毒巫女31
「かしこまりました。冒険者カードの申請ですね。こちらの水晶に手を翳してもらってもよろしいでしょうか?」
ギルドの受付嬢に言われた通り、カウンターの上に乗せられた水晶玉に手をそっと翳す。
何も起きる様子はないが、これで良かったのだろうか。
「犯罪経歴なし、ですね。これから申請にうつります。こちらのカードに血を垂らしてください」
今度は白いカードとナイフをカウンターに乗せた受付嬢。
やっぱりナイフで自傷行為をしろと言いたいわけか。
まあ、それは注射するようなものだと思い込んだらいい話だが、果たしてこの冒険者カードとやらは俺の猛毒性の血に耐えられるのか?
ものは試しだと、実際にナイフで指を少し切って血を垂らして見た。
すぐに傷口を毒で覆い、冒険者カードの様子を見ていると、垂らした血がすぅっとカードの中に吸い込まれ、文字が浮かび上がってきた。
名前と年齢と強さだけといった単純なものだ。
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名前:ミラ=ジョーカー
年齢:17
強さ:『変わってる』
所持金:0フェン
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なんだこれ?
気になったので受付嬢に聞いてみる。
「この強さってなんですか?」
「その人の戦闘能力を大雑把に区別したものです。
弱い順に、『超弱い』『弱い』『まあまあ弱い』『普通』『まあまあ強い』『強い』『超強い』『神ってる』があります。
そしてその人の戦闘能力が測りにくかった場合は『変わってる』『特殊』という表示になります。
ミラさんの場合は変わった戦い方をされているようですね」
魔物を毒で殺す。
昔からの暗殺手段の一つであり、誰でも出来る殺し方だ。
それをステータスに『変わってる』と書かれるとは予想だにしなかった。
「残りの冒険者カードの機能についてご説明致します。
まず、ミラ様の冒険者カードの外枠の色が白になっていますが、これはギルドで功績を挙げた分だけ『白』『黄』『赤』『紅』『青』『蒼』『銀』『金』『黒』の順に色が変わります。『黒』に近づくにつれて、依頼の優先権、ギルドが提携している店の割引、及び報酬アップなどの特典が増えていきますので頑張ってください。
次に、冒険者カードに書かれている所持金ですが、基本依頼の報酬はここに振り込まれます。取り出したい場合はギルド職員に言っていただければすぐさま取り出せるので、気軽にお使いください。
それと、ミラ様は文字を読めますか?」
「はい」
「でしたらギルドの規則事項はそちらの壁に張ってあるので暇な時にでも見ておいてください。
これでギルドの説明を終えますが、何か質問等ありましたら、簡易なものはこちらで、それ以外はあちらの相談カウンターにお申し付けください。
あなたの冒険に神の御加護があることを祈っております」
テキパキ仕事をしていそうなメガネをかけたこの受付嬢、思ったよりも若い上、割と面倒くさがり屋でもありそうだ。
普通、ギルド内部の規則を文字が読めるからと言って、規則読んどけよと丸投げするか?
