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王女の将来

 幸福で不幸な逢瀬はその日以降、毎日続いた。

 王宮に毎日のように忍び込むのはもちろん肝が冷えたものの、幸いにして誰に発見されることもなく、パーティー前日の今日まで、アレクサンダーはイリスと会い続けることができたわけである。

 アレクサンダーは、これをイリスの配慮によるものと思っていたのだが――



「わたくしはなにも。すべては『月光』様の手腕によるものですのよ」

「母の、ですか?」

「ええ。わたくしのおばあさまによりますと、『月光』様は、城に住まう者さえ知らぬ通り道を知っているようなのです。それゆえに誰に見られることもなく侵入できると」



 そういえば、王族の住まう城なのに、一人の警備兵も見たことがないな、とアレクサンダーは思い出した。

 彼の頭はそれほどのことに気付かぬほど、いっぱいだったのである――もちろん、イリスのことで、だ。


 その症状はやはり、何度イリスと出会おうとも減ずるどころか、日増しにイリスのことを考える時間が増えているきらいさえあった。

 しかし人というのは不思議なもので、なにごとにも慣れるのである。

 イリスで頭がいっぱいなのは変わらないが、イリスのことを考えながらでも、他のことがだいぶ手につくようになってきていた。

 だから、ようやく――数日越しにようやく、アレクサンダーは、自分からイリスへ質問を投げかけることができた。



「姫殿下――」

「まあまあ。いけませんわ。ここでは、イリスと。わたくしたちは、王女と貴族としてではなく、ともに初代大王アレクサンダーの冒険譚に興味を持つ同好の士として、ここにいるのですから」



 あとから気付いたことではあるが、これに限らず、イリスは『姫殿下』や『王女』と呼称されることをことさら嫌うようであった。

 アレクサンダーがそのことに気付いたのは、もう、記憶も薄れかけるほどの、ずいぶん未来の話になるのだけれど。



「では、失礼して――イリスさん、あなた様はことに初代大王の冒険譚に興味がおありのようですが、そのきっかけのようなものはなんなのでしょう?」

「男なら冒険には憧れるものですわ」



 イリスの口調に迷いはなかった。

 彼女は時折、さして人を惑わす目的もなく、このように反応に困る物言いをする。



「あの、失礼ながら……イリスさんは女性のようですが」

「そうでしたわね。初代大王の物語を聞いていると、つい、自分が初代大王アレクサンダーになったかのような気持ちになってしまい……」

「なるほど」



 とは言ったものの、『月光』の語る初代大王の物語は、あくまで『月光』の視点で語られるものであった。

 また、彼女の話に出てくる『英雄アレクサンダー』は、おおよそ共感しうる人間性の持ち主ではないかのように、アレクサンダーからは――同じ名をいただくアレクサンダーからは、思われた。

 これに『初代大王になったような気持ち』で感情移入できるのだから、イリスの性格にはよほど初代大王に――あくまで『月光の口から語られる初代大王』に近い部分があるのだろう。



「あの冒険狂いに感情移入とは、貴様もなかなかまともならざる人格のようじゃな……」



 語り部たる『月光』さえあきれる始末である。

 それはともかく――このように『月光』は一貫して王女に対する無礼を貫いており、平時であればアレクサンダーの強くいさめるところではある。

 だけれど、ぞんざいに扱われるイリス自身が、『貴様』とか『まともならざる』とか言われるたびに嬉しそうなので、アレクサンダーは閉口したきりなにも言えなかった。



「わたくしと初代大王は、似たところがございますか?」



 イリスが問いかける。

『月光』はあきれたような顔で肩をすくめた。



「おおよそ(びと)から見れば、貴様も初代大王も、同じ『まともではない』というくくり(・・・)に入るであろうな」

「まあ!」

「……喜んどるところすまんが、同じくくり(・・・)に入るというだけで、同じではないぞ。アレクサンダーのアレは天然じゃったが、貴様はどこか、己からおかしな者になろうとしておるように感じる」

「……」

「アレクサンダーの冒険狂いは『衝動』としか呼べぬモノじゃったが、貴様が冒険譚を好むのは、いたってまともな動機ゆえと、わらわには映る――そのあたりどうじゃ。たまには、息子の相手もしてやってはくれぬか」



