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毒巫女12

 目的の場所にたどり着いた。

 どうやら巨狼は近くの村人を襲っていたことで俺にそこまで関心が向かわなかったらしく、それに救われたみたいだ。

 だが、俺はたどり着いたことなんてどうでもよくなるほどに目の前の光景を受け入れることが出来なかった。


「……いったい、何が?」

「見てらんねえぜ」

 ベトによる光魔法『ライト』で照らし出された龍の焼肉亭であった場所はただの木片と化し、辺りには俺の殺害計画に組み込んでいた人物であるアルベルト、その部下達の死体が散乱している。


「ち、ちーちゃんは?」

「死んで――いや、なんでもねえ」

 正直に言えば、アルベルト達の死にはそれほどショックを受けてはいない。

 せいぜい二、三回話した程度であるし、名前も覚えていない段階だったからだ。

 しかしちーちゃんは別。

 俺の初恋で世界一愛しい人に死んで欲しくない。

 そう思うのは至極当然なはず。

 俺はちーちゃんの死体が見つかりませんようにと人でも神でもないナニカに願いながら、周辺をさまよい歩く。


「……うぇっ」

 死体の強烈な腐臭、見ただけで吐き気を催す食い散らかされた体、赤黒い血、そして苦痛に歪んだ顔がそこらかしこに見当たるものだから、元日本人としては精神がおかしくなりそうだ。

 それでも希望を持ちながら馬車の残骸をどけたりして探し回ったところ、コロコロコロと俺の足元に野球ボール大のビー玉のようなものが転がってきた。

 そしてそれを見た瞬間、俺は思いっきり胃の中のものを吐き出した。


「……うあ、あぁぁぁぁ!」

 俺はその玉を胸に抱いて泣き叫ぶ。

 この玉はゲームが始まるまでの間にプレイヤーが死亡した際、この玉にプレイヤーの身体や魂を保存しておくものであり、ゲーム開始時までどう足掻こうとも生き返らせることは出来ないという代物。通称、魂玉(こんぎょく)

 このことを『常識』で知っていた俺はちーちゃんがどんな目にあったのか想像がついてしまった。

 いくらゲーム開始時に生き返るからと言っても、痛みが無い訳ではない上、この状況を考えるとあの巨狼に殺されたのは間違いない。

 自身の不甲斐なさも相まって感情が爆発した。


「……許さない。絶対に殺す」

「げっ」

 ――よくも俺の愛しい人を殺してくれたな。

 ここに辿り着くまで巨狼に怖気付(おじけづ)いていたはずなのに、今はその巨狼を殺すことしか考えられなくなっていた。

 いつの間にか制御下を離れていた毒が身体全体の皮膚から分泌され、足元の地面に染み渡り、草が枯れ果て、服がじわりじわりと溶け出す。

 自分の手から粘度が高い液体が溢れ出すのを眺めながら、やはり巨狼を殺す鍵になるのはこれしかないと確信した。


「おいミラ、落ち着け。俺まで溶けちまう!」

「ん? ああ、すみません」

 またまたベトのことを考慮していなかった俺はベトに謝ったものの、また認識外になるかもしれない。


「仇は討ちますから、そこから安心して見ていてくださいね」

 俺は手に持っているちーちゃんの魂玉をふんわりと優しく撫でてからショルダーポーチにしまった。


「さて、殺りに行きますか」

「待て待て待て待て。まさかあのレッサーフェンリルを倒すつもりじゃないだろうな!?」

 触手で巨狼を指し、珍しく慌てているベトの訴えも今の俺には無駄な忠告に過ぎない。


「当然です。ちーちゃんを殺した罪は到底死ぬ程度では償えないですが、それ以外の方法は思いつきませんので」

「……復讐は何も生まないぜ」

「薄っぺらいですよ? そんな言葉で()めるような私ではありませんし、第一、ベト自身絶対そんなこと思うような性格してないじゃないですか」

「……まあ、そうだな。だが、どう足掻いてもレッサーフェンリルには勝てやしないぜ。今の俺達では格が違い過ぎる」

 そのぐらい百も承知だ。

 だが、俺は巨狼に向かう歩みを止めることはしない。


「後悔はしないんだな?」

「はい」

「ならば俺もついていくことにしよう」

「出会ってから間もない私についてくるとは思っていたより物好きなのですね」

「変な奴と契約しちまったからな。きっとそいつの影響だろうぜ」

「そうですか。私以外にも契約した人がいるんですね。とんだ浮気者じゃないですか」

「いや、ミラのことなんだが――ってちょっと待て! このまま正面から堂々と行くつもりか!?」

「さっきから待てが多いですね。もちろん、そのつもりですが何か問題でも?」

 制御出来る毒を左腕に集めながら、巨狼に向かって一切隠れることなく進んでいる俺は上でふるふる震わせて俺のやることに口を挟んでくるスライムの意見をバッサリと切り捨てる。

