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毒巫女9

 睡眠中であった俺は顔になにかがへばりついている感触を覚え、息が苦しくなり飛び起きた。

 若干パニックになりながらもそのへばりついていた物体を引き剥がし、地面に叩きつける。


「はぁ、はぁ」

 供給が断たれていた酸素を慌てて取り入れ息を整えてから、その原因を作った物体を睨む。

  そいつはパイプをふかし、渋い声で俺に忠告してきた。


「ふっ。嬢ちゃんよ。こんな所に一人きりとは危なくて怪我しちまうかもしれねえぜ。寝るなら早く家に帰って暖かいベッドの上で寝るんだな」

 そいつは全身水色で、ふかしているパイプも水色であり、その上、自前で発声器官まで常備してあるようだ。


「おいおい。俺の登場に驚きを隠せないのかい? 困った嬢ちゃんだな。脳が状況に追いつくまで周りの魔物から守ってやる」

 水色のこいつが俺の前にピョンピョンと跳ねながら移動する。

 魔物一体たりともいない見渡す限りの草原で、このプルプルの水色の物体は何をほざいているのだろうか。


「にしても嬢ちゃん。この草原のど真ん中で寝るなんて薬でも盛られでもしたか? 流石に自主的に寝るほど愚かには見えんからな」

「…………」

 右足を後ろに下げてから無言で足を振り抜く。


「ぶべっ!」

 足を振り上げて水色の物体を蹴飛ばしたのはいいが、サッカーボールとは違いプルプルしているせいで衝撃が吸収され、予想よりも手前で転がり落ちた。

 まあ蹴り心地は良かったので、愚かと言われた腹いせにはなったから良しとしておこう。

 俺に蹴り飛ばされた水色ボールはずりずりと丸い体を引きずって性懲りもなくやってきた。


「おい、嬢ちゃん。流石に酷くはないか? 俺はスライムだぜ。最弱モンスターということを考慮して接してほしいもんだ」

 ぴょんぴょん跳ねながら抗議するスライムらしき生物であったが、俺は納得出来なかった。


「スライム? 嘘だろ?」

「嬢ちゃん、顔に似合わず意外と男らしい喋り方するじゃねえか」

 ……まあこいつになら敬語使わなくても問題はないか。


「…………で、なんの種族?」

「だからスライムと言っているだろ。ただ、普通のスライムでないことは事実だぜ」

 どう考えても目の前でパイプをふかしながら言葉を話すやつがスライムなわけない。

 そもそもこの世界のスライムの見た目はプルプルではなくドロドロなのだ。

 もちろん、知能の欠片もなく、木の枝さえあれば体内にある核に突っ込んで刺したら倒せるレベル。

 しかし、このスライム(仮)は核なしドロドロなし群体なし。

 やはりスライムに似た別のなにかだと思われる。

 ってか、どうやって倒すんだ、こいつ?


「ふっ。そんなに見つめられると照れちまう」

 器用に触手を作りパイプを一旦抜いて、頭がおかしい口述を述べるスライム(仮)を本気で殴り倒したくなってきた。

 しかし俺は思慮分別がある立派な大人だ。

 ブルブル震えていた拳を抑え込み、冷静に疑念事項を質問する。


「何でここにいるんだ?」

「そんなの決まっているだろう。自身の見聞を広めるためだぜ」

「スライムが……見聞を広める?」

 見聞を広めるって何だった?

