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毒巫女16

 馬車に乗って十二時間。

 ガタゴト揺れる馬車で、尻が痛くならないように体勢を調節したり、ネズ先輩、フワさんと色々話したり、馬車が止まった時に馬と休憩したり、話のネタが尽きたら俺が再びちーちゃんの話をしたり、それに食いついてきた御者と盛り上がったり、流れていく風景を楽しんだりして初めての乗車経験を満喫した。

 そして御者の人に別れを言って降り立ったのは、立派な城壁が築かれている城下町へケロン。

 太陽が山の向こうに沈みかけている頃にようやく、異世界初めての街寸前まで辿り着くことが出来た。


「んー。やっぱり馬車に乗るより走る方が速かったっすね」

「だが、走っていては気づかないこともあっただろう。決して無駄ではない」

「人間って走るの速いんだな」

「……普通、馬車の方が速いはずなんですが」

 ネズ先輩とフワさんの常識外れな話をベトがそのまま信じなければいいのだが。

 勝手に人間という種族のハードルを上げられても困る。


「取り敢えず、ギルドに行くか」

「ギルド? 何しに行くのですか?」

「依頼の達成報告っす」

 ネズ先輩とフワさんの言葉に俺は首を傾げる。


「討伐した証拠とか持っていかなくていいのですか? 耳とか牙とか」

「ふむ。確かに、昔の俺もそう思った。だが、ギルドは古代文明とやらの遺産を利用してギルドカードにその人物が何処の何を討伐したと記録されるようになっている」

「ギルドカードもその古代文明の?」

「らしいな」

「ギルドカード全て無くなれば、ギルドとして成り立たなくなるのでは?」

「死んだ冒険者のギルドカードを初期化して使い回しているが、やはり全ての死亡した冒険者のギルドカードを回収出来るわけもなく、年々徐々に減ってきている。だが、一部ではギルドカードの生産が成功しているとの噂が流れていたから、問題ないだろう。そもそも低ランクの冒険者にはギルドカードは渡されない。だから、そいつらは討伐証明書持って来ないと駄目だかな」

「ありがとうございます。後、他にもですね…………」

 門を最前とした列に紛れ込んでいる俺達は、俺とネズ先輩、ベトとフワさんが互いに話しながら、順番待ちしていたのだった。


 そして十五分待ち、身分証明や身体検査をされた俺達はようやく街の中に入れた。

 バラエティに富む種族が商品を売買し、親の手に引かれて帰る子や、寧ろこれからだぜと夜の街に繰り出す人もいた。

 包み込むような夕焼けの景色に俺はようやく安全圏に来たと一安心したのだった。

 勿論、来慣れている二人は少なからず感動している俺とベトを置いてスタスタとその足でギルドに直行。

 俺達も慌てて着いていくも、様々な珍しいものを目にして、お上りさんの如く、キョロキョロ辺りを見回し、また二人に置いていかれるといったことを何回か繰り返して、漸く三階建てであるギルドにたどり着いた。

