毒巫女18
「ごふっ」
俺達の作戦が見事成功し、敵が地面に倒れ伏した。
だが、地面に血溜まりを作り出しながらも敵は口を動かす。
「この、人殺し、共め。一生、後悔しながら、生きる……がいい」
それっきり、敵はピクリとも動かなくなった。
★★★
トラロック陣営の一人を撃破しました。
SUP50を入手しました。
★★★
視界に地球のRPGゲームのような簡素なテロップが映る。
人を殺したにも関わらず、それがどうした、と言わんばかりの淡々とした言葉。
俺はなんとも言えない気持ちになり、その場に立ち尽くした。
「ミラちゃん、大丈夫?」
「えっ? あ、はい」
俺の背中をちょんちょんとつついたちーちゃんは、俺を心配して声を掛けた。
お陰で、正気に戻った俺はちーちゃんの方へ振り向き、ちーちゃんの肩を掴んで、瞳をじっと見つめる。
汚れを知らない、純粋で綺麗で透き通るような黒い瞳。
「……ミ、ミラちゃん?」
ずっと見続けていると、俺の心が浄化されるような気さえしてくる。
「うぅ、近いよぉ」
ちーちゃんの瞳が潤い出したので、俺は無意識にちーちゃんの顔に近づいていたことに気づき、このままキスしてしまおうかと悩んだ。
ちーちゃんの唇、プルプルしていて柔らかそうで美味しそうだし、キスしたことによって、俺への好感度が物凄く上がるかもしれない。
そう考えた俺は、ちーちゃんの首に手を回しながら、顔をさらに近づけていく。
そして唇同士が触れる瞬間、ちーちゃんの手に遮られた。
「だ、ダメっ!」
残念。
まあ、掌にキスできただけでもよしとしよう。
顔が真っ赤に染まっているちーちゃんは可愛いし。
そう思っていると、俺に二人から冷めた目線が送られてきた。
「殺人現場でラブコメしないでほしいんすけど」
「……油断大敵だ」
「「すみません」」
俺とちーちゃんは頭を下げて謝ったところで、全員が再び迷路を進み出す。
勿論、警戒しながら進むのだが、人間はそうそう集中力なんて長続きしない。
最初に集中力がきれたフワさんが俺達に愚痴る。
「あたし、両壁とマップの両方同時にやるのしんどいっす。もう少し楽な方法ないっすか?」
「諦めろ。お前にはもう少し頑張って貰わなければいかん」
「えぇー。せめて敵の位置さえ分かれば多少気が楽になるのに。突然覚醒したりしないっすかね」
「そんな都合の良い状況があるわけないだろう」
使えるのなら、初めから使ってると思った時、似たようなスキル、俺持っていたようなと首を傾げる。
まあ、ステータス見れば分かるだろうと表示した。
★★★
名前:ミラ=ジョーカー
性別:女
種族:人間
等級:87
(陣営:遊戯神イルサーン)
寿命:17/344
固有スキル:(『毒分泌器官Lv.9』)
特殊スキル:『陣営鑑定(固定)』(『猛毒精製Lv.6』)『毒吸収Lv.1』
希少スキル:『テリトリー視覚化Lv.2』『毒制御Lv.9』『猛毒耐性Lv.6』
一般スキル:『逃げ足Lv.1』『毒耐性付与Lv.3』
SUP:92
★★★
「……『テリトリー視覚化』ありましたね」
自分のポンコツ具合に落ち込み、ポツリと呟いた言葉をフワさんが拾う。
「それってまさか敵の位置が分かるやつっすか!?」
「そうです。すみません、忘れてました」
思ったよりも食いつかれ、あまりにも気まずかった俺はフワさんから目を逸らす。
それを見たフワさんは、うんうんと頷きながら、にこやかに告げた。
「ミラっちは後でお仕置きっすね」
「ゑっ!? お願いですから、あのミカンG(中身がぐじょぐじょに腐ったミカン)はやめてください!」
「勿論っす。ミカンG一辺倒では面白くないっすから」
「……はい」
お仕置きされることが決定したので、『テリトリー視覚化』を適当に使用すると言ったような子供じみた真似をするつもりは無いが、やる気を削がれることには変わりない。
使えばスキルレベルが上がると信じて、モチベーションを維持し、『テリトリー視覚化』を常時発動にする。
見えたのは、全員の攻撃範囲を示す赤い領域と、パーソナルスペースを示す青い領域の二つ。
全員の攻撃範囲範囲が広すぎて、通路が赤で埋め尽くされている。
そのせいで、敵の攻撃範囲が見にくい。
せめて味方の攻撃範囲ぐらい消えないのだろうかと、脳内で対処法を検索したところ、きちんとインプットされていた。
それに従うと、全員の赤い領域が消える。
ただ、青い領域だけは残しておく。
ネズ先輩とフワさんのパーソナルスペースに入ったら、どんな反応されるのか、知りたいからだ。
ちーちゃんのパーソナルスペースには何度も入っているから、今更不快がられることはないと思う。
……既に嫌われていたらどうしようもないが。
「ミラちゃん、元気だして。お仕置きなら、私も一緒に受けてあげるから」
「本当ですか? ちーちゃんはやっぱり優しいですね。愛しています。結婚してください」
「……飛躍しすぎ、かな」
あれ? 徐々にちーちゃん、俺のプロポーズをあしらえ慣れてきていないか?
