表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/34

毒巫女13

炎に侵食された住居は、重要な柱を燃やされ豪快な音を立てながら倒壊していく。

そこに人が住んでいた様子はもう見られない。

めらめらと風に煽られ、さらに炎上する赤い化け物は他の獲物を(しょく)そうと襲いかかるも結界があるかのように近づけず、掻き消される。

並ならぬ、二体の魔物によって。


「……ハードボイルドという言葉がある」

パチパチと火花が散るこの場所で一体の魔物がポツリと呟いた。

そして、その魔物つまり俺の目の前にいる青いプルプルボディが同色のパイプをゆっくりと触手で離し、息を吐く。

勿論本物ではないため、吐流煙は出ない。


「グルルゥゥ」

俺達に敵対している巨狼はいきなり語り出したスライムを注意深く警戒している。

瀕死にもかかわらず、その様子を全く見せることなく警戒する巨狼に、矜恃を感じた。

俺もいつか死ぬ間際になったとしても踏ん張れる切っ掛けとなるものが見つかるだろうか。

漠然とそう思った。

その間にもスライムによる(かたり)は続く。


「どの状況においても屈せず、弱音を吐かず、表に感情を出さず、与えられた仕事を黙々とこなし、冷静ながらも心は熱く燃えている。そんな男のことだと教えて貰った」

スライムの体からトレンチコートを型どった物が浮かび出てくる。

そのスライムはサッとその場で一回転。

トレンチコートがバサッと舞う。

一体、何をしているのだろうか。


「グルルル」

巨狼もその奇っ怪な行動にますます警戒度を上げていく。

しかし、ベトは歯牙にもかけない。


「俺の師からの言葉だ。当然、俺はそんな男に憧れた。そのつもりで行動した。だが、結果はどうだ? 出会い頭、投げ飛ばしてくれやがった鬼畜娘に餌を分け与えてもらっている情けない状況になった」

