毒巫女15
「ミラに何の用だ」
半ば意識が覚醒しないまま、ベトの声が聞こえてきたため、仰向けに寝た身体を起こそうと頭を上げようとした途端、首にチクリとした感触があったので、首を動かさず、目線だけ下に向ける。
「……」
喉元に双剣の片方と、斧が突きつけられていた。
えっ、なにこれ? 怖っ。
周囲に視線を巡らせ、状況把握に努める。
俺に武器を突きつけているのは、蜜柑のような髪色をしている活発そうな女子と熊を彷彿とさせるような大柄な男性。
さらにその二人組の喉元にはベトの触手が突きつけられている。
その状況を最初に破ったのはベトだった。
「お前らは俺の敵か?」
「……そこの娘が転生者だったらな。転生者特有の表示が出てねえから白だろうが」
「だったら、ミラから武器を引け」
「それはできない相談だ。敵ではないとしても現時点で大分怪しいからな」
「どこが怪しい? 俺達は街を探して歩き回っている旅人だぞ」
「何故深夜この森にいるのか、そこの娘は本当に転生者でないのか、何故ここ周辺では俺達以外の生命反応が一切ないのか、など挙げたらキリがないが、その中で最も怪しいのはお前だ!」
大柄の男はベトに怒鳴るように声を出す。
その振動で斧の刃の部分が俺の首に掠ったり、離れたりして、物凄く危ない。
俺は足や手を使いながら、バレないようにモゾモゾとゆっくりとした動作で武器から離れていく。
「逃がさないっすよ」
さっきまで大柄の男の方を見つめていたのに、俺が動いた瞬間、まるで見えていたかのように素早い対応で、再び俺の首元に双剣の片方を突きつけてきた。
ついでにミカンも俺の顔の真上に掲げてきた。
「実はこれミカンMって名前なんすけど、このミカンの果実が目に入ると、のたうち回るほどに痛くなるんすよねー。だから動かない方が賢明だと思うっす」
「……そうですか」
勿論、素直に従うわけもなく、俺は目を瞑りながら、全力で立ち上がり逃走しようとしたのだが。
瞬く間に、仰向けに押し倒され、組み敷かれ、マウントポジションを取られ、全力の抵抗が徒労に終わってしまった。
「いけない娘っすねぇ。素直に従えば痛い目に遭わなかったのに」
ミカン娘が目の前でミカンMを握りつぶしたので、脊髄反射で目を瞑った俺だったが、瞼で遮られているのにも関わらず、ミカンMの果汁が目に直接染み込んできた。
「みぎゃぁぁぁぁ!」
痛みを緩和しようと目を掌で押さえつけるが、片腕がない以上、片方でしか押さえられない。しかも効果は無いに等しかった。
何とかして目を開けても、視界がボヤけて見えない。
そこで耳を済ませると、ベトと大柄な男がまだ言い争っていた。
「何故誰も指摘しない!? スライムが喋るっておかしいだろうが。しかもサングラスとトレンチコートとパイプを何故装備してんだ!?」
「ハードボイルド道を極めるにはこのアイテムが必須と聞いたんでな」
サングラスを触手でくいと動かし、パイプをふかし、トレンチコートを着けた身を翻してアピールするベトの姿が浮かんでくる。
うわー、ドヤ顔してそうだ。
「答えになってないが!? お前、実はスライムではないな!? まさか転生者か?」
「その質問前にもミラから聞いたな。答えはノーだ。俺は転生者である師匠に生き様ってやつを教えて貰っただけだ」
……ベト、余計な情報を与えるなよ。
転生者かと聞いた質問者は、今のところ十中八九転生者と断定される。
案の定、食いついてきた大柄な男が斧を収めて、ベトの前にしゃがんだ。
「それは本当か?」
「本当だ」
子供が裸足で逃げ出すような凶悪な笑みを浮かべてベトに問い詰める大柄な男。
視界が回復してきたのは嬉しいが、冷や汗が止まらない。
「ミカンふわしゃー。尋問しろ」
「了解っす!」
俺のお腹に乗っかっているミカン娘が、手からミカンを召喚して、再びミカンを近づけてくる。
だが、さっきのミカンとは違い、鼻をツーンとするような臭さが押し寄せてきた。
思わず、鼻をつまんだ。
「ふぁひぃふるんでふか!?(何するんですか!?)」
「何って尋問らしいっすね。このミカンさっきと違ってミカンGって呼ぶんすよ! 見た目は健全なミカンっすが、中身はぐじょぐじょに腐ってるっす。これを顔面に塗られたくなければ、転生者かどうか言えっす」
「……」
俺は顔をミカンGから背けながら、視界の端の方でミカン娘と大柄な男に『陣営鑑定』を行った。
結果はどちらもイルサーン陣営。
これで俺は一度も他陣営に合わずに、同陣営に三人も出会ってしまっている。
転生者を探すだけでも情報が無い限り、とてつもない強運が必要なはずだが、それよりもさらに探しにくい同陣営と短時間でこんなに会えるのはいくら何でも不自然すぎじゃないだろうか。
