毒巫女28
お待たせしました。
視点がころころ変わります。
ギルドマスターについて行くと、ダンジョンのボス部屋のような広い場所に出た。
だが、ギルドマスターとギルド員は止まることなく、この場所から続く階段を一歩ずつ上がっていく。
だが、俺達は足を止めて呆然と見上げた。
「え? ここを上がるんすか? エレベーターとかは?」
フワさんの言葉に、ギルドマスターは振り返っただけで、回答しようとする意思はさらさらなさそうだ。
ということは登らないといけないのか。
俺は瞬きをして、もう一度、無限に続く螺旋階段を見上げる。
絶対、辿り着かせる気がないだろ、これ。
一番上に一筋の光が差しているような気がしなくもないが、あそこまで上がる体力が俺にあるとは到底思えない。
ちーちゃんも無理だろうし。
そう思っていたところ、ネズ先輩がいきなり俺とちーちゃんを両脇に抱え、溜をつくり、ドゴンという音を置き去りにし、一気に数百段を飛び越した。
巫女装束は靡き、俺は体におしかかる風圧で多少息苦しくなったが、一瞬で解放され、無事に数百段先の階段に足がつく。
同様にちーちゃんもネズ先輩に降ろされ、ふらついていたところを俺が支えた。
「……ありがとう」
ちーちゃんが、振り向いてくれたおかげで、ちーちゃんの柑橘系の香りが仄かに漂ってきて幸福度があっさりと上がる。
「い、いえいえ。ちーちゃんが困ったところを、すかさず助けるのが私の生き甲斐ですから」
「……もうちょっと別の生き甲斐を探そうよ」
ちーちゃんの目が若干、残念な人を見る目になった。
でも、それが逆にゾクゾクしていいかもしれないと新しい扉を開きかけている俺を傍目に、フワさんも続いて、『念力』を用いてふよふよと上昇してきた。
ベトも上手く触手を利用してテンポよく上がってくる。
ただ、その様子をじっくりと下から眺めるギルドマスターの姿が不気味だ。
おそらく、大雑把な個人の能力の使い方や性格をみているのだろう。
何故か同陣営のはずなのに、見られたらやばい人に見られたという感覚が拭えない。
「信頼すべきなのか、しないべきなのか。なかなか判断が難しいところですね」
「俺は嫌いなタイプだな」
ネズ先輩が俺達を抱えて、2回目の大ジャンプをした所で、追いついたベトは、器用に舌を作り、ペっぺっと不味いものを食べたような反応をした。
「ベトは一回、刺されましたからね」
むしろ、刺された上で好きとか言っていたら、ベトとはだいぶ距離を取っていただろう。
「そこで止まれ!」
一度、フワさんと合流した直後、ギルドマスターから停止の声がかかった。
何事か分からなかったが、とりあえず立ち止まる。
すると、ギルド員の一人が盛大にジャンプして、一気にここまでやってきた。
転生者にとって階段なんて意味ないだろうなと、ギルド員を飛び越してきた段数を思いながら、やってきたギルド員を見る。
色褪せた金髪に、子供のように純粋な黒い瞳、そして細い体つき。
なんだろう。日本で、兄貴って呼ぶ人がいるような、ヤンキーの下っ端にしか見えない。
顔は整っているのに、雰囲気がそれを打ち消している。
「オレはイザナギっス。道はそっちっス」
俺はフワさんをちらりと見た。
話し方が非常に似ているが、フワさんはさして気にしている様子はない。
それにしても仮にも神の名前を名乗るのはすごい度胸というかなんというか。
とりあえず、イザナギというやつの言う通り、道があるらしい方向へ身体を向ける。
だが、当然俺達には壁しか見えない。
隠し扉でもあるのだろうかと、壁を手で擦りながら、それらしき痕跡を探すも、異様に滑らかな壁の感触がするだけで、特に通路が隠されているようには思えなかった。
フワさんやネズ先輩も首を傾げていたが、ちーちゃんだけは階段の壁側と逆の方の下を覗いて、高いことを実感し、体を震わせていた。
一瞬、抱きしめて落ちないと安心させてあげようとも思ったが、恐怖との付き合い方の練習にでもなると考え、放って置く。
そして、何よりちーちゃんの涙が目尻に溜まり、体を震わせている姿は可愛いのだ。
というより、今は隠し扉の痕跡を探すよりも、ちーちゃんの姿を見る方に意識を移してしまっている。
「はあっ!」
