優しさはあるが過去の過ちは消えない。スズメに謝れ。
その夜は狭い1DKの家で小さな虎を挟んで川の字で寝た。
不思議と落ち着いている。この得体の知れない人間でない生物と一緒に住むことを承諾したことでの、これからの不安というのは割と少ない。
「起きなさい二人とも」
未だ寝ている二人を揺すって起こすと、先に起きたのはでっかい方だ。
「はよ~~」
欠伸をすると鋭い犬歯だけがやけに目立つ。これに噛まれたら命もろとも持って行かれるな。
「ご飯出来たから」
そう言って、テーブルに持ってきた箸を並べて席についた。早く座るようにと視線を向けるが彼はじっと私を見つめ次にテーブルに視線を向け、再び私に戻した。
「どうかした」
「いや…」
「じゃあ、レオディオルも起こして。私、会社は早く出勤する派なの。満員電車嫌だし」
「うん」
彼は、だだを捏ねる弟を起こすと席につかせる。
「レオ」
「それ僕のこと?」
「そう。レオディオルって長くて日本人の私にはちょって違和感あって。レオってなんか特別な感じするでしょ?駄目?」
「ううん・・・田中がいいならそれでいい」
「そう。ありがとう。じゃあ、手を合わせて」
二人にも同じように手を合わせるように促していただきますを言った。
随分久しぶりな気がする。こうやって誰かと家で一緒のご飯を食べるのは寂しさというものを払しょくさせてくれる。
レオは大家さんのお婆ちゃんの家に預けた。一日中、一階の縁側に座って猫を撫でてぼっーとしているお婆ちゃんだ。遊ぶ相手が出来たと嬉しそうに家にレオを招き入れてくれた。
「いい子で待っててね。お仕事が終わったら迎えにくるから」
「わかった。田中・・・早く帰ってきて」
私を見上げるその目・・・可愛すぎて死ぬ。思わず、ギュッと抱きしめてしまったが抵抗もされなかったのがまた嬉しかった。
「俺は?」
「あんたは、仕事探してきなさい」
「仕事?薪割りとかそういうのか?」
「薪割り?・・・あ~~そうか」
こいつはこことは違う世界で来たんだった。こっちの常識というものを知らないんだった。でも、いい大人だし何とかなるでしょう。
「薪割りとかそういうのはここでは需要ないの」
「じゃあなんだ?」
「うーん。そうだな」
とりあえず、最寄り駅に向かいながら考える事にした。
「一番多い職種って言えば接客業だね」
「ああ、食堂で働く店員の事か?」
「そうそう。あんたの世界にもそういうのあるんだ」
「まあな。こっちでは接客業ってどんなことするんだ?」
「お客さん案内したり、注文受けたり、電気屋さんとかだったらお客さんの欲しがるもの取ってきたり」
「電気屋…。田中はどんなの欲しがるんだ?」
「え?あ~今は特にないけど、新しいゲームの発売日だったらそれとか。まあいろいろ」
って。こいつ聞いてないし!?何故か電柱でくつろいでいるスズメが目に入ったのか目標を定めて、走り出すためか右足を一歩下げた。
「ね、何するつもり」
すると、私の結んだ髪が奴の動きで揺れた。そして目に映ったのは、人間ではありえない程の飛躍。
「ちょっと!!!!!!!!!」
電線に軽く届きそうなジャンプで一瞬でスズメを掴んで、スッと地面に着地した。
「何してんの!?あんた!!人間は、そんなに高く飛べないの。お腹が空いたからって目に映ったもの端から搔っ攫うとかやめてくれる⁉人間の世界で生活するなら人間らしくして!そんなに高く飛んだらNASAにとっ捕まるからね!オリンピックで優勝した高跳びの選手に謝ってぇぇぇえ」
「違うわ。あほ」
「あほはお前や。てか、何が違うんだ!?」
彼は、うんと言って左手に持ったスズメを見せる。
「こいつの羽に針金絡まってる」
「本当だ…。柵にでも引っかかったのかな。もしかしてこれで?」
やつは絡まった針金を取ってあげると、空に向かってスズメを投げた。
「うん。俺は、スズメ食う程腹は減ってない。最初から食べる目的なら何匹も狩ってる。それにこっちの世界のスズメって何食ってるのかわかんないけど不味い」
「え。食べたの・・・?」
「レオの匂い追ってここまで来るとき腹減って何匹か。でもやっぱり癖が強すぎて不味い」
「はあ・・・・あんたが人間の世界に馴染めるか私は心配だわ・・・。先は長いって事ね」
都会のスズメは不味いという要らない情報を知ってしまったが、それはまあいい。
いつもの時間に家を出て会社の最寄り駅で一緒に下車する。「秋葉原電気街」そこに降り立つとやつは顔をしかめた。
「ここは煩いな。人も多いし」
「まだいない方。もう少ししたらもっと人で溢れかえるから。いい。あんたはここで仕事を探してきて。働かざる者食うべからずっていう先人からのありがた~いお言葉にあやかって、自分の食いぶちは自分で!」
「どうやって?」
「はい。これ」
彼に身分証明書であるマイナンバーカードを渡す。
「なんだこれ?」
「こっちではそれないとなんも出来ないの。身分証明書だからなくさないでね。昨日、鬼畜眼鏡女…。いや違ったわ。フルメイドさんが人間の世界で生きていけるようにって帰り際にくれたの」
彼の手にぺしっと置いて、カッと目に力を入れる。
「かわいそ~~な目で、俺を雇ってください。何でもしますって言うの!分かった」
「それ大丈夫なのか」
「人間様を信じなさい!あと、絶対、虎の姿に戻っちゃダメだからね。都会ににいきなり黒い虎が現れたらあんたは速攻麻酔銃打たれて動物園行きよ。でも安心しなさい。あんたは人間の姿でも十分目立つくらい背が高いし…少々高すぎな気がするが…、まあ顔は悪くないからここらで仕事見つけるのはそう難しくないと思う」
そんじゃ~ねと言って私は会社に向かった。やつを一人置いて。