毒巫女27
朝食を四人と一匹が揃って食べ、本来俺を探すために朝一に<生存第一>に向かうという計画を立てていたらしいので、そのまま利用し、実行に移すことにした。
確かに俺を探すには、<生存第一>にいると思われる『探索』スキル等の持ち主を頼ればいいというのは間違っていない。
間違っていないのだが、それでは俺は確実に事後だったような気がする。
探そうとしてくれていたことには感謝するけれど、ベトがいくれて良かったという安堵のほうが強かった。
俺は自分が死なないと信頼されていることに微妙な思いを抱いている中、俺達は馬車の中でガタゴトと振動で揺れながら、王都に向かって進んでいた。
座っている場所は、俺の横がベトで、対面はネズ先輩とフワさん。
ちーちゃんは俺の膝の上に乗っている。
膝の上にのせられたちーちゃんは最初は嫌がっていたが、最終的には諦めてくれたようだ。
ただ、俺とちーちゃんはあまり体格が変わらないため、少々不格好なのは否めない。
それからは、ちーちゃんの頭を撫でたり、膝枕したり、キスしたり、抱きしめたりとちーちゃん成分を限界以上まで摂取することに夢中になっていた。
そんな中、俺とちーちゃんの甘い雰囲気に耐えられなくなったのか、フワさんは会話を挟んできた。
「<生存第一>ってどんなギルドなんすかね? リーダーが厳しそうだったっすから、制限多そうっす」
俺はギルドの雰囲気よりもどれだけ俺を守ってくれるのかが重要だと思っているが、気になるのはそれだけではない。
「私はそれよりも、ギルドを森松という人物一人で建てたのかが気になります。『常識』によると、個人ギルドの登録料や建設だけで莫大なお金が飛ぶみたいですし」
「仲間がいるんじゃないの?」
ちーちゃんは振り返ろうとしたが、後頭部が俺の鼻先にぶつかったので、慌てて前を向いた。
それを見て、ブフッと吹き出したフワさんを俺は睨みながら、話を続ける。
「まあ、順当に考えれば、ちーちゃんの言う通りなんでしょう。あらかじめ仲間を集めていないと、後から入る者達に対する説得力が欠けますから」
「確かに、人が集まっていない組織だと、安心できないっすね」
「結局のところ、着いてみないと何もわからないのですが」
俺とフワさんが話している間も、ネズ先輩は揺れる中で眠り続け、俺がちーちゃんとイチャイチャしている間は、フワさんがみかんジュースを飲んだり、みかんを馬車の外に放り投げたりしていた。
ついでに一度盗賊らしき集団に襲われかけたのだが、フワさんのみかん投げで見事全滅。
御者に気づかれないままにことを終えることが出来た。
そして、しばらく時間が経過し、調子に乗って、ちーちゃんの太股を撫でて、ビンタされ顔を抑えた瞬間、御者から王都に着いたという連絡があった。
俺は馬車の中で器用に後ずさるちーちゃんを捕まえようと、近づいた時、御者とフワさんの会話の一部が聞こえた。
「あれが王都っすか。賑やかそうな街っすね」
「ええ、そりゃあもう。私もあそこに住まわせてもらっているのですが、賑やか過ぎて、昔より夜更かしするようになったのですよ。夜も酒場で盛り上がったりして。でもたまには静かに過ごしたいと思いまして、この前、寝たのが十一時だったんです。もうこの世界で起きているのは私ぐらいと思えるぐらい静かでした」
「……すごいところっすね」
急に饒舌に話し出した御者に、珍しくフワさんがたじろぐ。
御者が王都に愛着を持っていることは良く伝わってくるが、日本人に対して睡眠開始時刻が十一時と言われても、それが? という反応しか返せない。
まあ、この世界の人々は基本、することもないのに無駄に高い灯りを付けるのがもったいないため、寝るのが早いので、十一時は十分遅い時間帯だ。
灯りというのは、蝋燭か、魔素エネルギーを元にしたランプしかない。
前者は夜を過ごすには灯りが乏しいし、後者は魔素エネルギーが溜まっている魔石を消費するため、おいそれとは使えない。
ただ、金を湯水の如く消費できる貴族や、男女の営みをする人々は一概には言えない。
まあ、一つ言えるのは、色街というものがあるため、街全体が睡眠状態という状況はないので、御者の感覚は本人だけのものだろう。
そんなことを考えるよりも今、俺にはやらなければならないことがある。
「ちーちゃん。すみませんでしたから、こちらに戻ってきてください」
「いや」
ちーちゃんが膝の上から脱出し、フワさんのところへと逃げたのだ。
頬を紅潮させて怒っているちーちゃんを傍目に、俺は思考する。
最近、俺がちーちゃんに迫りすぎて、ちーちゃんが怒って、嫌われて、謝って仲直りするという行為がループしていないかと。
だから一回、色街に言ってみようかなと。
もしかしたら、女の子の堕とし方とか学べるかも知れない。
前もこんなことを考えたような気がするが、結局行けてない――ッ!
