毒巫女20
「やっほー。皆のアイドル、イルサーン登場!」
バッバーンと、何処からとなく紙吹雪やスモークなどが発生し、派手目に登場したイルサーン。
休憩所であるこの白い空間に突如現れたイルサーンのテンションは高い。
勿論、イルサーンを迎えるのは怒号の嵐。
だが、当の本人はニコニコと口角を上げながら話し出す。
「三位、おめでとう! 最後の最後でゼウス陣営に先を越されて三位になったけど、僕は満足だよ。まさか三位になるとは思ってなかったしね。しかもゴール手前の即失格の罠は絶対引っかかると思ってたのに、別陣営の子が犠牲になってくれたし。いやはや、運が良かったね」
ドアノブ回した時に、消滅したのはそういう事だったのか。
音も姿もなく、流れるようにドアの前まで進んだから、あの時、間違いなく先を越されたと思った。
まあ、それよりも俺の毒が効いていなかったことの方がショックは大きい。
やはり『状態異常無効』でも持っていたのだろう。
出来るだけ早く、『状態異常無効』対策を備えなければ、と新たな課題を見つけた俺に、イルサーンは一通り一同を見渡した後、最後にこちらを見てウインク。
その瞬間、悪寒が背中を貫いた。
「さてさて、実はこの遊戯、十位が決まるまでこの部屋から出られないんだよね。だからトイレと食べ物を用意しまーす! それと今回ゴールした駒はご褒美にマッサージも付けるよ。はい、拍手」
拍手の代わりに、イルサーンには転生者による『スキル』の多彩な一斉攻撃が打ち出されるも、イルサーンが片手で振り払う動作をすると、全ての攻撃が掻き消える。
そして何事も無かったかのように、一方的に話を続けるイルサーン。
「全く、こういう時には素直に拍手しておくべきだよ。トイレはあっちに作っておくよ。食べ物は食べたいものを念じたら、床から料理が生えてくるから、それを食べてね。それじゃあ、皆と相談でもして、まずはこの一年、生き残ることを祈っとくよ。後、レーザーポインターは弱者救済処置だから、ここを出ても効果は持続だよ。じゃあね」
言いたい放題言い終わった後、直ぐにサッと消えるイルサーン。
そしてドサリと座り込む同陣営の転生者達。
イルサーンが現れると皆、気力を全て持っていかれる。
恐らく全エネルギーを怒りに費やしているからだろう。
俺も例に漏れず、座り込む。
「ふぅ」
疲れた身体を手で支え、ぼーっと天井を見上げる。
真っ白でなんの面白さも見い出せなかった俺は、疲れを癒すため、取り敢えず、好きな飲み物を念じてみる。
すると、地面の底から押し出されるようにニョキニョキといちごミルクが入った容器が現れた。しかもストロー付き。
気になる味は。
「……まろやかな苺ミルクですね。普通に美味しいです」
喉乾いている状態に好きな飲料だから、相乗効果で美味しく感じるのかもしれない。
あー、甘くて落ち着く。
そこに、まだ元気が有り余っているフワさんがやってきた。
たまたま視線が、フワさんのホットパンツと太腿の境界線に向く。
それが何故か疚しいことだと感じた俺は、自然に目を逸らし、適当に話す。
「矢継ぎ早に説明しないでほしいですね。正直、集中しないといけないから、糖分欲しくなりますし」
「分かるっす! 部活した後とかむっちゃ欲しくなるっすもんね」
「……そうですか?」
運動後に甘い物を食べられる気がしない。
「わ、私はケーキが欲しい」
ちーちゃん。頑張って主張してくれたのは認めるけど、誰もそんな話はしていない。
というか欲しいなら念じようよ。
折角、夢のような機能付きの大部屋にいるんだから。
「萌奈はアイスに醤油かけるのが好きだよー!」
……美味しいのか、それ?