もしかして、プロポーズを言いすぎると、価値が下がるのか?
供給過多で、セール中みたいな感じなのか?
俺が重大な案件に悩んでいると、ネズ先輩から声が飛んできた。
「ミカンふわしゃー、この道であってるのか?」
「はい、大丈夫っすよ。次は左っす!」
三方へ分岐している所を左に曲がり、真っ直ぐ進んでいたところ、急にネズ先輩を中心に赤い領域が浮かび上がる。
「ネズ先輩、避けてください!」
咄嗟に退くネズ先輩が先程までいた場所から、手が突き出た。
「一ニョッキ!」
そう叫びながら、地面を盛り上げ飛び出てきたのは、白衣を着た小さな女の子。
地面の中に潜っていたせいか、白衣が茶衣に変わっているのも残念な感じだが、さらにピンク色の髪に、グルグルメガネを装着し、小さなリュックを背負っている。
いや、白衣もグルグルメガネも似合ってはいるのだが。
「二ニョッキは? 二ニョッキ!」
二ニョッキ? なんだそれ?
何かの呪文だろうか。
そんなことより、こいつを早く倒した方がいいのでは。
「ミラ、毒をまこうとするな。そいつは同陣営だ」
たしかに鑑定したら、ネズ先輩の言う通り、同陣営だったけども、同陣営に会う頻度高すぎじゃないか?
俺が疑わしくグルグルメガネ白衣の少女を見定めていると、多少不快に思ったのか抗議してくる。
「うーん、もう。萌奈は怪しくないよ! スキルで同陣営探し出して、穴掘って来てあげたんだから!」
「この地面をですか?」
少女が地面から飛び出してきたのを見たが、未だに信じられない。
ここの地面、敵が放っていた風の刃でも傷一つ付かないほど硬いのだ。
「ふっふーん。この萌奈様に出来ないことは何一つないのだ!」
胸を張り、堂々と宣言する様子は清々しいのだが、なら何故同陣営の人に会おうと思ったのか。
「萌奈っちはどうして私達を探していたんすか?」
ジャストタイミングで俺の内心の思いを直接言ってくれたフワさんには頭が下がる。
「えーと、萌奈ね。一人で寂しかったの」
「じゃあ、一緒に来るっすか?」
「うん!」
萌奈は素直に頷く。
ネズ先輩は少し警戒していたようだが、しばらくしてから解いた。
ちーちゃんはまた増えた新しい仲間に絶賛人見知りが発動し、俺の背中に隠れている。
そのまま俺の背中なしでは生きられないような身体になってくれないかなあ。
その考えが、第六感で察知されたのか、ちーちゃんの身体がブルりと震えた。
「どうかしました?」
「ううん、何でもない。ちょっと悪寒がしただけだから」
「そうですか。体調が悪くなったら言ってくださいね」
我ながらなんと白々しいことか。
そもそも体調が悪くなった時にしてあげることなんて、毒で体内の菌を殺すぐらいしか役に立たない。
もっと治癒系のスキル取っておきたかった。
俺が陣営の最後の一人であったことを悔やんでいると、それを吹き飛ばすような明るい声が響き渡る。
「萌奈が、たいちょーね!」
全員が強めに出てこないことがわかったのか、調子に乗り始めた萌奈は、堂々と先頭に移動。
仕方なく先頭で歩み出した萌奈ちゃんを後ろで見守りながら、『テリトリー視覚化』で周りを警戒していたところ、突如萌奈が振り返った。
「そこの巫女のお姉ちゃん。片腕、萌奈が治した方がいい?」
「治るのですか!?」
「もちろんっ! 萌奈は『薬精製』持ってるもん。片腕再生させるのはお茶の子野菜だよ!」
「御茶の子さいさいですよ?」
「そう言ったもん!」
萌奈はリュックから三本の液体が入っている容器を取り出し、俺に手渡してくる。
「赤いのが、増血剤。青いのが、麻酔薬。黄色いのが、再生剤。飲む順番は青、黄、赤の順だよ」
「ありがとうございます」
三本の薬を順番に間を空けて、ゆっくり飲み干す。
