっていた。
ちーちゃんのジト目最高っ! 俺にも向けて欲しい! ネズ先輩が羨まし過ぎる!
といった感情を俺はおくびにも出さずに、ネズ先輩に生暖かい目を向ける。
そのせいで周りからの目に耐えられなくなったのかネズ先輩は一度咳払いをしてから、そそくさと街に向かっていく。
勿論、俺達も後をついて行くので逃れられはしないのだが。
※※※
突然だが、ミラ=ジョーカーがいる大陸の北方にアレルキヤ法国が存在する。
その中でもさらに北の方に三年前、突如として現れた一人の男がいた。
その男は生前、正義漢だった。
荷物を重そうにしている老人がいれば、目的地と反対側でも荷物を運んであげ、迷子になった子供がいれば親が見つかるまで一緒に探す。
さらに、犬や猫や鳥でも身動き取れなさそうならば、危険を犯してでも救ってあげるという善良な男だった。
だがある日、トラックにひかれそうだった少女を命懸けで助け、天に召されたところを卑しき神ナナウトツィンに拾われ、遊戯の駒の一つとしてこの世界に転生した。
ナナウトツィンの最初の駒として転生したため、有り余るスキルを十個自分の好きな物を自由に選択することが出来た男は、転生者の中でもトップクラスの力を手に入れた。
しかし、男は善良だったため、自分の力を他人のために使った。
この世界は争いが多いので、最初は仲裁するために軽く力を使う程度。
だが何回も諌めるうちに男は自分に問うようになった。
――何故、明らかな悪人さえ僕は庇っているのだろうか、と。
正義を為すには悪が必要だった。
だから男は自分でも気付かぬうちに、こいつは悪い奴と判断した瞬間、悪人の方に力の比重が強くなった。
だがこの時はまだ喧嘩両成敗という形は、かろうじて保てていた。
しかし、事態が一転する出来事があった。
男にはこの世界で愛する者が出来ていた。
幸せな家庭を築こうと互いに想いあっていた。
男は無意識にこの幸せは永遠に続くものと思っていたある日、男の采配に恨みを抱く者が、いとも容易く幸せを崩壊させた。
つまり、愛する者が殺された。
男は怒りの赴くままに、初めて人を殺めた。
――何故、俺はあの時、恋人の傍にいなかった。
――何故、俺はあの悪人を殺しておかなかった。
――何故、恋人は殺されなければならなかった。
――――答、この世界に悪が蔓延っているからだ。
この日、男の一人称は僕から俺に変わり、悪人を倒すのに『殺傷』という手段が追加された瞬間だった。
男は争っている内の悪だと思う方を容赦なく殺して行った。
その時にはもはや喧嘩両成敗というものは跡形もなく消えていた。
何回も殺人している内に、男は悪の定義を拡大させていった。
荷物を重そうにしている老人がいれば、歩くのが遅いせいでストレスが溜まり悪人が出来上がると首を刎ね、迷子になった子供がいれば泣く姿が原因で悪人が出来上がると心臓を貫いた。
さらに、犬や猫や鳥でも悪人の犯行道具に使われるかもしれないと、動物を踏み潰すという狂人と化した。
そして何人でも殺し殺し殺した末に、男は街一つを壊滅させた。
その後、姿をくらまし再び表舞台にたったのは遊戯開始直後であり、現在ナナウトツィンの駒として存分に力を奮っている。
男の名はイリウス=アイゼンベルクといった。
元々『卑』を司る邪神であるナナウトツィンは男を道化として、凶悪犯が集う陣営で、一人善人として足掻く姿を見たいという考えだった。
しかし、まさか善人が凶悪犯の中でも最狂レベルまでいくとはナナウトツィンは全く予想だにしなかったが、嬉しい誤算でもあった。
神界にいるナナウトツィンは、これで最高神の座は俺のものだと、笑みを深める。
その笑みを見て、ああまた何かくだらないことを企んでいるなとその場にいた神々は呆れて見ていたのであった。
基本、自分の中でひと月に一回は最低でも投稿しようと決めていて、そろそろ投稿しないと行けないよなと思い始めたのが26日。
この時、作者は2月が31日まであると思い込み、ゆっくり描き始めた。
しかし、今日28日。
カレンダーというものを見たら、なんと2月は28まで。
頑張った。マジで頑張りました。
最近魔法少女に関わる本を描きたいと思ったけど、脇道それずに投稿が二月中に間に合ったことを作者自身が褒めたい。
まあ作者の独り言はここで止めておいて。
発展途上(多分)の文章を読んでくださりありがとうございます。