醤油アイスは聞いたことあるが。
「うむ。俺はカツ丼だな」
ネズ先輩もか。
何故、全員この話に乗っかかってくるんだ。
「僕はホットケーキかなぁ」
「んじゃあ、私もホットケーキぃー」
「太一がそういうのなら、拙者もホットケーキでござるな」
「ん。ホットケーキは美味しい」
知らない人まで来てしまった。
優男とその周りに侍っている三人の美少女達。
優男は少し見渡した後、俺に声をかけてくる。
「話している所、ちょっとゴメンね。巨大迷路をクリアした子がどんな子なのか少し気になっちゃって」
「そうですか。まあ、ゆっくりしていって下さい。ただし、ちーちゃんに手を出したら地の果てまで追ってでも貴方を惨殺します」
「う、うん。見た目によらず、過激な発言をする子だね。わかったよ。それでそのちーちゃんって子はどの子かな?」
「あの子です」
惣菜パンを頬張って食べているちーちゃんを指さす。
ケーキじゃなかったのかよ。
でも食べている様子がまた可愛いから、別に問題は無い。
その姿を見た優男が、爽やかな笑みを浮かべて、軽く頷く。
「なるほど、可愛らしい子だね。君が警戒するのも分かるよ」
「ですよね。そうですよね。世界一の可愛らしさですよ」
「あはは。君はあの子のことが本当に好きみたいだね」
「当たり前です。愛していますから」
こいつ、世界一可愛いという言葉に同意を示さなかった。
それを悪いと言っている訳では無いが、乾いた笑みを浮かべて誤魔化しているところから推察するに、同意したら周りの三人から冷たい目線でも浴びるのだろう。
明らかに周りの三人はこの優男のことが好きそうだし。
「堂々と愛を宣言するなんてすごいね。……いや、マジで」
最後の低いトーンから闇が伺えた。
この人も色々と抱えているんだろう。
俺が優男を可哀想な目で見ていると、腕にしがみついている派手めな女が甘い声で優男に囁いた。
「ねぇ太一。この娘誰よ?」
「将来、親しくなった方が得する人物かな」
「ということはまた新しい娘でござるね」
「ハーレム要員。……四人目。流石、太一。モテモテ」
そして事実が歪んだ。
俺は、いつの間にか優男に好意を持っていることになっているのだが。
それにしても、一人はこちらを威嚇しているが、もう二人の方はハーレムを許容して、俺を歓迎してくれているという状況になっているのが吃驚だ。
重婚が認められているこの世界に適応出来ているのは純粋に感心した。
だから俺は二人に少し興味を持った。
しかし、ハーレムの一人、背中、腰に十本の刀を挿している少女が、俺よりも先に侍口調で尋ねてくる。
「名前はなんて言うのでござるか? 拙者は天野 村雨でござる」
「私はミラと申します。以後お見知りおきを。それでそちらの方々は?」
「ん。音無」
「あたしは天使よ。あんたなんかに負けないんだから。ねぇー、太一♥」
「……僕は、太陽 一葉。下の名前が女っぽいから、皆からは性と名から一字ずつ取って、太一って呼んでもらってる。出来れば、ミラさんもそうしてくれると助かるよ」
えーと、忍者の格好をしているのが、音無。
ちょっと痛い名前で、魔法の杖をデコっている派手めな子がエンジェル。
十本刀の侍が天野村雨。
優男が太陽一葉。
一応覚えたつもりだが、名前を覚えるのはそこまで得意ではないから、忘れるかもしれない。
「ミラっち。あのエンジェルって娘、あたしとキャラ被ってないっすか?」
「……似ているところが一人称しかないですよ。大丈夫です。被ってないです」
コソコソと囁いてくるフワさん。
現実にキャラの被りを気にしている人が存在している事実に衝撃を受けたことは、フワさんには内緒だ。
「そこ、何コソコソしてんのよ? 感じ悪いのだけど」
エンジェルは金髪の毛先を弄りながら注意してきた。
確かに人前でコソコソ話すのは失礼で、エンジェルの言っていることは間違ってはいないのだが、何故か腹が立つ。
黙っていたら、深窓の令嬢らしく、それらしく話せば太一が振り向くかもしれないのに、もったいない。
「まあまあ、落ち着くのでござる。きっと、太一の容姿を褒めていたのでござろうよ」
「ん。太一、イケメン」
「……あはは。皆、ありがとう。エンジェルは寛大な心で許してあげて」
「分かったわよ、もぅ」
おお、太一はしっかりハーレム要員の手網を握れているようだ。
その証拠に、膨れっ面だったエンジェルの顔が、ぷすっーという音と共に消え去っていった。
そして、目の前の甘い空気を醸し出している四人に触発された俺は、後ろにいたちーちゃんにぎゅっと抱きつく。
「先程も言いましたが、私はちーちゃん一筋なので、エンジェルさんはそこまで警戒しなくても大丈夫ですよ」
「その割には、相手が受け入れられてないようだけど。キスの一つでもしたら、警戒を解いてあげるわよ」
どうせ出来ないんでしょ、と言わんばかりの高圧的な表情で座っている俺を見下ろすエンジェル。
「こ、後悔しないでくださいね」
やばい。ちーちゃんにキスとか二回ぐらい拒まれたから、抱きつくしか出来ないっていう状態なのに、どうしろと!?