すると、ゆっくりとだが、瘡蓋が出来ていた部分が剥がれだし、始めは内部から、徐々に腕が出来上がっていく。
ぶっちゃけ、筋繊維やら血管やら神経やら骨やらが丸見えで気持ち悪いのだが、文句は言っていられない。
治ること自体が嬉しいのだから。
そしてしばらく経つと、腕が元通りに再生し、血が流れ出すのを感じた。
ゆっくりと手を握ると、大した違和感なく動かすことが出来た。
付け根の部分を見ても引き千切られた痕は見当たらない。
随分とあっさり治ったものだ。
肉体再生系スキルで治してもらうつもりだったのだが、嬉しい誤算だ。
「良かったね、ミラちゃん」
「色んな武器を持てるようになるっすね、ミラっち」
「うむ」
「はい、良かったです」
誰一人、俺のない片腕を見ても大した反応を見せてくれないから、てっきり異世界ではこれが普通の怪我なのではないかとおもっていたが、どうやら知らず知らずの内に心配をかけてしまっていたらしい。
千切れたのは利き腕ではなかったから、そこまで不便だったわけではない。
しかし、やはり腕がないという状況は落ち着かないことが分かった。
今度から腕をもぎ取られるような作戦はやめておこう。
「治ったのなら、早く行くのだー!」
萌奈が急かしてくる。
確かに敵陣営がゴールする事に報酬が減っていくからな。
そう思った時、巨大迷路内で悪い知らせが響き渡った。
[ピンポンパンポーン。おめでとうございます。只今、オネイロス陣営がゴールしました。オネイロス陣営を転移させます。残りの陣営九十九。他の陣営は頑張れ〜]
「ゴールするのが早すぎる」
誰かが呆然と呟く。
たまたまゴールの近くにいたのか?
だが、それだと公平性にかける。
神々も格上げを狙ってこの遊戯で遊んでいる。
だからむざむざ他の陣営をゴール近くに転移させたとは考えづらい。
だったら全員、ゴールから等距離に転移されている?
いや、そんなの不可能だ。出口なんて一つしかないのだから。
頭を回転させて、必死に思考する。
その時、フワさんが気づく。
「そこ、落とし穴だから注意っすよ」
フワさんがミカンZ(絶望的に食べるにしては硬いミカン)を投げて、落とし穴を露わにする。
「ねえねえ、こんなのに引っかかる人っているのかな?」
「いないと思うっすよ」
萌奈とフワさんの言う通り、こんな露骨な罠に引っかかる人なんて恐らくいない。
罠に嵌ったとしても、転生者なら直ぐに抜け出せるだろう。
だからこそ、イルサーンが忠告した『落とし穴には気を付けてね』という言葉が、妙に気になる。
一体何を気を付ければいいんだ?
俺は落とし穴に近づき、覗き込む。
真っ暗で底がどれほど深いのか全く分からない。
「フワさん、何か落とせる物ありません?」
綺麗に整備されていたのであろう巨大迷路には、ゴミ一つたりとも落ちていない。
先程萌奈が来た場所だって、通路がめくれ上がっていたはずなのに、もう跡形もなく穴が無くなっている。
だから物で底までの距離を図ることが出来ないのだ。
「ミカンSでいいっすか?」
「ええっと、これは?」
「衝撃を受けるとスパンッと破裂するミカンっす」
「おお、ナイスです。ネズ先輩、私がミカンSを話してから、カウントお願いします」
「ああ」
落とし穴の上にミカンSを持っていき、ぱっと話す。
そして底でスパンッと言う音が響いてきたのはそれから五秒後だった。
「落とし穴にしては深すぎますよね」
「そうだな。ミカンふわしゃー、この落とし穴の全体を調べられないか?」
「ちょっと待つっすよ。……ふぉぉー!」
フワさんの声が裏返った。
一体、何が見つかったんだろう。
早速、投稿遅れてすみません。
色々忙しかったので、と言い訳が一応あったりする。
読んでくださりありがとうございます。