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プロローグ

宇宙の何処かに存在する、剣と魔法が飛び交い、多種族が住まう異世界アムリタ。

そのアムリタにおける人間種(ヒューマン)『人』が治めるトライル王国の王宮の会議室内では、円卓の周りにある十の豪華な椅子が満席であり、そこには世界の最重要人物が集まっていた。


「良く集まってくれた、と言うつもりは無い」

トライル王国国王ゼノハイラル・F・トライルは円卓の上で拳を固く握りしめながら、他の会議の参加者に告げる。


「だろうな。もはや種族の遺恨を理由にしている場合では無いしな」

頭からそびえ立つような一本角を生やしている鬼人種『鬼』の総代長ガザル・ドドは頬杖をつき、忌々しそうに円卓を詰めで削っていた。


「あまり時間がありませんから早く議題に入りませんか?」

異世界アムリタにおける最古最長の樹、世界樹の一部から作り上げた厳かな杖を持ち、頭上に草の(かんむり)を被っている森人種『緑』の女王、アマリリス・シャシャは丁寧な言葉で先を急かす。


「うむ。では、仮の司会役としてこの私、ゼノハイラル・F・トライルが努めさせていただく。勿論、承知の上だろうが、改めて述べよう。我々、十種族連合の成すべきことは唯一(ただひと)つ。世界を崩壊に導く異界人(転生者)の殲滅! 町を片手で破壊するような巫山戯た連中に我々の世界を好き勝手させるものか!」

円卓をバンッと叩き、勢い付くゼノハイラル。

そこに水を差すものが一人。


「で、どうやって勝つというのだ? 『人』の王よ。異界人とやらはその気になれば、我らの母なるこの世界を容易に滅ぼす力がある。貴様らの勇者という精鋭も裸足で逃げ出したと聞いたが?」

全身三メートルに、分厚い筋肉の鎧を纏い、捻くれた角を生やす魔人種『魔』の王は疑問を呈す。


「それを決めるのがこの会議ではないのか? 『魔』よ」

『人』の成人手前の身長で、『魔』と同様筋肉が発達しており、胸元まで伸びた立派な(ひげ)が備わっている地人種『地』の(おさ)は若干(あき)れた声を出した。

その言葉に乗るようにゼノハイラルは発言する。


「『地』の長の仰る通りだ。ここで大まかな策を講ずる。勿論、この際可能不可能に問わず、できる限りの案を出してもらいたい。詳細は軍の参謀本部と突き合わせていくつもりだ。まず、私からの案だが…………」

