5話 しずくさん
「今度新しい人がバイトに来るらしいのよ~」
バイトをしているとふいにおばさんがそんな事を言う。
「そうなんですか?どんな人ですか?」
「私も知らないんだけどぉ、高校1年生の若い女の子らしいわよ」
結構、知ってるじゃないか・・・!
「浩平君とお似合いじゃなぃー?」
まだ会ってもいないのに・・・。
「そうそう言い忘れていたけど浩平君に指導お願いするって言ってたわよ」
「えー?出来ますかね。入ったばかりで自信ないです」
「大丈夫、大丈夫!私が教えたことを教えればいいだけよ~」
おばさんのアドバイスはいまいちだった。まぁそうするしかないんだろうけど。出来るかどうか不安だが・・・やるしかないか。
それから人がいなくなってきたからとおばさんはバックの方に戻っていく。
そういえばあれからみゆちゃんの姿を見かけないな。
堕天使バルちゃん少しずつ読んでいるがラノベを読んだことが無い俺でもすごく面白かった。
人気があるのもわかる気がする。その事を伝えたら喜びそうだな。
ー数日後
新人の子がやってくる日となった。
「貴方が指導係ですか?」
俺とほぼ同時にバイト先に現れた新人のその子は
きりっとした表情にするどい声を発する。
緊張しているのか表情に笑顔が無い。いや緊張している感じでもないか?
「はい。浩平です。よろしくお願いします」
「しずくです。よろしくお願いします。それで何をどうすればいいんですか?」
「えーととりあえず」
俺はバイトのおばさんに教えてもらったことをしずくさんに
一通り伝授する。
「えーとここまででわからないこととかありますか?」
「ないです」
はっきりした言葉通りしずくさんはその後順調に
仕事をこなしていった。覚えがはやいな。
しかし問題は起こった。
しずくさんが睨みを聞かせているせいもあり
お客さんがびくびくと脅えて終いには「怒ってます?」と
尋ねるお客さんまでいた。
「怒ってませんけど?」
と冷酷に返すしずくさん。うーんこれはどうしたものか。
多分本人には悪気はなくて人格を否定している気持になるし嫌だけれど言うしかない。
「俺が言うのもなんだけどもう少し笑顔の方がいいんじゃないかな」
「笑顔・・・無理です」
無理なのか・・・!?うーんどうしたものか?
仲良くなって心開いてくれたら自然と笑顔になってくれるかな。
でも俺に仲良くできるだけのコミュ力も無い。
なんとなくこういう時いろはちゃんならすぐに仲良くでききちゃうんだろうな
と考えてしまう。
考え込んでしまっているうちにしずくさんは少し落ち込んだように改めて言う。
「すいませんそういうの苦手なんで。でも仕事ですからなんとかしないといけないですよね」
変わらず淡々としていたが
それが初めて聞いた彼女の長文であり心の内だった。
なんだ言わなくてもちゃんとわかってじゃないか。
分かっていても出来ない事はあるよな。
「まぁ、うんでも・・・焦らなくてもいいと思う」
「そうですか?」
「俺もそんなに出来てないしな」
「そう思います」
はっきり認められてしまった・・・!
少しショックだな。まぁお互いに頑張るしかないか。
やがて交代の時間が来て俺としずくさんは帰宅することとなった。
もちろん外に出るタイミングも一緒だった。
しずくさんはじっと俺を見てから(女の子に見られるってのも緊張するな)
「一緒に帰ります?帰りのタイミングが同じで無視するのも悪いですし」
「ありがとう。うんそうしようか」
優しいのか毒舌なのかよくわからないな。
ともあれこれはコミュニケーションを取るチャンス。
「そ、そういえばしずくさんは好きなモノとかある?」
出逢ったばかりの女の子にこんなこと聞いていいのかと
非モテの俺は迷ったが勇気を出して思い切って聞く。
少し間があったので
もしかしたら応えてくれないかもしれないと不安があったが
考えていただけのようで。
「漫画とかですかね。あとネットでイラストサイトを良くみます。イラストを
見るのも好きなので。一番好きな絵師のイラストです」
「そのイラストいろはちゃん・・・!?」
いやしかしネット絵師って言ったよな。いろはちゃんから
そういった話は聞いていない。
「いろはちゃん?・・・ではないです?この人はチルさんですよ?」
どうやら勘違いと思ったが。しずくさんが見せてくれたスマホの向こうのイラストは
やはりよく似ていた。
「ちょっと待ってて」
俺はカバンからイラストを取り出してしずくさんに見せる。見ると元気が出るから持ち歩いていてたんだよな。
まぁでも中学生の女の子が描いてくれた絵を持ち歩いてるというのは自分でもドン引き案件だが。
「このイラストと似てない?」
「これは確かに。チルさんのイラストとそっくりですね。・・・なるほど貴方の知り合いのいろはちゃんっていう人が
チルさんの可能性はありそうですが・・・どうなんでしょう?」
「俺もわからないけど・・・本人に聞いてみるよ」
「お願いします」
「お、おう」
その日は連絡取るにもそこそこ遅い時間になってしまったので
翌朝大学に行く前にラインを送る。すると夕方に返事が来た。
『いろはちゃんってチルっていう名前でネットでイラスト描いてたりする?』
『そうだよ~♪でもお兄ちゃんどうしてわかったの?』
『バイト先にいろはちゃんのイラスト好きな子がいてさ』
やっぱりいろはちゃんだったかのか。
「あのっ真相はわかったんですか?」
お客様が落ち着いて来た時間に
しずくさんは少し落ち着かない様子で尋ねてくる。
「あぁ、やっぱりいろはちゃんがチルさんで間違いなか・・・」
「あっ会えますか・・・!?」
そして俺が結末を言わないうちに胸ぐらをつかみ始める。
結構凶暴だなこの子・・・!
「と、とりあえず落ち着いて!」
「も、申し訳ありません」
言葉遣いは丁寧なんだよな。なんだか丁寧過ぎるぐらいだが。
「えーとそれもいろはちゃんに聞いてみるね」
「お願いします。あ、私明日休みなので」
「じゃあ次のバイトの時に」
「待てません!えーとだから・・・貴方のメールアドレス教えてください。
チルさんが会えるかどうかわかったらが出たら連絡ください」
「わかった。でもメールよりラインの方がやり取りしやすくないかな?」
「やってないので。あ、あと私のハンドルネームノアってことも伝えてておいてください」
「わかった」
またまた翌日にそのことを伝えると
随分と簡単に承諾してくれた。
『バイト先の子がいろはちゃんに会いたいっいってるんだけど
大丈夫かな?あとその人ノアっていうんらしいんだけど』
『ノアさんか~!うんいいよ』
どうやら会ったことはないけれど、二人はネットでは知り合いな感じだったから
それもあるのかな。
ともあれこうしてしずくさんを連れていろはちゃんと会う事となった。