神が意図的に、同陣営と会える確率を上げているとしたら、不自然ってほどでは無くなるが。
まあ、今はそんなこと気にしている場合ではない。
俺の綺麗な顔(多分)がとんでもない腐臭を漂わすようになるかもしれないのだ。
少なくとも同陣営なら危害を加えられない上に、今後仲間にならざるをえない相手。
だったら今のうちに信頼を築くのが吉か。
「私はイルサーン陣営の転生者です」
「へぇー、そうっすか。あたし達の陣営を鑑定したっすね? あたしは同陣営と信じるほど馬鹿じゃないっすよ!」
それと同時に双剣を勢いよく俺の顔に振り下ろすミカン娘。
一瞬、殺されると焦ったが、ガキンと剣を弾く音がした。
なるほど、これが同陣営に危害を及ぼされた時の無効化か。
弾かれた様子を見たミカン娘の顔が驚きに染まった。
「……まじっすか。本当に同陣営の方だったんすか。申し訳ありませんでしたー!」
「え、えぇ」
マウントポジションを取っていたミカン娘は、直ぐに土下座する。
この誤解を利用して、借りを作ろうと思ったのだが、あまりの勢いに許してしまった。
そこに、ベトとの言い合いが終わったのか、こちらを向いて眼を剥いた大柄な男がミカン娘に叫ぶ。
「ミカンふわしゃー、何解放してるんだ!?」
「ネズ先輩ー! この娘、仲間っす!」
「試したのか?」
「もちろんっす」
ベトと大柄な男がこっちに戻ってきた。
そして大柄な男も頭を下げて謝ってきた。
「こちらの勘違いだったようだ。すまんかった」
暫く、大柄な男の後頭部をじろじろと見ていた俺だったが、ある条件の元、許すことにした。
「本当にそう感じているのなら、これからチームを組んでくれませんか? 私はこの世界に来たばかりですから、少しでも戦力が欲しいのです」
「分かったっす! よろしくっ! ミカンふわしゃーっす」
即答で返事したのはミカン娘こと、ミカンふわしゃー。
フワさんと呼ぶことにする。
「はい、よろしくお願いしますね。フワさん。私はミラ=ジョーカー。こっちのスライムはベトベトン二世です」
「……ミラ。俺の名はベルトラン二世だ」
ベトがさらっと訂正を入れる。
俺の中でベトという名が定着しているからか、渾名以外で覚えられる気がしない。
こうならないように二人の名前はきちんと覚えるとしよう。
「俺は鼠男だ。こちらこそ、アホが一名いるがよろしく頼む」
大柄な男改め、フワさんにならって、ネズ先輩で。
それにしてもネズ先輩は女の人に慣れてなさそうだな。
若干、顔を赤くしながら握手を求める姿を見て、そう思った。
そして、裏切らないでくださいと念を込めながら握り返した。
「ミラ、そろそろ明かり消していいか? 長時間付けてると、魔物が寄ってくる」
「いや、ベルトラン二世。寧ろもっと明るくできないか? 上手いこと経験値稼ぎの糧となってほしいのでな」
そう言えば、ベトの明かりで忘れていたが、今深夜だったな。
ネズ先輩が言っているのは経験値稼ぎ、つまりSUP獲得を狙っているということ。
問題はネズ先輩とフワさんが魔物を簡単にあしらえる程の実力があるかどうか。
だが、その心配は杞憂だったようだ。
魔物の姿が見えた瞬間、空気を殴って、その空気を魔物に当てて倒すという離れ業をやっているネズ先輩と、召喚したミカンを投げつけて倒しているフワさんの姿があった。
「ミラっちも、やるっすか?」
「……遠慮しておきます」
「そうっすか、残念。あっ、ネズ先輩、それあたしの獲物だったのに!」
「む。そうか、すまん」
魔物は雑談しながら片手間で倒され、たまに取りこぼされた魔物は俺が倒す。
そうしたルーチンワークをしながら、歩いたせいで、森を出たのは早朝の頃になってしまった。
「……街、遠いっすね」
「……そうですね」
ベトを除いた三人のテンションが低い。
深夜に、はしゃぎ回ったせいで、遅い睡魔が襲ってきたのだ。
ただ、何の気なしに、ステータス画面を見た俺は眠気なんてあっという間に吹き飛んだ。
「遊戯開始まで後十九時間!?」
そんなの聞いてないと、ステータスの右上の方に、ちょこっと付け足されていたカウントダウンを眺めて俺は呆然とする。
やばい。遊戯開始までには、ちーちゃんを守れるような強さを手に入れようとしてたのに。
「気づいてなかったのか? ジャスト零時にカウントダウンが始まったぞ」
「寝てた時ですね。この世界に時計ってあるんですか? よくジャスト零時って分かりましたね」
「『体内時計』のスキルがあるからな。何時何分何秒まで分かる」
「いつからこの世界に?」
「五年前だな」
「あたしは二年前っす」
五年前なら結構いいスキルがまだ揃っていた筈だ。
