毒巫女26
真夜中にも関わらず、周辺の家が玩具に見えるほどの大きく立派な屋敷がごうごうと燃え盛り、外に避難できた人は呆然と佇んでいた。
その中に一人、二人がかりで腕を抑えられているのにもかかわらず、豪華な服を身にまとった人物は、じたばたしている。
「わし、ワシの家がァァァァ! 早く消さんか! この無能共!」
「……あの貴族様、あんな正確だったんだ」
「普段は優しいのに」
「給料も良かったしな」
屋敷で働いていたであろうメイドと執事は、複雑な表情で、貴族を見ている。
もちろん、メイド達は仕事用の服ではなく、寝服である。
俺は、懐から取り出して標的の似顔絵と、貴族を見比べた。
燃え盛る炎が明かりとなり、寸分違わぬとはいかないものの、特徴ある部分は一致していると判断出来た。
どうやら標的はあいつで間違いないらしい。
さてさて、どうやって殺そうか。
毒を気化させて、貴族の口内から侵入させるという手もあるのだが、初めてだから確実性が欲しい。
そう思った俺は、とりあえず、貴族の注意をむけさせるために、貴族の近くを陣取り、鎮魂歌のようなものを歌い始める。
膝を着き、手を組み、目を閉じて巫女らしく見せた効果があったのか、先程まで喚いていた貴族が肩を震わせながらやってきた。
「おい、何をやっている!? ワシの家が燃えたんじゃぞ! 歌っとる場合か!」
普段は同伴している付き人が追い払っているのだろうが、今、貴族の周りにいないため、直接怒鳴りに来たんだろう。
それに鎮魂歌を知らないとみえる。
貴族は俺の腕を掴み、無理矢理上に上げて立たせようとしてきたので、俺はそれに逆らわず、そのまま立つ。
「大変申し訳ありませんでした。この歌は死んだものに対するうまく成仏できるように願う歌なのです」
俺は深々と頭を下げて、手を振りほどいてから逃げる。
後ろを振り返ると、貴族は軽くあしらわれたと思ったのか、さらに顔に血を昇らせて、今にも血管が破裂しそうだった。
「上手く行きましたね」
腕を掴まれた時に、腕から毒を分泌して皮膚から毒を侵入させた。
遅効性の毒なので、死ぬのは恐らく一日後。
それだけ間が空いているのなら、俺が疑われることは無いはず。
「そうみたいだな。もう少し早く帰ってきて欲しかったものだが」
流石に巫女はスライムを仲間にしないだろうと、ベトを人通りの中に放置して来たのだが、真夜中なのに、何度も踏まれた跡をみて、申し訳ない気分になった。
おそらく、ここから家の近い人が野次馬になりに来たせいで、人が増えたからだろう。
「避ければ良かったのに」
「スライムだとバレるだろうが」
ベトは先程までプルプルボディを薄く伸ばして、地面と同化していたのだ。
だから人に踏まれまくったのだが、本人はこっちの方がマシらしい。
一度、スライムの姿で堂々と大通りを通った時には大惨事になったとか。
「さて、道案内よろしくお願いしますね」
「……ついてこい」
ベトが身を翻した時にサングラスがキラッと光を反射し、トレンチコートが靡く。
何故ベトが格好つけているのか分からない俺は首を傾げる。
「何の真似ですか?」
「最近、ミラの前でハードボイルドを魅せつけていなかったからな。ここで披露するべきだと」
「あ、そうですか」
初めからハードボイルド要素がなかったと記憶しているのだが、俺の勘違いだろうか。
それよりも、今の行動が周りの人の注目を集めつつあることにベトは気づいているんだろうか。
幸い、暗くて見えにくいか、見えても俺の従魔として認識されているようで、ベトを攻撃しようとする人はいなかったが、時たま鋭い視線をベトに向けている人もいるので、早くこの場から退散した方がいいだろう。
そういうわけで、俺はベトのサングラスを掴みながら、ちーちゃんにいる場所へと向かうのであった。
「そこは掴むところじゃねぇ!」
※※※
一方その頃。
貴族の屋敷を燃やした張本人であるポワタンが、頭蓋骨をお手玉代わりにし、炎を操って同陣営に被害が及ばないようにしていた。