まあ、俺が自分で読んでおけばいい話か。
「ご説明、ありがとうございます。名前を伺ってもいいですか?」
「クルーシアと申します。ついでに忠告をひとつ。冒険者の方は依頼者以外敬語を使わない方がいいですよ。舐められますから」
「忠告は有難いのですが、性分ですので」
そもそも敬語をやめたら、完全に男口調になってしまう。
この女の姿で男口調は違和感が有りすぎて、変に疑われても困るというもの。
忠告を聞き入れなかった俺は受付を離れ、壁に貼られている規則事項を暫く眺めた後、依頼する受付に移動する。
クルーシアとはまた別の受付嬢だ。
「すみません。薬草採取の依頼を出したいのですが」
「かしこまりました。薬草の種類、数と、金額を教えてください」
「カルア草出来るだけ多く、金額は十束120フェンでお願いします」
「……いいのですか? カルア草は街の外に出る必要はありますが、一般人が採るにしても大した危険はないので、ご自身で採られた方が安上がりだと思いますよ」
「ほんの少しなら自分で採りに行ったのですが、大量に必要でして」
「では、カルア草、数は無限、十束ごとに120フェンを報酬とする。こういう内容で申請してよろしいでしょうか? 代金はカルア草が集まってから、回収させていただきます」
「はい。お願いします」
「かしこまりました。ご利用ありがとうございます」
よし、これでひとまず用事は済んだ。
後は王都の暗殺ギルドに寄れればいいのだが、情報が少なすぎる。
さてさて、どうやって行ったものか。
酒場に行くと情報が得られると思っていたが、酒場で話題に上がる程度の拠点なら、早々に暗殺業なんて廃業しているだろう。
……考えても分からないものは分からない。
気持ちを切り替えて、優先度がひとつ低い金策に走るとしよう。
俺は依頼が掲示されている壁に向かい、依頼を隅から隅まで眺める。
どうやら、ここは『蒼』ランクまでの依頼しかないらしい。
それでもドラゴン討伐なんて依頼もあるのだから、ネズ先輩レベルの『黒』はとんでもなく強いのだろう。
まあ、俺がそんな大層な依頼を受けるはずもなく、手軽に楽に出来そうな依頼を探していると一つ興味深いものがあった。
『毒薬の廃棄』ギルドの依頼だ。
毎年、ギルドは薬剤師や錬金術師の失敗作や、期限の切れて変質したポーションなどを適当に捨てられても困るので、ギルドでまとめて回収しているらしい。
だが、数が数なので倉庫内が溜まりに溜まったので、そろそろ処分したいからこその依頼。
でも、この依頼、貼りだされてから一ヶ月は経過している。
多分、量の割には与えられる賃金は安い上に、毒の乱用を防ぐため、処分し終わるまで部屋に軟禁されることが原因だろう。
そもそもこの依頼、閉じ込められた状態で、毒を処理する能力もしくはスキルが必要となってくる。
そんなスキルを先天的に持っている人などほぼいるはずもなく、その上都合のいいことに俺は持っている。
俺はランクの色が付いていない、通称無制限依頼を剥がし、受付のところへ持っていく。
「すみません。この依頼受けたいのですが」
「はい、かしこまりました。でも本当にこれ受けるんですか!?」
「はい」
「っ! ありがとうございます。今までギルド職員がやっていましたが、半年前、老衰で亡くなられたんですよ。もし良ければ、このままこの依頼を受け続けて頂いても?」
「この王都にいる間でよければ構いま――」
「あっ! そうです! ギルド職員になりませんか。なって頂ければ、私が楽に……じゃなくて、冒険者より断然危険度が下がるし、給料は上がりますよ!!」
この受付嬢、クルーシアなのだが、先程と比べてテンション高過ぎないだろか。
しかも面倒くさがり屋が随分表に出てしまっている。
それにしてもギルド職員か。
俺が冒険者になりたかったのは、『冒険者』という身分証明書が欲しかったからだ。
「ギルド職員って身分証明書とかはあります?」
「あります! あります! だから是非ギルド職員に!」
身を乗り出したせいでメガネがズリ落ちたクルーシア。
もはや第一印象のクールさが欠片も残っていない。
俺は、メガネの位置を直しているクルーシアを傍目に、メリットとデメリットを天秤にかけてみたものの、情報が少なすぎてよく分からない。
ならばもう、あちこち移動しなければならない冒険者よりもその場に留まれるギルド職員の方がいいような気がする。
<生存第一>はこの王都を拠点にしているから、そうそう移転させることは無いだろうし。
「では、ギルド職員にならせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「はい。勿論、大歓迎ですよ! ということでミラは後輩だから敬語は使わないから」
「……お好きにどうぞ」