突然、地面に馬車を飲み込むほどの大穴が空いた。
「へ?」
「は?」
一瞬の浮遊感の後、急速に身体が落下していく。
「ひゃぁぁぁぁ。……あれ?」
そしてまた身体が空で止まる。
ちーちゃんすみません可愛らしい悲鳴で、一刻も早く冷静になれた俺は、フワさんの『念力』のお陰で助かったことが分かった。
巨大迷路の時もそうだったが、よくもまあフワさんは、パニックにならずにスキルを発動できることだと改めて、異世界生活の年季を感じる。
馬車や御者も含めて全員浮かせたフワさんだったが、突然の上からの重圧が増加したことによって、俺達は再び地に落とされた。
しかし、底にはクッションのようなものが敷き詰められていたため、身体はバウンドをしたものの、深刻な怪我は負わなかった。
「ミカンY(夜を明るく照らすミカン)召喚!」
フワさんから召喚されたミカンYが真っ暗な闇を明るく照らす。
そこで俺は真っ先にちーちゃんの安否を確認した。
「ちーちゃん、大丈夫ですか!?」
「……うん。で、でも御者さんが」
残念なことに、御者は首の骨が曲がり息絶えていた。
それを見てしまったちーちゃんは、口元を手で抑えている。
俺はちーちゃんの近くにより、背中を摩ってあげながら、ぐるりと周りを見渡す。
ネズ先輩とベトは何事も無かったかのように平然としており、フワさんはミカンYを遠くまで投げていた。
おそらく、どの方向に行けばいいか当たりをつけるためだろう。
次に何をすれば良いのかよく分かっていらっしゃる。
そして、べちょっと潰れた果実のようになっていたベトも光魔法を使い、全体を明るく照らす。
しかし、フワさんとベトによって照らされたのは、四方八方を塞ぐ壁ばかりで、どこも行き止まりらしく、進むべき道がない。
「一体、なんなんすかね。王都目前にあんな大穴があったら、すぐに埋め立てられると思うんすけど」
「もしくは新たに出来て間もない落とし穴の可能性もある。とりあえず、ミカンふわしゃーは『念力』でここから出られそうか?」
「やってみるっす」
フワさんがゆっくりと地から足を離し、空に向けて加速する。
だが、地上と底の真ん中辺りで、フワさんがバランスを崩し、落下してきた。
まあ、身体能力が高いフワさんは、猫の如く宙で一回転して見事な着地を見せてくれた。
「無理っすね。上に近づくほど重力が増してくる上に、スキルが無理やり解除されるっす」
「そうか。ならどうする――」
ガゴンッ。
ネズ先輩が言い終わりかけた途端、地面が傾き始めた。
「むっ?」
「「あっ!」」
「へ?」
咄嗟に滑らないように手で出っ張りを掴もうとするも、地面に突起がないため、ズルズルと滑る。
今度は地面に張り付きそうなベトを掴もうとするが、ベトは真っ先に転がり落ちていた。
そういえば、いつの間にか俺の体から落ちている時が多いから、そこまで粘着力は高くないのだろう。
藁をも掴む思いで掴んだものが、一瞬であてにならなくなった間にも、どんどん傾いていき、俺達は全員滑り落ちる羽目になった。
そして、今まで広かった横幅が奥に行くにつれ、徐々に狭くなり、とうとう一人分の狭さに。
そこから今度はだいたい45度ぐらいの坂から、くねくねと曲がったり、上に行ったり、下に行ったり、斜めに落ちたり、途中で水が追加されたりと、まるでウォータースライダーのように滑っていき。
出口が見えた瞬間、ぺっと吐き出された。
出口付近にマットが用意されていたが、マットに上手く着地したのはフワさんとネズ先輩。
ボフッと叩きつけられたのは俺とちーちゃんと、身体能力の差が明らかになる場面があった。
ただ、ベトは綺麗に着地できているのか、転がっただけなのかは判断しにくい。
そして、水のせいで衣服がびしょ濡れになった俺達は武器をこちらに向けている転生者に囲まれていた。
そこから前に出てきた人物は俺達の顔を確認すると、納得気に頷くと、手を振り下ろす。
すると、囲んだ転生者は武器を俺達に突き刺した。
咄嗟のことで身動きの取れない俺達だったが、硬質な音が響き、武器は跳ね返される。
それを見た転生者は武器を投げ捨てた。