その間に、イザナギが気迫のこもった声を出しながら、所持している槍を構えて、壁を強引に破壊した。
そして、腹に響く轟音が発生し、崩れた壁から新しい通路が現れる。
「はい?」
その光景に俺が呆けた声で、なんだその強引な隠し扉は、と思ってしまっても無理のないことである。
崩壊した瞬間、ビクッとしたちーちゃんは、無表情だった。
身体は音に反応するけど、表情は色々ありすぎて変化に追いついてない状態のように思える。
ベトやフワさん、ネズ先輩はもう慣れたのか、現れた通路を我が庭のようにサクサクと歩いていっていた。
「いつまでも立ち止まってないで行くッスよ」
イザナギに槍の石突(槍の穂先の逆側)で俺の背中をつつかれ、先を促される。
後方のギルドマスター等も徐々にこちらに辿り着きつつある。
俺はちーちゃんの手を握り、先頭に追いつくために、早足で歩き出した。
※※※
一方、その頃の<ラバーズ>の執務室では。
「ミラのやつ、報酬いらねえのか? 全然来る気配ねえが」
<ラバーズ>のギルドマスターであるヘルガウスは、依頼の報酬を受け取りに来ないミラに頭を抱えていた。
「……来ないなら、要らないということなんだろう」
先程まで部屋に誰も存在していなかったはずだが、急に現れた黒いフードの男がいた。
「ハロルドか。要らないと言われてもこちらには渡す義務がある。裏社会だからこそ、こういうところをマメにやらないと、後になってエラい目に会う」
「……では、届けてはどうだ?」
「部下によると、ミラは王都を目指し馬車に乗っていたらしい。だから王都に行けば渡せるのだろうが、あそこは警備が厳しすぎる。それに、俺は賞金首だから、顔バレしている」
「……いっそ、ミラという娘に捕まりにいって、その賞金をミラの報酬にするというのは?」
「笑えない冗談だな。しょうがない。大分不安があるが、ハルポルに行かせよう。最近やたらとミラに会いたいと喚いていたしな。ハロルド、ハルポルを呼んできてくれ。後、これが今回の依頼だ」
依頼が記された獣皮紙には、標的である王都の貴族の名前と成功報酬が載っていた。
「……過保護だな」
「うるせぇ。分かったのならさっさと行ってこい!」
「……承知した」
ハロルドの姿が消えてから数分後。
階段をパタパタパタと駆け上がる音がし、直後、執務室のドアがバタンと乱暴に開かれる。
「ミラに会えるって本当!?」
机をバンと叩き、体を乗り出すハルポルにヘルガウスは眉間に皺を寄せた。
「お前なぁ、ただ会いに行くってわけじゃないことは分かってるよな?」
「もちろん。ミラを堕としてくればいいんでしょ?」
少年ながらも艶やかに笑うハルポルに、ヘルガウスは一瞬行動が止まる。
「……可能ならばやって欲しいが、無理して嫌悪感を抱かれるようなことがあれば、目も当てられない。お前がやるべき事はミラに報酬を払いに行くことだ。誘惑するのは余裕がある時でいい」
「はーい」
ハルポルは生返事し、ミラの報酬を受け取ると、すぐさま執務室から出ていった。
ドアがバタンと閉まると同時に、ヘルガウスは椅子に体重を預ける。
そして、幾つか机に置いてある資料をパラパラとめくった後、ため息をついて乱暴に資料を放り投げる。
そのうちの一枚の紙が机からヒラヒラと地面に落ちた。
その紙にはこう書いてある。
『極秘――異界人に関して
・一部を除き、圧倒的戦闘能力を有する。
・成長速度が異常。
・陣営と呼ばれているグループがある。
・我らの唯一神アムリア・リタリン以外の神が存在すると信じている。
・突然出現した割には、知識が豊富。
・美女美男が多数を占める。
・転生者同士を鉢合わせると、殺し合う。
以上が把握出来ている情報である。上記以外の情報を手にした場合は、こちらに連絡を。
王国宰相 ヘゲール・デ・テクウリカ』
落ちた紙を、椅子から重い腰を上げ、拾い上げるヘルガウス。
ただ、その表情は優れない。
「大手だからとはいえ、お偉いさんが闇ギルドにまで情報を求めるかよ。これは連絡した途端、大元まで辿られるか、本当に切羽詰まっているのかの、どちらかだろう。とはいえ、その異界人を手元に置こうとしている俺は、自分で言うのもなんだが、真面目だな、オイ」