ベトは俺をサングラス越しに一瞥し、さらに続ける。


「だから、俺はここで魅せねばならない。俺を拾ってくれた師に、なんだかんだで共に居てくれる鬼畜娘に、その勇姿を!」

誰が鬼畜娘だ! と言ってやりたいのは山々だが、俺を庇ってくれている状況だから水を差すつもりは無い。

……鬼畜娘、ね。


「だから覚悟しろよ、犬っころ!」

そうベトが叫んだ瞬間。

地面に倒れ、頬で剥き出しの地面の感触を味わっている俺は幻覚を見た。

体が巨大化したスライムに対し、小さくなった巨狼を。

両者とも凄まじいプレッシャーを周囲に振りまきながら、それは拮抗しているように感じるのに。

何故か俺はそう幻視した。


「グァァァァァ!」

最初に仕掛けたのは倒れたままの巨狼。

周囲に大量の魔法陣が発生し、そこで生じた蒼白い炎がベトに殺到する。

凄まじい轟音とともに風圧が起こるが、俺はノーダメージ。


「この程度か? ならこの一発で終わりにしてやる」

魔法で氷結晶の防御壁を生成したベトは間髪入れずに魔法陣を発動させた。

巨狼の上下に二つ。一つは地に。もう一つは天に。


「あばよ」

その瞬間、上下の輝く魔法陣から極太の光が、魔法で防御していた巨狼を難なく貫通させ、静かに消えていく。

随分と呆気なく終わったかのように思われた。


「……ん?」

ただ、貫かれたはずの巨狼にその痕が見受けられない。

しかも目は瞑っているようだが、恐らくまだ生きている。

もしかしてあんなかっこいいセリフを言ったにも関わらず、失敗したのだろうか。

そんな疑いの目をした俺に見られたベトは、居心地が悪くなったのか説明し出す。


「ミラ。別に失敗したわけじゃないぜ。俺が使用したのは思考を強制的に空白にさせる魔法だ。つまり呆けている状態になってるって寸法よ」

「……トドメは刺さないんですか?」

「悪いが、あの巨狼の毛皮を突破できるほどの魔法は習得してねえ。それにお前が腕を犠牲にして盛った猛毒がまだ作用しているんだろ?」

「当然です。あの巨狼に消化されるようなやわな毒を生成したつもりはありません」

「だからレッサーフェンリルは時期に死ぬ。次いでにトドメを刺したことになるミラに経験値が入りもするし、良いことづくめじゃねえか。元々そのつもりもあったんだろ」

「……否定はしません。でもいいのですか?」

「レベルアップする利点がない。スライムは元々寿命ないしな」

「そうですか」

この世界の住民はレベルアップして寿命が伸びることは知っているが、やはりS(スキル)U(アップ)P(ポイント)の存在は知られていないようだ。

SUPは転生者特有の物という認識で構わないだろう。

それにしても。


「この世界のスライムって皆、貴方並なんですか?」

「んなわけないだろう。種族の中で最強なのはこの俺だ。見直してくれても構わないんだぜ?」

「そうですね。ベトの利用価値を大幅に上げることにします」

「素直じゃないな。全く」

ふぅ、とパイプを外し、一息つくベト。

俺はその人間くさい行動にモヤモヤしたものを感じながら、倒れたまま動かない巨狼の方を向く。

全長三十メートルを超す身体に、改めて幻想の世界(ファンタジー)に来たんだなと実感した。

それと同時に、恐らく転生者が選択できるスキルの中の下の方に位置する毒で、この怪物を倒せるという事実に恐怖する。

個々の転生者同士の争いはこの程度では済まない、国家さえ揺るがす規模の戦闘になると理解してしまった。

それが陣営同士の争いになるのだから、神がこの異世界が崩壊した後に他の世界を用意しているということは、そういうことなのだろう。


「……全く生き残れる気がしませんね。まだ始まってすらいないのに」

俺は遠い目になりながら、倒れたままの体勢からゆるゆると立ち上がる。

左腕が千切れたため、身体の重心が少し偏ってしまい、上手くバランスが取れない。

漸くバランスが取れた俺は、戦闘の途中で吹っ飛んでいったショルダーポーチを拾い上げ、まだ死んでいない巨狼の元へゆったりとした歩みを進める。

すると俺の行動を見たベトが呆れた声を出した。


「おい。不用心に近づくなってさっきも言ったろ?」

「忠告は嬉しいのですが、仇の死に様を間近で見たいんです」

「あ、ああ」

巨狼を近くで見ると、白い毛の下に何百もの細い傷が刻まれていた。

目で見える範囲でこれなのだから、三十メートルある巨体には数えられないほどの戦闘痕があるはずだ。

この傷は勿論、俺達がしたことではなく、こいつを討伐しようとして散っていった戦士達が付けたものなのだろう。

こいつも生き残ろうと必死になってここまで生き抜いて、強くなったのかもしれない。

その姿勢はこれから地獄を生き抜く俺が見習いたいものである。

だからと言って、千愛を殺したやつを尊敬できるかと言えば、断じて否だ。

むしろ、よくも千愛を殺したなという憎悪しか湧いてこない。

だが、千愛が危険なことを察知できなかった、巨狼を1人では打倒することができなかった俺に、一切の責任がないかと言われればそれは違う。

転生者全員がチートを持てる異世界だからこそ、その力は千愛を守るくらい余裕だったはずなのだ。

そう、結局のところ、この事態は親しい人が死ぬとは微塵も思っていなかった俺の認識不足が招いたせいだ。

もしくは死ぬと思って行動していたつもりになっていたのかもしれない。

だが、戦士のように直接相手の死を実感することもなく、魔術師のように死をこの目に見えるところで攻撃する訳でもない。

ただ物や空気に紛れさせて、誰にも気づかれないように、こっそりと大量に人を殺戮するような毒使い。

だからこそ、最初で最後になるかもしれない目の前にある『死』を実感する瞬間を見逃すまいと、鼓動が感じられるように巨狼に身体をもたれ掛からせる。

この時、巨狼が俺を殺そうと思えば殺せたのかもしれなかったが、結局巨狼は俺の経験値と化すまで身動(みじろ)ぎすらしなかった。


「死んだか?」

「ええ。背中越しに感じる鼓動が完全に止まりましたから」

「そうか」

ベトにも何か感じるところがあったのだろうか?

いや、ベトにとって生命を奪うことは今までにも何度もあったはずで、会って間もないちーちゃんのことも思い入れはないだろう。


「それと、身体が熱くなり、普段感じ取れないはずの魂が少し膨れたような気がしたのですが、何か知ってますか?」

「ミラならある程度、予想はついているんじゃねえのか」

「……レベルアップですね」

「というか、その歳までレベルアップしたことがないってのはどんだけ箱入り娘だったんだか。だが、その割には度胸がある。変なやつだぜ」

確かにこの世界では虫を殺しても微量の経験値が手に入る。

しかも初めのレベルアップは簡単に起こる。

具体的には、そこら辺の虫を十匹殺すぐらいで。

そして普通に生活をしていたら、害虫を殺した数などそれぐらい軽く超えて、少なくとも思春期を迎える頃にはレベルアップという魂の格上げを経験しているはずだ。

だからこそ、ベトは、俺が虫一匹現れないような部屋で今まで過ごしていたと思っているのだろう。

まあ、ただの箱入り娘は巨狼を殺そうという意思さえ湧かないだろうが。

それにしても俺が転生者であることはベトに告げておいた方がいいのか?