 俺のことを心配しているのは十分伝わるが、正面から行こうが隠れて行こうが相手が鼻の利く魔物である限り関係ない。


「……いや、もう何も言わねえ」

「そうですか。有難うございます」

 意外と空気の読めるスライムとしてベトの評価を心の中で上げておいた。

 ふと、左腕が神経を直接針で刺されたかのような痛みを発し出す。

 視線を向けると、透き通るような白い肌が青紫のような黒紫のような毒々しい色に侵食されていた。

 自身の所持している『猛毒耐性』よりも『毒分泌器官』が上回ったようだ。

 やはりこうなったかと思いつつも、毒の供給を止めるつもりは無い。

 ベトもそれに気づいたのか、口を開きかけるがすぐさま閉じた。

 互いに言葉を交わらせることなく、足音をコツコツと響かせながらひたすら無言で巨狼の元へと近づく。

 そこでようやく察知したのか、元から分かっていたのかは知らないが、破壊活動をしていた巨狼が動きを止め、凶悪な顔をこちらに向けた。

 そして俺は足を止める。

 距離は約三十メートル。


「どうする気だ?」

「その前に、あの犬っころって知能有(ゆう)していたりします? 言葉を理解されるとまずいのですが」

「知能はあると思うが、言葉まではさすがに理解出来ないはずだ。人間の言葉覚えたところで役に立たないからな」

「そうですか。ベトは結構酔狂な方だったんですね。それはそうと、さっきの質問の答えは毒を使います。それ以外の方法はベトに頼る他ないですしね」

「確かに俺は変わってるかもしれんが、毒だけであのレッサーフェンリル倒そうとする奴だけには言われたくないな。そもそも生身に毒を宿す人間なんてそうそういないぜ」

「褒めて頂き有難うございます」

「褒めてねえよ。おっ? 来るぞ!」

 口を開き、炎のエネルギーを溜め込み始めた巨狼。

 あの巨体なら三十メートルならば軽々と飛びかかって来ると思ったが、流石に遠かったか? それとも小手試し?


「ベト、防御魔法お願いします」

「……ミラ。俺ができる前提で言ってくるなよ。今回は出来るが、俺にだって使えない魔法は沢山あるんだぞ」

「え? 防御魔法使えたんですか? てっきり全属性使えるということで胡座をかき、攻撃魔法しか使えないのかと。さっきのは願望でしたし」

 嘘だ。緊張を(ほぐ)すための。

 俺が怖気付いている時にベトが言った『防いでやる』という言葉を覚えていたからこそ、ベトに命に関わる防御を頼った。


「……本当に緊張感ないな、ミラは」

 そんなわけないだろ。

 何かしら話していないと落ち着かないんだ。

 恐怖は吹っ切れていたとしても巨狼から感じる重圧が刻々と増しているような錯覚に陥ってしまっている。

 そもそもこれが俺の初陣。

 レベル1の勇者がいきなりボスに挑むようなものである。

 緊張しない方がおかしい。


「ほらよっ」

 俺に向かって放たれた巨狼からの熱線はベトが気の抜けた掛け声で難なく防いだ。

 こいつホントにスライムなのかと疑いたくなるが、今はそれよりも防がれたことに苛立ち尾を振り回して家屋を壊している巨狼の動きをじっくりと注視する。

 脚を動かす気配はない。

 怒っている割には直ぐに襲ってこないのを見るに本当に理性はありそうだ。


「ベト。魔法を打つ際、私の左手から魔法を放つように見せかけて下さい。できますよね?」

「出来るが、そういうのは前もって確認しとけって言ってるだろ!?」

「私の初陣なので大目に見て欲しいです。次からは気をつけますよ。それより巨狼に私の左手が厄介と思わせるまで徹底的に巨狼に魔法を打ち込んでください」

「へいへい、了解」

 俺は左手の掌を巨狼に向けて翳すと、自分が魔法を打っているかのように様々な形や色の魔法が生成されては発射されていく。

 だが、作戦のためとはいえ、左腕に巻き付くベトの触手はどうにかならないのだろうか。

 どうせやるならちーちゃんに……。


「……はぁ。まだ始まったばかりというのに集中力が切れかかってますね。受験勉強中の集中力をここで引き出せたらいいのですが、流石に相手が全く動かないとこちらも動きようがないんですよ。だから早く飛びかかってきてくれても――っ!」

