毒巫女17
パチリと目が覚め、最初に瞳に映ったのは巨大スクリーン。
ここは何処だと身体を動かそうとするも、全く身動きが取れず、目だやけを動かす。
そこには俺と同様に目だけを動かし、状況を把握しようとしている転生者がずらりと大人しく白一色の席に座っていた。
転生者一万人が一切誰とも話さなく、この白一色の会場が沈黙に保たれているのは、まさに異様。
そして突如スポットライトの光が空中に集まった。
「レディース、ア~ンド、ジェントルメン! 全員参加型難易度10《巨大迷路》に参加してくれて感謝するよー。長々しいのは、祭りの直前の子供のようにワクワクしている皆には悪いから手短に済ますねー。早速ルールを説明するよ」
パンッと弾けるような音と共にスクリーンの真横の空中に現れたのは、遊戯神イルサーン。
相変わらずふざけた口調だが、聴き取りにくい以前の口調ではないようなので助かった。
「ルールその一、このゲームで失格すると即消滅。
ルールその二、ペン型の赤いレーザーポインターを配布するから、それを敵に十秒間当て続けると、その敵は即失格。
ルールその三、一人出口にたどり着ければ、その人の陣営全員が迷宮から解放される。
ルールその四、踏んだら失格判定が出るトラップと落とし穴があるよ。それ以外のトラップはないから安心して。
ルールその五、転移直前に身体の一部を触りあえば、互いに同じ場所に転移されるよ。早く敵に会いたいのなら、敵陣営の子に抱きついて転移直後に攻撃するのも有りだね。
ルールその六、後は『常識』の内にインプットされている[遊戯における説明]にあると思うからそれを参照してね。
そして最後に僕からの忠告。
落とし穴には気を付けてね。
じゃあ、二時間後に巨大迷路に移動させるから健闘を祈るよ」
サッと言い終わったイルサーンは直ぐに姿を消した。
その途端に騒ぎ出すのは転生者。
今まで体を封じられていた反動なのか、瞬く間に会場全体が怒号の声に支配された。
「あのクソ神が!」
「何がワクワクだ! 楽しみに待ってるわけないだろうが!」
「もうやだァァァァ」
「うぇぇん、お母さーん!」
「あのクソ神の陣営だけは潰してやる!」
「そもそもレーザーポインターってなに!?」
予想外にイルサーンの陣営に敵愾心が集まっている。
ちょっと、不味い。
そして、いつの間にか手元に握っていたのがペン型レーザーポインターか。
手元でペン回しの要領で、クルクルした後、前の席で騒ぎ立てている女に、敵陣営と確認した上でレーザーポイントを当てる。
……十秒経ったが、特に反応はなし。
どうやらまだ遊戯は始まっていないらしい。
「……ミラちゃん?」
「はいはい、ミラです……よ?」
レーザーポインターに仕掛けがないか弄っていると、隣の席から声を掛けられ、適当に返事したのだが、今の声は誰かに似ている。
期待半分不安半分で恐る恐る横を向くと、ちーちゃんが不安げに瞳を揺らしながら、こちらを見ていた。
「ちーちゃん!? えっ? ちーちゃん!」
「ひゃっ」
再び会えたことに至上の喜びを感じ、感情の赴くままに、ひしりと抱きつく。
ちーちゃんは可愛らしく小さな悲鳴を上げながらも、優しく受け入れてくれた。
しかも頭撫で撫でのおまけ付きで!
暫くちーちゃん成分補充及び堪能していた俺は、ちーちゃんにそっと触れるようなタップをされ、漸く離れる。
「あの、ミラちゃん。ここどこなのかな? 狼に殺されたはずなのに、起きたら急に説明始まってて、びっくりしちゃった。えへへ」
「ああもう、超可愛いですが、笑い事じゃないですよ! ちーちゃんが死んで本当に悲しかったんですから」
「ごめんなさい」
しゅんとしたちーちゃんを見て、このやり場のない気持ちを抑え込む。
それに今は相談しなければならないことが多々ある。
「それで、ちーちゃん。どこまで理解してますか?」
「ええっと、今、生きてる」
「……そうですね。私もちーちゃんが生きてて嬉しかったですよ」
でもその認識は困る。
ほとんど理解してないじゃないか。
俺は時間をかけてゆっくりと、今の状況、立場、経緯、ネズ先輩とフワさんのことなどを順序立てて説明していった。
そして、ちーちゃんの顔に理解の色が広がったのを見て、椅子にもたれる。
疲れた。今後、ちーちゃん以外に説明なんて絶対してやらない。
「これで一通りですけど、質問あります?」
「ないよ。ミラちゃんの説明、分かりやすかったから」
「ありがとうございます。惚れました?」
「えっと、ごめんね?」
遠回しの拒絶を頂いた俺はガックリと項垂れる。
駄目だったかぁ。
だが、こんなことでへこたれる俺ではない。
どんな手を使ってでも惚れさせてみせる!