俺はパルプを咥えながらサングラスをきらっと光らせているベトを眺めて、真剣に考えている自分が馬鹿らしくなり、未来の自分に託すことにした。つまり、後回し。

それはそうと、巨狼からのプレゼントを確認しなければ。


「……ステータス」


★★★

 名前:ミラ=ジョーカー

 性別:女

 種族:人間

 等級:87

 (陣営:遊戯神イルサーン)

 寿命:17/344

 固有スキル:(『毒分泌器官Lv.7』)

 特殊スキル:『陣営鑑定(固定)』(『猛毒精製Lv.6』)『毒吸収Lv.1』

 希少スキル:『テリトリー視覚化Lv.2』『毒制御Lv.7』『猛毒耐性Lv.6』

 一般スキル:『逃げ足Lv.1』『毒耐性付与Lv.3』

 SUP:860

 ★★★


目に映る自分の能力を見た俺は思わずポツリと呟いた。


「凄くバグってます。あの巨狼思ってた以上にやばいヤツだったんですね」

一気に86も上がるとは予想だにしてなかった。

『常識』によると等級が1つ上がる事に寿命が3年とSUPが10増えるらしい。

一気に増えるのは嬉しいが、それで問題になってくるのは、やはりSUPの振り分け。


「どれを上げるべきですかね?」

「一体、なんの話をしているんだ?」

そう言えば、現地人は自由に振り分けることが出来ないんだった。

ということはベトに聞いても意味がなく、結局自分自身で考えないといけない、と。


「出来ればちーちゃんを守れるようなスキルが欲しいのですが、派生したところで出てきそうにありませんね」

だったら、また毒が身体を侵すのを承知の上で、俺の唯一の毒関連スキル『毒分泌器官』と、それをコントロールする『毒制御』を上げる。


★★★

『毒分泌器官Lv.7』→『毒分泌器官Lv.9』

 SUP384を消費しました。

 次のレベルまで後SUP512が必要です。


『毒制御Lv.7』→『毒制御Lv.9』

SUP384を消費しました。

 次のレベルまで後SUP512が必要です。

★★★


結構SUP取られたが、前のように毒のせいでのたうち回るようなことは無かった。

恐らく、『毒分泌器官』と『毒制御』を同レベルになるようにしたからだろう。


★★★

 名前:ミラ=ジョーカー

 性別:女

 種族:人間

 等級:87

 (陣営:遊戯神イルサーン)

 寿命:17/344

 固有スキル:(『毒分泌器官Lv.9』)

 特殊スキル:『陣営鑑定(固定)』(『猛毒精製Lv.6』)『毒吸収Lv.1』

 希少スキル:『テリトリー視覚化Lv.2』『毒制御Lv.9』『猛毒耐性Lv.6』

 一般スキル:『逃げ足Lv.1』『毒耐性付与Lv.3』

 SUP:92

★★★


とりあえず、ここからはスキルがLv.5になるまでは、毒関連のスキルに集中してSUPを使っていこう。

Lv.5までならまだ何とか努力次第で何とかなるからな。

それにしても折角、等級が上がった(レベルアップした)のに、変わったこと言えば体内の毒の凶悪さが増しただけで、身体的能力は一切上がっていない。

ステータスがあるゲームのように、体力や防御力、攻撃力が上がり、そしてあわよくば魔法を使えるようにはならないかと期待していたのだが、『常識』通り、身体能力を上げるスキルを所持していない限り、等級上昇(レベルアップ)で身体能力が上がることは無さそうだ。

勿論、筋トレをすれば力はつくが、身体能力専用のスキル所持者比べれば無に等しい。


「うわぁ。正面から転生者が殺しに来たら、瞬殺されるじゃないですか」

「転生者だと? 師匠も確かそんなことを仰ってたな」

「ええ、私も転生者ですが、あまり近づかないことをオススメします」

「……同じセリフを師匠から聞いたぜ」

「そうですか」

ベトの師匠であるベルトラン一世もこの遊戯の参加者らしい。

まあ、敵陣営ではないことを祈ろう。




……ストックがヤバい。


読んでくださりありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