それを得れる枠を『体内時計』で一つ埋めたのはすごい判断だな。
今のところ、遊戯開始の正確な時間が分かるぐらいだが。
もしこれからも神が時間によってイベントを始めるのなら、こんな心強いものはない。
「フワさんとネズ先輩はいつ知り合ったんですか?」
「フワさん? ああ、ミカンふわしゃーの『ふわ』から取ったんすね。ネズ先輩との出会いは別にロマンチックでも何でも無いっすよ? 1年と少し前、たまたま街中で目が合って、陣営鑑定使ったらたまたま同じ陣営で、仲良くなったって話っす」
たまたま、ね。
やはり神が同陣営を会わせるように運命を操作しているとしか思えない。
あまりにも偶然が多すぎる。
「おい、ミラ。話についていけないんだが」
「後々(のちのち)、理解できると思うから我慢してください」
俺の頭の上にだらーっと居座っているベトは俺の髪を弄りながら、暇そうにしていた。
「そろそろ馬車停に着くはずだ」
遠くに薄らと見えてきた小屋のようなもの。
どうやらあそこが馬車の待合室らしい。
歩くこと、十分。
ようやく小屋の中で、木製のベンチに座ることが出来た。
「ベト、水ください」
「はいよ」
喉が乾いたので、ベトの触手を口に含み、そこから出てくる水を飲む。
正確にはベトの触手の先に魔法で発生する小さな水球を飲んでいるのだ。
まあ、ホースに口付けて飲むようなものである。
「何してるんすか!? ミラっちって、そんな性癖があったんすね! びっくりっす」
フワさんの中の俺は一体どんな変態と化しているのだろうか?
まあ、触手の先端を口に含む美少女(推測)は卑猥のような気がするのは確かなのは認めるけど。
「……飲みます?」
「何を!?」
ベトの触手の先端をフワさんに差し出したら、後退られた。
そこまで嫌か?
俺も最初は抵抗あったが、蛇口を直接口に付けて飲んでるみたいで、マナーをガン無視しているようで、気分が多少良くなってたりしたけど、今は慣れてこういう飲み方が当たり前になってしまった。
「唯の水なんですが」
「……みかんジュース飲んどくっす」
ミカンJ、もといミカンジュースを召喚したフワさんは豪快に飲み干す。
それを見た俺はベトの触手とみかんジュースを見比べた結果、触手を放り出した。
「おい」
ベトの抗議を聞いてはいるものの、俺の視線は飲み終えた空のミカンジュース一直線。
「フワさん、私にもそれ下さい」
「どうぞっす」
もう一回召喚してくれたフワさんにみかんジュースを手渡される。
ミカンの皮で成り立っている容器のぶよぶよの感触を掌で味わいながら、ストロー状のミカンの葉に口を付けて、みかんジュースを吸った。
久しぶりの甘い飲み物に夢中になっていたら、いつの間にか飲み終えてしまった。
途端、勝手に容器が消滅したのを傍目に、一息つけた俺は、話そうか迷っていたことを切り出すため、ショルダーポーチから魂玉をそっと取り出す。
それを見たネズ先輩は眉をひそめた。
「お前が殺したのか?」
「いえ。魔物にやられたんです。でも遊戯開始時刻に蘇生されるので、連れてきました」
「何故俺達に見せたんだ?」
「この娘もチームに加えて欲しくてですね……。ダメでしょうか?」
断られたら勿論、ここでネズ先輩達との関係は終わる。
俺は何があってもちーちゃんと一緒に痛いんだから。
「同陣営なのか?」
「はい」
「そうか。ミカンふわしゃーはどうだ?」
「うーん、女の子っすか?」
「はい」
「じゃあオッケーっす」
認めてくれたことが嬉しくて、思わずちーちゃんの魅力を一から万まで喋り続けてしまった俺は、ぐったりとしているネズ先輩とフワさんに、馬車が来るまで全然気が付かなかった。
本当にすみません。
『蜜柑召喚』の内容物
・ミカンM:目に染みるという効果を増幅させたミカン。
・ミカンO:大きくなーれと言えば、どこまででも大きくなるミカン。
・ミカンN:普通のミカン。
・ミカンP:プレミアムなミカン。一日十個まで。
・ミカンL:レインボーミカン。外見は虹色に輝き、高価そうだが、味は普通。
・ミカンH:疲労回復の効果を増幅させたミカン。
・ミカンK:風邪予防の効果を増幅させたミカン。
・ミカンJ:純度100%のみかんジュース。
・ミカンB:美肌効果を増幅させたミカン。
・ミカンG:中身がぐじょぐじょに腐ったミカン。
・ミカンX:外見がミカンの、何らかの状態異常を発生させる物体。
・ミカンT:たっぷりと人体に害を与えるまで農薬付けされたミカン。
今後増えるかも知れません。
今回駆け足気味でしたが、読んでくださりありがとうございます。
明日投稿出来るかは正直微妙ですが、応援よろしくお願いします。