ゼノハイラルの案を初め、各種族が最低でも一つは案を出し、それぞれの案を吟味、そして失敗リスクが高いものから除外していく。

獣人種『獣』は唸り。

小人種『子』は首を傾げ。

人間種『人』は頭を抱え。

海人種『水』は悩み。

天使種『天』は閃き。

森人種『緑』は心配し。

悪魔種『闇』は企み。

魔人種『魔』は呻き。

地人種『地』は渋面を浮べ。

妖精種『精』は椅子で船を漕ぐ。

そうして各種族のトップから捻り出した策は酷く単純なもので。

《異界人を纏めて吹き飛ばす超大型破壊兵器を制作して、異界人が集まったところを一網打尽にする》

といった、製作方法、材料、費用、炸裂させる場所、転生者の誘導方法など一切詳細不明の、とても各十種族の王が出したとは思えないほどの粗さであった。

ただ、これも仕方の無いこと。

そもそも転生者はこの世界アムリタの住民が勝てるように創られていないのだから。




※※※






ガンガンガンガンガン。

トライル王国の端にある街で、突如警告の意を孕んだ鐘の音が五回響き渡る。


「異界人が近くで戦ってやがる! みんな逃げろっ!」

「クソっ! またか!」

「もう嫌ぁー!」

鐘が五回叩くという動作は、異界人(転生者)の戦闘に巻き込まれるな、という避難勧告である。

新年早々家を出て、転生者同士の戦闘場所とは真逆に逃げる人々はぶつかる、転ぶなどの軽いパニックを起こしており、大通りは人で埋め尽くされていた。

それとは逆に人が逃げ出した後の住宅にスラムの人々は混乱に乗じて入り込み、物品を盗んでいく。


「ったく、異界人つっても人間だろ? そんな奴の戦いの影響がここまで来るとかありえんだろ。わざわざ逃げる奴の気が知れねえな」

「まあまあ、そのお陰で俺達はこうして堂々と盗むことができるんだから感謝しねえとな、その異界人とやらに」

「ちげぇねえ」

高級住宅街で高笑いしながら、物品を漁っているこの二人から転生者の戦闘場所までは五キロ離れている。

常識的に、ここがそんな所からの戦闘に巻き込まれるなんて言われても、何言ってんだこいつ、と頭の出来を疑われてしまうだろう。普通ならば。

だが、転生者の戦闘において、その考え方は非常に危険だ。


「ん? 今何か揺れなかったか?」

「は? 何言って、うおっ!」

盗人(ぬすっと)二人は徐々に振動が大きくなってきている地面にこけかけながらも伏せ、地震をやり過ごそうとするがなかなか治まらない。


「ちっ。これが地震ってやつか。折角金目の物が盗めるチャンスだってのによお」

「おい、そんなこと言ってる場合か。屋根が崩れてきそうなんだが! 持てるもんだけ持ってずらかるぞ」

置物や家具が倒れてくる間をぬいながら、器用に物品回収及び脱出した二人は人が居なくなった大通りに出た。

同業者が住宅の隙間にちょくちょく現れるのをチラ見しながら、立ち止まり集めた盗品を確認する二人。


「くそ。これ売っぱらっても生活に必要な最低限の金しか得られそうにねえ。もっと盗んでくるべきか?」

「だが、この地震だぞ? 下手したら家ごと潰されちまう」

「だからってこの折角のチャンスを逃すって――ッ!」

人を軽く吹き飛ばす程の突風。

盗人も例に漏れず、瓦礫や木片などと一緒に呆気なく吹き飛ばされた。


「……ガハッ!」

「……グッ!」

舗装されている大通りの上をバウンドし、壁にぶつかる二人。

その拍子に袋に詰め込んでいた盗品がばら撒かれる。

そして数分も経たないうちに、目敏(めざと)く見つけた他のスラムの住民が盗品をあっという間に持ち去っていってしまった。


「いってえな糞が。なんなんだよ、今日は! 」

「……神の機嫌でも悪いんじゃねえの?」

二人は壁にもたれ、頭や肩など出血している箇所を抑えながら、ぼんやりとした頭で周囲を見渡す。


「って、おい!? 俺達の戦利品がねえぞ!?」

「ちっ! 袋があそこにある。やられたな」

「クソっ! マジで今日は厄日だ!」

気力を失くした二人はズルズルと背中のつく場所が壁から地面になり、仰向けになる。

地震で身体を揺さぶられ、休める状況ではないが、行く宛があるわけでもない二人は暫く、雲一つない、綺麗に澄み渡った空を憎々しげに眺めていた。

ふと、盗人の一人が訝しげにある一点を見つめる。


「あれ、何だ?」

「どれだ?」

「あそこの空に浮いてる黒い粒だよ」

「どうせ、鳥だろ」

「それにしてはでかくないか?」

「ていうか、あれ落ちてんじゃね?」

快晴である空を汚す黒い粒は二人から見ると、よく目立つ。

それが段々と大きくなっている事で、その黒い粒は落ちてきていることが分かった二人は、ここに居ては巻き込まれそうだと判断し、ふらつく身体を二人で支えながら場所を移動しようとした。


