執事喫茶アニマルロゼ
ここは、とんでもなく人間臭い街だ。同じところにこんなに人間が密集して何をしているのか俺には分からないが、人間がとても弱い存在というのは昨日の田中を見て分かった。
テーブルの足に小指ぶつけて痛がっていたからだ。思わず「まじかよ。人間よわっ」と言ったら、脇に右ストレートが入った。でも、事実を言ったまでだ、獣人は人間より頑丈に出来ているから、殆ど傷を負うことがない。
弟のレオディオルの事が気に入ったのかパートナーになることを承諾してくれた。若干、変態の気があるようにも見えるが、こっちの世界でパートナーになる人間を探していたところだから俺もありがたかった。
田舎の爺さん婆さんの家にいた時は、中々家の中に踏み入る事が出来なかった。こっちの世界の人間の年寄りは俺の姿を見ると吃驚してぶっ倒れるっていう事を事前に聞いていたので、入れなかったのもある。
一瞬、レオの姿を見れたのは風呂場でだ。緑色のお湯に体を深く沈めた田中はレオを無理やり抱き寄せて風呂に入れていた。
田中が都会の家に戻って姿を消したすきに家に侵入したら、レオは田中は優しい人間だと言ってこの家から離れたくないと言った。
俺とはぐれて人間の子供に虐められていたところを助けてくれて、大きなお風呂に入りたがっていたレオを優しく抱きしめて一緒にお風呂に入ってくれたという。
全て俺の勘違いだったようだ。弟が無理やり連れ去られたのかと思って嚙み殺してやろうかとさえ思ったのだが・・・。
田中は、一般の人間の女とは少し違う。男の前で平気で着替えるし、お淑やかさとかもない。
「は?あんた、人間の雌の体見ても欲情しないって言ったじゃん。何が問題なのさ」
「問題はないけど、それでいいのか?田中は人間の女だろ。フルメイドからの講習の時、聞いた話と随分違う・・・」
「どういうことかな?寝首かかれたいのかな?死にたいのかな?どんな完璧像の人間様の女を教え込まれたのかこの下賎なワタクシめに教えていただけますでしょうか?」
地を這うような声を出して怒り出すのも想像していた女性のイメージと違う。
「うちは兄がいるんだよ。男兄弟がいると脱いでるところで脱衣所開けられることも多々あったしね。こんなんで恥ずかしがってたらこのせっまい家に三人で暮らせるわけないでしょうが」
これは最もな話だと思った。
田中と別れてプラプラとこの街を歩くことにした。別れたというか置いて行かれたという方が正しい。人間の祖先は、間違いなく獣人より頭が良さそうだ。働かざる者食うべからずというのは、獣人も人間も分け隔てなく働いたものは食う権利が与えられるという事だ。なんていう平等な社会。俺の世界にも人間がいるけど、獣人を差別したがる輩が多い。残念な事だが、俺は革命軍でもないしあの世界をどうにかしたいとは思わない。
時間が経つにつれ、この街は更に色んな音が混ざり合って騒音を作り出す。短いメイド服を着て客を呼ぶ女、安いよ安いよと人を呼び寄せる店員、人の陰口、お店から漏れ出して地を揺らす音楽。
それらを避けて静かな場所静かな場所へと足を動かすと細い路地が見えた。丁度、人が看板をもって出てくるところだった。
その人間と目が合うと、驚いた顔でこちらに近づいてきた。
「あ、あ、アナタ!!!!素敵よ!!!ウチで働かな~~い?」
不思議な人間だ。男なのに口調がまるで女で、タコみたいに体をくねくねさせる姿は、若干気持ち悪い。
「是非」
しかし、まったく嬉しい話だ。
「本当!?んじゃ~あ、ついてきてちょ~だい♡」
ウィンクは気持ち悪いからやめてほしい。
ドアが開くと同時にチャリンと鈴が鳴る。
「ここはなんの店ですか?」
「執事喫茶アニマルロゼよ~」
「執事…召使ってことですよね」
「ただの召使じゃないわ!訪れたお嬢様、奥様達に癒しを与えるのが執事のや・く・め♡うふん」
パチクリとするたびに飛んでくるハートに見えなくもない残像ども...やっぱちょっと無理だ。やっぱり人間は良く分からん。
「そうですか。それじゃあ、ここで働かせてください」
その人にお辞儀をすると「あら、今時珍しく礼儀正しいわね」と言われた。これは、講習のさい習ったことだ。
「簡単に履歴書を書いて貰うわね~」
「・・・」
「どうしたの?」
「いや、田中が、知らない人間について行ってサインするなって。サインをした瞬間、とんでもない利子を吹っ掛けて蟻地獄に陥るって言ってたから」
「待って頂戴!うちは、成金じゃないわよ!?正統派執事喫茶よ?!」
「でも、紙出されたら絶対書くなって言われましたから」
「田中って誰かしら??親御さんご兄弟?」
「いいえ、俺のパートナーです」
「そう…困ったわね。こんなイケメンみすみす逃すのも嫌だわ」
女男はうーうーと悩んで、そうだわと言って俺に向き直る。
「田中ちゃんは今お仕事中?」
「はい。5時に秋葉電気街の駅前で待ち合わせして家に帰るつもりです」
「そうなの!良かったわ!その時、私も行ってもいいかしら?田中ちゃんに私が悪い人じゃないってことを説明して、あなたがここで働くのを許してもらいましょう」
「わかりました」
「それまで、研修ってことで働ける?もちろん、時給は出すわよ~」
思いの外、順調に仕事が見つかってよかった。
これで、安心して食卓に座れる。いい夢が見られそうだ。田中もきっと驚くだろう。俺を馬鹿扱いしている傾向があるのは気づいている。
「あ、ごめ~ん。あんたは馬鹿じゃなくてあんぽんたんだわ。馬鹿だと、馬にも鹿にも申し訳ないもんね」
そういって、レオばっかり可愛がっていけ好かないし態度もデカいが、仕事で疲れているだろうに二人分の布団を買いに行ってくれた。勿論、買った布団を持たされたのは俺だけど。
それだけじゃない、俺とレオが風呂に入っている間に布団を敷いといてくれていた。田中なら、自分で敷けよ位言いそうだったのに以外とこういう所は雌が雄の獣人にするのと同じで驚いた。
「突然現れた俺たちにどうしてこんなに優しくするんだ?」と聞くと呆れた顔で答えてくれた、
「はぁ~あ?あんたがそれ言う?今更感ありすぎ。私が契約書にサインしたんだから責任はとるつつもりだよ。まあ、90パーセントはこの子にあーな服やこんな服を着せられるっていう素敵なチャンスに目がくらんだんだけどね」
「じゃあ、あと10パーセントは?」
「ショタとの同居が可能」
「俺は?」
「あんたは、おまけ」
やっぱり、普通の女と違う。