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アレクサンダー・オルブライトの救いがたき性質について

 翌日、徹夜でもはやなにを書いたか覚えていない恋文を持ち、『月光』は消えた。

 アレクサンダーは眠っていたかったが、そうもいかぬ事情がある――パーティー当日のみならず、王都に来たその時から『社交』は始まっているのだ。同じくパーティーに参加する貴族のもとへあいさつまわりなどがあった。


 これが、簡単には手に着かない。

 出した手紙の結果が気になってしまうのだ。

 それでも連れて来た執事の手引きもありどうにか宿を同じくする貴族たちへのあいさつをすませ、すっかり夕刻になったころ、疲れ果てたアレクサンダーが部屋に戻ると――



「イリスから返事を受け取ってきてやったぞ」



 ベッドの上で腹を見せて寝転がりながら、『月光』がそんなことを言った。

 アレクサンダーは驚愕のあまり、疲労も眠気も吹き飛ぶような心地であった。



「お、お返事をくださったのですか!?」

「軽い謹慎状態でヒマだったらしいでな」



 返事をくれた理由が『ヒマだから』というのは普段であれば気にしてしまうことであった。

 けれど、この時のアレクサンダーは非常な興奮状態であり、寝転がる『月光』の手から手紙を――封蝋のしていない、誰が出したかわからぬようになっている手紙を受け取ると、その中身を急いで検めた。



『今夜、地下牢にて』



 短くそれだけ書かれていた。

 それはようするに――



「会ってくださると、そういうことか!」

「そのようじゃな。しかし貴様、そのぶんだと最後に添えられた一文を読んでおらんな?」

「……最後の一文? む、これか。ええと……………………………………」



『月光さんとともに、お越しください』



「………………なぜ、あなたとともに?」

「そりゃあ貴様、色々理由はあるが――まさか最初から二人きりで逢い引きが適うと思っておったのか? 貴人と会うにはな、手紙のやりとりがあり、その後、付き人を挟んでの伝言ゲームがあり、半年も辛抱強くそんなことを続けたあと、ようやく対面というのが普通なんじゃぞ。それをここまで手順省略してやったんじゃ。案外欲深いの、貴様」

「……なるほど。いや、おっしゃること、ごもっとも。しかし……しかし……」



 憧れの女性に会うのに、母親同伴――

『月光』が本当に母親かどうかは、まだまだ疑うところではあったけれど――なんとなく、今まで感じたことのない種類の羞恥心が湧き起こるのを覚える。



「ジェファスンはよくよく貴様を女から遠ざけていたと見える」

「いえ、そのようなことは……領地の村娘などと遊んだことは、ないでもありませぬ」

「『遊んだ』とは?」

「かくれんぼなど……」

「子供か!」

「父は民とまじわり遊ぶことこそ、領地経営に必要なことだとおっしゃっております。なので私はその教えを実践し、民にまじわり将来領地を治める貴族として……」

「わかった、わかった。貴様の話を聞いていると頭が痛くなる。どうして貴様はそうくそ真面目なんじゃ。その顔立ちに貴族という立場があれば、女遊びの手練れになることも難しくはなかったじゃろうに」

「母上、『女遊び』などという言葉をお使いめされるな。女性とは尊いものなのです。それは、この国が女王陛下をいただいていることからも明らかであり、」

「わかったわかったわかったわかった。もうよい。貴様の言葉を聞いておると、腹の底がむずがゆくなるわ」

「それは母上の腹の底に邪心があるからでございましょう。私は間違ったことなど申してはおりませぬ」



 アレクサンダーの態度は堂々としたものだった。

 胸の中にまったく恥じるべきものがないとでもいうような、それは若者特有の、ややかたくななところのある真っ直ぐな心根が垣間見える。


 しかし『月光』は肩をすくめた。

 彼女が浮かべているのは、出来の悪い教え子をどう教育したものかと考える家庭教師のような苦笑であった。



「貴様は正しいが正しくない。……まあ、おいおいわかるじゃろ。それでどうする? 母とともに行くのが嫌ならば、この話は立ち消えると思うがのう。さすがに、ほぼ初対面の男と一対一で会うなどと、ありえぬじゃろうて」

「……私には難しい問題ですが……しかし、ここまでお膳立てをしていただいて、ここで意思をひるがえすのも立派な男とは思われませぬ。覚悟を決め、あなたとともに姫殿下にお目にかかりましょう」

「うむ、それでよい。ここでやめるなどと言ったら、母が労力の見返りに貴様の貞操を食ろうておったわ。二度とただの女には興奮できぬようにしてやるところであった」

「は、母上! 妙な冗談はおやめください!」

「……冗談ですんでよかったのう。ともあれ、イリスとはうまくやれ。ああいや、貴様にそのようなことを言っても無理であろうから、きどらずいけ。いいな?」

「ご忠告痛み入ります。しかし、会ってお話しするだけですので……きどるも、なにも」

「まあ、今日はそうであろうが……ゆくゆくは、イリスを妻に、などは考えておらんのか?」

「滅相もない。私は東方貴族ゆえ、王家の方を妻になどと、そのような大それたことは……」

「だから貴様はつまらんというんじゃ! つーまーらーんー!」



『月光』はベッドの上で手足をバタバタと振り回した。

 子供のかんしゃくのような様子に、アレクサンダーはぎょっとする。



「ど、どうされました、母上」

「ここ百年で、すっかり人の心から冒険心が失われたようじゃと思っておっただけじゃ。……まったく、立場などというくだらんものに縛られおって。初代大王はさぞかし嘆いておることじゃろうよ」

「しかし母上、モンスターはダンジョンの外から消え去り、制度がくまなくしかれ、時代は武断から文治へと転じたのです。このご時世、冒険心などというものをたぎらせていては領主はつとまりませぬ」

「貴様との会話は、教本に向けて話しかけておるかのような無為さを感じるのう」

「素晴らしいことではありませぬか」

「……まあ、貴様の恋が、貴様のくだらぬ枷を焼き尽くしてくれると、母は嬉しいがな。……ともあれ、休め。わらわも夜まで休むゆえ」

「……あの、母上、母上がベッドにいらっしゃるのでしたら、私はどこで休めばよろしいのでしょうか?」



『月光』は仰向けのまま、顎を上げてアレクサンダーの顔を見た。

 そしてイタズラでも企むような笑みを浮かべ――



「母の隣で眠るがよい。子守歌の一つも歌ってやろうぞ」



 ぽんぽん、と自分の隣を叩いた。

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