「お、おい! 急げ!」

「あ? げっ!」

しかし、二人の予想を遥かに超える速度で落下しているモノは容赦なく先程まで、もたれ掛かっていた場所に爆音を立てながら墜落し、その衝撃で二人はまた倒れた。

だが、すぐに意識が回復した二人は、墜落してとてつもない大きさのクレーターを作り出したモノを確認しようと、恐る恐るクレーターを覗き込む。


「あれじゃね?」

「……人か? でも落ちてきた割には損傷が少ないな」

クレーターの底には下半身が土に埋もれた人間がいた。

その人間は高所から落下したにも関わらず、夢から覚めたようにムクリと体を起こし、キョロキョロと見回した。


「……何処だよ、ここ。むっちゃ飛ばしてくれたな、オグマ陣営の野郎」

肩をグルグル回し、首の骨をコキリと鳴らすと、たまたま目に入った盗人二人に声をかける。


「そこのチンピラっぽい二人。ここどこか知ってる?」

道端で道を聞くような軽さで、何事も無かったかのように問いかける人間に二人は目を疑った。


「え? え? 生きてんのか?」

「なんで生きてんだ!?」

そんな非現実的現実に軽く混乱している様子を見て、舌打ちした人間はボゴッと土を踏み抜いた瞬間、二人の元へ一歩で到着し、鬱陶しそうに返答する。


「お前ら、転生者もしくは異界人って言葉を知らねえのか?」

「え? あ……ああ、あの山を消したとか海を蒸発させたとか町を片手で消滅させたとか、根も葉もない噂の根源だろ」

根も葉もない噂の割に根源があるのは矛盾するが、それを指摘する人物はここにいない。


「知ってんじゃん。そう、それが俺だよ」

「は、はあ?」

「そんな馬鹿な」

落下してきた人間が転生者だと打ち明けても未だに納得出来ない、いや、出来るはずのない二人。

そもそも二人は転生者の存在を否定してこの場所にいるのだから。


「ったく。お前らもういいよ。そろそろこの場所から逃げないと死ぬから」

遠くを見た転生者は自分を追ってきている別陣営の転生者の存在を察知したので、親切にも盗人二人に忠告する。

しかし状況が理解できない二人は結局逃げることも出来ずに、再び空からやってきた別陣営の転生者が軽めの攻撃と共に着地した瞬間、余波で身体ごと吹き飛ばされ、無残にも生命活動が停止した。


「あーあ、なにやってんの。害のない人間を殺しちゃって」

「ふん。そんなこと貴様は全く思っていないだろう。俺達転生者がこの現地人を積極的に殺さないのは経験値が稼げないからという理由だけだからな」

「いやあ、全ての転生者がそういうわけじゃないと思うけど」

「だが、もし現地人を殺すことで経験値を得れるなら、既にこの世界に現地人は間違いなく存在しない」

「そうだね。経験値ゲット出来る魔物もほぼ全て狩り尽くしちゃったしね」

「そうだなっ!」

後からやって来た転生者である筋骨隆々の巨漢は同意と共に拳で穿つ。

それを軽薄な転生者は咄嗟に腕で防御した瞬間。

周囲一帯に固体物を粉々にする衝撃波がドゴンと、とても人体から発せられたとは思えないような爆音を伴いながら発生。

この二人の転生者が原因で発生していた地震により倒壊していた建築物が、今の衝動でただの瓦礫と化す。


「次はこっちの番だねっ!」

今度は逆に軽薄な転生者から巨漢な転生者へと仕掛ける。

拳が腕でガードされ、衝撃波発生、建物崩壊。

このやり取りがどんどん加速していき、蹴りや技などが入り始めた。

当然、一撃がありえないほどの威力を有している上、それが入り乱れているので、周囲の物は瞬時に粉々になり、吹き飛ばされ、更に周囲の物に当たり、益々被害が拡大していく。