正確には、炎自体は同陣営同士で効かないので、炎によって崩れてきた瓦礫が当たらないように操作していた。
その間に、同陣営であるナナウトツィン陣営の人員は、狂気的なオーラを放っているポワタンを避けるように、屋敷の金を収集している。
「なんだよ、あれ」
「あの女だいぶイカれてやがる」
「お前らも似たようなもんだろ」
「いやいや、あそこまでじゃねえよ」
「そんなことより、金集めなさいよ。金よ、金」
ナナウトツィン陣営はポワタンの方を向かないように、金集めに終始する。
その間に、ポワタンは頭蓋骨に火でアートしながら、物足りなさを感じていた。
「形があんま綺麗じゃないー。もっといいのが欲しいなあー」
外から来た突風が熱気を伴って、ポワタンに直撃し、フードが取れ、顔が外気に晒される。
焔のような赤髪に、炎のような赤眼、幼い頬には刺青が彫ってあった。
ただ、ポワタンはフードが取れたことに頓着せずに、ぼーっとしている。
「あ。アランがきたー」
ポワタンが呟くのと同時に、ドアを蹴り倒して中に入ってきたアランは、両脇に小さめの金庫を抱えていた。
「それ、開ければいいのー?」
「後でな。そこのお前、これを持ってくれないか? 本拠地まで運べば金庫の中身半分やろう」
「俺がいく!」
「俺も」
「私よ! 私が行くの!」
アランが無造作に転がした金庫に駆け寄る三人。
それを傍目にアランはポワタンに近づき、次の目的地を告げる。
「んー。分かったー。行ってくるー」
ポワタンは散歩にでも行くかのように、別の屋敷を燃やしに、瞬間移動した。
その直後、異変に駆けつけた現地人の衛兵が、燃え盛る炎を掻い潜り、アラン達に向かって槍を向ける。
「貴様らはもう囲まれている! 投降しろ!」
衛兵を一瞥したアランの指示は非常にシンプル。
「殺れ」
その瞬間、衛兵の身体は切り刻まれ、頭が爆散し、穴を開けられ、全身から血が出る。
多種多様の攻撃を受けた結果だ。
攻撃をしたナナウトツィン陣営は、熱に冒された表情であった。
基本、殺人が大好きなイカれた重犯罪者で構成されているナナウトツィン陣営。
当然、躊躇する人物など1人もおらずに、十分後には、転生者は屋外に出て、屋敷内は生存者ゼロになっていた。
※※※
現在、ちーちゃん達が泊まっている宿の手前まで来ていた。
「どうやって入りましょうか。とりあえず、水ください」
「ネズオの部屋に窓から侵入するのが一番だろうな。ほらよ」
俺はベトの触手から供給される水を飲みながら、二階のネズ先輩の部屋の窓らしい所を見つめる。
「ベト、鍵開けられます?」
「開けれるが。おい、まさか」
俺は木製の両開き窓に向かって、ベトを全身を使って投げた。
「おおおい!」
俺のコントロールが良かったのか、一回で窓に張り付く事ができたベトは、少し叫んだ後、俺を見下ろしてきて、盛大にため息を吐いた。
渋々といった感じで、窓の隙間から細い触手を侵入させ、内側から窓を開ける。
そして、俺の意図を理解してか太い触手をするすると俺のところに伸ばしてくるベト。
俺はそれを掴み、引っ張り上げて貰おうとしたのだが、つるっと滑って触手のみが上がっていった。
「触手、掴みにくいです。もっとザラザラしたのはないんですか?」
「このプルプルの体から出来ているんだ。ザラザラのとかあるわけないだろう」
「では、触手で手を巻いて引っ張り上げてください」
2階に声を届かせるため、そこそこの声量だから、宿に止まっている人が起きてこないか心配になるが、そこは運に頼るしかない。
そう考えている内に、下りてきた二本の触手が鎌首をもたげてこちらを襲ってくる。
俺はその二本で手に巻いてくれると思い、手を伸ばしたのだが、触手は手を避け、俺の身体に巻き付いてきた。
「え? ちょっ、変なところに触手を通さないでくださいっ! ひぅ」
雁字搦めにされ、まともに動くことすら出来ない俺。
そのまま、引っ張り上げられるが、ここで通行人とか来たら俺は羞恥心で死ぬかもしれない。
下から見ればあられもない姿が見えるだろうから。
