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毒巫女10

 空が薄暗くなる頃、明かりも何も無い寂れたといった表現が似合う村に、俺が再び戻ってきたことをあまり歓迎されない中、トムさんだけが心配してくれていたみたいで、比較的安全とはいえ、無闇矢鱈に外に出ないようにと注意されてしまった。


「やはり親切な人間は師匠だけではなかったか。だが、よそ者を嫌う傾向にあるのはスライムと大して変わらないな」

「あんま喋るな。懐に隠れとけ。変なとこ触るなよ」

「分かってんよ」

 俺はベトの存在を村人にバレないように懐に押し込みながら、クソババアが経営するボロボロの宿に無事に帰宅した。

 そのままベッドに倒れ込み、今日の疲れを癒そうとするも、日本にいた頃のような柔らかいベッドではない。

 だから、あまり疲れが取れる気がしないはずだったのだが、何故か腹のあたりだけ妙な弾力があった。


「ぐげっ」

「あ。ごめん」

 ベトだった。

 硬い気のベッドと俺の腹にサンドイッチにされたベトはひらべったくなったままズルズルと懐から出てきた。

 無言でこちらを睨むベト。

 ここで、こんな美少女(推測)の腹で潰されるなんてむしろ役得じゃね? とか言ったら余計に怒りそうだった。


「頼むから、そろそろ最弱スライムであることを考慮してくれ」

「ジャムスライムとやらを一撃で倒したお前に言われたくないんだが」

 一瞬、ベトがまだその話引っ張んのかよと言わんばかりの表情に歪んだように見えた。

 もうその事は聞きたくないらしく、ベトはあからさまに話題をそらす。

ジャムスライムが嫌いなのだろうか。


「…………それよりミラはずっとこの部屋で毒作りにいそしむのか?」

「そんなわけないだろ。こんな汚くて潰れそうなくせに、金をぼったくる宿に誰が好きで泊まるか。三日後に俺の恋人が王都に行くからそこで俺も同乗させてもらうってわけ」

「恋人? その男勝りな言葉遣いのせいで周りから浮いていると思っていたが、しっかりと青春しているらしいな」

 納得げに頷いているスライム。

 その表情に対して、イラッときたのでショルダーポーチに入れていた毒草の一束をベトに押し込んだ。


「うお、おい! 何しやがる! おかげで、気分が悪くなっちまった」

「知るか。青春の『せ』の時も知らないくせに」

 スライムボディを縦長にしたり横長にしたりして懸命に消化しようとしている。


「まあ生まれたての最弱スライムだからな。それぐらい勘弁してくれ。で、解毒剤ないか? 消化しても、微妙に細かい異物が体に溜まっている感触がして気持ち悪いんだが」

 毒草を取り込んだ透明な蒼い体はそれを消化し、一見すると全て消化し終えたように見えるのだが、どうやら毒は吸収できないらしい。

 ふーん。俺についてくる理由は嘘ではなかったか。

 毒薬を作る道具や入れ物が揃っていないけれども、それが確認出来ただけでよしとしておこう。


「ない。じゃあ、おやすみ」

 もちろん、解毒剤なんて持っているはずもなく、調べたところ採取した毒草はそこまで強いものでもないので放っておいたらいつかは消えるから問題なし。

 ということで俺は睡魔に身を委ねたのであった。




 ※※※




 息苦しさで目が覚めた。

 顔にへばりついているものを急いで引き剥がす。


「またか! 俺と昨日出会った時もやってたじゃねえか! スライムで流行ってんのか、これ!?」

「ふっ。群れから追い出された俺には分からねえぜ」

「じゃあ、人の睡眠を邪魔するなよ! それともなんか理由があるのか?」

「昨日の仕返しだな。これに懲りて二度と俺に毒草押し付けるんじゃないぞ、お嬢ちゃん」

「まじ……殺す」

 いや、抑えろ。

 そもそも俺はこんな怒鳴るようなキャラじゃない。

 異世界に来る前から毒とすぐに結び付けられないように、清楚なキャラでやっていくことを決めたはずだ。

 それを口調を崩され、ペースを崩され、いつの間にかこんな所までいるスライム如きに感情的になっている俺は客観的に見て清楚的に見られるだろうか?

 外見はまだ自分では見たことないが、神に清楚的な姿になるように要望したのだから恐らくそう遠くはない。

 だが、内面はどうだ?