「――しっ!」

「――っ!」

互いに相手の攻撃を避け続けて相手の皮膚の表面を()る程度しかダメージを与えられないことに、徐々に焦ってきた二人は一旦距離をとる。


「はぁはぁ。なんか似たような攻撃スタイルの人とやり合うのは面倒臭い」

「ふっ。技と力と駆け引きが拮抗してるからだろうな」

肩で息をし、身体から水分が抜け出るような勢いで汗をかいている二人は長い闘いになることを予感した。


「そろそろ第二ラウンドといきますか。次は本気です!」

「ふん。望むところだ!」

そして互いの拳がぶつかり合おうとしたその瞬間。

太陽が落ちてきた。

二人は瞬時に飛び退こうとするも間に合わず、灼熱の中に身を晒してしまった。


「ぎゃぁぁあ」

「ぐおおぉ」

暫く悲鳴をあげていたが、やがて断末魔と変わり、聞こえなくなった。

当然、その太陽の熱は二人に集中している訳では無い。

住宅街だったはずの場所を全て灰へと燃やし尽くしてしまった。


「おお、綺麗に消滅したね。これぞまさに漁夫の利ってやつかな♪」

二人が戦っていた空中で飛んでいる箒に座り観戦していた少女が嬉しそうに独白する。

二人の転生者を殺す次いでに周囲一帯を灰へと染め上げた張本人である少女も転生者。

あの太陽と思われた超巨大な火の玉は魔法で産み出されたもの。

つまり、転生者はたった一撃で街を潰したのだった。


「あははははっ!」

消滅した街の上で朗らかに笑う声が響き渡るのみである。




※※※




その戦いを天上に住まう百柱の神々がモニターで観察していた。


「あはは。オグマとトラウィスカルパンテクートリのところの駒どっちも壊れたじゃん」

「しかも身体が全て灰になってるから蘇生を掛けても意味無いしね」

「それにしてもあの魔女っ子ちゃん、隠密上手いな。連れてきたのはトラロックだっけ?」

「そうよ。よく分からないのだけれど、存在薄い方がモテる世界から連れてきたからね」

「何その世界。まじウケるんですけど。好きな相手発見しにくいじゃん」

転生者を神の駒として扱っている神々は遊戯感覚で争わせている。

そこに転生者に対する罪悪感や慈悲は存在しない。

そもそも下等生物(人間)を好き勝手に出来るのが神である。

だからこそ、神々は暇つぶしに他所の世界から人間を引っ張って争わせていし、その様子をモニター越しで、神々が集まるにしては狭い場所にも関わらず、嬉々として鑑賞しているのだ。

だが、突如その場所の扉がバタンと開かれ慌てて入ってきたのは一柱の女神。


「あのお願いです。これ以上私の世界を壊すのはやめてください」

必死に頭を床に押し付けて土下座する、異世界アムリタの創造神はもはや威厳の欠けらも無い。

だが、冷や汗を垂らしながら懇願するその姿は人間が見れば、少なくとも手を貸してあげようと思っただろう。

だが、相手が悪い。相手は残酷無比な別世界の神々な上、この女神よりも集っている神々の方が格が高い。

当然、そんなものは一蹴される。


「ちっ! 折角のゲームに水を差すなよ、クソ女神」

「つーか土下座したら何でも言う事聞いてくれるとでも思ってんの? ちょー笑えるんですけど」

「……弱いのが悪いのだ」

「もういいよ。見苦しいから帰れ」

見向きすらされなかった異世界アムリタの女神は掠れた声で「……はい」と返事をするのが精一杯であった。

そして呆然と退出した女神は自身の創造した世界が壊れていくのを涙しながら、見守るしかなかった。



※※※



この物語は血と泥に塗れながらも圧倒的戦闘能力を有する転生者に抗う英雄の主人公の生き様の軌跡ではなく、異世界アムリタを蹂躙する側である転生者の内の一人が、神々の身勝手な遊戯から、生き残るために必死で足掻く物語である。


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