いや、三度目の正直という諺がある。
今回はうまく行くかもしれない。
ちーちゃんの背中にまわしていた手を、ゆっくりと、うなじに持っていく。
同時に、顔もゆっくりと近づけていく。
そして唇が触れ合う寸前、またしてもちーちゃんの手によって阻まれてしまった。
二度あることは三度あるの方だったか。
否、諦めてたまるか。
「ちーちゃん、どうしてもダメですか? 愛してくれている証が欲しいのです。お願いします」
上目遣いと涙目と切実な目のトリプルコンボ。
少し卑怯な気はするが、恋の駆け引きにおいて、ズルや卑怯は存在しないのだ……多分。
「……ひ、人前で恥ずかしい。それに今、食べたばっかりだから」
「大丈夫です。全く気にしません」
「わ、私が気になるの!」
「むぅ。仕方ありません。今回は諦めることにします」
そう告げたら、ちーちゃんはほっとした顔をし、口元から手を退けていく。
――きたっ。
「「んっ」」
口元と指先が離れた瞬間を狙って、唇を押し付けた。
柔らかい弾力と仄かな甘い味が唇から伝わってくる。
そして直ぐに離れた俺は、暫く唇の感触を思い出しながら、恍惚とした表情で浸っていた。
だが、エンジェルの声で我に返る。
「無理やりするなんて最低ね、あんた。その子、泣いてるじゃない」
「……あっ」
ちーちゃんを見ると、目から零れ落ちる涙を必死に拭っていた。
「うぅ、初めてだったのに。ひぐっ、ぐすっ。初めてはロマンチックな場所で口の中洗ってキスしたかったのに。ミラちゃんのバカ!」
「え、あ、あの」
「ミラちゃんなんてもう知らないっ!」
一瞬、キッと睨んだ後、泣きながら遠くへ走り去っていくちーちゃんを、俺は呆然と見つめるしかなかった。
「ミラさん、今のは流石に僕でもフォローしきれないかな」
「ん。サイテー野郎。女だけど」
「お姉ちゃん、逃げられたー!」
「ちーちゃん殿は今時珍しいタイプでござるね」
「確かに初キスをあそこまで大事にしている人はあまり見ないわね」
「あーあ、今まで貯めてきた好感度も一気にマイナスになっちゃったっすね」
知り合って間もない人達に、散々貶される俺。
俺も一応初キスだったんだが。
「そんなに酷かったですか?」
「「「はぁ」」」
盛大にため息を吐かなくても……。
まあ、いい。客観的に見たらそういう評価なんだろう。
ちーちゃんにこれ以上嫌われたくないので、謝りに行くことにした。
幸い、この白い空間は特別広い訳ではないので、直ぐに見つかったものの、ちーちゃんは隅っこの方で体育座りをして、どよーんと陰気な雰囲気で落ち込んでいた。
「無理やり事をしてしまい、すみませんでした。なんでも言うこと聞きますから、どうかご容赦を」
「つーん」
「ちーちゃんの好きなケーキ、用意しました」
「……つ、つーん。さっき食べたもん」
「ここの料理よりもちーちゃんの手料理の方が美味しいです」
「……ミラちゃん、いちごミルクしか飲んでないよね?」
「毎日ご飯を作ってください」
「謝りに来たんじゃなかったの?」
「いえ、ちーちゃんの顔を見たら、つい」
笑顔も泣き顔も怒った顔も悲しい顔も全て愛しく見えてくる。
恋は盲目というが、恐らく自覚していてもなお、愛しく映ってしまうものなのではなかろうか。
だから俺も突っ走る。
ちーちゃんに惚れたからには、たとえ嫌われようとも浮気なんてせず、ちーちゃんにだけ愛を注ぐ。
これは俺の決定事項であり、恐らく二度と変更することはないだろう。
だが、それでも嫌われたくはない。
「ちーちゃん、単刀直入に聞きます。私のこと嫌いになりましたか?」
「うん」
「ぐふっ」
胸がミキサーでかき混ぜられたような衝撃を受けた。
想像以上に心が痛い。
だが、それでも愛し続けると誓ったのだ。
めげるつもりは無い。
「恋人は諦めます。ただ、永遠にお側に仕えさせて下さい」
「……ミラちゃん」
「はい、何でしょう?」
「愛が重いよ」
「泣いていいですか?」
「胸は貸してあげるよ」
そう言われた俺は、ちーちゃんの巨乳に包まれながら、思いっきり泣いた。
「愛が重いってなんでずがぁー!」
涙が枯れるまで泣き続けた。
だが、その後、ちーちゃんに「嫌いというのは誇張したかな。本当は友達以上恋人未満って感じだよ」と頭を撫でながら言われた時は、飛び上がって喜んだ。
それを見たちーちゃんに「子供みたいだね」と言われたのは、ちーちゃん以外には内緒である。
超簡単登場人物紹介
毒巫女っ娘:ミラ=ジョーカー(主人公)
引っ込み思案っ娘:浅川千愛
元気っ娘:ミカンふわしゃー(フワさん)
侍っ娘:天野村雨
無口っ娘:音無
似非お嬢様:天使
優男:太陽一葉(太一)
大男:鼠男(ネズ先輩)
全員イルサーン陣営所属 以上
やばい。全然展開進んでないことにびっくり。
一年目の遊戯は終わったけど、遊戯は転生者同士の争いのスタートの合図だと思ってくれたらOKです。
読んでくださりありがとうございました。