 イリスはハッとした様子を見せた。

 ちらりと横目でアレクサンダーをうかがうその様子には、気まずさのようなものが色濃くにじむ。



「アレクサンダー様を軽んじているわけではございませんの。ただ……」

「おっしゃりたくないのであれば、無理に聞こうとは思いません」



 アレクサンダーは紳士として当たり前の心遣いを見せた。

 だけれどその言葉には、ややトゲのようなものがまざってしまったのも、認めるところであった。


 恥ずべきことである。

 あくまで同好の士として好意を向けてくれるイリスに、それ以上のものを期待してしまっている自分の下心が透けて見えて、アレクサンダーは深く悔いた。

 だから、微笑みを浮かべ、言葉を付け足す。



「……本当に、よろしいのです。私はどうにも同じ年頃のご婦人との会話が苦手でして、困らせてしまったのであれば、こちらの方から謝罪をしなければならぬと思っているところです」

「そのようなことは! ただ――申し訳ございません。今の質問は少々、はぐらかす意図があったことを、わたくしは認めます。わたくしが冒険譚を好むのは、この身では冒険などかなわぬからという、立場にまつわる事情が深く関係しているのです。そうして、わたくしのそういった部分を、あなた様には知られたくないと、そう思ってしまったのです」

「……それは」

「実のところ、わたくしは婚約が決まっております」



 ガツンと頭を大きな鎚で殴られたかのような衝撃であった。

 婚約――王女の歳はたしか、当年とって十五歳。成人であり、当然ながら、婚姻も適う。


 また、女王制であるこの国家において、王女の夫とは国政を補佐するに足る財力と能力が必要不可欠であり、そのような者は、この国家にそう多くない。

 だからこそ、早々に婚約話の持ち上がるのは、当然であっても不自然ではないのだ。



「……それは、その……おめでとうございます」



 だけれど、アレクサンダーの声は暗かった。

 そして――イリスの顔もまた、決して明るくはなかった。



「おめでたいか、どうか……先方とは、明日のパーティーで初めて顔を合わせることになっておりますので、まだどのような方かすら存じ上げません。正式な発表も、その場で」

「どこのどなたかは、うかがっても?」

「お名前はまだ、さすがに……しかし、西方貴族であることだけは、明らかにしてしまってもよろしいでしょう」



 西方貴族。

 国を興した初代大王アレクサンダーが、大陸東端から西進を重ね、モンスターを掃討し国家を樹立したことは、もはや国民の中に知らぬ者はいない。


 そう、大王は西進した――つまるところ、現在王都となっている土地で足を止め、そこより西は大王でさえ進出できなかった土地なのだ。

 その『王都の西側』に、大王が足を止めたあと、進軍した者があった。

 それこそが現在、『西方貴族』と呼ばれる者どもである。


 いわゆるところの『東方貴族』と『西方貴族』との違いは、『土地を王より賜ったか、己で切り拓いたか』である。

 そして一般的に西に行けば行くほど手つかずの箇所が――まだモンスターがはびこる土地が多い。

 そこを開拓し己の土地とした『西方貴族』は、未知の資源、ダンジョンに眠る財宝――それらによる財力、なにより腕っ節や肝の太さを備えているとされていた。

 女王の補佐として、これほど能力の保証された者はないだろう。



「『西方貴族』であれば、冒険譚にも事欠かぬでしょう。きっとイリスさんの喜ばれる話をしてくれるに相違ございません」



 アレクサンダーが付け加えた以上の言葉は、イリスに向けたものというより、己に向けたものでああった。

 もとよりわかっていたはずだ――政治を担う『中央貴族』でもなければ、国土を拡張する『西方貴族』でもない。

 すでに拓かれた土地をおさめる『東方貴族』でしかない己と姫殿下とでは、釣り合わぬと。

 だから、そもそもこの逢瀬は、己の中でふくらみ続けるイリスの姿を小さくするためのものであった、はずだった。


 だというのに。

 胸に穴が空いたようだ。

 呼吸を満足にできているか、自身のことであるのに、わからない。



「……アレクサンダー様がそうおっしゃるならば、そのような気がしてきますわ」



 イリスは笑った。

 その笑みにどことなくぎこちないところが見えたのは、『ぎこちない笑みであってほしい』『本心では結婚など望んでいないでほしい』と思うアレクサンダーが勝手に見た幻だったのであろうか。


 真相はわからぬまま、その日の逢瀬が続いていく。

『月光』が語る初代大王の冒険譚は、どこか耳をすべって、まったく頭に残らなかった。

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