 主観的でも間違いなく清楚どころか粗暴なキャラ。

 俺はふぅーと一度深呼吸をし、姿勢を正した。


「ベトさん、おはようございます。今日は毒薬作りに専念しますので、お手伝いお願いします」

「お、おい。ミラだよな? ひょっとして二重人格というやつか?」

 スライムボディをプルプル震わせながら、微妙に距離をとるスライム。

 失礼なやつだな、おい。


「いえ、私は間違いなくミラ=ジョーカーです。それよりも昨日は失礼しました。ベトさんに何事もなくて良かったです」

「…………ああ」

 ベトから擬似パイプがポロリと落ちる。

 サングラスもどきも心なしか傾いているような。

 だが、これ以上無駄な口論しなくなったのは助かるので、昨日集めてきた毒草をショルダーポーチから全て取り出し、昨日トムさんから借りてきたガラス瓶も用意する。


「なあ、朝飯はないのか?」

「ありません。いつどこでお金が必要になるかも分からないですし、お金を手に入れる目処が立ってませんのでそれまでは昼食だけで我慢してください。それにあなたは草を食べるのですから毒を取り除いた草をあげますので、大人しくしていてください」

「……」


 さてと、さすがボロ家。

 朝なのにこの部屋にはあまり光が射さない。

 そのせいで手元でやる作業が暗く、目が悪くなりそうだ。

 今度から外でやろうと決めて、早速初の毒薬作りに挑戦する。

 といってもそんなに難しいことではない。

 山のようにある毒草から適当に一枚引き抜き、ガラス瓶の蓋を開けた上で抽出と心の中で念じれば、『毒薬精製』のお陰で勝手に小さい魔方陣のようなものが毒草の下に浮かび上がり、毒草から数滴がガラス瓶の底に滴る。

 言ってしまえば、この数滴が毒の成分であり、完成と言ってもいいのだが、流石に量が足りなさ過ぎて虫しか殺せない。

 ということでこの作業を何回も繰り返すのだ。

 用済みになった毒草はベトの方に放り投げているので、きちんとベトが処理してくれる。


「……暇だし、地味だな」

「うるさいですよ? ご飯提供してあげているんですから文句言わないでください。他にも作り方は多々あるんですから。それに、あと何日か経てばそんな悠長なことは言ってられなくなるはずです」

 このやり方は確かに単純作業を繰り返すだけなので地味だと言われてもしょうがない。

 俺もこのままの状況で二日後までやっていられる自信はない。

 そもそも、もう飽き始めてきたし。

 だが、毒製作専用の器具がないまま、スキルレベル上げようとするならこの方法しかない。

毒の魔物から採る方法もあるが、今のところその魔物を倒すだけの力がない。


「……あっ」

「どうした、ミラ?」

「いえ、あの草原に行った本当の目的を今思い出しまして」


 毒が抜けた毒草をもさもさ食っているベトをちらりと見る。

 こいつのせいで完全に頭から飛んでいた。

 本来、『テリトリー視覚化』『逃げ足』のレベルアップするつもりだったのに。

 いや、いつの間にかある知識によると『テリトリー視覚化』ならこの場所で使えるようだ。

 一旦毒薬作りを止め、ベトの方へと向き直り、そして心の中で『テリトリー視覚化』と唱える。

 すると赤色と青色の球状のフィールドが赤色の方が大きくなるようにしてベトの周りに形成された。


「……いきなりこっちを見つめてどうしたんだ? ふっ、まさか俺に惚れちまったか? やっぱりこの溢れんばかりのダンディさがいけねえなぁ」

「考え事しているんで少し黙っててください」

「……言葉に容赦が無くなってきたな」


 スキルに元から備わっている知識によると、赤の領域は一秒以内で届く攻撃範囲。

 青の領域は魔物なら縄張りの範囲、人なら踏み込まれたら不快を感じる範囲。つまり心理的空間、あるいはパーソナルスペースというやつである。

 で、ベトの場合は縄張りというものを持たないためか青の領域は心理的空間を表しているようで、赤の領域はこの部屋全体を包むように展開されている。

 要するにベトが裏切ったら、一秒以内に俺が殺されるかもしれないということ。

 やっぱり触手攻撃だろうか?