偶然、ハルポルが拾い上げた異界人。
このチャンスをみすみす逃す手はない。
「ミラの周辺の人物も調べた方がいいな。お仲間さん同士の可能性が高い」
ヘルガウスは部下の一人を呼び出し、ミラの周辺捜査を依頼し、王都に向かわせるのだった。
※※※
百柱の神々が存在する神界とは別の、異世界アムリタでの神界に、一柱の女神が顕現していた。
「転移者? いや、転生者もいるわね」
神界から下界を覗き込み、アムリタの異変に気づいた女神アムリア・リタリンは、その原因を発見するため、転生者等の痕跡を遡っていく。
「――ッ! どういうことよ、これは!」
辿った先は百の神格。
異世界アムリタは全宇宙から見れば辺境な世界の上、文化的にもそこまで発展しているわけでは無い、ありきたりな世界である。
だが、そんな辺鄙な場所に神が百も集っていることにアムリアは驚愕しているのだ。
そして、アムリアが次に気になったのは、この世界に来た神の目的であるため、百柱の神が居座る大部屋のような空間をバレないように、遠距離からこっそりと瞳で覗き込む。
その瞬間、百の神の内、数十の神と合うはずのない目が合ったので、アムリアに戦慄が走った。
「バレたっ!」
アムリアは即座に今いる座標とはズレた位置に転移し、追われないように身を潜める。
「一体、なんなのよアレは!? 全神、神格が唯一神の私と同格以上じゃない!?」
必死に見つからないように祈っていたアムリアの願いが叶ったのか、追って来る神は一柱としていなかった。
※※※
百柱の神々がいる神界では。
「クックック。今、誰か覗いていたな?」
「あー、なんかいたね。この神かなんかじゃないの?」
「一応、この世界使わせてもらいますって断りを入れて置いた方が良かったんじゃ?」
「うーん。辺境の神だし、そこまで神力を持ってるわけでもなさそうだったから、別に気にする必要なくない?」
「そんなことよりさ、覗いてきた神って美人だと思うか?」
「さあね。例え、美人じゃなくても、ここに美女美男が沢山いるじゃないか」
「ほら、私もいるし」
「お前は、性格が黒すぎんだよ。しかもここに集まってきているやつはほぼ全員性格わりいよ」
「違いねぇ!」
爆笑。
女神アムリア・リタリンのことはすぐに忘れられ、次の話題へと話しが転換されていくのだった。
※※※
場所は異世界アムリタ内のある酒場の地下の電球一つの薄暗い部屋で。
透明な筒状のカプセルに保存されている女の臓器が綺麗に整理され、何年何月何日採取や人種、年齢がラベルに明示されている。
その部屋の主であるミャグラは、転生者が転生時に渡された奴隷の首輪の解明をしていた。
「友達のお願いだから、やってはみるものの、相当難しいしぃ」
タバコ召喚できる転生者から貰った煙草を吸い、ミニスカートにも関わらず、胡座をかきながら、奴隷の首輪を手に取って眺めているミャグラ。
「まあ、あの美少女を取り逃がしたことが悔しかったんだろうけどぉ」
ミャグラがお願いされたのは、相手に奴隷の首輪をつけた瞬間に、つけられた人物が奴隷に成り下がるというもの。
神から貰った奴隷の首輪には、順序がある。
まず、相手の首に奴隷の首輪を装着する。
次に、相手の主神と相手の名を言い、奴隷契約書に、その奴隷にする人間の血判をする。
最後に、つけた奴隷の首輪を外せば、首に紋様が出来上がり、奴隷が完成する。
以上が正しい手順だが、時間がかかる上、面倒なため、ミャグラの友達であるニャラが装着しただけで奴隷にできないかと頼みに来たのが、一週間前。
そこからミャグラは、奴隷契約書と奴隷の首輪を融合させられないかと考え、そのために試行錯誤を繰り返していたのだ。
結局ミャグラが思いついたのは、人頼み。
『融合』もしくは『合成』などのスキルを持った人物にやってもらおうとしていたのだ。
ただ、そういう人物はまだミャグラの陣営であるゼウス陣営が拠点とする場所には来ていない。
というわけで行き詰まっているミャグラは、奴隷の首輪を放り投げ、カプセルに入っている鮮度のいい内蔵をうっとりとしたまま見つめるのだった。
約1ヵ月ぶりの投稿です。
もう言い訳は何も言いません。
読んで下さりありがとうございます。