 ギルドに入ると、食堂と酒場と二階に依頼受付があり、奥の階段を上がるために、食堂と酒場を通っていた俺達は、冒険者の見定めるような目に晒される。

 冒険者達は俺とベトを鼻で笑った後、ネズ先輩とフワさんを見た瞬間、ひっくり返った。


「何故ここに『破壊者』と『蜜柑狂信者』がいるんだ!?」

「知らねえよ。だが有名人にあったんだ。嫁に自慢してやる」

「やべぇ。この時のために渡されたミカンの鑑定をしてもらわねえと」

 冒険者ギルドの中が一気に騒がしくなった。

 そのうちの冒険者の一人が、フワさんの前にふてぶてしく立つ。

 これはもしかして冒険者ギルドお約束のアレが見れるのではないか。

 そう期待してワクワク眺める。


「おい、蜜柑狂信者! 今度こそ、俺の実力を魅せてやる!」

 男とフワさんが並ぶと子供と親のように身長差がある。

 筋骨隆々とした男が大き過ぎるのだ。

 だが、そんなことに萎縮しないフワさんも堂々と言い返す。


「それだけ自信があるのなら、受けてやるっす!」

 その言葉を聞いた男はニヤリとし、女の太腿程ある腕を胴体めがけて唸るように振るう。

 フワさんは余裕があるのか一切避ける様子はない。


「フワさん!」

 日本の常識で考えて、女の子が大男に勝てないという絶対に覆らない差を無意識に想像していた俺は、反射的に悲惨な出来事を想定してしまい、声を上げてしまった。

 しかし、元々握っていた拳がフワさんに当たる直前。

 男は握っていた拳を(ひら)く。

 そこにはむさ苦しい男とは対照的に、細やかですべすべでキラキラと輝いた宝石のようなミカンが現れた。


「ん?」

 戦うのでは無かったのかと疑問に思う俺を置き去りに、事態は進行していく。


「ふむふむ。今回は期待出来そうっすね。頂くっす」

 男の掌にあるミカンを手に取り、皮を剥き、実をちぎって食べるフワさん。

 カッと目を開いたフワさんは矢継ぎ早に食レポをしていく。


「この中身が詰まっている重量感。輝かんばかりの煌めき。甘すぎず酸っぱ過ぎず、絶妙なバランスで成り立っている味。食べた瞬間、ミカンの瑞々(みずみず)しい中身が弾け飛び、口の中をミカンで占領されるようなこの被征服感! 文句なしっす!」

「おっしゃぁぁぁぁ!」

 拳を突き上げ、大喜びする男に俺は全くついていけない。

 ならば、直接聞いてやろう。


「あの、何故それほど、お喜びに?」

「嬢ちゃん、知らねえのか? 俺はミカン農家なんだ。で、蜜柑狂信者のお墨付きを貰ったミカンは何処に出しても問題無い程の箔が付く。蜜柑狂信者のミカンに対する舌は神にも及ぶほどだからな。だからミカン農家はこぞって蜜柑狂信者の前に現れる。ミカン農家同士、情報の包囲網を張り、共有し、時に裏切り、時に友情が芽生えながらも蜜柑狂信者を探し回る。何たって蜜柑狂信者の舌に叶えば、王宮御用達になる可能性もあるんだからな」

「……そうですか。その、良かったですね」

「おうよ」

 暑ぐるしい顔に輝く笑顔を見せながら嬉しそうに頷く男に俺は一つ突っ込みたかった。

 冒険者じゃないんかい、と。

 まあ、俺の心の叫びが届く訳もなく、フワさんと男がミカン話で盛り上がっている間に、ネズ先輩が受付で依頼達成報告を終えたのか二階から降りて、俺の方に向かってきた。


「ミラは冒険者登録しなくていいのか?」

「ええ。想像しても、全て毒のせいで素材を買い取ってもらえないイメージしか出てこないです」

「なるほどな」

「ところで、冒険者のランクをお聞きしても?」

「俺は『黒』。アイツは一歩手前の『金』だ」

 おお、流石転生者。

 フワさんが『黒』じゃないのは、年数が足りないのせいなのか、良い具合の依頼がなかったかのどっちかだろう。


「アイツらはまだ喋ってるだろうから、その間になんか食うか?」

「はい!」

 異世界初のまともなご飯が食べられると胸を高鳴らせ、勢いよく返事したものの。

 俺って金持ってたっけ? と疑問が正直、急いでショルダーポーチの中身を探る。

 感触で丸金貨四枚あると分かったので、一先(ひとま)ずは安心。

 ここの食堂の食事の値段高くないことを願いつつ、席を探すも空いている席がない。

 テーブルに席が一つだけ空いているというのはあるが、武器を椅子のそばに置き、大声で談笑しながらバシバシとテーブルが壊れそうなほど叩く連中の中に入る勇気は、俺にはない。


「ここ以外で食べますか?」

「いや、こっちだ。着いてこい」

 そう自信ありげに告げ、くるりと背中を向けて歩き出すネズ先輩。なんだか、格好良い。

 食堂を通り過ぎ、階段を登る途中の右手にある真横の扉を開き、中に入る。

 そこから長い廊下が続いていて、薄暗くて見にくいが、奥の方に豪華そうなドアが存在していた。

 俺はそのドアを目指しながら、立ち入り禁止区域に入ったように感じ、ビクビクする。

 いかにもギルドのお偉いさんが跋扈してそうな場所。

 避難時にも使いそうだ。


「え、ここ入って大丈夫な所なんですか?」

「普通は『銀』以上の冒険者しか入れんな」

「私、入っては駄目じゃないですか」

「俺の紹介があるから問題ない」

 そして一切の躊躇なく豪華なドアを豪快に開けたネズ先輩は、漏れてきた光の中に消えていった。

 俺も慌てて着いていく。

 眩しい光に一瞬目を閉じて再度開くと、目の前に美しい自然が広がっていた。


「えっと、ここどこですか?」

 さっきまでギルド内にいたはずなのだが。

 あの程度の長さの廊下で外まで来たということも考えにくい。

 それに一見無作為に置かれているように思われる台所やテーブル、椅子、ウエイトレスの服、料理までもが見事に自然の風景と溶け合っていた。


「さっきのは転移門だ。亜空間に繋がっている。この自然は偽物だが、優雅に食べられる。ガヤガヤしながら食べたいのなら、階段の左にあった扉から行けば、目的に相応しい場所につく」