 よく考えたら契約もなしに無防備で魔物をここに置いているとか危機感なさすぎなような気がしてきた。

 まあ、死んでもゲーム開始時に生き返るらしいから様子見ということで。


「さっきから手が動いてないがもう疲れたのか?」

「……そうですね。疲れましたし、気分転換に私の恋人の所に出かけましょう」


 しかし、いざ準備をする段階で困ってしまった。

 服はこれで大丈夫だろうか。

 昨日お風呂入っていないから臭くないだろうか。

 朝早く会いに行って迷惑がられないだろうか。

 嫌われないだろうか。

 など、数え上げれば切りがないほどの不安が渦巻く。

 本来、俺はこういうことをくよくよ悩むやつじゃなかったはずなのだが、やはり人は恋で変わるものなのだろう。

 と、客観的に分析するも不安は無くなるわけもなく、部屋中をうろうろ一時間ほど歩き回っていた。


「行くんじゃなかったのか?」


 ベトに冷めた目で見られてようやく、俺はいつ(そこ)が抜けるか分からない階段を慎重に降りながら、ちーちゃんの所に会いに行った。




 ※※※




 相変わらず、村外れにポツンと止めてある馬車で『何処でも食えるドラゴン亭』を経営しているようだ。

 今の時間帯は朝だが、ここに食べに来る人は少ない。

 ということはここが繁盛するのは夜だけなのだろう。

 いや、そもそも繁盛するのか?

 少なくともこの村人は排他的な面があるし。

 俺からすれば、ちーちゃんの料理を食べてさせてちーちゃんの凄さを思い知らせてやりたいという気持ちと、ちーちゃんの料理は俺が独占したいという思いが包括している。

 だから客が来ないなら来ないで俺は嬉しい。

 しかし馬車の前で悲しそうな表情をしているちーちゃんを見るとやはり満足することは出来ない。

 なら、せめて励まさねば。


「ちーちゃん。遊びに来ました」

「あっ。ミラちゃん」


 俺を見た瞬間に花開くような笑顔で名前を呼んでくれるちーちゃん。

 やばい。嬉しすぎる。可愛すぎる。

 しかしほっこりとしている俺に水を差す発言をする奴がいた。


「あの嬢ちゃんがミラの恋人だったりはしないよな? 相手の性別は女だろうからな」

「いえ、正真正銘の恋人です。恋に性別なんて些細なことなのですよ。そうですよね、ちーちゃん」

「……えー、ええっと」


 何も理解していないベトに、俺はちーちゃんに抱きつくことでラブラブさを見せつける。

 どうだ? 俺の彼女はこんなに可愛いんだぞ。

 そう自慢したいのだが、一応清楚キャラで通っているはずの俺がそんな事をしたら流石にまずいだろう。

 今抱きついているのでもアウトのような気がしないでもない。

 いや、抱きつくぐらいは問題ないことにしておこう。

 好き過ぎて我慢出来ないからな。

 それにしても全てを包み込むような甘い香りと十代特有の瑞々しい柔らかい肌が俺を迎えてくれているように、抱き心地が良い。

 俺は今、幸せの絶頂期にいるに違いない。


「ちょっと、ミラちゃん。どうしたの? こんな所で恥ずかしいよ」


 ちーちゃんが頬を朱に染めて俺を引き剥がそうと優しい手つきで肩を押してくるも、勿論力なんて入っているわけもなくて、俺を離すことが出来ないし、そんなちーちゃんの仕草が可愛すぎて、俺の抱きつく強さがますます強くなってしまう。


「あうぅ。ミラちゃん、離れてよ〜」

「ふふ。嫌です♪ それよりキスしてもいいですか?」

「……駄目だよ。ミラちゃん、そろそろ怒るよ?」


 ちーちゃんのその言葉が耳に入った瞬間、俺はちーちゃんから体を離していた。

 ちーちゃんに怒られるのは大幅に精神ダメージを負うことは必須なのでこうするしかないのだ。

 だが駄目という言葉が出る間、一瞬の空白があったということはチャンスはあるかもしれない。

 流石に今日は無理そうだけど。

 ふと、ベトの方に視線を向けると負のオーラを出しながら、草をもしゃもしゃ消化している姿が見えた。


「……俺は何も見ていなかった。ただ草を食べているだけの粘液生物で間違いない。そう、あれはミラじゃない。別のなにかに乗っ取られていたのだろうな」


 俺のちーちゃんに対するラブラブっぷりにベトは多大な精神ダメージを受けてしまったようだ。

 ――そんなに見苦しかったのだろうか。心外である。


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