 記憶が確かなら見たり聞いたりして知識や経験を積んでいくことだったはずなのだが、もしかして覚え間違いだろうか。


「見聞を広めるって言葉も知らねえのか。最近の若者は知識が足らん。それで嬢ちゃんは

 どうなのだ?」

 落ち着け落ち着け。スライム(仮)如きに知識不足とか言われてまじ腹立つ。

 しかし、一つ一つに目くじら立てていたら話が進まないので、耐える。


「おい、この手を離してくれないか? ピリピリとこの粘液ボディには堪えるぜ」

 耐えたつもりだったのだが、いつの間にかスライム(仮)を片手で持ち上げて手から少量の毒を分泌していた。

 わざわざ怪しいヤツを離してやる義理もないので、そのまま問いかける。


「お前は転生者か?」

 スライムが喋られるようになるよりも、日本人がスライムに転生している方が信じられる。


「俺の質問と要求は無視かよ。まあいい」

 丸い体から生えた二本の水色の触手で肩を竦め、これ見よがしに溜息をつくこの自称スライムはどう見ても人間くさい。

 だからこそ俺の怒りボルテージが際限なく上がっていくわけだが。


「俺は転生者という言葉は知っているが、俺がそうなんじゃねぇ。昔、言葉を教えてくれた恩人がそうだっただけの話だ」

「随分と酔狂な者もいたもんだな」

 スライムに言葉を教えるとか傍から見たら完全な変人じゃねえか。

 それとも変人と思われながらもこいつに言葉を教えるほどの価値があったのか?

 まあただ単にスライム(仮)が嘘をついているだけの可能性が一番高いが。

 ひとまず必要なことは聞き終えたので、片手でスライム(仮)を投げ捨てる。


「…………お前さんなあ」

 どうやら向こうは怒りを通り越して呆れているようである。

 それでもピョンピョン跳ねながらこっちにやってくるのはこいつがマゾだからか?


「で、嬢ちゃん。俺の身の上を話してやったんだからそっちも話すのが筋ってもんだろう」

「……ミラ=ジョーカー」

 ポツリと名前を呟くと辺りは風と葉の擦り合う音に支配された。

 暫くの間があり、沈黙に耐えきれず言葉を出したのはスライム(仮)の方だった。


「……それだけか?」

 流石に俺を見る目が残念なものを見る目になっていきそうだったので、決して人には教えてはいけない秘密を暴露することにする。


「毒を作る」

「犯罪じゃねえか」

 スライム(仮)だから問題ないだろうと口に出してみたが、まさか法律面で突っ込まれるとは思っていなかった。

 人間の法律まで知っているとは恐ろしい。

 恩人とやらがどこまで教えたのかは気になるところだが、犯罪者と間違われるのはごめんなので世の中の真理を説いてやることにする。


「バレなきゃ良いんだよ」

 バレたら知らないが。

 バレてなくても当然犯罪ではあるが。


「そういうものか」

「そういうものだ」

 案の定、あっさり納得したスライム(仮)を内心チョロイなと思わず嘲笑を浮かべそうになったが、表情は動かさないようにする。

 その間に疑問が浮かんだのか、スライム(仮)は器用に触手でクエスチョンマークを作っていた。


「それで毒とやらはどうやって作るんだ?」

「そこら辺にしぶとく生えている毒草から毒を抜いて」

「それは毒を抜いた毒草は、毒が残ったりするのか?」

「まだ試したことないがないが多分残らないとは思うけど、何するつもり?」

「ならば、ミラが毒を抜いて処分に困る毒草を俺が食べるってのはどうだ?」

 スライム(仮)の質問に答えていると、物凄く誘導されているような気がしてきたのだが。

 名前を教えた途端いきなり名前呼びでイラッとしたが、狙いはなんとなく分かったので渋々合わせてやることにする。


「俺についてくるの? 処分せずにすむのは助かるけど」

「当然だ。ついでに契約でも結んどくかないか? 役に立つぜ」

 偉そうに擬似パイプをふかしながらいつの間にかフェルトハットとサングラスも掛けてカッコつけているスライム(仮)をもう一度感情を考慮せずにじっくりと眺めてみる。

 種族は謎。しかし人を食べる種族ではない限り問題ではない。

 見た目は無害そう。他の人に怖がられる心配はなさそうだ。

 知能がある。意思疎通はしやすい。

 性格は悪人ではないと思う。

 戦闘能力は取り敢えず頑丈そう。蹴っ飛ばした時も大したダメージを受けた様子はなかった。攻撃力は不明。

 食費代は処分に困る毒草を食ってくれるそうなのでそんなに金はかからない。

 移動速度は遅いような気がするが、俺が持ち運べば問題ない。

 後はちーちゃんさえ拒絶しなければ、同行させてもデメリットは少ない。

 結論としては連れて行くのもアリだ。

 しかし契約ね……。


「やり方は?」

「互いの体液を摂取して体の中に入れ、互いに名前を言い、魔法で契約する。まあ古典的な方法だが、悪いもんでもねえぜ」

 俺は説明しているスライム(仮)のプルプルボディを一瞥した。

 あの一部を飲み込むのか?