「いつか絶対愛してもらいますから!」
「頑張って?」
「はい!」
ちーちゃんから応援貰ってし、成功率は恋もゲームも、ちーちゃん効果で100%にアップした。
次はネズ先輩とフワさんに合流しなければならない。
「ちーちゃん、立てます?」
「うん。その鼠男さんとみかんふわしゃーさんに会いにいくんだよね?」
俺はちーちゃんの柔らかい手をしっかりと揉み揉みと握り、騒ぎ立てている人混みの中に突入していく。
もう二度とこの手を離しはしない。
※※※
人混みに揉まれ、髪型や服が乱れ、息が完全に上がった頃、やっとネズ先輩とフワさんを見つけ出すことが出来た。
「フワさん!」
ネズ先輩と共にいたフワさんはくるりと振り向く。
「おおー、そこに居たんすね! そっちの娘が千愛ちゃんすか?」
「はい、そうです!私の恋人のちーちゃんです!」
「こ、恋人じゃ、ない、です。よ、よろしく、お願い、します」
早速ちーちゃんの人見知りが発動してたどたどしい言葉を紡ぎながらも、しっかりと頭を下げて挨拶するのは偉い。
その後、サッと俺の後ろに隠れる姿も小動物を思わせ、ほっこりしてしまう。
ちーちゃん、可愛い。
「……千愛ちゃんのこととなると、ミラっちはテンション高いっすね」
フワさんの顔は微妙に引きつっていた。
ネズ先輩もどこか一歩下がっているような気がする。
気を取り直したフワさんとネズ先輩は初めて会うちーちゃんの方を向いて話し始めた。
「千愛ちゃん、初めましてっす。あたしはミカンふわしゃー。同陣営で、付き合いは長くなるはずだから、よろしくっす」
「俺は鼠男。よろしく頼む」
「は、はい」
ちーちゃんは差し出された手に、おずおずと手を添え、握手する。
その時に、はにかんだちーちゃんの顔がフワさんの心を撃ち抜いたらしく、ちーちゃんに抱きつき、頭を撫で撫で。
それを見た俺は心の中にドス黒いものが溜まりだし、フワさんをじぃーと凝視する。
たまたまこっちを見たフワさんは顔色を変え、バッとちーちゃんから離れた。
「ミラっち、別に千愛ちゃんを取ろうとしている訳じゃないっす。女のスキンシップというやつっすよ。……その顔マジ、ヤバいっす」
フワさんは冷や汗を垂れ流し、必死に手を前で振って弁明する。
はて、そんなに俺の顔が怖いのだろうか。
それを見かねたネズ先輩は、ぬっと俺からフワさんを遮るように前に出てきた。
「そろそろ、《巨大迷路》の話をしないか? 後三十分しかない」
「はい」
「は、い」
「はいっす」
《巨大迷路》をどう攻略するか。
敵を積極的に失格させまくって敵を減らしていくのか、安全重視で敵から逃げ敵同士で潰し合うのを待つか。
即失格トラップをどう回避するのか。
どこから探索するのか。
ゴールを目指すのか、同陣営の人がゴールしてもらうのを待つのか。
以上のことをちーちゃん、フワさん、ネズ先輩と一緒に考えを共有していく。
※※※
そして、遊戯が始まり、互いに手を繋ぎあった俺達は同じ場所に転移された。
《巨大迷路》は、視界を確保できる程度のそこそこの明かりがついており、硬質な壁と通路が永遠と続いている。
「……どうやら、私達はバラバラになることなく転移出来たようですね」
「そうだな。取り敢えず、足元と壁、天井に注意を払いながら、進もう」
ネズ先輩の合図で、相談していた通りに、ネズ先輩は先頭で地面担当、フワさんは壁担当、俺は天井担当、ちーちゃんは後ろに敵が来ないかの確認をする。
全員緊張を張り詰め、俺はマッピングしようとて、ベトに便利な魔法がないか尋ねた。
しかし、返事はない。
疑問に思い、頭を触ると髪の毛の感触が手に伝わった。
そして、俺は漸く思い至る。
最初に転移した時、ベトと別々になってしまったと。
恐らく全員知っていて、俺も気づいていると勘違いして何も言わなかったみたいだが、せめてベトが何故いないのかぐらい質問して欲しかった。
だが、懸命な皆をここで非難するのは論外だ。
その中の、左右の壁を担当しているフワさんが眼を赤く光らせながら、壁を凝視する姿は金目の物を探す盗賊のよう。
「それにしても即失格トラップっすか。どんなトラップなんすかね?」
「即死トラップではなく、即失格トラップ。つまり、即死させるような罠ではなく、罠を触れたり通ったりするとそれを見た神々の方がその罠を踏んだ対象を消滅させる。そんな手順をする罠だと、先程予想したばかりだろう」