「やったね。じゃあ、こっちこっち」
受付嬢の制服はスカートの丈が短いので、ぴょんぴょん跳ねられると目の毒ではないだろうか。
勿論、俺にはちーちゃんがいるので、そんなこと気にもしないが。
……ちーちゃんにもやって欲しいな。
今度、ギルド職員やらないかと誘ってみよう。
クルーシアに手を引っ張られながら来たところは、どうやら面接場所のようで、机と椅子と面接官がいた。
いつの間に連絡していたのやら。
というか、面接があるなんて聞いてない。
俺まだギルド職員に慣れていなかったのか。
「君、こちらに座りたまえ」
面接官が空いている席に俺を座るように促す。
言う通りに恐る恐る座ると、面接官の容姿がはっきりと見えた。
一見くたびれた60代の男性に見えるが、覇気というかオーラがそう感じさせない。
ただ、戦闘方面ではなく、今まで培ってきた経験が醸し出しているようだ。
「では、面接を始めよう。まず、君は読み書きが出来るかね?」
「問題ありません」
「いつ、出勤できる?」
「大体は出勤出来ると思います」
「顔は問題ないようだから、最後に、冒険者との恋愛は禁止であることに同意してもらっても?」
「同意します」
「よし、採用だ。制服が届くまで後ろにいるクルーシア君に色々と事務処理を教わるといい。では失礼する」
非常に簡易な面接を終えた後、すぐに退出した面接官。
「なんだか忙しそうな方ですね」
「そりゃあそうだよ。あの人はこのギルドのギルドマスターだからね」
「……そうですか」
あの人がギルドマスターなのか。
去っていく姿は残業で疲れ果てたサラリーマンに見えてしまったのは、俺が疲れているのか、ギルドマスターの仕事が激務なのか。
俺達もこの部屋を退出し、受付に戻るのと同時に、クルーシアが切り出した。
「あっ。この後、時間ある?」
流石に、そろそろ同室であるちーちゃんが心配してくる頃だろう。……してくれるよね?
だから、ついでにギルドに対して、無断で一人で外に出た罪悪感も多少あるし、帰るとするか。
「すみませんが、一旦帰らせていただきたいです」
「分かった。引き止めてごめんね。私は一日おきにいるから、明後日また来てもらったら、教えてあげる」
「ありがとうございます。後、もう一人受付嬢になる可能性のある娘がいるのですが、連れてきてもいいでしょうか?」
「いいよ、いいよー。今、寿退社ブームで人手不足だから」
「ギルド職員は恋愛禁止なのでは?」
「逢い引きしながら、妊娠して、ギルドをやめるみたいな人多いよ。
正確には辞めさせられるんだけど、皆、潮時なのか喜んでやめていくんだ。
元々は受付嬢の心を守るための規則なんだけどね。ほら、冒険者って死にやすいでしょ?
恋人が死んだ受付嬢は気を病むし、新しい人を見つけてもまたその人も死んでしまったということもあったの。
まあ、恋人を贔屓する人も多かったらしくて、それによる詐欺もあったから」
「ギルド職員にも色々あるんですね。それと、ふと思ったのですが、ギルドマスターが言っていた『顔は問題ない』というのはどういうことでしょうか?」
「あれは単純に美人かどうかという判断だよ。綺麗だったり、可愛い娘相手だと、冒険者もそれ目当てに冒険者ギルドにやって来て、気を引くために、依頼を受けたりしてくれるんだよね」
「色々考えられているのですね。容姿で採用を判断するのはどうかと思いますけど」
「でも逆に、受付嬢になれるということはステータスになるから」
つまり私は美少女だ、と胸を張りながら言外に主張するクルーシア。
確かに黙っていれば、メガネをかけたクールで隙のなさそうな美人ではある。
「クルーシアさん! 依頼終えました! 手続きお願いします!」
唐突に、ギルドのドアを開き、一直線にクルーシアの所にやってきた新人風の少年は、顔を嬉嬉とさせながら、依頼達成の証拠品をクルーシアに手渡した。
「分かりました。少々お待ちください。ミラ様、またのお越しをお待ちしております。ではアレクくんこちらです」
クルーシアは、先程の親しみやすい話し方とは一転し、元の真面目な話し方に即座に戻す。
そして、俺は受付で真面目に仕事をしているクルーシアを見ながら、そっとギルドの外に出て、<生存第一>に帰宅した。
戻った瞬間に、ちーちゃんにはこってりと叱られ、こっちのギルマスには忠告を受けるハメになってしまったが。
ああ、ちーちゃんは怒ってる姿も可愛いなあ。
この話、講義中に書いた。
そろそろ投稿しないとやばいなぁと思いながらも、書く時間ねえと思ったからこその折衷案。
むしろ時間を有効に使えたのではと自負しています。
嘘です。授業聞いてないから、テストがやばい。
それにしても今回はちーちゃんがほぼ出てこなかったから、書くスピードが遅かった。
読んで下さりありがとうございます。