途中でネズ先輩にも引っ張ってもらいながら、何とかネズ先輩の部屋に上がることが出来た俺は一息ついた。
そして、ネズ先輩に礼を言ってから自分の部屋へ、そろりそろりと、ちーちゃん達を起こさないように戻る。
だが、元々ひとつのベッドを三人で寝ることになっていたが、今は二人の寝相で俺はベッドに潜り込むことが出来ない。
ちーちゃんは端で行儀よく寝ているが、フワさんは足を投げ出して大の字に寝ていた。
仕方ないのでちーちゃんの近くにもたれかかりながら、目を閉じた。
※※※
グラグラと体をゆらされて、俺は目を覚ます。
座って寝ていたからか、身体が固くなっていたので、骨をポキポキと鳴らしながら、身体を伸ばす。
そして、揺らした本人に振り向いた途端、ミラちゃんと言われながら、抱きつかれた。
芳しい香りと押し付けられた大きな胸、少し甘い声は俺にちーちゃんの存在をしっかりと感じさせてくれる。
「……会えてよかった」
「私も嬉しいです。私がいない間に暴漢に襲われたり、怪我はしませんでしたか?」
「大丈夫だよ。ミラちゃんの方が心配。嫌なことされてない?」
「されてません。怪我もしてないですしね。ほら」
身体を無防備に晒す俺を、じっくりと見つめるちーちゃん。
そんなにじっくり見られると、あるはずのない怪我が出てきそうで怖い。
実際は一度殺され、変態に捕まって女として初めての危機を覚えてしまったとを言ったら、ちーちゃんが泡吹いて倒れそうなので、口をつぐみ、話題をそらすことにした。
「それにしてもどうしてお風呂に入ってこなかったのですか?」
「ミラちゃんがお風呂場に向かってから十五分後に入りに行ったよ? ミラちゃんはいなかったけど」
「私は三十分以上入っていたような気がするのですが」
少なくとも十五分は確実に入っていた。
何か変だな。
「他の客とすれ違いませんでした? 二十代ぐらいの女性なのですが」
「ううん。誰もいなかったよ」
あの変態野郎もとい、ハルポルの証言を加味しても妙だ。
俺が風呂に入って、刺されて、死んで、女性二人に囲まれて、俺がハルポルに連れ去られるという一連の流れはどんなに時間を短縮しても十五分は過ぎる。
まるで外と風呂場の時間が隔離されていないと出来ない芸当……。
「……まさか」
俺は久しぶりに『常識』から情報を探し出す。
すると、該当するものに『時間停止』の能力が浮上してきた。
その名の通り、時を止めるスキルらしい。
これを俺を刺した女か、後から合流したらしい女のどちらかが持っているとしたら、辻褄が合うかもしれない。
まず、後から合流した方が持っていると仮定すると、『時間停止』を使っていたのなら、そもそもハルポルが俺を助けることは出来なくなっているはず。
ということは俺を刺した方となるわけだ。
ではいつ使ったのか。
おそらく、俺が風呂に入ってから、刺したやつの仲間が合流するまでの間。
だが、これはあくまで俺が勝手に都合よく推測したものであり、事実はどうか分からない。
俺の疑問が一段落したところで、抱きついていたちーちゃんが残念なことに離れる。
「……あっ」
離れた理由は、フワさんが大きな欠伸をしながら起きたからだろうけど、思わず、名残惜しい声が漏れてしまった。
「おはようっす。千愛っちにミラっち」
もちろんそんなことを知りもしないフワさんは、普通に挨拶してきた。
俺の方を見て、一瞬目を見張っていたが、すぐに笑顔を浮かべた。
「ミラっちは大丈夫みたいっすね。あんまり死ぬイメージなかったから、そこまで心配はしてなかったんすけど、落ち着かなかったから帰ってきてて良かったっす」
死ぬイメージなかったって……。
一回死んだのはこの人にも黙っておいた方が良さそうだ。
俺より少し背が高いフワさんは、俺の頭をぽんぽんと撫でた。
フワさんの雰囲気とは違い、ふんわりとしていて優しかったが、どことなく恥ずかしかった。
遅くなってすみません。
しかも睡魔に襲われながら書いたので、誤字脱字内容不足など色々あるような気が……。
今度は速く丁寧にかけたらいいなぁ。
読んで下さりありがとうございます。