「却下。お前のなんか口に入れたくないし、俺の体液をお前が飲んだら毒死するぞ」

「それは困るな」

「付いてくるだけではダメなのか?」

「まあいいが、そっちはいいのか? 襲っちまうかもしれねえぜ?」

 結局、スライム(仮)が付いてくるということで話は纏まった。

 そしてこのスライム(仮)を連れて帰ることにし、飛んだり跳ねたり引きずったりして草原の上を徐々に進むスライム(仮)にペースを合わせてゆっくり歩いている内にふと気になったことがあった。


「ところで名前はある?」

「ベルトラン二世」

「二世?」

「俺に言葉を教えて下さった方の自称がベルトランだからな」

「ふーん。受け継いだのか。じゃあアダ名ははベトベトということで」

「俺はそんなにベトベトしてないと思うのだが。いくら何でも流石にその名前はきつい。せめてベトで頼む」

「分かった。これからよろしく、ベト」

「ああ。精一杯ミラに尽くすとしよう」

 とまあこんな感じでベトの最初の印象と比べて俺の評価は上がり、ベトの方も色々手伝ってくれるらしいので一件落着かと思ったのだが。

 流石に日が沈みそうになっている状況でこのペースで帰っていたら村まで辿り告げずに野宿するハメになる。


「もっと速く動けない?」

「最弱スライムに何を求めてやがる。こればっかりはどうしようもないんだ」

「……はぁ」

 俺はため息をついて、肩をすくめているベトを鷲掴み、頭に乗っけた。


「いいのか?」

「しょうがないだろ。間に合いそうにないんだから。その代わり、頭の上で暴れて髪をボサボサにすんなよ」

「大丈夫だ。レディにそんなことはしないぜ」

「あっそう」

 元男である俺にそんなことを言われても嬉しくともなんともない。

 精々、大人しくしてくれることに安堵するぐらいである。


 そうして早歩き並のペースで草原を抜けようとしたところ、俺は初めて魔物というものに出会った。

 丈の低い雑草を倒しながらズルズルと身体を動かしてきたのは正真正銘のスライムである。


「ベト。あれがホントのスライムだ」

 見るからに菌を持ってそうなドロドロとした液状の魔物に忌避感を覚えながら、ベトに物申す。


「……あれは、ジャムスライムだ。そして俺はゼリースライム。あまり一纏めにはして欲しくないな」

「ふーん。じゃあ倒すか」

 同じスライムであるのに言葉の節々に嫌悪感を滲ませるベトに、俺は初めてベトの人格に触れたような気がしたが、今は目の前のジャムスライムとやらに集中する。

 俺は武器を持っていないので攻撃方法は毒しかないが、スライムならなんとかなるか。

 そう思い、手から毒をたらーっとジャムスライムに落とそうとした瞬間。

 頭上から伸びた触手がジャムスライムの核を一突きで破壊した。


「おい。初戦闘卒業しようとしたのにどうしてくれる?」

「それはすまねえ。だが俺は周りの魔物からミラを守ると約束したから、手を出させてもらっただけだ」

 もう一度このスライムを空に思いっきりブン投げてやりたい気持ちに駆られたが、時間が時間なので渋々頭に伸ばしていた手を引っ込めた。


「……次は俺が倒すから手を出すなよ」

「了解だ」

 いまだに確認していないスキルもあるので使用するために戦闘したかったのだが、無理だったものはしょうがない。

 次に期待しようと思っていたのだが。

 それから一切魔物に会うことなく、村に戻ってきてしまった。

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