武器の扱いが雑だと思ったものの、地面に武器が接触した音から、金属ではなく、プラスチックのようなもので出来ているのだとなんとなく理解した。
要するにこれは元々敵対するつもりで刺された訳では無いということか。
そして、目の前に出てきた人物は、『巨大迷路』クリア後の待機室で見かけた、森松剛士その人だった。
ということは、ここが<生存第一>ギルドの本拠地か。
「まずは先程の非礼を詫びよう。なにせ、同陣営かどうか確かめねばならなかったからな」
図々しくも、先程武器で刺した相手に握手を求める森松剛士。
ネズ先輩とフワさんは握手する気は内容で、ちーちゃんは人見知りなため、俺の後ろに隠れた。
だから、俺が森松剛士の握手に応じる。
「いえいえ、気にしていませんよ。たとえ、いきなり武器で攻撃されて不機嫌になったり、私のペットを武器で突き立てられたからって怒ったりしませんよ、ええ、そりゃあもう。ところで、あまり関係ない話ですが、丁度お金がないところでして、少しギルド費を安くしていただけないかなあと思っている次第です」
ベトは俺の使い魔として正式に契約した訳では無いので、武器が弾かれることもなく、ぶっさりとプルプルボディに突き刺さっていたが、核は貫かれていないので、大したダメージは負っていないだろう。
それにしても、いきなり武器で攻撃するのは、効率的だろうが、無礼にも程がある。
もう少し、寝ている間にこっそり刺すとかにしろよと思わなくもない。
「当然だ。このギルドは、金に困っている者から搾取する悪辣なギルドではないからな。そちらの三方もそれで良いか?」
ちーちゃん、フワさん、ネズ先輩はほぼ同時に頷く。
「では、後ほど角銀貨と丸銀貨を一枚ずつ要求しよう。ついてこい」
周りのギルド員を引き連れて、堂々と踵をかえす森松剛士、もといギルドマスター。
その淀みのない一連の動作に、ここまでがこのギルドに引き入れるための予定調和なんだろう。
おそらく、武器を向けられた時点から、此方の性格を把握しようとしていたのではないだろうか。
まあ、ああいうのがギルドマスターなら、しっかり管理してくれそうで信用はできるが、気分のいいものではない。
それにしても、先程からベトから武器を取ろうとして、もたついているギルド員は何をしているんだ?
「ああ!? お前何張り付いてんだよ!?」
「張り付いているわけじゃねぇ。貴様が刺すから、思わず一部を凝固させちまったんだよ」
ベトを足で踏みつけて、野菜を抜く要領で、武器を引き剥がそうとしているギルド員。
それを嫌そうに身体をプルプル震わせているのはベト。
「ミラ、手伝ってくれ」
「抜けろや、クソが!」
金髪で目つきが鋭く、言動が荒いギルド員は、額に青筋を立てながら、結構な力で引いているようで、今にもベトにボコッと大穴が開きそうで、見ていて怖い。
仕方がないから、ベトの近くにいき、ベトをポニポニ揉みながら、解決方法を聞く。
「凝固している部分を再びゲル状に出来ないんですか?」
「出来ないこともないが、慣れていない。基本、スライムは敵が攻撃してきた武器を凝固することで身動きを取れなくして、そこから一気に人間を取り込み、武器ごと消化するからな。武器を消化せずに凝固を解いたことがない」
「そんなンしるかぁ! はよ抜けや、ボケ!」
見た目通り沸点低いな、このギルド員。
とりあえず、今はギルドマスターについて行かないといけないから、槍ごと一緒に持っていくことにする。
「ここで抜かなければならないこともないですし、槍が取れたらお返ししますので、任せてもらえないでしょうか?」
「ちっ。ちゃんと持って来いよ! 持って来なかったらどうなるのか分かってんだろうな!」
「はい」
同陣営の俺を物理的に攻撃できないことを、この人は分かっているのだろうか。
どう見ても分かっていなさそうなギルド員を見送りながら、ベトを抱え、ギルドマスターの軌跡を俺達は辿っていった。
更新停止中にプロット書こうと思ったけど、最新話書くので精一杯だった……。
読んで下さりありがとうございます。