「いや、大雑把過ぎて具体的じゃないっす」
「それが分かれば苦労はしないですよ」
敵に位置がバレないように、足音を忍ばせながら、分岐点に行くまで歩みを進める俺達。
そして、T字型の分岐点が見えた。
ここまで来て未だに罠一つ見つかっていない。
「どちらに進みましょう? 後、マップピングしたいのですが、書くものありませんか?」
「マッピングは任せるっす。あたし、『自動更新地図』持ってるから。いやー、日本で、どこか行く時はイーグルマップ使ってたから、このスキル取らないと迷うことになってたっすね」
「もしかしてこの《巨大迷路》の構造全て把握していたりします?」
「普段なら出来るはずなんすけど、この《巨大迷路》では、あくまで表面上の道のりしか分からないっす。だから落とし穴や即死トラップは分からないように制限されているっす。あっ、でも二階への階段は見つけたっすよ」
おお、チートだ。紛うことなきチートだ。
何故言わなかったんだと問いつめたかったが、故意に言わなかったわけでも無さそうだ。
なら、これで俺達が一位を取れる確率が上がっり万々歳なはずなのだが、何故か二階という言葉が妙に引っかかる。
だが、その違和感の詳細がわからなかった俺は、二階に向かえば何かが分かるだろうと楽観視してしまった。
そして、フワさんの案内の元、何回か分岐路を通り過ぎ、二十回目の角で、一人の男とばったり出くわした。
「敵だっ!」
これまで敵にも罠にも一切出会わなかった俺達は、ネズ先輩の声に咄嗟に反応できない。
故に、相手に先制を許してしまった。
「死ね!」
敵が持っているのは、おそらく『風魔法』のスキル。
風の刃が俺とちーちゃんの間をすり抜け、振り向くと、地面を引っ掻きながら甲高い音を出しつつ消滅する魔法に、冷や汗をかく。
殺人もありということに今更ながら気づいた。
だから俺は全身から毒を気化させ拡散させる。
勿論、同陣営のちーちゃん、ネズ先輩、フワさんには効かない。
「今度は避けんなよ!」
通路の広さ高さ共に限界まで巨大化した竜巻は、俺が折角ばらまいた毒を敵に入れる間もなく、散らしていった。
そして逃げ場なしの敵の攻撃に俺は下がらざるを得なかったが、ネズ先輩が前に出て、通路にすっぽりとおさまる土壁を作り出す。
これで俺達と男は互いに姿が見えなくなった。
「撤退するっすか?」
「いや、三対一だ。この際、一人でも多くの敵陣営を減らした方がいいだろう」
「皆さん、落ち着いてますね。私、初の人殺しするかもしれない状況に、手が震えるのですが」
一回、ちーちゃんの働いていた所の店長を殺そうとしていたが、結局は実行に移さなかったのだ。
だから、これが初になる。
ちーちゃんも似たようなものらしく、先程から俯いて顔を上げようとしない。
「その躊躇と不安と罪悪感は日本の初回において、生成されたものだ。もし、この場で捨てきれないようならば、この先、屍と化していく転生者の仲間に入ることになるぞ」
「それにこちらが敵の生殺与奪を握っているわけじゃないっすからね。躊躇えば、屍になるのはこちらっす」
「覚悟を決めればいいんですね」
「決めるのは殺す覚悟ではなく、殺した者の家族や仲間から憎しみを受けてでも生き抜こうとする強い意志と覚悟だ」
俺は唾をゴクリと飲む混む。
これは直ぐに決断できないものであり、体験してからしか味わえない覚悟を問われているのは分かった。
「腹を括れるかは分かりませんが、私は生きたいです。ちーちゃんはどうですか?」
「ごめん、なさい。……無理です。だって、人を殺したくなんか、ない」
ちーちゃんらしい優しい言葉である。
普通の日本人としてはそういう感覚を持つ方が自然。
俺みたいなのは箍が外れているのかもしれない。
「そうか、分かった。ならば浅川は今回の作戦に加えない。敵に狙われないように端で大人しくしておけ」
「……はい」
消え入りそうな声で返事をするちーちゃん。
大丈夫だよ、ちーちゃん。
ちーちゃんの分まで俺がやっとくから。
ゲームの報酬
★一位:SUP1000
★二位:SUP900
★三位:SUP800
★四位:SUP700
★五位:SUP600
★六位:SUP500
★七位:SUP400
★八位:SUP300
★九位:SUP200
★十位:SUP100
★参加報酬:SUP5
読んでくださりありがとうございます。