 来た。

 巨狼が脚に力を溜めていると判断した瞬間に俺は左腕を差し出す形で身を投げ出し、全力で右に飛ぶ。

 瞬間、巨狼の姿が掻き消えた。

 その直後に暴風に煽られて初めて巨狼が認識出来ない速度で通り過ぎたのだと脳が認知した。

 体制を崩した俺は無様に地面に転がり落ちる。赤黒い液体を盛大に撒き散らしながら。

 咄嗟に巨狼を確認すると(かろ)うじて何かを咀嚼しているのが見えた。

 そしてここでようやく左腕の付け根から脳に叩き付けるような激痛が迸る。


「――――っ! ――っっ!」

 聴覚も視覚も臭覚も遮断され、全神経が痛覚に集中させられる。

 痛みと熱さ、そして血が抜けていく寒さに俺の思考は働かない。

 ……血を、止めないと。


「おい、ミラ。大丈夫か、おい!」

 うっすらと聞こえるベトの声。

 それと同時に左肩がひんやりとした物に包まれる。

 ただでさえ寒いのにこれ以上身体を冷やさないでくれと思いながら意識は闇の方へと急激に落ちていく。


「ここで寝たら死ぬぞ!」

 ……でも眠いんだよ。少しぐらい寝ても問題ないだろう。

 寝て起きたらちゃんと働くから……。

 しかし俺の意思に反して、この危険な思考は巨狼の唸り声で一気に覚醒した。


「……グルルル」

 うっすらとだが、視界が開けて再び確認すると、巨狼が横たわったまま俺に対し殺意を撒き散らしている。

 だが、動かないようだ。いや、動けないのだ。


「ガァァァ!」

 まるで『クソが!』とでも叫んでいるように聞こえる。

 いい気味だ。


「……あはは。どう、ですか? 無味無臭の即効性の毒は。十代の、柔らかいお肉付きなんですから、当然、満足していただけ、ましたよね?」

「グァァァァァ! ガアッ! グルルルッ!」

「無様ですね。さっきまでの、強者の余裕は、どこいったのですか」

「……ガァルル」

 歯をむき出しにし、こちらを恨みがましい目で見つめる巨狼の姿に俺は(かたき)討ちをしたという達成感を覚える。


「……ミラ。勝利に酔うのはいいが、油断するな。まだレッサーフェンリルは死んでないぞ。早く腕をどうにかしろ」

 根元から引きちぎられた左肩の部分にこれ以上流血しないように張り付いているベトが苦言を呈した。

 確かにここで失敗したら元も子もない。

 ただ、腕をどうにかしろと言われても治すことはできない。

 それに今はベトに包まれているからじくじく痛む程度で済んでいるが、空気に触れた瞬間、剥き出しになった神経がどうなるのかなんて想像もしたくない。

 取り敢えず左肩を瘡蓋(かさぶた)のように毒を固体化させて血と神経が外に当たらないように調節し、感覚で血が循環するようにできる限り多くの血管同士を毒で繋ぎ合わせる。

毒が原子レベルで感覚的に認識できる『毒制御』があるからできる芸当だ。

 ただ、あくまでこれは応急処置のようなもの。

 素人の俺の処置なんて、長く放置したらどうなるかわかったものでは無い。


「ベト、もう大丈夫です。少なくとも大量出血で死ぬ事は無いはずです」

「そうか。 ――っ!」

 もぞもぞと左肩から頭の上に移動するベトの感触にゾワゾワした瞬間、巨狼からの攻撃が襲ってきた。

 今度は口から出す熱線ではなく、地面から噴き出すマグマがこちらに迫ってくるというシャレにならない攻撃魔法だ。

 何とかベトが魔法で相殺してくれたお陰で、勝ったと思った瞬間に死ぬ事は無かった。

……魔法使えるのかよ。


「ミラ、毒はちゃんと効いてるのか?」

「……直ぐに死にそうな気配がありませんね。巨体でも一秒持たずに殺せる毒を用いたつもりだったのですが。いくら何でも規格外過ぎませんか?」

「まあ、レッサーとはいえ神々を食い殺したフェンリルの血族の末端にギリギリ入る魔物だからな」

「嫌な相手ですね。もう私は役に立ちそうにないですから、あとは頼みました」

「おう。このベルトラン二世に任せときな」

「……そう言えばそんな名前でしたね」

「おい!」

そう突っ込みながらも巨狼から俺を守るようにして前に出るベト。

そんなベトの姿に不覚にも格好良いと思ってしまった。

……ベトが俺の腕から離れたせいで腕の痛みが瞬く間に酷くなったが。



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