 あのドアは転移門だったのか。

 目の前の風景に驚いて、転移の余韻なんて欠片もなかったんだが。

 転移した瞬間の感動も欲しかった。

 少なくともギルドに転移門があるなら、転移門を設置するのはそこまで費用がかからないはずなので、また次の機会があると信じよう。


「それで、左はどんな感じなんですか? ついでに聞きますけど、転移門って簡単に使えるものなんですか?」

「階段の左にある扉はパーティ事に部屋が分けられている所に繋がっている。防音機能付き、前払いで食事も勝手に出る。まあ、カラオケボックスの拡張版と思えばいい。転移門は虹貨(こうか)一枚だから個人で手に入れるのは難しいが、ギルドでは報酬から転移金として引かれているから、設置する資金はある」

 転移門、全然安くなかったよ。

 前の世界のサラリーマンの年給の三倍ぐらいの虹貨一枚はヤバい。


「左もちょっと行ってみたいですね」

 そう呟きながら、ネズ先輩同様、空いている席に腰を下ろすと、身体を包み込むような座り心地に、眠気を誘われた。

 異世界に来てから緊張の連続だったので、漸く今緊張がゆるんだのだろう。


「寝るなら食ってから寝ろ。後六時間で始まるからな。それに備えて体力を蓄えて置いた方がいい」

「そうします」

 そこからの記憶はあまりない。

 後から聞いた話では、フルコースを頼んで完食した瞬間、テーブルに突っ伏して寝てしまったらしい。

 せめて、高級料理ゆっくりと味わいたかった……。




 ※※※



 ミラ=ジョーカーがギルドにたどり着いた当日。

 神界で普段騒々しくしているはずの神々が静まり返っていた。

 そして、ある時間になると異口同音にカウントダウンを始める。


「「「5、4、3、2、1……」」」

 この室内における神々は誰もが嬉笑(きしょう)を浮かべ、これからの事に期待が高まった。

 そして、時間になると一斉に叫ぶ。


「「「ゼロ。ハッピーニューゲーム!!」」」

 次の瞬間、時間の女神ホーラが転生者全員をある場所へと強制転移させた。

 勿論各神々の目の前にあるモニターに、白い大ホールへ次々と転移してくる転生者の姿。

 それを見た神々は間髪いれずに騒ぎ出す。


「よっしゃぁぁぁあ! 始まったぁっ!」

「俺達は最高神の座をかけて、転生者は生存をかけての勝負だな!」

「一万年ぶりのこのゲーム、どの陣営が優勝をぶんどれるのか楽しみだ」

「その時のゲーム参加者である俺は転生者にちょっと同情するけど、まあ大半を占めるのは、ざまぁだな」

「最高神の座、取ったるわ!」

「死ぬ気で殺れよ、転生者共!」

「負けても死ぬけどね」

「俺の駒見っけ!」

「私の駒、可愛いでしょー」

「はぁ? そんなブサイクどこがいいんだよ」

「黙れブス専」

 どの神もモニターに食い入るように凝視し、無関心な神など一人たりともいない。

 幾星霜の時を生きてきた神々にとって百柱いるのにも関わらず、全員が関心を持つのは非常に珍しい。

 だから、転生者が遊戯に参加したという事実だけで、そこら敬虔者よりも転生者の方が、神々視点では遥かに有り難られる。

 本人達は決して嬉しく思ってはいないのだが。

 何はともあれ、この遊戯は注目度が全宇宙最高であり、参加している神々以外も権力関係が完全に変わる機会でもあるため、全世界の神々も見守りながら祈らずにはいられない。

 ――舞台が私の管理している世界になりませんように。

 ――俺の世界から引き抜かれた子達が死にませんように。

 ――儂の世界が荒らされませんように。

 祈る相手は神々よりもさらに高次元に存在するナニカ。


「さあ、時間だね」

 遊戯神イルサーンは白で染まっている大ホールへと転移で移動した。


 今まさに、全神々の願望、期待、責任、悪意、愉悦、不安を全て()った転生者同士が争う遊戯が幕を上げる。


……ストック尽きました。

次から三日に一回投稿します。


読んでくださりありがとうございました。

これで一章は終わりです。

一章というよりプロローグみたいなものでしたけど。

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